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夢見ぬ乙女は変わることを望む1

気がつけばもう五時近かった。

校舎の外に出れば、すでに空は茜色に染められていて、私は今日吉昌先生に言われたことを考えながら校門近くまで歩いていれば、聞き慣れ始めた声に呼び止められて私は思わず足を止めた。

「静来ちゃん、父さんに頼まれてね、君のこと家の近くまで送ることになったんだけど……、大丈夫?」

……ああ、私に向けられるには、優しすぎて温かすぎるその声。それを聞くたびに彼を拒絶したくなる。

だけど、私は初めてそれに逆らった。


「……お、お願いします」


天邪鬼な性格を直したいから、良いですと断ろうとする何かを抑えて私は由浅さんにそう頼む。

そんな私に、由浅さんは目を丸くした。

突き放すような態度ばかり見せていた私の急な変貌に、驚くなと言う方が無理だろう。……だけど、自分でも面倒くさいとは思うけど、驚いた表情を見るたびに天邪鬼な私が出てこようとする。今は何とか抑えているけど、とそう考えているうちに由浅さんは表情を一変させて、いつの間にかいつもの優しく、まるで見ている側を包んでくれているような温かい 微笑みを向けていてくれた。

その微笑みを見た瞬間、私の中の何かが掴まれて、囚われたような気がした。そんか感覚初めてで、私は動揺を隠せずにいた。

……何なの、この気持ち……。

誰かに対して、何か思うなんてことはなかったのに……、吉昌先生私はどうしたら良いんですか?

戸惑っているだけ。この人を信じようと思ったからで、慣れないことをしてるからこう思ったんだ、きっと。

何もわからない今は、こう自分に言い聞かせておかないと。


「お願いされました。任せといて」


可愛らしく、歯を見せて笑う由浅さん。

その笑顔を見て、私の頬だけほんの少し上がったような気がした。今抱く感情が何なのかわからなくて。

私は気づかない振りをした。

「由浅さん、すみません。大学終わったばかりで疲れているでしょうに、送ってもらって……」

「別にいいよ、気にしないで?」

その時向けられた視線は、優しいものでそしてまるで妹を見るかのような視線だった。

私の勘は良く当たる、この人だけは好きになってはいけないとそう訴えかけてくる。

まあ、好きになる気持ちなんて、私にわからないけれど、ここで決意しておかないときっと、いつか由浅さんのことを好きになってしまう気がするから、好きになるなと言い聞かせておかないと。


でも、気になってしまう。

……誰かを好きになるってどんな気持ちなのか。

だから率直に聞いてみた。

……今日は素直にいられる気がしたから、今のうちに聞いておかないと。

「由浅さん、好きな人いますか?」

そう聞けば由浅さんは急にむせ始めて、私はきょとんとした顔をしているんだろう、照れ臭そうに笑って愛しげにこう教えてくれた。

「いるよ、……夢見がちな僕を受け入れてくれた真面目で優しくて、でも優しすぎて自分を傷つけちゃう人でね、それでも素敵な笑顔を見せてくれる女性ヒトなんだ。僕の片想いだけどね、彼女には付き合っている人がいて僕はあいつには敵わないって知ってるから、それに僕はあいつのことも友人として好きだから、だから片想いで終わらせるつもり。二人が仲良さげに並んで歩く姿も好きだからさ、苦しくても良いんだ。彼女への「好き」と言う気持ちを忘れられるまで

静かに想うことにしたんだ」

悲しさを感じない、いつもの微笑みを見せながら由浅さんはそう言った。私は何歩か先に進んで、彼の方へと振り返り、長くなりすぎた髪を抑えながら、淡々とこう言うの。

「私には恋愛感情がどんなに幸せにしてくれて、悲しくさせて、嬉しくさせて、苦しめられるのかはわかりません。でも由浅さんの想いは素敵だとは思います、私は友人として由浅さんが幸せになれることを祈ろうと思いました。由浅さんが選んだ選択は苦しいものなんでしょう、私は恋をしたことがありませんからわかりませんが、由浅さんが後悔しない選択ならば私は応援してます」

……大切な何かを失って、たくさん傷ついて、私は感情が表に出にくい人になった。

それは普通のことなんだと、誰も教えてくれなかったから、私は普通のことじゃないと思っていた。だけど、吉昌先生が普通のことなんだって教えてくれたから私は自分を変えたいと思った。でも、私は好きなことを仕事にしないと言う信念は変えるつもりはないけれど。


「ありがとう!」


由浅さんはそう言って、歯を見せて笑って見せた。

その時、ちょうど私の家に着いたから、私も送ってくれたお礼を言って、家へと足早に家へと入る。

バタバタと、いつもは立てない足音を立てながら自分の部屋へと行って、制服も脱がないでアップライトピアノの前へと私は立った。

家で弾くのは、何年振りだろう?

いつも放課後残って学校で弾いてた。

家に帰りたくないって言うのもある。

だけど、一番の理由は……、病気で倒れるまでピアノを教えてくれたお母さんとの思い出を思い出してしまって、お母さんがこの世界からいなくなってしまったことを再確認してしまうことが何よりも辛かったからで。

震えてる手を抑えながら、中指でドの鍵盤に触れた後、堰が切れたかのように涙が溢れて、そして指が私の意志関係なしに旋律を紡いでいく。感情のまま、楽譜に綴られた表現記号関係なしにひたすら私は曲を奏でていた。

曲を奏でることを重ねるごとに、私は感情が表に現れていく。最終的に、大声で泣きながら、涙で視界が歪みながらもただただ音を奏でていった。そんな私は知らない。

私の部屋のドアの前で、私の演奏を聴いて、無表情で無言で静かに泣いていたことを。

私がそれを知るのは随分と先のこと。

私が、お父さんがどんな思いを抱いて、一人で育ててきたのか、それを知るのもまた随分と先のことだ。



三時間くらいピアノを弾いて、私は燃えつきたように下を向く。その時にはもう私の涙は枯れきっていた。

……私、あの時泣いていたっけ?

今ではもう遠くて、それでも鮮明に思い出せるあの日のこと。今まで、その時泣いていたつもりだったけど、今思い出せば私はその時にはもう心から泣けなくなっていたのかもしれない。ただ、反射的に泣いていただけなのかもと今ならそう思うことが出来る。

そう考えた後、私は息を吐き出して、静かに目を閉じた。





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