萃疎
もし僕が鴉天狗に生まれなければ僕は自由に生きれていただろうか。天狗社会に縛られずに普通のいち妖怪として、あるいは人間として、またや神として、自由を掴めていただろうか。
答えは否だ。僕の求めた自由の中にはかけがえのない存在がある。文、君だけは絶対に失いたくはない。僕の謳った自由は仲間があっての自由だ。
僕らのために命を捨ててくれた椛とはたての為にも、僕と文は自由になってみせる。そして、いつか彼岸に渡った時には四人で本当の自由を見てみたい。
「…んぁ…朝か…」
「あやや?やっと起きましたか。こんなに起きないなんて、いつまで起きてたんですか?」
「僕が寝れなかったのはお前のせいだし。…ったく。あの後何かしら変な感じだったし。」
「接吻の一つで初々しいですねぇ。なんなら目覚めにもう一回してあげましょうか?ん?」
「…して」
「え?」
「してくれるんだろー?」
「あやや…これはどうしましょうか。冗談のつもりで言ったんですがねぇ」
「知ってるし。…まぁとりあえずは昨日の続きだな。」
「昨日の続き!?ま、まさか…こんな緊急事態にも関わらず、私と交わるつもりですか!?あなたは!!」
「落ち着けアホカラス!昨日の続きはつまり仲間を集めるってことだし!早とちりすんなし!」
「あやや、これはすみません。」
本当に何を考えているんだこのアホカラスは…。でも、文と接吻できなかったの、ちょっとだけ残念かなぁ。うぅん、考えちゃダメだ!だんだん恥ずかしくなってくるし!…たかが接吻なんかで何取り乱してるんだろうな僕は。今はそんなことよりも仲間を集めなきゃ!
「うーん、にしてもどこに行こうか?まずは力を貸してくれそうな妖怪の名前をあげてみるか?」
「そうですねぇ…。あの群生と戦うならやっぱり強い妖怪を仲間にしなきゃいけないですからね。」
「強い…。…!そうだ、鬼の方なんてどうだ?」
「何言ってるんですか!?鬼が私方天狗に力を貸すなんてありえませんよ!」
「でも逆に鬼を味方にできれば勝ったも当然じゃないか。山の四天王と呼ばれた星熊勇義さんなんかは手を貸してくれそうじゃないか?」
「どうでしょうねぇ…勇義さんがいる地底は無法地帯ですから、地底に行った途端勇義さん以外に殺されそうな気がしますがねぇ。」
「なんだい?鬼に手を貸して貰おうとして思い浮かんだのは勇義だけなのかい?」
魔法の森に謎の声が響く。
「誰だ!?」
辺りに姿は見当たらない。八雲紫のように突如物凄く妖力が出現するわけでもなく、ただ本当に声だけが森に響いた?僕と文は背中合わせにして辺りを警戒するが姿は一向に見えない。
「そう警戒するんじゃないよ。私のことなんて昔に何度も会ったじゃないかい。」
「も、もしかしてこの声…そして僅かに感じる妖力…伊吹萃香さんですか…?」
「おぉ、射命丸。お前は覚えていてくれたか。まぁ姿も見えない相手を警戒するのは当たり前なことか。少し待ってな。」
それだけ残すと僕らの目の前に突如霧が集まってくる。集まり、濃くなるにつれてその妖力は雑魚妖怪から並の妖怪へと強さを増して行く。ある程度の霧が集まるとそれは実態を表してくる。…かつて山に四天王として君臨した鬼の一匹、伊吹萃香だ。
「まぁ話は聞いたさ。どうやら仲間を集めているらしいねぇ。にしても浮かないなぁ。鬼を仲間にしたいのに勇義以外は思いつかないのかい?」
「い、いえ!そんなことありません!勇義さんは地底にいるってわかっていたからそちらを尋ねようかと…」
「まるで私がどこにいるかわかんないみたいな言いようだねぇ。まぁ事実、私の居場所なんて勘の鋭いどこかの巫女にしかわからないようなもんだけどね。」
あっはっはっ、と高らかに笑いながら伊吹萃香さんは腰に下げた瓢箪から酒を飲んでいく。聞くことによればなんでも中身の酒は飲んでも飲んでもなくならないらしい。
「それで、だ。私で良けりゃ力を貸してやってもいいって話を持ってきたんだが?」
「そ、それじゃ…」
「ただし!タダで力を貸すなんてことはしないさ。対等交換とは言えないが力を貸す前に、私と戦え。」
「…え?」
「私と戦ってその力を私に示してみせろ。お前の謳った自由は簡単に手に入るものでもないさ。…自由には犠牲が必要、お前は仲間を犠牲にした。それだけで自由を手にしようとするのは早いさ。自由には力も必要なのさ。2対1で構わない、かかってきな!」
…これはまずい展開になってきたかな。今ここには妖刀を持っていない文と僕。鬼の強さ的に僕の能力でも『従わせる』のも1分はかかるかな…?1分も持つかわかんないな。
「…清く正しい文屋の射命丸文です。鬼の四天王相手に手加減は致しません。全力で行かせてもらいます!」
「…やるんだな、文。…最弱鴉天狗が浦山柊斗。最弱なりな戦い方であなたに勝ちます!」
「いいねぇ…乗ってきたねぇ。天狗と喧嘩すんのは久しぶりだよ。私も手加減なしで行かせてもらおうか!!」
最初に動きを見せたのは伊吹萃香さん。鬼ならではの身体能力を屈指して間合いを一気に詰めての本物の『殴る』。狙われた文は幻想郷最速の速度でそれをかわす。空を切った伊吹萃香さんの拳はそのまま地面へと『沈み込む』。クレーターなんてレベルじゃない。地面が陥没した。
「柊斗!ぼうっとしてる暇はありません!その間合いは詰められます!空へ!」
「くっ…!わかってるし!」
「なんだいなんだい!?そんなもんなのかい!?もっと私を楽しませてみなよ!!」
空へと逃げても伊吹萃香さんは休む暇を与えてくれないようにどんどんと攻めてくる。重い力が乗ったその拳は一撃でも当たってしまったら致命傷だ。最悪、死ぬかもしれない。
「柊斗!距離を開けてください!『風神少女』」
「うぉっ!?」
「ほ〜、早いねぇ。いや、流石は射命丸だねぇ。っと…だっ!いてて…。容赦ないねぇ…!いたっ!」
まさに風となった文は僕の横を通り抜け伊吹萃香さんに攻撃を与えていく。わずかに見えるところでは蹴りをメインに攻撃を与えていく。痛いとか言ってるわりに伊吹萃香さんにダメージはないな…。
「…よし。…やるしかないよな。」
「…うん?なんだね?体がやけに動きづらくなってきてけど…。お前の仕業だね。浦山。」
「流石に気づきますか…。でも、負けるんけにはいかないので、最弱の本気を見せてあげますよ!」
「面白いじゃん…。遊びは終わりだよ射命丸!!」
叫び声と同時に伊吹萃香さんは口から火を吐いた。…いや、火と呼べるものでもない、あれは炎だ。それと同時に文もこれ以上は無駄と気づいて僕の隣へと飛んできた。
「…柊斗。能力はどれくらいかかりますかね?」
「多く見積もっても…1分と言ったところかな」
「…わかりました。時間を稼ぎます。」
「作戦会議は終わりかい?さて、本気で行くよ!!」
「…!よけろ文!!」
伊吹萃香さんが拳を振り上げ、下げると同時にその拳は巨大なものへと変わった。それは『ゴゥッ』と音を立てながら空間を切り裂いて迫ってきた。咄嗟に僕らは後ろへと飛ぶとついさっき僕らがいた空間をその巨大な拳が落ちていった。
「やっぱ天狗は早いねぇ。ならこれでどうだい」
次は伊吹萃香さんが霧へと変わっていった。
「くっ…マズイですねぇ。柊斗、能力は!?」
「あと40秒くらいだ!持ちこたえるぞ!」
「あっ…」
僕が文の方を見ると文は霧に包まれていた。飛び出そうと高速でその場から飛び去るも、霧はまるで粘着してるかの如く文から離れなかった。
「文ッ!!」
「う…あぁぁ…柊斗…」
「あやぁぁぁぁっ!!」
文が霧から出てきた。いや、落下してきた。血まみれになった姿で霧から落下してきた。僕は自分の出せる最高速度で文に追いつき地面に着く前に体を受け止める。
「文!返事をしろ文!」
「うるさいねぇ」
「ぐかっ…!」
「天狗なんてそんなもんなのかい?仲間が1人やられたところで傷心しちまって、攻撃後の隙を突くことができないなんてね」
伊吹萃香さんは軽く殴ったつもりなんだろう。僕の胸あたりをなんの能力も使わずに本当に力だけで殴ってきた。それだけで僕ははじき飛ばされて木に激突した。
意識が朦朧としていく。…能力発動まであと20秒なのに…1分も立たずして僕たちは伊吹萃香さんに敗れてしまった。
「ぁ…あ…あ……や…」
「そんなにこの天狗のことが大事かい?殺してはいなかったんだけどねぇ。でもまぁ殺してみるか?」
その言葉を聞いた瞬間、僕の中で何が弾けた。
ふざけんな。
殺させるか。
文だけは守る。
「…ぶっ殺してやらぁぁ!!」
「おぉー?立ち上がったかい?そんなに射命丸が大切ならほら、守ってみせなぁ!」
「上等だァ!!」
勝てないのがなんだ。もともと僕は鴉天狗にも勝てないだろ?なら勝たなくていい。いつもどおりに一撃与えることだけを考えればいい。鬼相手にこれが得策だ、あれが得策だなんて考えは捨てる。
――一撃与える!
「う、らぉぁああ!!!」
「…お?お?」
「まだまだぁあ!!!」
「うっ…早いねぇ…!!」
殴る。蹴る。かわす。狙う。殴る。殴る。かわす。距離を詰める。蹴る。蹴る。蹴る。蹴る。蹴る。蹴る。蹴る。蹴る。蹴る。
「ちっ…なかなかやるねぇ…。……あ?なんだこれ…」
「…勝負ありだよ。いつもの僕ならここでおしまいにさせるけど、今回はそうはいかせない。文を傷つけたあんただけは…一発、やり返させてもらう!!」
僕の能力の1分はたち、すでに伊吹萃香さんは僕の前に膝まついているが僕は止めない。一撃与えるまでは、やめない!鴉天狗の身体能力を全て使った僕の今出せる本当の全力。すべての力を右足へと込めて…込めて…込めて…
「くらえっ!!」
「はぐぅぅっ…!!」
全力な蹴りを伊吹萃香さんの鳩尾へと叩き込み、本当に勝負は終わった。
「…文」
「いつまでもヨナヨナするじゃあないよ。大丈夫。目は覚めすさ。それに…悪かったね。喧嘩だとは言ってもここまで楽しい喧嘩は久しぶりだったよ。ついついやりすぎちまった。」
「もう大丈夫ですよ。これが殺し合いなら文は死んでいた。生きていてくれてるだけで僕は…」
ふっ、と萃香は肩を竦めた。そして柊斗には聞こえないような消えそうな声で「見せてくれるじゃないか…」とつぶやいた。
「さて、私が力を貸すことは決めた。だからまぁ、今日は休息の意味も込めて休むよ。…なに、私の能力でお前たちの存在を竦めてるから天狗には見つからないよ。」
「…ありがとうございます。」
文が重傷を負いながらも伊吹萃香さんの力を借りることに成功した。これで僕たちは本格的に天魔へ挑める力を手に入れた。