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002: おきまして、こんにちは


 「⋯⋯ あれっ、」

 


 ゆるゆる目を開いて、初めにぼんやりと目に映ったのは綺麗な木目の見慣れない天井。あの森の中の荷台じゃない。すぅ、と息を吸い込むと、ゆったりと枕や布団から芳香剤の良い香りがした。


 ──枕?布団?⋯⋯ そんなもの、何故わたしの上にあるのだろう。



 「あ、起きた?」


 「えっ、あっ、あの⋯⋯ 」



 呼びかけられて、少し起き上がって声の方を見る。これまた見慣れない少女。愛想良く首を傾げて茶色いボブカットをふらりと揺らすその少女は、もちろんわたしに見覚えなんてなかった。


 視線を少女から外して上に向けると、やはりあの木目と、そこから垂れる愛らしい木製の電灯が目に入り、下へずらしてゆくと、茶色い天井と同じ木でできた部屋の壁、タンス、机。さらに下げればベージュ色の自分に覆い被せられた掛け布団。


 少し、いやたっぷりと時間をかけて整理したけれど。結論、記憶にない誰かさんの家の中。わっつはっぷんど。



 「大丈夫?どこか痛んだり、吐き気はしない?」


 「いえ、大丈──っ」



 大丈夫、じゃなかった。突然体を駆けたわたし自身の魔力に頭を揺さぶられて、頭から星が飛んだかのような感覚に目を回し、次に襲ってきた締め付けるような空腹感に負けて前のめりに伏せてしまった。ぼふ、と優しい感触がわたしの顔を包む。



 「わっ、大丈夫じゃないよね!?」



 少女にまた横にされ、首もとに手を当てられる。手からは暖かい何かがわたしの中に流れ込んでくるのがわかった。恐らく、治癒魔法の類だろう。



 「ほら、焦らなくても、ゆっくりでいいから。見た目では大丈夫にみえてもいまのあなたの体はぼろぼろよ。ゆっくり休んで、ちゃんとした食事を食べないとだめ」



 深呼吸して、という少女に素直に従ってゆっくりと空気を吸いこみ、ほぅ、と吐き出す。何度か繰り返すうちにだんだんと楽になってきて、血が巡ってきたのか何かと頭もまわってきた。彼女の治癒魔法のお陰なのか、体の方もある程度感覚が戻ってきていて、指から痺れが引いていき、足が解れてゆく。なにか波が這い上がって来るような感覚にぷるぷると震えてしまう。



 「惇が森の中で倒れていたって、連れて帰ってきてくれたのよ。ほんと、危なかったんだから──あ、起きたこと教えてあげないと。惇〜!来て、起きたわよ〜〜!」

 


 扉の向こう側に惇とやらを叫んで呼ぶと、



 「おう、ちょっと手が離せねぇんだ、少し待ってくれ!」



 という声が聞こえてくる。少女は、まったくもう。とため息をつき、扉から机の前まで移動するとなにやら椀を持ってわたしに



 「はい、食べて?」



 と粥をさじに乗せて口に運んでくれた。わたしは少しためらったけれど、彼女の笑顔を見て素直に口を開けてそれを口に含む。


 少女が食べさせてくれたそれは、くちゅり。と舌で簡単に崩せるほどに水分が粥にしても多かったが、いまのわたしには体に流れるように吸い込まれていくようで丁度よく、しかも少し強めの塩辛さや、薬草での味付けも相まってとても美味しかった。げふっ、と喉を動かす度に出る咳でなかなか飲み込めないのがとてももどかしい。だがそれも最初のあたりだけで、そこからは久々に美味しいと感じるものを食べたからか、つい夢中になって食べて続けてしまい、お礼を言うのもつい忘れてしまった。椀の八割くらいまで食べ、少し満足あたりでそれに気づき、はっとして顔が熱くなるのを感じながら、慌てて礼を言う。



 「ありがとうございます、とても、美味しいです」


 「そう、ありがと。口に合ったようで良かったわ──果物もあるけれど、食べられるかしら?梨しかないけれど」


 「い、いえ、その、申し訳御座いませんが、これ以上は⋯⋯ 」


 「あっ、ごめんね。美味しそうに食べてくれるから、ついついわたしも嬉しくなっちゃって。わたしったら、あなたは病人なのに。残りはここに置いておくわね、水はいるかしら?」


 「では、いただいてもよろしいでしょうか?」


 「はい、どうぞ」



 残りを枕の横の棚に起き、飲み水をくれる。とても面倒見が良い人に拾われたようで、とても幸運だったらしい。



 「わたしの治癒魔法だけで大丈夫かしら?」



 だとか、



 「体調は大丈夫?辛かったら、医療所まで連れて言ってあげるわよ?」



 だとか、食べている間に幾つも質問されて少し世話焼き過ぎる気がしないでもなかったが、彼女の親切心を思えば──そうでなくとも充分、悪い気なんてせずとても有難く感じる。


 水を飲みきり、粥や果物の隣にコップを置いて、ふぅ、と一息つくと彼女もどこか安心したらしく、部屋にあった腰掛け椅子に座り、頬杖をついた。ふさり、と彼女の茶色い髪が揺れる。


 「本当に、ありがとうございます。助けて頂いた上に、こんなに美味しいものまで頂戴してしまって」


 「ううん、いいのよ。辛そうな人が目の前にいたら助けるのは当たり前よ──うーん、それにしても遅いわね、何してるのかしら。惇〜?早く来てよぉ。惇が来ないと自己紹介できないじゃない!」


 二度目の、椅子に座ったままでのお呼び出し。今度は、



 「おう、今行くから待ってろー」



 という返事が返り、少しして扉が開いた。



 「おぉ起きたか。無事みたいで良かった」



 あっ、とつい声が出てしまった。それくらいわたしにとっては衝撃的だった。なにせ、ひょっこりと扉からこちらを覗いてきたのは。



 「マ、マスター⋯⋯ !?」


 「ますたぁ??」



 私がビクッ、と背筋を伸ばそうとした反動で跳ねるのと、少女がすっとんきょうな声を上げた。


 あぁ、そうだ。意識があまりはっきりしていなかったから忘れてしまっていた。森の中でわたしは、マスターに従属の契約をしたのだった。


 確か、彼女はマスターのことを惇と読んでいた。──じゅん、ジュン、惇⋯⋯ よし、肝にマスターの名前を銘じた。



 「申し訳ございません、マスター。私としましたことが⋯⋯ 」


 「ねぇ惇、これはどーいうことかしら?なんで助けた人があなたを『マスター』だなんて呼んでいるのかしらぁ?何かおかしなことを吹き込んだんじゃないでしょうね!?」


 「まてまて綵、俺は何もしてないぞ?」


 「マスターは、私の何から何まで、全てをご購入され、従属の契約を交わせられたのです」


 「お、おい?契約なんて──」


 「はああぁぁ??何考えてんのアンタ!?女の子を助けた代償だとしても、自分の奴隷にしようだなんて...ほんっっっと見損なったわ!」



 綵──と呼ばれたあの茶色いボブカットがかなりの本気で怒り出したのも無理はない。従属契約。それは、その名の通り自分の奴隷にするという契約だ。この契約は魔術の一種、霊力を交わして行われる契約で、奴隷側が主の命令を破ると精神が締め付けられ、最後には崩壊すると言われている。──つまり、結んだら最期。主人と奴隷双方の同意の上で破棄するか、どちらかが死亡しない限り一生奴隷側は主人の命令を従い続けて生きてゆくことになる。



 「いえ、わたし自身が身も心も全てマスターに譲渡すると覚悟をした上での従属契約です。ご心配には及びません」


 「それのどこに心配しない要素があるのよ!?あなたわかってる?奴隷よ、奴隷!!」


 「ですから、身も心も⋯⋯ ふぐっ」


 「ま、まま、まず整理しようぜ!?何かのまちが──」


 「なに口塞いでるのよ!その娘を離しなさい!!」


 「ふぐっ、ふぐぅ!?」



 綵の喧噪に冷や汗たっぷりの惇が慌てて口を塞ぐと、綵がげしっと惇を蹴り、無理矢理引き剥がし、扉の外に突き飛ばした。バコンと重い音がして呻き声が聞こえる。痛そう。



 「嘘つきっ!惇はそんな事しないって思ってたのに!!」


 「いやだから俺は何もしてねぇって!」


 「いえ、しかしマスター、私の首にある通り──ここにしっかりと、契約の印がありますよ?」


 「なんだって?」



 ぐい、と服を引っ張って右肩をわたしがそれをはだけると、そこにはしっかりと赤く、十字に巻き付く鎖と、それを囲うバラの棘、従属契約を結んだ初期の奴隷マークが描かれていた。初期、というのは奴隷には各自の主人が主人独自のマークを「わたしの奴隷ですよ」と宣言するという意味合いでつける。だが、それは契約を結んだその場で付けるものではなく、初期のこの形から後々書き換えるのだ。そして、契約したてか、マークを変更した直後の三ヶ月ほどは体に馴染まないせいなのか、赤いマークになる。段々と黒くなっていき、最後に三ヶ月あたりで黒色として体に定着するのだ。


 つまり、混じり気のない赤い色で、契約した初期そのまんまの形のマーク。これが意味するものは、ただ一つしかない。


 その人は最近になって奴隷になった、ということだ。



 「こんの──変態めええぇぇ!!」


 「ぐはぁっ!?」



 証拠が出揃ってしまった惇を再び綵が部屋の外に蹴り出し、バタン!と全力でドアを叩きつけて閉じる。



 「マ、マスター!?」


 「大丈夫よ、すぐあの馬鹿からわたしが解放してあげるから!絶対!!」


 「ですから、私は覚悟の上で結んだんですってえぇ⋯⋯ !」



 半泣きのわたしが両手を肩に乗せ、何かの自信に満ち満ちている綵に取り敢えず、話の整理だけはと説得するのには、かなりの時間がかかったのだった。




  †




 「えっと、まず、私はリーゼ、L,I,S,Eで、リーゼと申します」



 やっとのことでリーゼが最初に話す、という条件で納得した綵と、リーゼ、そして可哀想に右頬にまっ赤の足形をくっつけた惇が三角形に部屋に座っていた。暗くなってきたので吊り電灯をつけ、部屋を暖かそうな光が包み込もうとしていたのだが、綵の刺すような眼光に、惇の魔女裁判にかけられたかのような絶望も恐怖ともつかない表情と大量の冷や汗に潰されるような勢いで冷やされた。

 こんな状況でなかなか話せる気になるものではないが、取り敢えず自分の身を話さなければとリーゼは重々しく口を開いた。


 「えぇと、私、ご覧の通り身売りを致しまして⋯⋯ 荷台に乗せられて競りにかけられる予定だったんです。逃げ出さないよう、魔力の流れを塞き止める枷の他、睡眠魔法で眠らされておりました」


 「身売り?なんでまたそんなことしたのよ⋯⋯ ?」


 「私の前の主人──ではないのですが、それにあたるような方が亡くなりまして。身売りをして、新たな主人を受けようとしたのです」


 「それは──災難だったわね⋯⋯ 」


 「そして、目が覚めた時に顔を合わせるのが次のマスターである、と商人に言われましたので、その通りにマスターと契約致しました」


 「うん、うん。うん⋯⋯ ?」



 惇が何か言おうとしたが、綵に腿を肘打ちされて痛みに喘いだ。


 「続けて?」


 「えっ、ええと、そうですね⋯⋯ その時、睡眠魔法のせいか体が重く、酷い空腹感に襲われてしまって。そのまま、気がついた時には、ここにおりました」


 「──えっ、それだけ?」


 「はい、以上です」


 「おいおい、待ってくれ」



 あまりにも少ない説明にぽかん、とした綵に代わり、惇が声を上げる。



 「俺は森の中でリー⋯⋯ ゼ?さんを見つけて、ここまで運んできただけだぜ?怪しげな羊皮紙にサインしたり、リーゼさんを変な魔法にかけてもいない」


 「いえ、従属契約は、わたしに付けられていたあの枷の玉にマスターが触れられた時点で契約完了です。商品を開封した、という時と同じですね。マスターは、商人からご説明をお受けになさらなかったのですか⋯⋯ ?」


 「いや、おれは仕事の帰りに通りかかっただけだし、その道中誰ともあっていないぞ」


 「あれっ⋯⋯ ?」


 「うん⋯⋯ ?」


 さて、二人の話を繋ぎ合わせてみよう。リーゼは身売りの移送中で、次に目にする人がマスターであると言われ、睡眠魔法で眠らされていた。惇は、森の中で倒れているリーゼを見つけ、治療のために連れ帰った。そして、その時にあの枷の玉に触れてしまった。この二つから出てくる答えは。



 「あっ⋯⋯ 」


 「おおぉい!?間違いで俺がリーゼさんの主人になっちまったのか!!?」


 「えっ!?えぇーっと、わたし、ついていけてないんだけどっ?枷って何!?」



 そう、惇と、リーゼが気づいたことが事実そのものであった。

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