天魔
ここは幻想郷。博麗大結界によって現実世界に隔離されたとある楽園。現実世界で否定された幻想が集い、人も妖も神も、あるいは天狗も。あらゆる種族によって作られた世界。妖が異変を起こせば博麗の巫女が解決する。そして、幻想郷の崩壊を起こそうものなら妖怪の賢者が動く。
しかし、この話の主人公はそんな巫女でも妖怪の賢者でもない。ましてや普通の魔法使いでも吸血鬼でもない。
これは妖怪の山に生まれた一匹の烏天狗が幻想郷最速の鴉天狗と共に生きたとある幻想郷の、二次創作の話である。
はぁ、もう疲れたし。なんで鴉天狗なんかに生まれちゃったんだろうなぁ。無駄に寿命が長いし何かしら楽しい事もあるかと思えば天狗の規則に囚われて、上司には逆らえず部下には厳しく、そんな天狗の社会なんて嫌いなのに。
もしこの天狗の規則から抜け出せるなら僕はきっとなんでもするんだけどなぁ。まぁそんなこと考えるも無駄なことなんて知ってるんだけどね。
ここは天狗の集落。白狼天狗が哨戒の任に付き、鴉天狗が規則に縛られながらも少しの自由を生きる。そんな鴉天狗の家が集った所から少し離れた生物の気配が少ないところに一軒の家が立ち、そこには一匹の鴉天狗が住んでいる。彼の名前は浦山柊斗。鴉天狗として生まれながら鴉天狗の中で最弱。下手したら白狼天狗の精鋭、犬走椛にすら勝てるか怪しいほどに―――弱いのだ。
「はぁ…ほんと自由に生きてみたいよ…。こんな天狗の規則になんか縛られて、よくほかの奴らは楽しそうにできるよなぁ。ほんとに、僕って天狗?って疑うくらい変な天狗だよ。」
「そんな変な天狗さんは相変わらず自由を謳いますねぇ。」
「…文か。お前いい加減にノックって言葉を覚えろよ」
「あやや、これは失敬な。ノックを何度しても応じずに自由を謳う変な天狗さんに礼儀をああだ言われる筋合いはないですけどねぇ」
「……違いないな」
ふふ、と楽しそうに笑うこの鴉天狗は射命丸文。鴉天狗の中で最速を誇り、それはさらに幻想郷最速でもある。そして戦いにも長けているため鴉天狗の精鋭にもなるほどの実力者だ。そして僕の少ない友人でもある。
「まぁまぁ、せっかく私が来たんですからもっと楽しそうな雰囲気とか出せないんですか?…ほらほらぁ、今は二人っきりですからあんなことやそんなことや…」
「うるさいなぁ。確かにお前は鴉天狗の中でも頭抜くほど可愛いけど僕にとっちゃただの友人だよ。そんな変な感情とかないし、そんな勇気もない。ましてややったとしてもはたてに殺されるし。」
「あやや、そうですか。まぁそれはそうでしょうねぇ。」
「…相変わらず否定はできないのね」
名前だけ上がったが僕の少ない友人の中のもう一人、姫海棠はたての事を指す。いつも文と新聞の購読者を競うライバルであり友人でもあるらしく、その経由で僕とも仲良くなった、ってところだ。
「で、何しにきたんだよ?」
「そうですねぇ。まぁ単刀直入に言いますと天魔様があなたのことを呼んでいるから早急に行って欲しいってところですかね?」
「それを先に言えアホ!!こう話してるあいだも天魔様待たせてるじゃんかよ…。ああもぅ、今から行くし!」
「あなたの速度じゃあさらに待たせると思うので私が運んであげますよ。」
「余計なおせw…って、話を聞けぇええええ!」
僕の話をまったく聞かずにこのアホカラスは僕を後ろから抱きかかえて家の屋根を突き破って飛んでいった。…この野郎…人の家だからって舐めた態度とりやがって…あとで弁償してもらうからな。河童に頼むにも金がいるんだからよぉ
わずか1分も立たずして天魔様が住まう立派な建造物の前まできた。容姿やそれは鴉天狗なのだが纏う妖力は並の妖怪のそれを遥かに上回るほどの強さがある。まだ敷地内に足を踏み入れてないというのにその漂う妖力に体中がぶるっと少し震えてくる。
「ではわたしはここで待ってますので、手ばやに済ませてきてくださいよ。待つのは好きじゃないですし」
「あいよー。ってか、天魔様と会見なさることを手ばやに済ませろって言うお前はやっぱりアホカラスか」
「なっ!?なんですって!!?」
怒り出した文を放っておいて僕はその家の中へと足を踏み入れていった。さっき家の屋根を壊されたことの小さな復讐に成功したって感じで僕は内心ガッツポーズをしっかりとしておいた。
そして、目の前に大きく、また絢爛豪華に作られた扉の前にたどり着いた。この先に天狗の長天魔様がおられる。僕は大きな深呼吸を一つして扉の横にいた大天狗らに最低限の礼儀を踏まえて会見に来たと伝える。ほどなくしてその扉は開かれる。
「――失礼します。鴉天狗が浦山柊斗。ただいま参られました。」
「うむ、よくぞ参った柊斗。いつまでもこうべを垂れんでよい。表を上げろ」
「御意。」
文と話すときとは全く別な雰囲気を纏わせながら顔を上げる。ましてや普段の僕からは想像なんてできないほど礼儀をわきまえた話し方で天魔様に従う。はぁ、にしてもこんな僕なんかを呼び出して何を言うきなんだろうか。弱者は死ね!とか言われたらまじで死ななきゃいけなくなるしな…
「うむ。貴様を呼んだのは他でもないんじゃよ。いやはや、俺ももうこのとおり歳だ。そろそろ次の世代へと受け継ぐ天魔を決めねばならない時だ。――それで、だ。どうだ?天魔をやらないか?」
「…はい?」
ぼくが想像していたことを遥かに上回る発言を天魔様は仰せつかった。
「まぁ思うことはたくさんあるだろう。しかしこれは命令だと認識させた方がいいか。言い方を変えよう。次の天魔は貴様だ。もう決定されたことよぉ」
「お、お待ちくだされ!!わたくしめは天魔様の役につくには未熟すぎます!それなら鴉天狗の中でも精鋭を貫く射命丸文が最適かと思われます。わたくしは何せ鴉天狗の誰にも勝ちを手にしたことがないのです。」
はぁ、と天魔様はひとつ大きなため息を漏らした。僕の心の中はふざけんなって気持ちで溢れきってるけどな。命令だろうがなんだろうが天魔の役職についてしまったら僕の念願の自由なんて一番遠のいてしまうからな。
「これは命令だ。貴様は反抗することなど許されぬ。周りの大天狗どもにも理解させておる。…なに、今すぐにやれとは言わん。心構えをする時間も必要だろうに。一週間後にふたたびここに参れ。」
「…御意。それではこの辺で失礼させてもらいます。」
再び頭を下げて踵を返す。
―――その時見えた天魔様お顔は大きな満足感を漂わせるような顔だった。