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ガニマタ王国史  作者: 水尾
旅立ち
21/24

六 一球入魂

「いかにも、我はデップリ王国の女王である」

 女王竜は翼を羽ばたかせた。

「アダムよ、お主に恋い焦がれるあまり、とうとうこのような姿になってしまったぞ。こうなった以上、何としてもお主を手に入れる。それができぬならお主を殺し、標本にして愛でてくれるわ」

「哀れなり女王よ、いかにしてそのような姿と成り果てたか」

「いかにして? 地震によって落下したシャンデリアに潰され、私は一度死んだ。そして復活したのだ。三途の川で川下りを楽しみ、地獄の閻魔大王を脅し、生まれ変わった私はもはや人に非ず、人を超えた存在である」

「確かに、我の知る女王の皮膚はもう少し肌色に近く、翼も尻尾も角も生えておらず、空も飛べなかった」

「私は力を手に入れた。それはアダム、お主を我がものとするための力だ。お主が私のものとならぬのなら、いっそこの国ごと」

 女王竜は首をあらぬ方向に向け、「がおう」と火炎弾を吐き出した。それはデップリ王国西部の都市「幽霊街」に命中し、街の全てを巻き込んで爆発した。そこがゴーストタウンで、人っ子一人住んでいなかったからよいものの、そうでなかったら甚大な被害が出ていたであろう。

「なんと、眼前の竜は女王であった頃の聡明ささえも失われたか。自国を焼くとは、王としてあるまじき所業。もはや女王とは思わぬ、ただのトカゲじゃ」

「何をぬかす。もう一度問うが、アダムよ、我と結婚する気はないのだな」

「ない。お主と結婚するぐらいならビラビラガマガエルと結婚するわ」

「おのれ、そこまで言うか。良かろう、お望み通りぶち殺してくれる」

「簡単に殺せると思うなよ」

 アダムは剣を抜いた。

「この伝説の剣かりかりばーで細切れにしてくれる」

「棒切れごときで私を倒せると思うてか」

 女王は次々と火炎弾を吐き出した。アダムはそれを躱そうと操縦ボタンに手を伸ばし……そして何を思いついたか、ニヤリと笑って手を引っ込めた。

「棒切れ? 違う、これは伝説の剣かりかりばー。無機物のみを切断するという素晴らしき剣なり!」

 アダムは飛んできた火炎弾に狙いを定め、バックスイングをとって思い切り振り抜いた。

 かりかりばーの効果「無機物のみを切断する」とは、裏を返せば「有機物は決して切断できない」ということである。さらに、炎というのは何かが燃えていないと発生しない。従って、火炎弾の実態は、女王が口より吐き出した何かが燃え盛りつつ炎を纏って飛んできている、というものであるはずである。燃えるというのはすなわち有機物であり、以上のことから考えると、火炎弾をかりかりばーで斬ることは絶対にできない。

「火炎弾を斬ることは不可能。つまり思い切り叩きつけることで」

 アダムが振ったかりかりばーが火炎弾に接触し、そして快音と共に火炎弾をあらぬ方向へ弾き飛ばした。

「火炎弾は切断されず、弾かれるのみ。さあ来い、イチロー並みのバッティングを見せてやろうではないか」

「うぬ、小癪な」

 女王竜は次々と火炎弾を放つが、アダムはその全てを悉く打ち返した。

「どうだ、今のはツーベースヒットではないかな」

 女王竜はふん、と鼻で笑った。

「甘いな、せいぜいピッチャーフライだ。これでツーアウト」

「ほう、言うではないか。では次の球ではっきりと分からせてやろう」

 アダムはかりかりばーで遥か遠くの観客席を指した。ホームラン予告。

「舐めた真似を」

 女王竜は口から火炎弾を吐き出し、手にしっかりと握った。足元のロージンバッグをぽんぽんと叩き、投げ捨てる。

「我が魔球を受けてみよ」

 女王竜は腕を大きく振りかぶり、踏み込んで投げた。

「……マサカリ投法だと!」

 しかし球自体にそこまでの速さはない。

「見掛け倒しか」

 アダムは鼻で笑い、かりかりばーを振り抜いた。

 手応えは、ない。

「ストライーーク!」

 審判の声が響き渡り、アダムは愕然とした。

「馬鹿な」

「魔球だと言ったろう。さあ、二球目だ」

 女王竜は再び構え、そして投げる。今度はフォークボール。

「もう惑わされんぞ」

 アダムはしっかり球を見て、そして万全の体勢で振り抜いた。素晴らしいバッティング。ホームランは確実であるかに思われたが、それは「当たれば」の話である。

「何だと!」

 アダムの振ったかりかりばーは空気を切り裂くにとどまり、またしても火炎弾はかりかりばーをすり抜けてキャッチャーミットに収まった。

「哀れなり! あれだけ大口叩いておきながら、たったの一度も当てられぬとは」

 女王竜の嘲笑に、アダムは下唇を噛んだ。何を言われても言い返せぬ。まさかあのような隠し球を持っていたとは……とアダムが諦めかけたそのとき、観客席から声援が飛んだ。部下たちである。

「アダム殿、信じてますぞ!」

「言いましたよね、俺たちを甲子園に連れて行ってくれるって!」

「大丈夫です、タネがわかれば打ち返せます!」

「ファイトー!」

 アダムは滲む目をゴシゴシと擦った。

「お主ら……」

 そして、女王竜に向き直る。

「私には頼もしい部下たちがいる。もう負けるわけにはいかぬ。さあ来い、お主の魔球を攻略してみせようぞ」

「その意気やよし、だが気合いで私の球は打てぬ」

 女王竜、投球。マサカリ投法と竜の腕力が合わさったストレートは時速にして百八十キロを軽く超え、虚を衝かれたアダムは完全に振り遅れた。

(しまった!)

 アダムの脳内を絶望が埋め尽くす。

 しかし、身体は諦めていなかった。

 振り遅れたはずのかりかりばーが、なんと火炎弾の下を擦ったのだ。

「ファーーウル!」

 審判の声に、アダムと女王竜は共に愕然とした。

「まさか、この魔球の攻略法を見つけ出したというのか!」

 アダムは答えなかった。黙り込み、忙しく考えを巡らす。

(完全にタイミングを合わせた球は空を切り、振り遅れたと思ったら下を擦った。ということは、見えている球の位置と実際の球の位置が違うのだ。しかし、私の視力が悪いというわけではない。ならば答えは一つ……あの火炎弾の熱により発生した陽炎! 実際の球の位置より前に、幻ができているのだ!)

「まあよい! ツーアウト、ツーストライク。アダム、もはやお主は絶体絶命。泣いて命乞いすれば、今なら許してやらんこともないぞ」

 勝ち誇って叫ぶ女王竜。しかし、アダムは笑った。

「残念だったな。もうお主の球は見切った」

 女王竜の顔が歪む。

「さあ投げてみよ、そして今度こそ」

 アダムはかりかりばーでレフトスタンドを指した。観客席から黄色い歓声が飛ぶ。

「おのれ……おのれ! 虚仮にしおって!」

 女王竜は怒りに燃え、力任せに腕を振って投球した。球は大きく逸れ、どこかへ飛んでいく。

「ボーール!」

 審判の声に、アダムは眉をあげる。

「どうした? 魔球はお預けか?」

 女王竜は悔しさのあまり地団駄踏んだ。「球を見切った」など嘘に違いない、我が魔球がたったの三球で攻略されるなどありえぬ、そう思いはするものの、虚勢を張っているだけにしてはアダムがあまりにも自信満々なので、本当に魔球の仕組みを見破られたのかと思うと迂闊には投げられぬのだ。

「おのれ……おのれおのれおのれ!」

 女王竜は震える手を振りかぶってなんとか投球したが、これもまた大きく逸れた。

「ボーール!」

 そして次の球も外した女王竜、とうとう追い詰められてしまった。

「ツーアウト、ツーストライク、スリーボール!」

 無情な審判の声が響き渡る。

 追い詰めていたはずのアダムから、追い詰められている。次の球を外せば、あるいは打たれれば、女王竜チームの負けが確定するのだ。あと一勝で甲子園の舞台に立てるというのに。女王竜は震える手をぎゅっと握った。

「おのれえ……」

「女王よ、何を恐れる。お主の魔球と私のバッティング、どちらが勝つのか、それは投げてみるまでわかるまい。お主の自分の魔球に対する信頼は、その程度のものだったのか? 違うだろう。お主がこの舞台に立つためにどれだけ努力してきたのか、一番知っているのはお主自身であろう」

 アダムの言葉が、女王の心を揺さぶった。

「さあ、勝負だ。正々堂々、どちらが甲子園の地に降り立つのか決めようではないか」

 もはや迷いはない。

 女王は晴れがましい顔で頷いた。

「敵に塩を送るとは、味な真似をしおって……よかろう!」

 一球入魂。この一球に、全てを込める。

「勝負!」

 女王竜は全身を鞭のようにしならせ、まさしく魂を込めた魔球を放った。音を立てて空気を切り裂き、一直線にキャッチャーミットを目指す、渾身のストレートだ。

(これは幻……本物の球は、ここだ!)

 アダムは少し遅らせてかりかりばーを振り抜いた。

 快音。

 ど真ん中。かりかりばーは火炎弾の芯を捉え、打ち返された球は綺麗な放物線を描いて抜けるような青空に吸い込まれていった。文句なしのホームランである。

「ゲームセット!」

 歓声が爆発した。

 駆け寄った部下たちに胴上げされるアダムを尻目に、女王竜はその場に崩れ落ちた。

 負けた。

 しかし、そこには爽快感があった。全力を尽くして負けた、そこに漂うのは悔しさと悲しさと、しかし、一抹の嬉しさであったのだ。

「悔いはない……」

 女王竜の体がさらさらと崩れ始めた。翼が、角が、尻尾が、硬質化した皮膚が、細かな欠片となって風にさらわれてゆく。そして、その中から現れたのは、人間の姿に戻った全裸体の女王であった。

 アダムは女王に歩み寄り、上着を脱いで女王にかけた。

「アダム……」

「改めて言うが、我には妻がいる。諦めてくれ。そして、戻って国政に励んでくれ。デップリ王国にはお主が必要だ」

 女王は目に涙を溜め、こくりと頷いた。女王の生まれて初めての恋は、こうして終わりを告げたのだ。

 アダムはフライング壺に女王を乗せ、デップリ王国の王城まで女王を送り届けた。大広間で、アダムと女王は別れの挨拶を交わした。

「女王よ、これでお別れである。それと、我が王国が完成した暁には、是非とも国交を」

「願ってもないこと。……アダムよ、またいつか私と野球をしてくれるか」

 アダムは笑って頷いた。

「約束だ」

 こうして、デップリ王国の女王は人の姿に戻り、再び王座に君臨した。

 アダムとの勝負は、現在でも伝説となって語り継がれている。

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