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006: 通学路



 「ぱ、Panther!?」


 「あぁ、G型だけどな」



 リーゼは、その主力にもなり得る車輌がこんな田舎っぽい村のガレージに存在する事に驚いていた。


 それぞれ、魔法士候補用の校章らしきワッペンの付いた黒いローブと、剣士候補用の同じ模様のワッペンが付いた学園の制服に着替えた惇と綵、そして制服を持っていないため黒に近い灰色のローブに身を包んだリーゼは、学園まで乗るのだという車輌に移動するため、村にあるガレージ郡に来ていた。

 世の中物騒であるということと、いつでも魔物相手に戦えるようにと色々な街に戦車が配備されているし、競技用に許可された車輌や軽戦車は一般にも販売されていることから普通に道路を軽戦車達が走っていたりするのだが、こんな周りには森しかなく、風車が乱立する畑ばかりの村に、装甲が十分に足りえないとはいえ未だに前線投与されるPantherG型があるとは。 こんな高級なものに乗って登校しているとは、さすが私のマスターである。


うわー、と口を半開きにして驚くリーゼに、綵はふふっ、と笑うと



 「残念だけど、わたし達が使うのはこっちよ」



 と、その二つほど隣にある、Pantherに比べるとどこか小さく見える、少し頭でっかちなブルブルとアイドリングしている車輌を指さした。なにやらここの整備員らしき青い作業着の初老のおじさんが金槌で履帯の整備をしている。


 綵は、



 「わたしたちは普通の車を持っていないから、こうして使っていない戦車をガレージから貸してもらっているのよ」



 とリーゼに説明する。しかしレーゼは普通車がないから戦車を借りるのだ、という無理矢理な考え方であることよりも、その車輌の方が気になったらしく、震える車輌をじろじろと眺めていた。



 「Pz.Ⅲ⋯⋯ ? にしては、砲塔も、口径も大きいような⋯⋯」


 「Pz.Ⅲ K型──の前に設計された、Pz.Ⅳの砲塔に7.5cm砲を載せた試作のPz.Ⅲだ」


 「なんともマニアックなものをお持ちですね⋯⋯ 」


 「おじさーん!今日も使わせてもらえるかしらー?」



 リーゼがあちらこちらと拝見している間に、綵が整備員に声をかけた。Pz.Ⅲは中戦車だから、公道では特別な資格が要るはずだけれどそれは気にしない、私のマスターならば持っていてもおかしくない。とリーゼはふと湧いたそのどうでも良い考えを頭から流した。


 「ほっほ、もちろんじゃよ。整備も終わったわい」


 「いつも悪ぃな、じいさん」


 「なに、いつの時代も主役は歩兵じゃからな。陸戦がどうだとか戦車がなんだというが、結局はお前らが働いてくれんと何もできん。これくらい当然じゃ。──あぁ、砲兵は別枠じゃぞ」


 「歩兵になったつもりはないけどな」


 「こまけぇこと気にしてんじゃないわい」



 軽口を叩きながら運転手席に惇が、通信手席に綵がつく。



 「あの、私は⋯⋯ ?」


 「取り敢えず、移動するだけだから適当でいいんだけど──そうだな、砲手席にでも座れよ」


 「わかりました」



 そう言われ、リーゼがコンコン、と車体横の梯子から砲塔によじ登り、上のハッチから中に入る。黒い弾頭の榴弾だらけの砲塔内部は、朝の冷気に冷やされてかなり寒かった。壁に触れたらくっついて二度と剥がれないのではないだろうか。



 「じゃ、いくぞー」


 「出発!」



 ぼんやりと考えるそのリーゼの疑問は二人には日常的なものらしく、特に何の話題になることもなくギギギ、とレバーを引く音と、何かを踏む少し懐かしい音がリーゼの耳をついて、乗り物独特のちょっとした浮遊感が体を覆う。少し耳が痛いが、嫌な音ではない。



 「うわぁ⋯⋯ 」



 リーゼはハッチを開いて車外を望むと、その朝の陽に照らされた景色に嘆息する。両側の畑を挟んで半分ほど葉の落ちた、しかしそれでも黒く見えるほど緑色の森林が広がっていた。先に部屋の窓からから見てはいたが、それでもこうして近くでなかなか快速の風を感じながら見てみると、森林独特の清々しい空気が身に染みるようでとても身体に響くものがある。もちろん住居もちらほらと見ることが出来て、その特徴的な灰色の石模様と茶色い煙突のついた家々はとても落ち着いた感覚を与えてくれる。──たまに流れて来る排気の臭いの邪魔くささが気になると言えばなったが。


 ぼーっとリーゼが外を眺めていると、惇と綵が下から声をかけてきた。



 「リーゼ、冷えるぞ?寒かったら中に入れよ」


 「いえ、大丈夫です。お気遣いありがとうございます」


 「リーゼちゃんはこの辺りの出身じゃないのよね?」


 「はい、私の住んでいた場所は海に面した廃街の図書館と教会でした。それに、もっと建物は真っ白、もしくは青ですし、人が居ないので生活感も無かったですね 」


 「そうなんだ──この辺りでは全然見かけないから、遠い場所なのかな」


 「恐らくは」



 きっと、見たことが無いようなとても遠い場所なのだろうな。と綵は風に髪をたなびかせるリーゼを眺めながら、彼女の故郷を想像してみる。髪の色からしてここ周辺の地域の人間ではないし、聞いたその景色からもそれは明らかだったが、不思議とすぐにリーゼがその故郷を歩む姿の想像をできた。


 ⋯⋯ リーゼの前のご主人様とはどんな人なのかな。今度、ゆっくりできる時に聞いてみよう。



 「お、リーゼ。もうすぐだぞ」



 再び惇がリーゼに声をかけ、リーゼが少し前に目を凝らすと、王都をぐるりと囲む壁の手前に確かに小さくいくつかの校舎や、菜園らしきものと、その校舎より何倍か大きいのではないのかという程大きいレンガで作られているらしい赤い屋根に黒い屋根の倉庫群が見えた。周りにはカカシや射撃用の的から何に使えるかわからないような道具まで多種多様なものがぽつぽつと見える。


 リーゼは皿洗いの時に王都が資金援助までして作った魔法や剣技を学ぶための学校と聞いていたから、もう少し、例えば魔法図書館とまでは言わないが、それなりの書庫があったり、遠くから来た生徒用に寮があるものだと思っていたので、その広々とひらけた様にえ?と意外そうな声を漏らした。



 「あれらですか?王都の内部ではないのですね」


 「あぁ、壁の中に作っちまうと、もしかしたら流れ弾とかで被害が出ちまうかもしれないからな。本校舎、生徒寮はあの壁の中だが、模擬戦闘とか、魔法の試し打ちとかの施設は外にはみ出しているんだ。ちなみに、あれは一応王都の中のものだから、検問所もこっち側にはみ出していて、あそこもちゃんと王都の内部だよ」


 「なるほど、効率的ですね」



 惇の言う通り、学園の敷地の柵に挟まれて場違いな検問所がぽつんと配置されていた。惇達はほぼ毎朝ここを通るからか検問所の警備兵のおじさんとも顔見知りらしく、慣れた様子で足場を置き、運転席のハッチからずいと顔を覗かせる警備兵は軽く挨拶をしてきた。



 「おぉ、惇か。毎朝大変だな」


 「学生だからな、当然だ」


 「はは、そりゃそうか。ま、ようこそリンフォールへ」



 警備兵の口から出た"リンフォール"という地名に、



 「リンフォール⋯⋯ ということは、ここはコンテワール王国ですかね?」


 と、リーゼは独り言のように呟いた。



 「なんだい嬢ちゃん、惇太郎の彼女か?」


 「ぶっ、かっ!?」



 なにか引っかかる言葉でもあったのか、綵が惇の隣のハッチから顔を飛び出させた。



 「違うわよっ、最近── てか昨日うちに引っ越してきた感じのなんか護身のメイドさん的な人よ!」


 「すげぇアバウトな様で詳しい説明ありがとよ── 嬢ちゃん、別に惇なら変な心配は要らねぇとは思うが、取り敢えず自分のいる国と神殿の場所くれえは憶えとけよ?」


 「⋯⋯ そうですね、コンテワール王国、リンフォール。必要なことはしっかり憶えましたよ」


 「あのなぁ── まぁ、信頼されることは良いことなんだがよ」


 笑顔で応えるリーゼに、少し呆れたような顔をする警備兵。警備兵の言う神殿とは、その信仰の場という本来の意味とは別に、奴隷等の人に身体そのものを託す身分の逃げ場となっている。これは人権の有無と人としての尊厳の尊重、そして風紀など、曖昧な境界線を管理するための役割で、あまりにも酷い扱いをする主人からの一時的な逃げ場として使われている。つまり、警備兵は万が一のために場所を知っておけと忠告してくれたのだが、リーゼは微笑んで流したのだった。



 「ま、とにかく皆んな仲良くな。困ったら俺んとこ来いよ」


 「あんたは俺らの親かっての!──まぁ、行ってくるよ」


 「おうよ」



 軽い冗談に笑うそれは傍から見ると親子のやり取りにしか見えなかったが、惇は特に気付くことなく車輌を走らせた。


 目的地の学園はすぐそこだ。

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