それぞれの幸せー最終回ー
私、一人じゃなかったんだね。
一人だって、思い込んでただけだったんだね、気づかない振りして見てなかっただけ。
吉昌先生? 私、決めました。
「音大に行かせてください」
私。もう一度だけ人を……。
信じたいです。
先生達のこと、そして……。
ーー静来ちゃん?
そう、優しく呼んでくれる、君のこと。
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「やっと! 決意してくれたんだな!」
「ええ、音大に入ることはです。ピアニストになるつもりはないですよ」
先生の次に言いたかったこと、多分それはピアニストになるか否かのことだと思うから、私は先生が発言する前に即座に否定した。
だけど、先生はがっかりなんてしなかった。
それでも喜んでくれた。
「良いんだ! 先生は、未来が見えないからなんて理由で好きなことを諦めて欲しくなかっただけで、ピアニストになれなんて思ってない!」
……好きなこと? ピアノを、私が?
「なんだ? 気づいてなかったのか?
お前はピアノを奏でるのが好きなんだ。だってお前は、俺の嫁がピアノを奏でていた時と同じ顔してた。……ピアノが好きで、好きで、好きでしょうがないって言う気持ちが溢れ出てた」
きょとんとする私に、すかさず気づいた先生は、私がピアノを弾いていた時の様子を語り出した。そんな先生の言葉に、この人に対して、自分を演じることなんて出来ないんじゃないかって、ふとそう思ったし、それに敵わないなぁってそう思った。
……そっかぁ、私はピアノ、自分自身が気づいてないだけでちゃんと好きだったんだなぁ。
この人がいなかったら、私は由浅さんと話そうともしなかったし、自分を変えようとも思わなかったことだろう。それははっきりとそう言える。
由浅さんにも確かに救われた。
だけど……、一番私を救うような言葉を掛け続けていてくれたのは……、間違えなく。
……由昌先生だ。
「だから、過干渉だなぁって思っても、お前の進路について口出しせずにはいられなかった。
きっかけはどうであれ、先生は静来が自分の好きだって思えることの進路を選んでくれたこと、それだけで充分なんだ。それだけで良い、あとは胸を張ってやりたいことを選択して、静来に幸せになって欲しい。……今まで感じられなかった分まで」
その過干渉が私を救ってくれた。
……私は、ピアニストにはならない。
だけど、私は音楽と共に生きて行くことを、先生が決意させてくれた。
「先生の言葉が私を、救ってくれました。前を向けって、背中を押してくれました。
先生、先生も前向いて……?
私も、先生が凄く凄く好きなことをして、生きて行く姿を見てみたいんです」
そう言って、先生が選んだ選択肢がきっと、先生が最も、とても望んでいたことなんだと思う。
「考えておくよ」
その一言は、ただ普通ことしか言っているだけなのに、その重みは普通のものではなかった。
……ああ、この人はまだ……。
“高校教師”じゃないんだ。
この人はまだ……。
…………“俳優”、なんだ…………。
そう、心底思い知らされた。
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「私は、この道を選んだこと、全く後悔していないの。例え、たくさんの人から評価されて、たくさんの名誉を貰ったとしても、私が目指していた“道”とは違ったから。
皆にこうして出会えたこと、それが私の幸せであり、どんな名誉も霞むくらい私にとってかけがえのない、大きな存在なの」
初めて担任した生徒達の卒業式。
悲しみよりも、嬉しさが勝った。
この子達の新しい始まりを見送れたことを、私は何よりも愛しさを感じているような気がした。
「先生とまだいたい」
「先生のピアノ聴いていたい」
そう言って、別れを惜しんでくれて。
生徒達は泣いていて。
私は生徒達に愛しさを感じて、ぽろぽろと流れる涙が止まらない。
だけど、生徒達を学校から見送らなければならなくて。私は、その役目を全うした。
そして、私は一人になった。
そんなタイミングを見計らったかのように、生徒達に抱いた愛しさとは違う、愛を抱かせる合図となる電話の知らせの音楽が鳴る。
そんな電話を取れば……。
「良く頑張ったわね、静来」
愛しい人の声が私の思考を支配した。
……先生、私幸せです。
すっかり遠い存在になってしまった恩師の、幸せそうに仕事する姿を思い描きながら、私は内心そう呟いた。
……その言葉がどうか届いてますように。




