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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

名前で呼ぶな!

作者: kiyama

「アズマっ! 悠祐たちに仕事押し付けて遊んでるなんてダメなんだぞ!!」


 久しぶりに溜まっていた書類を全て担当部署に捌ききって回答待ちの隙間時間ができたため、たまにはまともな飯でも食おうと食堂に足を踏み入れた途端だった。

 何とも身に覚えのない指摘なのだが。ほぼ2週間ほど生徒会室から外に出ていなかった俺は、じゃあ何をやっていたというのか。


 あ、ちなみにトイレも風呂も生徒会室奥の仮眠室に設置されているし、食事は親衛隊その他有志が届けてくれたから、本当に一歩も外に出ていなかった。


 その間、俺以外の生徒会役員は顔も見ていない。


 そうそう。申し遅れたが、俺はこの矢越学園で生徒会長を務めている桐谷吾妻(きりたにあずま)という。

 幼稚舎からずっとエスカレーターに乗りっぱなしでここまで成長した生粋の矢越っ子だ。


 同じく幼稚舎からずっと同じ学び舎を過ごしてきた幼馴染は数多く、学内は基本的に和気藹藹としたムードだ。学内全員兄弟感覚なのだから仕方がない。

 その幼馴染のうちに俺と似通った名前のヤツがいるため、俺は名前で呼ばれるのを極力遠慮してもらっているのだが、先月やってきたこの転校生はそれでも名前で呼びたがる困った人物だった。


「おい、何を騒いでいやがる」


 食堂の入り口を塞いでしまっていたのは申し訳ないが、その俺の後頭部から聞き慣れた声が降ってきて、驚いて振り返った。

 どうやら、俺が食堂に入った途端に足留めされているのを見かねて風紀に通報してくれた生徒がいたようだ。ありがたい。


 先程までさんざん謂れのない罪状を挙げ連ねて糾弾していた転校生が、急にぱっと嬉しそうに顔を綻ばせた。といっても、目元が見えないので上気した頬の色と嬉しげにつり上がった口元で判断したわけだが。

 そうか、この転校生は取り巻きの中から選ばずに風紀委員長に惚れたのか。厄介な。


「キリヤ! 来てくれたんだな!! お前もちゃんと言ってやれよ! 生徒会長が仕事サボっちゃダメだって!!」


「誰が名前で呼んで良いっつった? 会長以外も仕事しろ、の間違いだろ」


 お前らさっさと食って教室帰れ、と他の生徒たちを手を叩いて促す彼は、風紀委員長の吾妻霧矢(あがつまきりや)だ。


 字面を見て分かったと思うが、俺が名前呼びされるのを嫌がる元凶だ。名前呼びを嫌がるのはお互い様だが、だからといって本人同士が反目しあっているわけではないので悪しからず。

 さっきも紹介したとおり、学内全員兄弟感覚なのだ。彼とも長い上に浅くない付き合いを続けている。


 学内新聞では鬼の委員長仏の会長と並び称されているが、そうなるようにこちらも意識しているので満更でもない。


 その鬼の委員長に促されて一般生徒たちがこちらに集めていた注目を止めて食事に戻り、出鼻を挫かれた転校生が怒濤の糾弾に一時停止がかかったため、俺はようやく食堂に入ることができた。

 当然のように吾妻(あがつま)委員長が一緒についてくる。


「食堂に来るなんて珍しいじゃねぇか、吾妻(あずま)


「うん。仕事が一段落ついたからちょっと息抜き兼ねて。午後は授業も出れそう」


「今日は部屋に帰れそうか?」


「どうかな? 委員会からの回答次第だけど」


 話しながら向かうのは、あの転校生がいる役員専用席は避けて、食堂の中ほどにあった空席だ。

 向かい合わせに座り、注文端末を手に取る。前に、すんでのところで目の前の人物に奪われた。


「注文してやるからちょっとこれにサインくれ。今日の和定食は鯖味噌に肉じゃがだな」


「じゃあ、それで良い」


 鯖の味噌煮は大好物だ。だろうな、と頷いて彼がサクサクと注文端末を弄っていく。


 その間に代わりに渡された書類に目を通し、パチパチと意識して目を瞬いた。

 それは、委員長会議発議の生徒会役員リコール嘆願書だった。


 生徒会役員のリコールは全員一括が学則で規定されているから、俺以外の仕事をしてくれない役員だけを辞めさせる方法がなくて諦めていたんだけれど。

 俺を巻き込んでももう見逃していられないという判断なのか。


 まぁ、生徒会長であることに固執する気はないんだが。リコール対象になるほどの否もないつもりだっただけに残念ではある。

 経歴に土が付くのは避けられないから、それしかないなら仕方がないが、悔しいとは思うよな。


「ちょうど仕事が一段落したところで良かったな、というか。頑張ったのになぁ、俺」


「あ? 良く読んだか? 但し書きがあるだろ」


 ここ、と書類をトントンされて指先に目を向ける。

 但し、生徒会長を留任のこと。許諾がなければこれを撤回する。


 宛先は理事長だった。転校生を溺愛している叔父、と聞いている。

 皮肉なのか、もしかして。


「可愛い恋人を窮地に追いやるような鬼畜生じゃねぇよ、俺様は」


「鬼の風紀委員長のくせに」


「そういう意味じゃねぇだろ、その『鬼』」


 クックッと楽しそうに喉を鳴らして笑う姿が妙に様になっているのだがどういうわけだ。

 この俺様め。


 そういうところもカッコいいんだけどな。


「おい! 俺が喋ってるのに無視するな!!」


 バン!と座っている食卓が割れそうな音を立てるので、さすがにびびって身を引いた。

 良かった。テーブルは無事だ。


 それはもちろん、というべきか。ついさっきまで役員専用席である中二階から大声で俺を罵倒……糾弾し続けていた転校生の仕業だった。

 どうやら一緒にいたようで、副会長をはじめとした他の役員も勢揃いしている。


 食事は済んだのかな?


「アズマ! キリヤ! 聞いてるのか!?」


「だから、俺の名字はあがつまと読むんだよ。アズマじゃねぇ」


「よくキリヤって読み間違えられるから吾妻(あがつま)呼んでるんだって勘違いしやすいんだ。きりたにって名字で呼んでくれないかな?」


 そう。

 単品だと読み間違えられやすい名字だと認識があって、その前提で俺たちが二人一緒にいるところで名前で呼ばれたりすると、どちらを呼んでいるのか分かりにくくなる。

 それで、名前呼びコンプレックスができちゃったんだよね。


 ちなみに、お互いを名前で呼ぶのは勘違いしようがないからで、むしろ名前呼びを恋人にしか許さない恋心故のこだわりみたいでそれはそれでいい感じなんだが。


 そんなこちらの事情にはお構い無しな転校生は顔を真っ赤にして喚き散らしている。

 何でもいいが、騒音と食卓に飛び散る唾が迷惑だ。


「うるせぇ。こっちはこれから昼飯なんだ。静かにしやがれ」


「なっ!! 俺がこんなに言ってやってるのに!!!」


「そーかそーか。そらぁ、ありがとよ」


 シッシッと犬でも追いやるように手を振る。

 そういえば、食堂で騒ぎを起こした生徒は加害者被害者関係なく風紀室へ強制連行だった気がするが、随分と放置している。どうしたんだろう。


 転校生の背後に顔を揃える役員たちも、何やらどや顔なんだが。


「なぎさ、放っておきましょう。吾妻(あがつま)委員長はご多忙で、我々の苦言など聞いている暇はないようですからね」

「でも!!」

「「そろそろデザートが来るよぉ?」」

「あっ! ジャンボチョコパ!!」


 促されてハッと顔を上げ、転校生が一目散に役員専用席に駆け戻っていく。

 いや、食事の席で走るなよ。


 置いてきぼりの役員たちは、こちらを一瞥して鼻で笑ってからその後に続いて去っていった。


 残された俺は、正直なところついていけていないのだが。


「良かったのか? アレ」


「あぁ。最初は通常通り風紀室でお説教してたんだがな。連行途中で逃亡されて逃亡先で器物破損被害が報告されたのが、確か転校生問題1週間目だったか。あれで色々諦めた」


「現在は起こされる数々の問題を逐一間近で記録しつつ、彼らを学外退去させる方向で調整中です」


 続いて別の声で説明が入ったので一瞬驚いたが、なんのことはなく、先に食事をしていた隣の席の一般生徒が空けてくれたところにありがたく腰を下ろした風紀副委員長だった。

 彼の顔も久しぶりに見るので、挨拶をしておく。委員長自慢の右腕だしな。


 これもその手段の一環だ、と示されたのはサインが欲しいと渡されていたリコール嘆願書。そういえば、サインがまだだった。

 胸ポケットに入れて持ち歩く癖のついている万年筆で、生徒会長署名欄に自分の名を記入する。


 これが通れば、働かない役員たちも放逐できて働いてくれる役員に入れ替えができる。少しは楽になるだろう。


「素直にサインしたな。良いのか? あいつらも仲間として長く付き合ってたろうに」


「お説教で済ませられる時期は過ぎたでしょ。おとうさんにお説教されて泣いて反省でもするなら慰めるのは俺の役目だろうけど。仕事を押し付けられた直接の被害者だよ、俺。早々に見放すって」


「……誰がおとうさんだ」


 そりゃ、貴方でしょう。

 失礼を承知で指を指せば、周りで聞き耳を立てていたらしい野次馬たちまで揃って彼に注目を向けた。

 ほら、満場一致。諦めなさい。


「僕ら矢越学園生はみんな、吾妻(あがつま)委員長と桐谷会長の子供たちですから」


「ほら。ね?」


「俺がおとうさんならお前はおかあさんか?」


「そうだよ。知らなかった?」


 躍起になって否定する時期はとうに過ぎた。お互いファンの多い立場であるだけに、学内公認の立場はトラブル回避に有用であるし、そのくらいの茶化され具合いなら甘んじて受けてやろうと思う程度には、慣れてしまっている。

 ホント、今更ですか、ってところ。


 本当にそんな風に世間から見られていたことに気付いていなかったのか、暫く唖然としていた彼がそれからようやくため息をひとつ。


「子沢山過ぎだろ」


「ホントにね」


 思わず声を上げて笑ってしまった俺は悪くないと思う。


この子たちが同性婚すると吾妻吾妻(あがつまあずま)になるんだろうな(。´・ω・)

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