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夢見ぬ乙女は変わることを望む3

「静来ちゃん!」

待ち合わせの場所に着けば、満面の笑みで私を迎えてくれる由浅さん。

……無理して笑ってなくて安心した。

「由浅さん、お誘いありがとうございます。お二方、初めまして」

淡々とそう言えば、二人とも引きつったような表情をした。当たり前か、第一印象が無表情だったらいい顔しないな。申し訳ない、これが通常装備なんです。

「この子が静来ちゃんだよ。

静来ちゃん、彼女が前川美歌まえかわみかって言って、彼が安藤郁人あんどういくとって言うんだ。僕の大切な高校時代からの友人でね、仲良くしてくれると嬉しいな。さて、自己紹介も終わったし、例の喫茶店に行こう?」

そう言って、由浅さんは一番に歩き出したから、私は「待ってください!」ってそう言おうとした。

その瞬間、私よりも先に美歌さんが、

「待ってよ、由浅!」

って、そう言ったから驚きを隠せない。

……どういうこと?

この三人の関係は、複雑になりつつあると感じたものの、私はそのことに頭が追いついていないでいた。

その時、私の肩に軽く手が乗った。


その手のひらは、郁人さんのもので。

私は郁人さんの顔が見れるくらいに、少しだけ彼の方へと顔を向ければ、悲しそうに笑ってた。

……もしかして……!

「郁人さん……」

「それ以上言わないで。君を共犯にしたくない。それに、もう嘘つくのは疲れたし、美歌にも由浅にも幸せになって欲しいんだ。もしかして君は勘違いしているかもしれないけど、淡々とした口調すぎて引いた訳じゃないんだ。むしろね、俺にはわかる、君は本当は誰よりも人に対して気を遣っていて、冷淡な雰囲気をまとっているだけで本当は優しい子なんだってわかるよ。

俺もね、今までたくさん苦しんできたし、苦い思いだってした。だからこそわかる、君は周りが思っているほど冷たい人間じゃなくて、そうさせたのは君の過去が原因だってことくらいすぐに感じた。間違っていたら申し訳ないなとは思うけど、君と俺は似ているような気がする。だから、今気づいたとしても知らない振りをして欲しい、君と由浅の仲を壊したくないし、折角変わろうと決意したんでしょ? 最近由浅は、君の話ばかりしてさ、俺も君のことを応援したいって思ってる。だからこそ君に俺の今までついてきた嘘のことを教えるわけにはいかないの、だから君もここで知る必要はないよ」

その嘘については、後で聞ける。

だけど、郁人さんと私が似てるってどう言うことなんだろうとは思ったけど、今聞くべきじゃないとそう感じたからそれもまた聞かないことにした。

だから、私は何も言わず歩き出す。

そんな私に、郁人さんは「ありがとう」と、優しい声でそう言って、私の歩幅に合わせて歩いてくれた。


そんな時間は長くは続かなくて。

すぐにあの喫茶店に着いてしまった。

……ここで、郁人さんがついてきた嘘を聞けるのかとそう思いながら、由浅さんの隣に私は座る。

そして、郁人さんは無表情となった。

「美歌、いい加減にしよう。もう、美歌を苦しめるあの人はいないんだ。俺と付き合うのはやめにしよう? もう、由浅に嘘つき続けるのは疲れたんだ。全てを話そう? 俺は、一度も美歌に恋愛感情を抱いたことはないし、美歌だってそうだろう? 何時まであのことを引きずっているつもりなんだ、美歌が好きなのは俺じゃないでしょう。俺ね、嘘を重ね続けるのは疲れたの。

お前から話すのはきついだろう? だから、俺が話す。美歌はな、好きな人に裏切られたことがあるんだ。だから、本当に愛した人と付き合わないと決めた。幼馴染だった俺は、その時は幼くて、俺が美歌と付き合えば誰も傷つかないと思ってた。でも、それは間違ってた。俺と美歌、二人とも由浅に出会って、由浅の純粋さに触れて、俺はその決断を受け入れるべきじゃなかったってそう思った。だから、全てを話すことにした。

あれは、美歌と俺が高校に入学した頃のこと、まだ高校生活に期待を抱いていた時だ……」

「やめて! 郁!」

美歌さんの制止に、一度は話すことを躊躇った郁人さんだが、また無表情に戻り淡々と……。


「いつまで、由浅に隠しているつもりなんだ? 由浅をあんな奴と一緒にしてくれるな」

「わかってる、わかってるの! 由浅がそんな人じゃないことくらい、私が一番わかってる! ……だけど!」

目の前にいる彼女は、酷く顔色が悪く、恐怖から肩を震わせ下を向いていた。

私には、だけど……と言った後の言葉がなんとなくだが、わかったような気がした。

……心がそれを受け入れてくれない。

そんなことを言いたかったんじゃないかってそう思った。だから、当事者じゃない私は傍観者を気取る。

「美歌が話せないのはわかっているから、俺が話すんだ。今まで甘やかせすぎてしまったんだ、由浅にはもっと早くに教えるべきだったと今なら思う。傷つく必要もなかったはずなのに、由浅を俺達は傷つけたんだよ。嘘には二種類あると言うけれど、俺達のは間違えなく自分達を守ることを優先した嘘であり、大切な親友である由浅をたくさん傷つけたことは良くなかった。今更なのは重々承知だよ、でも俺は今回ばかりは心を鬼にして話すつもりだ。俺は、由浅を信じるって決めたんだ」

もう、止められないだろうと思う。

美歌さんであろうと、……誰であろうと。そうすると決意した郁人さんを止められない。

それを、長年側に居続けていた美歌さんならすぐに気付けたはずだ。ああ、もう止められないと。

そう考えているうちに、閉じていた口を再び開いて、淡々とした口調で、そしてその口調が嘘のように優しすぎて、温かい声で郁人さんはこう言った。

「俺のこと、憎んでくれていいよ。

あれは高校一年の冬、ちょうど今日みたいに寒くて、二人で帰っていた帰り道、美歌は嬉しそうで幸せそうな顔をして、歩いていた。その日が、美歌の悪夢の始まりだった。美歌は、合唱部に所属していて、夏休み頃からとある先輩のことが好きだったんだ。俺は勿論、幼馴染として応援していて、その日先輩に告白すると決意していたことも聞いていたから、先輩が了承してくれたんだって一目瞭然だったから告白の答えを聞く、そんな野暮なことはしなかった。その時さ、俺は美術部に入っていて、部活の先輩にあの先輩の噂を聞いておけばと後悔したよ、あの人の噂を聞いたのは美歌があの人と付き合い始めて半年が過ぎた頃で、美歌はすっかりその恋に盲目的になってしまっていたから気づくのが遅かったんだと一発でわかった。

美歌は頑固だし、わりと一途で、大切だと感じた人のことを信じようとする子だってこと、幼馴染でずっとずっと小さい頃から側に居た俺だからわかってた。当時の美歌は幼馴染な俺よりも、あの先輩のことを一番に大切に思っているって知ってたから、きっと俺がその噂を教えても、俺のことを軽蔑して距離を置こうとするのはわかってた。わかってたけど、俺は美歌に嫌われたとしても、幼馴染として大切な存在が傷つくくらいなら自分が嫌われたって良いって思ってたから、俺は躊躇わず言ったんだ」

そう言った後、ふぅ……と息を吐いた。

そして、悲しそうに、苦虫を噛んだような苦い表情で笑って、それでも尚優しすぎる声で話を続けた。

「案の定、怒鳴られて平手打ち。さすがにそこまでされるだなんて思ってなかったから、女性恐怖症になりかけたよ。それでも、少しでものめり込みすぎた美歌の視野を広げられるなら、痛くも痒くもなかった。良くね、勘違いされるんだけど、俺は美歌のことを家族のように思っていて、幼馴染として生きてきて、ずっとずっと妹のように、時には姉のような存在として慕ってきたから、恋愛感情を抱いたことはないよ。だからこそ、恋愛に盲目的になり過ぎた幼馴染を嫌われたとしても、少しだけでも冷静に考えられるくらいだけでいいから、狭くなった視野を広げたかった。

その時ね、美歌にこう言ったんだ。

あの先輩はね、普段は優等生風な服装を心掛けているけれど、浮気性で二股、三股当たり前。そんなのはまだ序の口で、売られた喧嘩は買う、普通ならバレたら即退学なことを躊躇わずにやるような奴なんだと。それに、美歌の他に付き合っていると言っていた生徒の人数。それを証明するために、直接それとなく噂されている当本人に聞いて、それが本当なのかも聞いたってね。……それを言った後さ、凄く後悔したし、泣いた。今まで築きあげた仲が壊れたと思ったし、それに何でそれを言うのを躊躇わず言えた数分前の自分を憎んだよ。結局、美歌は変わらなかったし、変わったのは避けられるようになって、あからさまに嫌われたような態度を取られるようになったことくらい。でもそれでも良かった、そうなるってわかっていたし、いつか頼りにしてくれるまで待つつもりでいた。……だけど、それは思っていたよりも早くに来たんだ」

深刻そうな顔で、そして悲しそうに苦しそうな表情を浮かべて、そう郁人さんは話していた。

……今更ながら、あまり関わりのない私が聞いていていいのだろうか? と、そう思い始めた。

だけど、郁人さんはそのことを気にしないで話しているから、あえてその考えを口にはしなかった。

ただ、静かに聞くことに徹した。


「その時は夏休みの後半。偶然、俺しかいなくて、クーラーを独り占めしながら、高校二年になった頃から買っておいて、忙しくて読めずにいた漫画本や小説を読んでいた時のことだった。切羽詰まったように五、六回呼び鈴が鳴らされて俺は足音を立てながら玄関まで行って苛立ちながらドアを開ければ、そこにはたくさん泣いたんだろうな、目を真っ赤に腫らして、それでも尚泣き続けている美歌の姿があって慌ててリビングに招いたんだ。

美歌の一言目はごめんなさい、それだったから、俺があの時言ったことが真実だったんだって気付いてくれたこと、それは直ぐにわかった。俺は、美歌の性格を家族と同じくらいに理解してるって自負してるから、ああ言われることは覚悟の上で、美歌に対して本当にああ言われたことに対するショックはあっても、怒りも憎しみすらも抱いていなかったから、気にしないでと直ぐに言えた。そう言った後、美歌はまたしばらく泣いて、こう言ってきたんだ。

郁の言う通りだった、ってな。凄く、凄く嫌われたとしてもお前が思っているような奴じゃないってそう言えば良かったって、壊れたように微笑んだ美歌の顔を見てまた後悔したよ。先輩に殴られたらしい、だから別れたって言った美歌に、殴られた理由は異性である俺は聞き辛かったから聞かなかったし、その後、付き合っている振りをして欲しいって言われて、あの時も今も恋愛感情がわからなかった俺は、そうすることで美歌を助けられるならって先輩が卒業した後、付き合う振りをし始めた。その時はそれが正しいことで、誰かを傷つけるとは思っていなかったし、それが大切な友人を傷つけることに繋がるなんて思ってもいなかったんだ……」

そして、郁人さんは遠い目をする。

そんな郁人さんを見て、私と似ていると言った理由が少しだけわかったような気がした。

どこが似てるとか、それはわからなかったけれど、何となく。自分と似てるなとそう感じた。

だから、私は傍観者であり続ける。

何も言わないで、ただ聞くだけでいる。

そして、郁人さんは無表情に近かった表情を、何かを決意したような表情に変えて……。

「だから、人前で言うのは気遣いが足りないのかもしれない。だけど、美歌に依存されてるって流石に気づいているから、ごめん。傷つけるかもしれないけど、潔くこの関係をやめるためにはこうするしかないって思ったから、別れてください。これ以上この関係を続けたら、取り返しのつかないことになる。俺もさ美歌に少し依存してるって自覚しているから、今美歌にとって悪役になったとしても俺は、幼馴染と言う関係に戻るべきだと思う」

……初めて会った私にもわかるくらいに、固い決意のこもった声だった。


「僕達、高校時代からの親友だよね……? なのに、美歌にそんなことあったって知らなかった……」

悲しそうに、申し訳なさそうな声。

そして、悔しさのあまりズボンを強く握りしめる手のひらは見ていて痛々しいと感じるくらいに真っ赤になっていて、思わず私はその手を包み込むように握った。

「当たり前だよ、高校時代の美歌はお前と友人であっても、そこまで関わりがなかったから頼れなかったんだ。由浅が美歌ととても関わるようになったのは大学に入ってからなのだから、知らなくてもおかしくはないんだ。由浅、お前の優しすぎるところ、友人として好きだよ。でもな、由浅がそこまで自分を責める必要なんてないんだ。最初から、由浅にこの話をしていれば、お前が傷つく必要もなかって言うのに、付き合ってるって嘘つくことで誰かを傷つける、そう思い至れなかった俺の未熟さが悪いんだ。由浅は全く悪くはないよ」

苦笑いをするような笑みを見せる郁人さん。

私は、傷ついたような表情をする由浅さんの顔をちらりと一瞬だけ見た後、少しだけ力を込めて彼の手を握り直した。

……私がどんなに冷たい態度を取ったとしても、側にいてくれようとした彼に少しでも、ありがとうって感謝の気持ちを、言葉じゃなくて行動で示したいと思ったから。

だから、普段は絶対にしないことをした。

そして、私は息を吸って……。

「由浅さん、これは裏切られた訳じゃないんですよ。きっと、今まで郁人さんは何度かこのことを伝えたかったはずです。だけど由浅さんが大切だから、友人として好きだから、嫌われたくなくて今まで言えなかったんだと思います。郁人さんは、さっき喫茶店に向かう途中に私と自分が良く似ていると言っていました。その言葉、今ならわかります、郁人さんは人から嫌われることを恐れる気持ちが強すぎる方なんです。私もそうだから、きっと私が郁人さんと同じ状況になっていたとしたらそうしていたと思うから、そのことを直ぐに信じて欲しいとは言いません! 少しずつで良いから、郁人さんは由浅さんが友人として大切で、誰よりもあなたのことを信じていること信じてあげて欲しいんです。郁人さんはきっと不器用な方なんです、だから守る方法を間違えてしまっただけなんです。

だから、美歌さんに高校時代にあったこと、付き合っていなかったことを知らなかったこと、それは由浅さんが怒っても仕方がないことだと思います。だけど、友人として由浅さんのことを大切に思っている郁人さんの気持ちだけは嘘偽りがないこと、それだけは信じてあげてくれませんか? 由浅さん、お願いします」

私はそう言った後、由浅さんの手を握っていた手を離して、彼の方へと少しだけ身体を向けて頭を下げた。

そんな私に、由浅さんは焦った。慌てて、頭を上げるように言ってきたから頭を上げれば、彼は優しい微笑みを浮かべていて、私の頭を優しい手つきで撫でてくれた。

……ああ、目の前からの視線が痛いです。

何と、分かりやすいことだろうか?

美歌さんは、由浅さんに撫でられている私に対して無自覚なんだろうけど嫉妬したような視線を向けていて。

……美歌さんが由浅さんに恋愛感情を抱いているのは一目瞭然で、あからさまにわかりやすいのに、長年幼馴染をしていた郁人さんが気づかないはずもないよね。

そう考えていれば、やっと由浅さんは私の頭を撫でる手を止めて、優しくて温かさを感じる微笑みを向けてきて、そして……。


「ありがとう、静来ちゃん。

静来ちゃんが今日居てくれて良かった。

居なかったら、きっとそう思うことが出来なくて、郁人の気持ちに気づかないで教えてくれなかったこと責めていたと思うから、静来ちゃんには僕の方が助けてもらってばかりだよ」


私はそう言った由浅さんの言葉の意味が、理解することが出来なかった。

……助けてもらっているのは私の方なのに、そう内心で呟くことしか、天邪鬼な私には出来なかったのである。








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