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ガニマタ王国史  作者: 水尾
旅立ち
6/24

五 初恋

 女王は絶句した。眼前の男が今なんと言ったのか理解できていないようであったので、アダムはそれを見てもう一度丁寧に一音ずつはっきりと発音した。

「こ、と、わ、る」

 しばし呆然とした女王、なんとか気をとり直してアダムに迫る。

「さて、私は私との結婚を望む者を募集したはずだが、ここで断るというのならどうしてお主はこのプレゼンテーションに参加したのだ」

 アダムの答えは至極簡潔であった。

「親に行けと言われたからである。私は乗り気ではなかった」

 自分の美貌に自信を持っていた女王、男というのは基本的に自分と結婚したがるものだと考えていたからこれには度肝を抜かれた。

「私と結婚したくはないのか」

「ない」

 アダムの答えは揺るぎなく、それを聞いた女王のほうが揺らぎ始めた。ここまで強情な男に出会うのは初めての体験であり、それは幼き頃より大切に扱われてきた女王の自尊心やら何やらを叩き壊して塗り替えてアダムへの執着を植えつけた。現時点で既にこの女王の心はアダムアダムアダムアダムアダムアダムで埋め尽くされており、有り体に言えば女王は恋に落ちたのである。もっとも、人を虐める快感は知っていても恋などまるで知らない女王、この感情が恋であるとはわからずにただ胸の昂りを訝しく思うのみであった。

「それならば、お主に問おう。心して答えよ」

「御意」アダムは仕方なく頭を下げた。どうせここで答えぬことには帰られぬのである。

 女王は大きく息を吸い、そして吐いた。先程より心臓の鼓動が早くなっていて、アダムの顔を直視すると鼓動は一層速くなるのである。かつて自分をこのように扱った男がいただろうか、このような気持ちを男に対して抱いたことがあっただろうか、と自問自答し、邪険にされればされるほど募る狂おしさに女王は訳もわからず頬を染めた。

「この感情は何だ」

 これにはアダムも口を開けてぽかんとしまった。さてはこの女王、私に謎かけを挑んだかと思うたが、よく見れば女王の手は細かく震え、頬は染まり、目元は潤み、口元からは切なげな吐息、これらの要素から総合的に判断したアダムは躊躇いながらも口を開いた。

「現時点での女王の挙動から推察するに、それは恋である」

「この感情が恋だと申すか」

「然り」

「では続けて聞こう、恋とは何だ」

 アダムはかつて読んだ書物を思い出し、こう答えた。

「恋とは蜂蜜のように甘く、珈琲のようにほろ苦く、雨上がりの虹のように鮮やかで、オカメ鳥のように恐ろしきものにござる。それは人を狂わせ破滅へと追い込む力を持つが、同時に人と人とを結びつけ幸福へと導く力をも併せ持つ」

 女王は頷き、質問を重ねた。

「では、私は誰に恋をした」

 アダムは答えなかった。

「答えよ」

 女王の命令にアダムは答えず、ただこう言うのみであった。

「哀れなるかな。女王は幼少の頃より王の妻として育てられ、恋を知らぬまま大人になり、愛を知らぬまま妻となった」

「質問に答えよ!」

 女王が苛立ち、足を踏み鳴らした。

「女王よ、どうしてお分かりにならぬ。女王の心は女王だけのものである。他人にはそれを推し量ることは出来ても真に理解することなど出来はしない。自が心を人に問うなど、見当違いも甚しい。己の頭で考えよ。私は家で待つ愛しきものの元へと一刻も速く馳せ参じねばならぬのだ」

 女王は愕然とした。

「伴侶がいながらこのプレゼンテーションに参加したというのか」

「然り」

 アダムは立ち上がった。

「我が伴侶の身体は軽く、暖かく、夜毎私を柔らかく抱きとめてはこの上ない幸福を私に与えてくれるのである。我が伴侶なくして私は生きては行けぬ」

 くるりと振り返り、歩き出すアダム。ここで己の恋の相手を悟った女王は去りゆくアダムに追いすがり、叫んだ。

「おお、其の者が憎い。私が知った初めての恋は、成る程、私に狂おしさと切なさと一抹の幸せを与えてくれた。さては、其の伴侶さえいなければお主の愛は私に向くのか、それならば私は兵を遣わし、其の者とお主の仲を永遠に引き裂いて見せようぞ」

 アダムは立ち止まらずに答えた。

「無駄である。なぜなら我が伴侶は遍在するからである。我が伴侶は我がものであり、しかしながら我が伴侶の眷属は国中そして世界中に存在するのである」

 扉を押し開け、大広間を出て行くアダムに女王は絶叫した。

「其の者の名前は何と言うのであるか」

 アダムは短い返答を残して扉を閉め、歩み去った。

「布団」

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