友情
「はぁ…はぁ…文…大丈夫か?」
「あなたよりは…へいきですよ…。」
「くっ…鴉天狗2匹如きがよく耐えおるな…。」
戦い初めてどれだけの時間が過ぎていっただろうか。今魔法の森は天狗の死体がたくさん転がっている。その屍の上で背中合わせになる鴉天狗が2匹。それを囲うように佇む10匹の大天狗。少し離れた位置で拳を握る鬼一匹とその横に緋想の剣を握る天人が一人。そこに向かい合うように立つ天狗の長と妖怪の賢者。
並の妖怪さえも近づくのを嫌がる異様な雰囲気を放つ戦場が魔法の森にできていた。戦場に立つものの目の輝きは誰一人として輝きを失っていない。獲物を狙うかのような目つきをしながら各々の相手と向かい合っていた。
「…文、もう僕の能力は使えない。これからは本当に実力のみの勝負になるけど、大丈夫か?」
「ふふ、あなたの能力に頼りながら戦っていたわけではないですし大丈夫ですよ。…さぁ、勝って自由を手に入れましょう。」
「あぁ、そうだな…。行くぞ!」
能力を使うだけの力を持っていない僕はもう素手で戦うしかない。最弱鴉天狗だろうが、一生をかけた戦いに負けるわけには行かない。勝てないとは思わない。負けると思わない。曖昧さは置いといて、勝つ!
「てんこよぉ…苦戦してんな」
「あなたこそ、妖怪の賢者に遅れを取ってるじゃない。」
「へへ、違いないねぇ…。でも、その方が鬼の血を燃やすってもんよぉ…」
伊吹萃香から放つ妖力が勢いを増してくる。まるでついさっきまでがウォーミングアップだったかの如く伊吹萃香の力が増すのをこの場にいるめのは皆感じ取っていた。
「天魔、負けたら交渉の件はなしよ?そんな負けっぱなしだと交渉は取り消しになるわね。」
「よう喋りよってからに。貴様の方こそ負けたらその肉を喰らうぞ?」
「あら、言ってくれるじゃない。じゃあ負けた方の『負け』ね?」
「ふっ、相変わらず相手を乗せるうまいもんだな…。じゃがまぁ、その話にも乗った!」
天狗同士の殺し合いをしている近くではそれを上回る本物殺気を放つ4匹が、神をも恐れる殺し合いを再び始めようとしていた。
…はぁ、いきがってたのも馬鹿らしいな。あれだけ勝つって言ってたのに僕は今何をしている。たった三匹の天狗相手にボロボロにされるなんてね。最弱鴉天狗だって理解してて勝てないのはわかってたけど一回も攻撃を与えられないなんてね。
七匹の大天狗を相手に満身創痍ながらも戦えてる文はやっぱりすごいよなぁ…。はぁ、少しは強く生まれたかったものだなぁ。
「…ふん、所詮は出来損ないの鴉天狗。我々が負ける訳が無い。」
「3対1でよく言うよ。」
「1対1でも結果は変わらんさ。だが、今回は確実に殺せと命令されてるから手加減も余裕を与えることもさせない。さぁ終わりだ。」
ちっ…最後くらいまともに動けよ、僕の体。もう大天狗が妖刀を持ちながら近づいてきてんだぞ、このまま逃げなきゃ死ぬんだぞ。だから、動いてくれよ…。
「っ…柊斗!!」
「おっと、いかせるわけにはいかないな!」
「〜っ、どけぇ!!!」
「いつものような余裕もないか、射命丸。だが、貴様もすぐにあの世に送ってやるから安心しなぁ!!」
はぁ…文の盾にくらいなってやるとか言ったのに逆の立場になりそうだなぁ…。惨めだなぁ…。
「……」
「最後に言いたいことはあるか?」
「その情けが隙を作ってんだ、よ!!」
「おっと」
っ!最後の力を振り絞って放たれた蹴りは宙を仰ぎ逆に蹴り返されて無様に地面に叩きつけながら転がっていく。
「柊斗!!」
「お前もだよ射命丸!」
「なっ…!!」
同じように隙を作った文に大天狗は容赦なく蹴りを叩き込む。同じように転がって文は柊斗の隣へと飛ばされてくる。
「…文」
「あやや…やられてしまいました…」
「文、お前だけ逃げてくれ。その最速の力を使えば逃げ切ることはできる。頼む、僕はもう仲間を失いたくないから逃げてくれ。」
「ひどい言いようですね。言ったはずですよ。死ぬときは一緒です、ってね。死ぬ気はないんですがこれはもう動けませんね…。」
…文ももう動けない、か。てんこと萃香さんは殺し合いに集中してこっちには気がつきそうもないし、これは負けたのかな…。ほんと、申し訳ないよ。僕の自由のために椛とはたてだけではなく文までも失うなんてね。
「さぁ、終わりと行こうか」
「文…!」
負けを悟る。もう、勝てない。なら文くらいは守ってやる。そう思い僕は文を抱きしめる。もう大天狗は妖刀を振り上げる。…妖怪としては短い人生だったなぁ。良き友達とも巡り会えたし、悪い人生でもなかったよ。
――最後に自由の一つでも見てみたかったもんだよ。
最後を悟り文は目をつぶる。そんな姿が痛々しくて死なせたくはないと思ったけど僕にもう力は残されていない。ごめんな、文。僕ももう『負けた』よ。
文と同じく目をつぶり死を待つことにした。
どれだけの時間が過ぎただろうか一向に死んだ気配も斬られた気配もしない。あれか?死ぬ前っていうのは時の流れが遅くなるのか?それなら早く過ぎ去ってほしいものだな。もう待つのは嫌なんだ。
いくら待っても僕は死なない。大天狗の叫び声が聞こえたくらいだけど僕は死んでいない。大天狗の悲痛の声も聞こえたけど僕は斬られていない。一体どういうことなんだ?
……うん?大天狗の叫び声?悲痛の声?
『全く、いつまで怯えてんのよ』
「…え?」
『もう大丈夫ですよ。』
「あなたたち…」
文の声が聞こえて目を開けるとそこには2匹の後ろ姿が見えた。茶色の羽を広げた天狗と白い尻尾を見せた天狗。そして何より僕の聞きなれた友の声。
「はたて…!椛…!」
「ヒーローは良いタイミングで駆けつけるのよ。まぁあとはわたし達に任せて休んでなさい。」
「生きて…生きていたんだな…!」
「死にそこねちゃいましたよ。でも、そのおかげであなたたちを助けることができました。」
僕らへと詰め寄ってきた大天狗たちだったが前に出た二匹の大天狗はすでに死体となっていた。そして僕と文を守るように大天狗の前に立ちはだかる僕の友人のはたてと椛は剣を握っていた。
「さて、話はここらへんにしとくよ。大天狗、あんたらの相手は鴉天狗が姫海棠はたてと」
「白狼天狗が犬走椛が引き受けます。そして、」
『お前らを殺す!』
天狗の全面的な戦争。
それは二匹の天狗の登場で大きく戦況を変えていくことになった。
そして殺し合いの第三幕が開かれる。