外食
「で、どうだったんですか?思いのほか帰ってくるのも早かったわけですし」
ちょうど昼時ってことなので僕らは久々の外食を取るために人里へと向かっていった。…無論、幻想郷最速様は僕の速度に合わせてくれいる。そして唐突に先程の事を聞かれた。まぁバレてあれだってこともないし話しても問題はないだろう。
「天魔様がご乱心だよ。いきなり僕に天魔をやれって。しかももう決定事項だ。これは命令だ。ってね。ありがた迷惑だよちくしょう…」
「あやや、ではその時は私の新聞費を増やしてくださいね。」
「お前は話を聞いてたのか?それともただ僕に喧嘩ふっかけてるのか?買うぞ?」
「買ってもあなた勝てないじゃないですか。まぁ冗談は置いおきまして、これはなんとも大変な事になりましたねぇ。柊斗が天魔ですかぁ」
「ったく、天魔様は何を考えてることやら…。それなら文の方が適任なのによ。大天狗達がそれに賛同したって言っても天魔様が言ったからだろうに。」
はぁ、と今日何度目になるかわからない大きなため息を吐きながら僕は愚痴にも近い感じで言葉を漏らす。
「私は天魔には向きませんよ。それに、私が天魔になったら好き勝手やって天狗社会は崩壊しかねませんしね。」
「僕的にはそっちがオススメだし」
「相変わらず天狗らしかぬ考えをしますね…。でも天魔なって良いんじゃないでしょうか?面白そうですね、柊斗が天魔になった時の天狗社会。なんか、こう、妖怪の山に新しい風が吹く感じしますし。」
「なんだよそれ…。てかこれさ、命令って言われてる時点で僕もう選択肢ないよね?」
「まぁそうなりますねぇ」
「はぁ…それなら一週間も期間与えないで欲しいよ。本当に何考えておられることやら…」
そんなことを文と話しているうちに人里が見えてきた。距離的にはそんなに離れていないから僕の速度でもすぐに着くぐらいだった。
僕たちはいつも行く飲み屋ののれんを潜り、一番隅のところに腰掛けた。
「とりあえず焼酎を瓶のままで6本くれ。あとは適当につまみになる串を50本ほど。」
「相変わらずあなたは戦いに弱いくせにお酒には強いですねぇ。それだからよく天魔様と飲んでるんじゃないですか?そして天魔様があなたを気に入り次の天魔へ…」
「やめてくれよ。確かに酒飲みによく天魔様には誘われるけどよ、こっちはそれ迷惑なんだし。あの方と居られると美味しい酒も周りの雰囲気でまずく感じるんだし」
「本当にあなたは天魔様を尊敬しておられるのかしておられないのかわからないですねぇ。あれですか?建前だけ良くしちゃういい子ちゃんってやつですか?」
「うっせー。んな狙いなんてねーよ。…もういい、今日はたくさん飲むぞ!一週間後の事なんて一週間後に考えればいい!」
「本当にあなたっていう天狗は…」
なんだかんだ言いながらも文は僕の酒飲みに付き合ってくれている。どんなに軽口を叩きあっても仲良くできる文は僕は本当に信用して良き友人だと思っている。
「そう言えば、せっかくこんなに飲むんでしたらはたても呼べば良かったですかね?あの子、本当に引き込もりになったから友人と呼べるのも私とあなたと椛しかいないらしいですしね。」
「んー、そうだなぁ。なら今度はその四人で飲みに来るか?」
「お断りさせてもらいます。はたてとあなただけならいいですけど、哨戒天狗如きと飲む酒はまずくてたまりません。普通に仲良くできるあなたとはたては信じられない限りですよ…」
基本的に文は鴉天狗として忠実だ、鴉天狗として。だからこそ白狼天狗の精鋭の椛でも白狼天狗としか見ていないため、椛に対してはかなり厳しめな態度で接している。むしろそれが天狗社会として正しい事だから誰も咎めることはしないのだが、僕とはたては椛と仲良くしている。
「まぁお前が椛を毛嫌う理由もわかるけど僕からしたら椛は友人だよ。僕の修行にも快く付き合ってくれてるし」
「その理由は別なところなんですけどねぇ」
「ん?どういう意味だ?」
「そうゆう意味です。あなたは本当に鈍感ですよね。それだから周りの天狗たちのことも理解できないんですよ…」
「うっせー、アホカラス。」
「ここらで一つ、天狗もおびえる高さまであなたを吹き飛ばしてみましょうか?」
「悪い、悪かったから許してくれ。」
僕と文はこんなノリながら昼間から夜遅くまでずっと飲んでいた。
「おいおい、大丈夫か文?」
「ひっく…飲ませすぎですよ…。いくら天狗が酒豪だからといってここまで飲ませられるとは考えていませんでした」
「まぁ、悪ノリがすぎたよ。だからこうしてお前を運んでいるだろ」
「…酔に任せて不埒な行為に走らないか不安ですねぇ。こんな可愛い娘が酔ってあなたの背中に身お預けてるんだから少しはムラムラしてますよね?」
「全くしないな」
こいつは僕のことからかうの本当に好きだな。会う度にこうもからかわれると、正直対処の仕方にも慣れてるよ。
文をおぶってるから空は飛べないので僕は徒歩で鴉天狗の集落へと向かった。もうじき妖怪の山へと足を踏み入れるだろう。そんな時に草木を払いながら白い物体が僕の目の前に降り立った。
「…柊斗さんでしたか。こんな時間に来るものですから人か妖怪かの侵入者かと思いましたよ。」
「ん、椛か。相変わらず仕事には全うしているな。てかそんな畏まらなくていいよ。」
「そういうわけにはいきません。…背負っている方は文さんですか?鴉天狗がここまで酔っ払うとは…」
「まぁ今回は僕が飲ませすぎたのさ、許してやってくれ。というか僕は文の家がわからん。連れていってくれ。」
「…私、柊斗さんのこと何度も文さんの家へ案内したことがありますけど、まだ場所を覚えれていないんですか?」
「あら、そうだったか?酔っ払いすぎてなーんも覚えてないわ」
はっはっはっ、と高らかに笑ったけどぶっちゃけ本当に文の家がわからない。こういうシチュエーションで何度も文の家に行ったことはあるけど文も僕と同じく、いやそれ以上に鴉天狗の集落から離れたところに家を構えているから道のりをどうも忘れてしまう。
「あ、あと。いくら酔っ払っているからって文さんに手を出したらダメですよ?」
「わかってるしっ!僕だって命が欲しいわけよ…。あ、そうそう。僕そう言えば天魔になることになったからよろしくな」
「天魔になるんですか!?そ、そんなことになったらより一層あなたに会えなくなるじゃないですか…」
「うーん。まぁたしかに修行は一緒にできなくなるけど会いには来てやるからそう悲しむなって。僕もそろそろ一人で修行できるようにならなきゃいけないし」
「そういう意味で言ってるわけじゃないんです!まったく、なぜ私はこんな方をお好きになれたのか…」
後半部分はなにやらゴニョゴニョしてたから聞き取りづらかったけど、どうやら単に会えないのが寂しいのかな?でも、天魔の役についたら一端の白狼天狗には会いづらくなるのは事実だしな。あ、椛は白狼天狗の中でも精鋭だから会えるな。
「とりあえず、文さんの家に着きました。…流石にこのまま寝かせるわけにはいきませんので私が着替えさせます。ですから柊斗さんは外に出て待っていてください。」
「あーいや、僕も帰るよ?」
「待っていてください。」
「だから…」
「待っていてください。」
「…わかったよー」
くっそー。僕だってもう寝たいのに椛ったらいつからこんなに図々しくなったんだ。今だけ鴉天狗としての威厳を見せるべきだったか?いや、でも僕は椛に勝てないな…
はぁ…本当に自分でも鴉天狗かって疑うくらい弱っちい鴉天狗として生まれてしまったもんだな。ただまぁ椛と二人っきりで話すのも久しぶりだし、待ってるか。
しばらくすると文の家から灯りが消えて椛が出てきた。
「お待たせしてすみません。」
「んー、大丈夫だ。」
「にしても本当に天魔様の職に付かれるんですか。あなたがついたら天狗社会が変になりそうですね」
「ははっ、自覚してるし」
「私からは頑張ってくださいしか言えませんが、少し早めの天魔様の職につく記念としてこれを贈らせてもらいます。受け取ってください。」
そういって椛が取り出したのは古来より人間たちが自らの技術で作りあげた『勾玉』というものだ。でも単に普通の勾玉というわけではなく、そこには天狗の妖力が秘められていた。
「犬走が代々受け持つお守りです。家宝とも呼ばれますが私には必要ありません、ですから受け取ってください。」
「おまっ、家宝なのにか?」
「家宝なのにです。」
「…わかったよ。ありがたく受け取っておくよ。ありがとな、椛」
「いえ、それでは私もそろそろ哨戒の任に戻らねばならないのでここで失礼させてもらいます。」
「あぁ、頑張れよ。」
椛は一度振り向きニコッと笑みを浮かべてから哨戒の任へと戻っていった。僕も眠たくなってきたから家へと帰ってその日はゆっくりと休養をとった。
後日、まだ眠ってる僕の元へと家の扉を吹っ飛ばしながら文が入ってきて、「あなた…本当に私を襲ったんですね!?服が…服が…なぜ眠ってた私が着替えささってたんでしょうねぇ…覚悟してください。」といいながら襲いかかってきた。
誤解を解くのにかなりの時間を費やしたが最後は「哨戒天狗如きにこの身を見られるとは…」とか愚痴りながらも僕に謝ってきた。
無論、僕の家は吹き飛んだ。
さらに後日、河童のにとりによって一日で家は元通りとなった。…理不尽ながらもその費用は僕が受け持つことにもなった。