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ガニマタ王国史  作者: 水尾
旅立ち
7/24

六 資金

 さて、どうやら煙に巻かれたらしいと知った女王は怒り狂って大臣に命じた。

「あの者を引っ捕らえてここに連れてこい! 斯くなる上は、なんとしても我が夫としてくれる」

 大臣はその配下の者に命じた。

「アダムという若者を縛り上げて大広間に連れてこい」

 配下の者はその部下に命じた。

「まず、アダムという若者を縛るための縄をつくれ」

 こうして、その部下は縄の原料となる藁を畑に植え始めた。藁はすくすく育ち、一週間後、藁を収穫したその部下は太くて頑丈な縄を三日間かけて完成させ、配下の者に手渡した。

「うむ、これならしっかり縛れるに違いないぞ」

 こうして配下の者は縄を持ってアダムを探しに旅立ったが、ちょうどその頃、十日間経ってもアダムが捕まらないので女王は大臣を呼びつけて詰問していた。

「どうなっている」

 大臣は配下の者を呼びつけて詰問しようとしたが、配下の者はアダムを探しに旅立った後であったので、大臣は仕方なくこう述べた。

「追っ手はたった今出発いたしました」

 怒り狂った女王は大臣にこう命じた。

「一刻も早くアダムを連れてこい、三日以内に連れてこれなければ一日遅れるたびに貴様の髭を十本ずつ引っこ抜いていくぞ」

 豊かな髭を蓄えた大臣は恐れおののき、慌てて配下の者に電話をかけた。

「はい、もしもし」

「もしもし、お前か。女王は一刻も早くアダムを連れてこいとの仰せだ」

「そうは仰いましても、アダムとやらがどこにいるのか皆目見当も付かず」

「待て、お主はどうやって探しているのだ」

「国中を『アダムとやら、女王がお呼びであるぞ』と叫んで回っておりますが、それが何か」

「この馬鹿」

 大臣はがちゃん、と電話を切ってしまった。

「斯くなる上は、やや卑怯だが王国軍の兵士たちを使うしかあるまいぞ。ああ、あのような部下に下請けに出したのが間違いだったのだ。そもそも縄なら王城の倉庫に山ほどあるのに縄作りで十日間も無駄にするとは、到底考えられぬ馬鹿どもよ」

 大臣は王国軍の元帥を呼び出した。

「何か御用か」

「うむ。女王の尋ね人である。高速道路からバイパス、環状線に至るまでおよそ百二十ある国中の道全てに検問を設けてアダムを見つけ出せ」

「承知した」

 元帥は軍隊を動かし、検問を設置するために森まで木材を調達しに行かせた。三日後、木材の調達が完了し、今度は検問所の建物の設計と組み立てに移った。これには一週間の時間を要し、とうとうどこに置いても恥ずかしくないほどの立派な検問所が百二十棟出来上がったが、よく考えたらこれは現地で組み立てるべきであったと悟り、もう一度バラバラに直して運びやすいようにしたため、これでまた二日間の時間が無駄に過ぎてしまった。大臣の髭はみるみるうちに消え失せていった。そして軍隊が全国に散らばって所定の位置に着くまで三日間、検問所の組み立てに二日間、完成祝いの酒盛りでさらに一日が過ぎた。

 その間、女王はどんどん機嫌が悪くなっていき、女王の服にぶどう酒をこぼしてしまった奴隷をぶどう酒に三日間漬け込んで紫色に染め上げたり、意味もなく半紙に「因果応報」と書き付けたりした。

 とうとう、女王がアダムを捕まえよとの命を出してから実に二十と九日経った頃、検問の準備は全て整った。抜かれた大臣の髭は実に百六十本、哀れな大臣は豊かな髭が片側だけ全て引っこ抜かれて無様な姿となり、鏡で己の顔を見て悲嘆に暮れた挙句にもう片方の髭を一気に全て引き抜いて痛みのあまり悶絶死した。その髭は形見として遺族の者に公平に分配された。

 そうしてついに完成したアダム包囲網、ネズミ一匹漏らさぬとはまさにこのことで、アダムがどこにいようとも見つけ出されるのは時間の問題であるかのように思われた。

 しかしそれは、アダムが国内にいればの話である。

 話は二十と九日前に遡るが、王城を出たアダムは、面倒なことになったと溜息をついた。あの女王のことだから追っ手を差し向けてくるだろう、しかし王国の面倒な命令体系から察するに下請けとの連絡がスムーズに運ぶわけがなく、本当に追っ手がくるのはおよそ一ヶ月後であろうとおおまかな計算をしてアダムが出した結論は国外への逃亡であった。女王に捕まって強制的に夫とされるなど真っ平御免、とっととデップリ王国を出て新しい国に移住あるいは新しく建国するべく、アダムは行動を開始した。

 そもそも両親が無理やりアダムを参加させたことが発端であるから、両親を連れて行く必要など微塵も感じず、従ってアダムは両親には告げずに密かに自分の私物を家から持ち出し、実家に別れを告げた。しかし一人で国外に出るのではなく、妻となる人物は連れていきたい。そしてアダムの妻となるべきは女王などではなく、もっとアダムが必要とする人物である。

「私の妻となる人物は、あの女王ではなかった。そうとも、私の妻としての必要条件は私にないものを持っていることであり、私に付き従うことのできる者であり、時には私を教え導ける者でなくてはならない」

 とはいえすぐに妻が見つかるはずもないので、手始めにアダムが行ったのは資金の調達であった。アダムはがらんどうになったスーツ専門店に足を向け、店内を検分した。リクルートスーツ騒動で店主が夜逃げしたため、そこにはお金は残されていなかったものの、事務所のほうには印の付いた地図が残されており、それは王国の北にある小さな森を指していた。アダムはすぐさまその地図を懐に入れ、その森に向かって駆け出した。

 その森には店主が隠れていた。ほとぼりが冷めるまで金とともに森の中に隠れ住み、数年たったら戻って新しい商売でも始めようと目論んでいたスーツ専門店の店主、まさかその場所を嗅ぎ付けられるとは夢にも思っていなかったのである。

「なっ、なんだ貴様は」

「金が欲しい。ほとぼりが冷めるまで隠れ住んでいるところ大変恐縮だが、溜め込んでいる金を頂戴したい」

「わ、私の金だぞ」

「それはリクルートスーツを国中の男たちに売りつけて手に入れた金であろう」

「そうだが、それがどうした」

「私にもリクルートスーツを売っておけば、今頃私は夫に選ばれかけることもなく、家で布団と熱き抱擁を交わしていたに違いないのだ。そうに決まっている。そうとも、これは貴様の責任だ」

「何を言っているのかわからない」

「わからなくてよい。貴様にわかるのは、貴様の金は私のものであるという厳然たる事実だけでよいのだ」

「横暴だ」

「然り。これは横暴である」

「開き直ったな」

「いいから金を出すがよい」

「出すものか」

「ほう、では今貴様がチラリと見たあの木のウロには一体何が入っているのか」

「あっ」

「貴様ごときの考えなど私には全てお見通しである。そうとも、この際だからはっきり言ってしまえば私は体力知力精神力その他全ての面において他の追随を許さぬほど比類なき力を持っているのだ。小さな国の女王の夫となって、いいように扱われるような器ではない」

「何を言いだすのだ。ああ、やめてくれ、それは私の金だ」

「幼少の頃より、うすうす感じていた。ムーンウォークで走っても他の男たちは私に追いつけない。他人が頭を捻って考えるような問題だとて、私には一秒さえもかからない。大学教授の専門分野でさえ、私にかかれば一般教養と何ら変わらぬのだ。となれば、私にはやるべきことがある。この多方面に有り余る才能を活かすための何かがこの世界のどこかにあるはずなのだ。そしてそれはこの国に納まるようなものではなかったのだ。そうとも、これは必然である。なるべくしてなったことである」

「さっきから何を言っているのだ。ああ、私の金を持って行かないでくれ」

「私が将来遺す偉業の礎となれるのなら、この程度の出費の何が惜しかろう」

「惜しいに決まっている。ああ、待ってくれ待ってくれ」

 こうしてアダムはすがりつく店主をムーンウォークで引き離し、資金を手に入れた。その資金でアダムが行ったことは、食糧そして荷馬車の購入である。

 荷馬車に食糧と残りの金を積み、アダムは王国一当たると評判の占い師のもとへ行った。その占い師は八十過ぎた老婆であり、それにも関わらずアクロバティックな占いで有名であった。

「何をお聞きになりたいのかね」

「私が求める女性はどの方角にいるのかを教えて欲しい」

「よろしい、占ってしんぜよう」

 占い師の老婆はその場で三点倒立を行い、ぐるぐると回り始めた。頭を軸として回るその姿はさながら細き竜巻の如く、回転の速度はやがて人知を超えたものとなり、一秒に三千万回転する老婆の角運動量がエネルギーに変換されてとうとう老婆の身体が発光し始めた。(著者注:運動量とエネルギーは本来別次元の量であるが、ウッカ・リーは本来物理学徒ではないためそのあたりが曖昧になっている)そこで老婆の筋力が限界に達し、どっと倒れこみ、息も絶え絶えに言うことには「この足が向いている方角こそがお主の求める方角に他ならぬ」

 アダムは謝礼を支払い、老婆が向けた足の方角に向かった。

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