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短編小説

戦乱の終始

作者: 広越 遼

一、初王の神器じんき


 それは、初代の王が神からたまわったとされる神器じんきである。

 銀色とも鈍色にびいろともつかない円盆えんぼんが、それである。

 その円盆えんぼんにマガの月の雨水を溜め、センジの月の月光に三晩当てる。そうすると、それは天が見てきた過去を写し出す。無作為に数々の過去が写し出されるため、ただの人の力では、そこにはただ玉虫色の色彩のみを見るだろう。

 しかし、正しく力を持つ神のしもべが行ったのなら、思い通りの時が写し出される。

 昨夜でも、太古でも、過去起きたことなら、如何なることでも。

 その写し出された物はまさに真実であり、故にこの円盆えんぼんを『写真』という。



二、愚王の勅命ちょくめい


 飛蛇ひだ乗りというのは、一昼夜でなれるものではない。才能豊かで健康な男が、賢く気のいい飛蛇ひだに巡り会ったとしても、十年はかかるものだ。一人前の飛蛇ひだ乗りになる前に命を落とすものも少なくはない。

 飛蛇ひだというのは蛇のような形をした魔命体だ。顔と胴の区別はなく、顔には口や鼻はない。大抵体の色は緑色で、全身が産毛のような触手で覆われている。魔命体であるため、生命体である人間にはなかなか馴れない。生命体と同じで物を考え、感じることはできるが、食事をすることがないため、餌付けができないのだ。なので数年は共に暮らさなければブランコという飛蛇ひだにぶら下げる鞍を付けることもできない。そのブランコに片手で捕まりながら、もう片方の手では飛蛇ひだぎょすため手綱を引く。

 飛蛇ひだ乗りはその名の通り大空を飛ぶ。それは逆を言えば、大空から落ちることもあるということだ。常に危険を伴う職だ。

 しかし飛蛇ひだ乗りは有事の際、斥候せっこうや伝令にこの上なく重宝される。平和なときでも、伝令をするのに飛蛇ひだより速いものはない。

 もしも飛蛇ひだ乗りになることができれば、それは国中の誰からも尊敬を集めることになると言って過言でない。

 そして何より、大空を自由に飛び回れるというのは、これほど爽快なことはない。

 若い飛蛇ひだ乗りミズマ・ズウマはそう考える。

 ミズマはこのユガの月で三十になる。左腕が長く太いのは、飛蛇ひだ乗りである証だ。短髪で精悍せいかんな顔つきで、決して顔立ちは良くないが、その表情はほとばしるほどの自信に満ちている。

 今は成体の飛蛇ひだといるため分かりにくいが、一般的に長身と言われる者よりも頭一つ背が高い。

 三十という若さで、この道十年という、驚異の飛蛇ひだ乗りだ。飛蛇ひだ乗りの中でミズマを知らない者はいないと言っていい。それはその若さだけではなく、飛蛇ひだ乗りとして彼が大変優秀なためでもある。

 飛蛇ひだ乗りの中にも格がある。首都ベンガからこの港町ダイに飛ぶのに、三日かかる者もいれば、一日で済む者もいる。

 だがミズマのように半日で飛ぶのは、おそらくこの国でミズマ一人だろう。

 港町ダイは観光でも有名な街だ。他国との流通の中心地であり、近くは隣国のメガ・ナ王国から、最果ての妖精たちの国リーランまで、様々な場所の名産がこの街に流れてくる。

 ミズマの国ユリガン・オクタンにも、このダイほど栄えている街は首都を除いて他にない。

 しかし今日ミズマがこの街を訪れた目的は観光ではない。ダイを中心とする東の州長、オグマ氏に国王からの書簡を届けに来たのだ。書簡は皮紙ひしで、王印をされたろうで堅く封をされている。

 市井しせいの人間で知る者はほとんどいないが、王印には二種類ある。

 一つは広く使われる、王からの書であることを証明するための物だが、もう一つはそれに加え、その書に書かれたことに逆らうことを許さないという、強制力を持つ物だ。

 ミズマが持っている書にされているのは後者の王印だった。

 ミズマは切なげな目で右手に持ったその書簡を見つめる。仕事柄、その王印の意味を知っているのだ。

「やれやれ」

 ミズマが降り立ったのは、州長の暮らす建物群の一つだ。その中で最も高い建物、物見ものみの塔の屋上だった。半日ぶりに自分の足で立つと、世界が揺れているような違和感を感じる。これは十年飛蛇ひだ乗りをしていても慣れない。

 ミズマが降り立ったのは見えていていいはずだが、迎えの者が来る気配はない。

「リガナ、ここで待ってろ」

 ミズマは自分の飛蛇ひだにそう声をかける。リガナは身を波打たせてそれに答える。

 ミズマはずかずかと歩き始めた。一歩一歩地面を踏みしめて歩くのは飛蛇ひだ乗りに多く見られる癖だ。

「失礼するよ」

 そう言ってミズマは塔の中に入っていく。塔の内部には螺旋の階段がひたすらに続いていた。明かり取りから入る夕方の頼りない陽光だけで、階段は暗い。壁にいくつも並ぶ燭台しょくだいにも灯はない。途中詰め所と思われる部屋をいくつか覗いたが、そこにも人がいる気配はなかった。ついに州長の屋敷に繋がる廊下まで下りてきたが、誰とも会わない。

「仕方ないな」

 ミズマは太く長い左手で頬を掻いた。

 それから意を決して屋敷へ繋がる廊下を進んだ。廊下は屋敷の三階部分に繋がっている。

 屋敷にはいくつも部屋があるが、そのどれにも目をくれず、ミズマは真っ直ぐに進んでいった。赤い羊毛のカーペットがミズマの重い足音を吸い取っている。

 彼は数多くある扉の中でも一際装飾豊かで大きな扉の前で立ち止まる。

 ノックの音が三回。

「ビズ、いるんだろ?」

 しばらく待って、ミズマは深くため息を吐く。中に人の気配はするのに、返事がないのだ。

 ミズマは長期戦を覚悟でそのまま黙ってそこで待った。中にいるはずのビズ・オグマは、こうなると何を言っても出て来ないのだ。

 手持ちぶさたで待ち続けるのは、ミズマの最も苦手な事の一つだ。大空を飛ぶ自由を知っているためだろうか。

 辺りを見回すと、壁の燭台しょくだいに蜘蛛の巣が張られているのに気付いた。幼い頃にはこの屋敷は掃除が行き届いていて、そんな物はなかった。過ぎる年月の無常に、ミズマはふさいだ気持ちになった。

「いい加減入ってくれば。どうせまだいるんでしょ」

 一体どれほど待ったか。中からビズの声がした。久しぶりに聞いた彼女の声に、ミズマの心は少しだけ和らぐ。

 扉を押し開けると、呆れるほどに身なりを整えたビズがいた。

 巻かれた見事な金色の髪。白く、陶器の様ななめらかな肌。引き締められた柔らかなピンク色の唇。頬が赤いのは見ようによっては似合っているが、少し朱を入れすぎだろう。

 天幕の張られた大きなベッド。そこにぞんざいに腰かけたブルーの瞳。それがキリリとミズマを睨み据えている。

 ミズマは肩をすくめてその睨みを逸らす。彼女からは明らかに敵意を感じた。ミズマが訪れた訳を察しているのだろう。ただそれはそれほど冷たいものではなかった。彼女のミズマに対する甘えが見える。

 ミズマは少し安心し、片膝を床に着け、頭を下げて言う。

「ご機嫌麗しゅう。かねてより皆から睡蓮の君と呼ばれるオグマ令嬢にお目通り叶い、凡生においてこれほどのこうはなく、また奇跡のようなお姿に目を疑うばかりでございます。加え、その瞳に映し出される慈愛のあまりの深さには、私の心は大嵐の中の小舟よろしく大きく揺れ、ただたじろぐばかり。御君おんきみの背に創世の神ホドカの加護が見えるは、私の眼の狂いではございません。さらに言うなれば、」

「もう! 止めてよ。虫唾が走るわ」

 多分に嫌みを含んだミズマの言葉を、ビズは悲鳴混じりに遮った。

 二人はそれから腹の底から大笑いをした。

 それで会わなかった五年は埋まった。

「しかし不用心だろう。物見ものみの塔からここまで、鍵の一つも掛けていないとは」

 ひとしきり笑った後に、ミズマは言った。

「あら、そうだったの。そんなの知らなかったわ。でもおかげであなたは入れたんでしょ」

おっしゃるとおりで」

 ミズマは肩をすくめると、扉を閉めてビズの隣まで歩いていき、どしんとベッドに腰掛けた。

 ビズは女性にしては長身だったが、ミズマが隣にいるととても小柄に見えた。

「それで、用もなく尋ねてきた訳じゃないんでしょ?」

 幼い頃からよく知るミズマの前で、子供ぶって見せていたのだろう。ビズは突然それを止め、州長としての五年で培われた顔をして、問いかけてくる。

 ビズの声を聞いてから、使命など全て捨て、このままビズを連れ去ってしまいたい。そう思っていたミズマも、ビズの変化にまじめな顔を戻した。

勅命ちょくめいが出た。首都への召集だろう」

 右手の書簡を、ビズの左手にそっと置く。

「そう」

 ビズのため息混じりの声に、またミズマの心が揺らぐ。もしこのままビズをさらったとして、どうせミズマの飛蛇ひだに追い付けるものなどいない。リガナがいれば、遠くの国でも、ビズとミズマが生きていくのには困らないだろう。

「ビズ」

 深い思いを込めたミズマの呼びかけに、静かにビズは首を振る。

「ミズマ。私にある道は二つだけよ。この召集に応じて、王に首を落とされるか、この東州で貴族に呼びかけて、反乱を起こすか」

「ビズ」

「もう貴族たちには話してみたの。王の圧政に屈したくないと、みんな言ってくれているわ」

「ビズ。まさかこの国を乗っ取ろうと言うのか? それは」

「いいえ。そうではないわ。もう名前は考えてるの。ダイ・オグマ。悪くないと思わない?」

「どういう事だ?」

 意を察しているのだろう。ミズマは打ちひしがれた声で問う。それにビズはやわらかく言う。

「決まってるでしょ? 独立しようと言うのよ」

「ビズ、気でも狂ったか!」

 ビズの表情には固い意志が伺えた。会わなかった五年間。それはビズが州長を継いでからの五年だ。知らぬ間に、ビズの目はとても強くなった。

 ビズの言うとおり、王の圧政は目にあまるものがある。増税に次ぐ増税で、村々では飢え死にをするものが絶えないと聞く。一昨年の国中に蔓延はびこった疫病えきびょう。去年の明けから一年続いた旱魃かんばつ。そしてまた増税。ミズマはそれらから目を背けていたが、ビズはしっかり向き合ってきたのだ。

「ねえ、ミズマは知ってる? 去年の旱魃かんばつのあと、また税が上げられたのよ。今の税は大体収穫の八割。収益の七割。飛蛇ひだ乗りは加税対象外だから、もしかしたら知らないのでしょうね。

 税の払えない家では、働き手を苦役くえきに徴集される。それも無意味なものばかり。クヌ川の治水工なんて聞いたことある?」

「いや、聞いたことはないが、しかしだな」

「一年の半分は干上がっているような川よ。去年は一滴の水も流れてないわ。あとは友好国のメガ・ナ国との国境に関を作ったり。おかげであっちの国はピリピリしてるわ。貿易はやりにくくなるばかり。

 そうそう。ヒガステル公国の使者をはりつけにしたって話は聞いた? 何でも王の御前ごぜんで咳をしたとかで。ヒガステルとの国交回復には時間がかかるでしょうね。

 ねえ、ミズマ。狂ってるのは私? 王の方ではないの?」

 ビズは冷静な目でミズマを見つめる。

 東州の他に、中央、南、西、尖島、大岳、小。この国は七つの州からなる。今、かつて豊かだったこの国は、東と首都を除いて荒れ果てている。新王の即位からまだ四年しか経っていないというのにだ。

 東州が荒れ果てるまで至らなかったのも、ビズが王命である納税を拒んだためだ。

「しかし、王には初王の血が流れているんだぞ。それに初王は神の血を引くお方だ。それがなければ国を治めることはできない」

「あら。ミズマは知らなかった? 私の中にも古く家系を辿れば、初王の血が流れているわ」

「まさか」

「信じられないかしら。ではなぜ貴族でないオグマ家が東州を治めていると思っているの? 貴族は神の血を持つ王の命には逆らえない。それなのになぜ今まで東州の貴族だけが王の命に逆らえたと思っているの?」

 ミズマは目を大きく丸めた。しかしすぐにいぶかしむ様に眉をひそめた。とてもすぐには信じられない話だった。

 ビズは優雅な動作で立ち上がり、鏡台の前に歩いていった。

 それから鏡台の引き出しから金色の鍵を取り出す。

「ねえ、ミズマ。ちょっとこの鏡台をずらしてもらえないかしら?」

 なんの意味があるのかは分からなかったが、ミズマは言われたとおりに鏡台を持ち上げた。普通なら二人掛かりで持つような重量だったが、ミズマは顔色一つ変えていない。

「どのくらい動かせばいい?」

「ほれぼれする馬鹿力ね。三歩ほど右にずらして」

 鏡台をどかした床には、隠し扉があった。観音かんのん開きのなまりの扉で、ビズはそれを、取り出した金色の鍵で引き開けた。中には急な階段があった。ビズは壁から燭台しょくだいを一つ外して、目で付いてくるようミズマを促す。

 階段を下りると、そこは埃の臭いが充満する部屋だった。ビズは壁に掛けられている燭台しょくだいに火を移していく。階段以外に出入り口はなく、窓の一つもない。ここはどうやら宝物庫のようだった。

「こんなところがあったんだな」

「ええ。他にも実は色々あるのよ。今度教えてあげるわ。ちょっとこれを持ってて」

 ビズはミズマに燭台しょくだいを手渡すと、壁に備え付けられている棚から皮紙ひしを取り出した。それにはすでに切られているが、一般的な方の王印がされていた。皮紙ひしや文字の色褪せ方から、相当古いものだと分かる。

「三代目の王、人王の書よ。読んであげる」

 ミズマは一般的な民と同様、簡単な文字しか読めない。貴族たちの使うような真字しんじでは全く意味が分からないのだ。

 ビズの声は、朗々と宝物庫に響き渡った。



三、人王の書


次兄じけいユウグに国を継がすは、深く思慮を巡らした故。長兄ちょうけいのそなたには不服たるもあろうと思うが、重々承知置くよう。そなたには東の治めるを任ずるものとす。これよりそなたダイ・オクタンは、ダイ・オグマと姓を改めるよう。しかしてそれは決して離別を意味するものではあらず。ユウグにおいても決して兄を軽んずることのないよう、良く申しおく。そなたも弟王ていおうを助け、よりこの国の栄えるを願われること申し付ける」



四、睡蓮王


 驚愕の内容だった。ミズマにもそれは同様で、古い言葉で分からない部分もあったろうが、分かる部分だけでも言葉を失っていた。

「貴族たちにはすでにこれを見せたわ。みんなミズマの比じゃないくらい驚いてたわ」

「まさか本物なのか? その、捏造ねつぞうなどではなく」

「ええ。残念ながらそのまさかなの。私はこの国で唯一、オクタン家を離れた王族なのよ。

 本当は神僕しんぼくがいればもっと確かなことが分かるのでしょうけど、もう私たちが生まれる以前から、神僕しんぼくは現れていないそうだから、仕方ないわ。この書だけでも十分な証明よ。

 だから私だけは、ここから逃げ出すわけにはいかないの」

 ミズマは言葉をなくす。なんと言っていいか分からなかった。しかし、それでもまだ納得したわけではない。

 二人はそれから宝物庫を出て、再び鏡台を元に戻した。

 その間中考えたことを、ミズマは尋ねる。

「ビズ、お前のことだから分かっているんだろうな。現王は独立を許される方ではない。王軍や、各州軍が動く。ダイ・オグマは長くは続かないぞ」

「ええ。もちろん全軍に攻められれば東だけでは長く持たないわ。けれど全軍が動くことはないわ。私たちの素敵な愚王は、ヒガステルの恨みを買っているの。西に脅威を持ったまま、東に全軍を置くことはできないはず」

「戦争になるんだぞ? 多くの血が流れる」

「王の圧政に耐えるよりは、戦争の道を選ぶわ。そっちの方が血も流れない」

「もし万が一戦争が長引けばどうなる」

「そうね。つまりミズマは、私の首を差し出して平和的に収めろと言うのね」

「そうじゃない」

 ミズマは自分でも驚くほどの怒りが、体内に巻き起こった。それをなんとか制し、落ち着いた声で問う。

「全軍はないとしても、戦争になれば東州は遠からず敗れるだろう。そうなればどの道、命はない。何か勝算があるのか?」

「あら。その情報を首都に持ち帰って、褒美を授かろうっていうの?」

「ビズ、真面目に答えてくれよ」

 ミズマの太く長い左腕に、ビズは巻き付くように身を寄せてくる。そして飛びきり甘えた声で言う。

「全ての問題は、海を越えられるほど優秀な飛蛇ひだ乗り様がいれば解決するの」

 この状況で、あろうことかビズは完全にふざけていた。しかしそれが分かっていても、ミズマはその色仕掛けに負けてしまった。いや、例えどんな頼み方をされようと、元々ミズマに断る気など起こらなかっただろう。

 海を越えられるほどの飛蛇ひだ乗り、という事は、他国と同盟を結ぶ算段があるのだろうか。

 幼なじみだからというのではない。愚王から民を救いたいというのでもない。ただそれは、ビズに対する想い故に。

「それならここにいる」



五、英雄王


「そっちの方が血も流れない。か」

 神僕しんぼくが写し出した過去を見終わって、コウダはそう呟いた。

「結論から言えば、睡蓮王ビズ・オグマの判断が正しかったとは言えない。皆も承知のこととは思うが、この後ミズマ・オグマは、いや、当時はミズマ・ズウマか。彼はリーラン海軍を引き連れこの地に戻ってきた。それで戦力は拮抗してしまった。それからメガ・ナ、ヒガステルを巻き込み、この地は混沌とした戦乱の時代に入った。

 我がユリガン・オクタン国は、ビズを偽王ぎおうと断じて譲らなかった。ダイ・オグマ国は、ビズの血が由緒あるものだと信じそれに抗った。

 血で血を洗い、報復に報復を重ね、戦乱は続いた。

 大人たちは、圧政から逃れるためという意志があったのかもしれない。けれど次に生まれた子供たちは、ただ怨みの連鎖に呑まれていっただけだ。

 愚王が死に、ビズとミズマもこの世を去り、それでも戦乱は終わらなかった。

 実に多くの血が流れた。今なおこの地に命が残っていることが不思議なほどに。

 いかな理由があろうとも、この戦乱を始めたのは睡蓮王に他ならない。結論だけ見て、ビズの判断は誤りだった」

 ユリガン・オクタン国、中央州、首都ベンガ。王城の広間には、王と、三百五十年ぶりに現れた神僕しんぼくと、文官武官が八名ずつ。総勢十八名がいた。

 円盆えんぼんに写し出される真実の過去を見るためなのだが、その人数がこの広い場所でひと所に固まっているのは、どこか滑稽だった。

「だけど、睡蓮王は確かに初王の血を持っていたようだ。おそらく何者かに隠蔽されたんだろうな」

 苦笑混じりに話しているのは、現在の国王、コウダ・オクタンその人だ。文官の数名がそれに相づちを打つ。

「そして元を正せば、非はこちらにある」

 王のこの言葉には、文官武官双方、賢明に同意は避けた。しかしその中で、神僕しんぼくだけが頷いた。

おっしゃるとおりに存じます」

 神僕しんぼくの身なりは、物乞いのような有様だった。着ているものもすでに服と呼べるものかどうか。

 本来ならば、王の御前ごぜんにある姿ではない。

「なにを申すか! 我が王の血筋に不満があるというのか!」

 そのような身なりのためだろう。文官の一人が不必要なほど高圧的に声を荒げた。

「ユジマ」

 王は静かにその文官の名を呼ぶ。

「ユジマは今までよく働いてくれた。とても死なすには惜しい人材だ。しかし神僕しんぼく、王よりも位の高い神籍しんせきの御方にそのような不敬を働くようでは、斬首もやむないと思うのだが、どう思う?」

 柔らかな物腰で、王はユジマを震え上がらせる。ユジマは歯の根も合わさらないほど怯え、弁明することすらできずにいる。

「まあいい。以後慎むよう」

 そう言う王は、震え上がる文官を揶揄やゆしている様だった。

「私は東州を滅ぼすことはせず、調停に応じるべきでないかと思う。そしてバガからスガルまでを割譲かつじょうさせ、ダイ・オグマ国としての独立を認めるべきではないかと。真実を知ってしまった今、道にもとることはできないからね」

「しかしそれでは、国民の感情は収まりますまい」

 武官の一人が発言する。王は親しげな目でその武官を見る。

「誰かがどこかで、身を切る思いをしてそれを収めなければ、怨みは消えることがない」

「怨む対象がなくなれば、自然と怨みも消えましょう。故に、敵を滅び尽くせと言う者もおろうかと」

「それで、その愚か者が僕に反旗を翻すの?」

 にこやかに笑って王は言う。言った武官は苦笑いをして引き下がる。文官よりも武官が王に慣れ親しんでいるようなのは、コウダが戦乱の王である証だろう。

 そして、何も言わないで引き下がった武官の言葉を、神僕しんぼくが継ぐ。

「三百年続いた戦乱を、たったの一年で終わらせた英雄王コウダ。あなた様に逆らうものなど、一体どこにおりましょうや」

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