夢見ぬ乙女は夢を見ない2
好きなことを、夢にしないと決めたのは何時のことだっただろうか。随分と前のことだったから、忘れてしまった。
「桜見、放課後少し良いだろうか?」
そう言われ始めたのは、偶然私の隠したいと思っている好きなことをしている姿を見られてしまったから。
それから毎日、担任と放課後話してる。
……それを父さんは知らない。
私はまだ高校一年生だ。まだ、進路を決めるのは早いような気がするが、心は動かされないものの、私を思ってくれている行動、ましてや時間を割いて話を聞いてくれているのだ、無断で帰るのは流石に心が痛む。
だから、放課後残るのが日課になってしまった。まあ、別に家に帰ったところで誰か待ってる人がいる訳でもない、私の帰りが遅いことで困る訳でもないから別に迷惑だとは思ったことはないし、別に構わないのだけれど。
……でも、少し困る。誰かにここまで優しくされたことないから、どう対応して良いのか分からない。
だから、親子揃って私は苦手だ。
……嫌われたくないから、どう接したら良いのか分からない。関心を持ってしまったから、無関心に今更戻ることが出来なくて、困っている。
花芽由浅の父、そして私の担任である花芽吉昌は、この高校の中でも人気な教師だ。
親身な対応、淡々とした口調なのがたまに傷ではあるが、まるで父親、そして母親のような包容力があると生徒にも、保護者からも人気があると有名だ。
そして、息子である花芽さんが容姿が良いのだ、親である吉昌先生も四十代後半だとは思えないくらいの若さと、まるで俳優のようなオーラを持っていて、進路相談の時、時折向けられる視線に飲み込まれそうになる時がある。
そんな人気教師が、クラスでは目立たないような私の進路相談を一年の時からし始めているのは……。
私の好きなことが出来る大学へ進むように担任……、吉昌先生は必死に進めてくるからだ。
私のために、仕事の片手間にたくさんの大学を探し、放課後時間を取って相談に乗ってくれている。
そんな先生は今までいなかった。
今までの先生は私の学力を見て、偏差値の高いところへと行ける、そうとしか言ってくれなかった。
もし、先生ともっと早くに出会えていれば、私は好きなことを夢にすることが出来ていたかもしれない。でも、もう遅すぎた。私はもう夢を見ることはない、眠るときでさえ夢を見なくなったのだから。
高校に入ってから時の流れが早くなったように思う。さっき来たばかりだと思っていたのに、もう放課後だ。
……早く、相談室に行かなければ。
そう思った瞬間、誰かに手首を掴まれた。
「桜見さん! 前から気になっていたんだけど……。もっ、もしかして桜見さんと吉昌先生は付き合ってるのですか!」
その言葉に、最初は吉昌先生に恋をしているからそんなことを聞いてくるのかと思ったけれど、彼女の視線は恋をしている感じには思えなかった。
そう、それは純粋な好奇心と表現するのが一番正しいと言えるのではないかと私は感じた。
「付き合っていない。吉昌先生は、どうしても私の進路について諦めきれてないようでね、それで毎日のように放課後進路相談されているの」
淡々としすぎた口調になり過ぎたか、そう思い、私は彼女の顔色を窺ってみたが、対して気にしてはいないようだった。
「そうだったの。やだわ、私趣味で恋愛小説書いているのだけど高校生になってから小説家として本を売ったりしていて、少しでもそう言う場面を想像出来るところを見てしまうと暴走してしまうところがあってね、やだ、恥ずかしい。気を悪くしたらごめんね〜」
私が誤解を解いた途端、記者が芸能人に質問するような口調から一変して、彼女の敬語が外れた。
私はあまり表情筋が動かないから、怒っていると勘違いさせてしまったんだろうか。謝らせてしまった。
「気にしないで、気を悪くした訳じゃない。私は恋愛感情がどういうものかわからないタイプの人間でね、そう言う話をされてどう対応していいかわからなかっただけだ。それと凄いと思う、私は表現豊かに文章を書くことは出来ないから今度あなたが書いた本を教えて欲しい。どんな風に思って、どんな風に表現しているのか興味がある」
淡々と彼女に伝えたかったことを伝えれば、素っ気ないような感じだったことは気にもせず、彼女は私の両手を掴んで、嬉しそうに歯を見せて笑った。
そして、嬉々とした声で、
「今度本貸すよ〜、ぜひ読んで感想聞かせてくれると有難いな。桜見さんが感じたこと、聞かせてよ」
彼女は私の答えを聞きもせず、手を勢い良く振りながら言い逃げをして私の前から去って行った。
「……と言うことがありまして、遅れました。吉昌先生、遅れて申し訳ありませんでした」
私は彼女に聞かれたこと、全て話せば、あいつらしいと吉昌先生は苦笑した後、可笑しそうに笑った。
「いいよ、いいよ。気にするな。
おかげで仕事もキリの良いところまで進んだしな。それに、静来が誰かと交流するのも珍しいし、担任として嬉しい限りだよ。それなのに、遅れたことに対して怒る訳がないだろう?」
その言葉に内心、少しだけ安堵した。
だけど、表情には出ないので、私の気持ちの変化に気づくことなく、吉昌先生は進路相談に使う資料を探し始めていた。