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魔法。



 食事をしないと問われたけれど、寝ていたはずの私は先ず睡眠をとらせてもらうことにした。色々考えてしまわないように思考することを放棄して眠る。起きたらいつものベッドにいればよかったのに、そうも行かなかった。

 ルーヴェストさんから借りた部屋で目覚めた。


「頑張れ私」


 そう呟いてベッドから下りる。するとコンコンと見計らったようなタイミングでノックがされた。返事をして開けば、ルーヴェストさん。


「おはようございます、メリーさん。これをどうぞ。サイズが合えばいいのですが……」

「ドレス、ですか……ありがとうございます」


 差し出されたのは、衣服一式。村娘Aが着ていそうな軽いドレス。ブラウンのコルセットにオフホワイトのフレアスカート。それにブラウンのブーツまで用意してくれた。なにからなにまで申し訳ないけれど、謝るより礼を言うべきだと考えた。


「念のために目の色を変えましょう。何色がいいですか?」


 私の姿は、赤きドラゴンの生贄と主張している。だから目の色だけでも魔法で変えてくれると言い出した。カラーコンタクトにも縁がなかった私は、色を問われても困る。

 今日も優しい眼差しのルーヴェストさんの瞳の色は赤。

優しい眼差しが羨ましくて、私は彼とお揃いにしてもらうことにした。


「ルーヴェストさんと同じ赤でお願いします」


 ちょっと自虐かもしれない。赤きドラゴンの生贄なのに赤を選んでしまうなんて。ちょっと笑ってしまった。でも私は赤が好きだ。私を助けてくれたルーヴェストさんも赤毛で赤い瞳の持ち主。赤に縁があるらしい。


「……メリーさんは明るい人なのですね」

「え? どうしてそう思うのですか?」

「笑顔がとても明るくて素敵です」


 笑ってしまった顔を、ルーヴェストさんは微笑んで褒めてくれた。とても素敵な男性であるルーヴェストさんに褒められて私は照れてしまう。熱くなる頬を押さえて、お礼を言った。

 ルーヴェストさんは私の目元に手を翳すと、少し間を置く。私はじっとしていただけなのに「終わりです」と手が下がった。


「手を翳すだけで魔法が使えるのですか?」

「今のは魔法陣を鮮明に脳裏に浮かべて使う魔法です」

「そうなんですか……目の色、変わりましたか?」

「はい。効力は一日ほど続きます。毎朝魔法をかけましょう」

「ありがとうございます、ルーヴェストさん」


 ルーヴェストさんの案内で部屋の一つであるバスルームに案内してもらったので、そこでシャワーを浴びて着替えさせてもらった。髪の毛は本当に真っ白。というより白銀。ギラついている白。用意されたタオルで念入りに乾かした。

 この世界がどんなものかはわからないけれど、魔法や服装からしてよくあるファンタジーの世界みたいだ。私のイメージは中世期に魔法をプラスした世界。

 ファンタジーは好きだ。魔法を鮮明に映像化したファンタジー映画もドラマも好きだし、漫画やアニメだってファンタジージャンルがとても好き。

 私は嫌われてしまう存在だけれども、私はこの世界が好きになりそうだ。

 別れも言えなかった家族や知人は心配してくれているだろうけれど、それもまた仕方ないことだと諦めるしかない。

 オフホワイトのドレスを着て、上からブラウンのコルセットをつければ、完成。村娘Aみたいな格好の出来上がり。ちょっと失笑してみる。


「うん、可愛い可愛い」


 自分に言い聞かせて、ブーツも履いた。ルーヴェストさんもブーツで家の中を歩いていたから、履いていていいのだろう。

 そして白い羽織りを抱えてバスルームを出ると、廊下でルーヴェストさんは立って待っていた。


「可愛いです、メリーさん」

「……独り言、聞こえてしまいましたか?」


 恥ずかしい。自分に可愛いと言い聞かせているのを、聞かれたなんて。


「聞こえてしまいました。癖ですか?」

「はい……。私の世界では魔法は……実在しないものです。本の中だけにある特別な力っといった存在ですが、言葉には魔法が少しならず私はあると思うのです。だから前向きな言葉を口にするように心掛けて力をもらっています」


 恥ずかしいまま答える。言葉は魔法だと思う。前向きな言葉を口にすることで、今まで何度も救われた。言葉は魔法、魔法は言葉。それがファンタジー好きの私の座右の銘。


「素敵な考えですね……やはりメリーさんは明るい方です」


 ルーヴェストさんは眩しそうに微笑んだ。また褒められた私は、ほっこりして笑い返した。

 ふと気付くと、ルーヴェストさんの足元に生き物がいる。一見猫かと思ったけれど違う。鳥と猫が合わさったような緑の不思議な生き物。羽根に覆われた身体は猫体系。両足もふっくらと丸みがあるし、尻尾は長い。顔は嘴があって、まんまる鳥目、背中に翼だってある。首元のふわふわの羽毛は白。


「可愛い生き物ですね」

「トリーと言います。店番も出来る賢い子です」

「おはよう、トリー。私はメリーです」


 しゃがんで挨拶をすれば、トリーという名の生き物は猫のようにすりすりと頬擦りしてきた。それだけでは足りなかったようで、身体もすりすり。本当に猫みたい。私は喜んで顎の下を指先でなでなでした。


「朝食にしましょう」


 ルーヴェストさんは私に手を差し出してきたので、つい受け取る。そのままリードされるようにリビングルームに下りた。日本では慣れないことに抵抗を覚えるけれど、拒めない。悪い気はしてないもの。

 テーブルの上にはもう二人分の朝食があった。スクランブルエッグに胡桃入りの食パン。フルーツらしきものも置いてある。食事は私の世界とあまり変わらないみたいでよかった。いただきます。


「ルーヴェストさんは、まじないの魔法商売をしていると言いましたが、具体的にはどんなまじないなのですか?」

「お守りの類いです。例えば恋のお守りです。第三者が割って入らないようなお守り、事故や不運に遭わないお守り、幸運に恵まれるお守り、獣避けのお守りなど。主にアクセサリー型のお守りを魔法で作って販売しています」


 なるほど、と食パンを咀嚼しながら頷く。本当に効き目のあるお守りを販売しているということなのだろう。


「魔法を学んでいれば販売出来るのですか?」

「この国には魔法使いの資格が必要なのです。試験を受けて魔法使いの資格をもらえれば、まじないなどの魔法商売が可能なのです」

「魔法使いの資格、ですか……誰でも受けられるのですか?」

「興味がありますか?」


 興味はある、と頷く。


「それならば……魔法使いの資格を取ってみるといいかもしれませんね。魔法使いの資格は、いわば身分証明書にもなります。それを得ることでこの国に普通に暮らすこともできますし、身を守るものにもなるでしょう」


 ルーヴェストさんは顎に手を添えてそう教えてくれた。

 なるほど。身分証明書さえ手に入れれば、私はこの世界の、この国の人間ですよという顔が出来る。万が一生贄だと疑われても身分証明書がお守り代わりとなってくれる。名案だ。


「でも、私に魔法が使えるでしょうか」


 問題は試験に受かる以前に、魔法が使えるかどうかである。さっき話した通り、私の世界に魔法は実在していない。


「試してみましょう。言葉の魔法が使えるメリーさんなら、きっと使えるでしょう」


 ルーヴェストさんは前向きな発言をする。彼も大概前向きで明るい性格だ。微笑まれるとつい私も笑って、そうですねと言ってしまう。

 食事を終えると、その場で魔法を学ぶことになった。

 分厚い本が並べられて、その内一冊を開いてルーヴェストさんは見せてくれる。


「これは基本魔法です。魔導書を読み上げて簡単な魔法を習得します。とはいえ、中には高度な技術が要するものもありますが」

「読み上げるだけですか」

「素質があれば、です。言葉は魔法ですから」


 魔法は言葉、言葉は魔法。素質があることを願う。


「……私、なんでこの世界の言葉がわかるのでしょうか」



 本を読んで、今更ながら疑問に思った。ルーヴェストさんとは普通に話せている。しかも日本語として。文字だって、不可思議な文字が読めてしまう。

「異なる世界からの召喚魔法の産物でしょう」とあっさりした答えに納得する。

 気に留めることなく、一ページにも及ぶ長い呪文を読み上げた。発音を気にしてルーヴェストさんに視線をよこすけれど、彼が止めることはなかった。読み終えても、何か異変はない。

 私はキョトンとして、もう一度ルーヴェストさんを見た。

 すると目の前に太いローソクが置かれる。ほんのりピンクの真新しいローソクだ。


「今のは簡単な火の魔法です。火をつけるイメージをして念じてみてください」

「はい……」


 言われた通り、私は火がつくイメージをした。そして「火よつけ」と念を送る。

 途端に、ボッと炎が燃え上がったから、私はビクリと震えて後ろに仰け反った。危うく白くなった髪が真っ黒焦げになるところだ。


「すみません、メリーさん。どうやら火属性の魔力をお持ちのようです」


 さっと手を翳して火を消したルーヴェストさんは、心配そうに私の顔を覗く。


「火属性の魔力ですか?」

「魔力にも向き不向きがありまして、メリーさんの場合は火属性の魔法が相性がいいのです。力まなくても容易く使えるので、もう少し力を抜いて念じてやってください」


 力まずに使える魔法が火属性。火属性向きの魔力だということ。つまりは素質はあるのだと私は内心で喜んだ。もう一度、言われた通りリラックスした気分で念じた。

 ポッと、ローソクに火がつく。私は大喜びの笑顔でルーヴェストさんを見上げる。ルーヴェストさんも笑顔で喜んでくれた。


「それでは二ヶ月の試験に向けて学んでいきましょう」

「え、二ヶ月後にあるのですか?」

「はい。魔法使い試験は年に二回行われます」

「流石に二ヶ月で試験に受かるのは難しいと思います……」


 どんなものかは想像できないけれど、多分それってテスト前日にテスト範囲を一夜漬けでやる愚行と同じだと思う。出席日数さえ足りてれば卒業出来る甘い定時制に通っていた私は、あまり勉強熱心ではなかった。色々我慢した反動で勉強よりも遊ぶ時間が多かった。主に読書。

 そんな私に二ヶ月で魔法使いになれるだろうか。


「この調子なら受けるでしょう。頑張りましょう、メリーさん」

「……はい」 


 ルーヴェストさんが微笑むから、私もつい微笑んでしまう。ルーヴェストさんの微笑みの方が、何かの魔法なのではないかと感じた。私に自信をくれる魔法。

 次は不向きであろう水属性の魔法。同じく魔導書の呪文を読み上げた。そしてコップの中に「水よ出ろ」と強く念じて生んだ。成功した。

 こういう基礎魔法を試験で実技試験としてやるらしい。

確かにこの調子だと二ヶ月でもいけそうな気がしてしまう。


「あ、お客さんが来ました。少し外しますね」

「はい」


 ルーヴェストさんは店の方に行ってしまった。また炎を出してしまわないように、私はじっと待っていることにする。隣の空いた椅子には、トリーがお座りしていた。でもやがてテーブルの上に乗ると、ペラッと一枚ページを捲った。これを読めと言わんばかりに鼻でつつく。

 店番の出来る賢い子とは、冗談ではなかったらしい。人並みに知能があるみたいだ。おののきつつも、私はそれを読み上げて習得した。雷を出す魔法。手の間にピリピリっと出せた。

 次に読み上げるようにトリーに指されたのは、風を生み出す魔法。掌の中につむじ風を作れた。


「楽しいー」


 口癖の一つであるそれを口にしたけれど、クラッと眩暈を覚えて目を押さえる。そこで、接客を終えたルーヴェストさんが戻ってきた。


「大丈夫ですか? いきなり魔力を使いすぎて、眩暈が起きてしまったのでしょう。水を飲んでください」


 すぐに察してくれて水を渡してくれたルーヴェストさんに、私は今日何度目かわからないお礼を言う。眩暈はすぐに治ったので、習得した魔法を報告した。

 試験は筆記試験もあるそうで、今日は試験に出る範囲を教えてもらうことになった。ノートをもらって書き留める。ルーヴェストさんは何度も店とリビングルームを往復。仕事をしながら私に魔法を教えてくれたのだった。



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