Prologue
汝、一切の希望を捨てよ
ある叙事詩にはそう記されている。
その一点だけを抜き取れば、今の状況はそれに似たものであった。
人々のうめき声。
人が人を食らう。
カニバリズムに似たそれは、一種の病気であると思われていたが、
最近そのカニバリストが急増、事件の多発。
その一方で、笑う人々。
そんな世界が、今のこの世界そのものだった。
---食人病です---
そう、とある医師は言った。
父はそう告げられると、自分の腕についた焼け跡を見た。
母が、食人病にかかったせいで、人を食らうようになってしまった。
最初は自分の指をしゃぶり、脳を病気なんだと医師は告げたが、
段々とエスカレートしていき、母が父の腕を噛み千切った、
という所でこの言葉が告げられた。
父は噛み付かれた時に、腕を振るったせいで、
近くにあったフライパンの油が腕にかかり、焼けてしまった。
この病気は感染する。
母は一時の正気を取り戻したが、「ころして」と父に告げた。
それ以来母の姿を見てはいない。
当時、僕に父はこういった。
「母さんは…その、少し遠くに行ったんだよ…し、仕事でね」
父は目を逸らしながら、気の毒そうにそういった。
焼けた腕には包帯がグルグルと巻かれて、中がどうなっているのかがわからない。
それからしばらくして、僕は父についていき、育った。
日本という国は、未だこの病気に悩まされている。
いいや、そうじゃない。
…日本全土が、もう…”ほとんどいない”。
いないというと語弊があるかもしれない。
正確には”いる”。
病気にかかった人々だけが。
ある日、父は言った。
「お前ももう立派な大人だ、素直に受け入れ、そして理解できる時だろうと思うから言う
母さんは、俺が殺した」
父はそういった。
半ば信じられなかった。
食人病が起こした父への噛み付きが、そのままイコール母の死に繋がるのを、
僕は少し時間をおいて気がついたからだ。
「明人、お前はいい子だ、素直な子だ…だから、俺が憎いかもしれない
ただ、俺には母さんを殺す理由があった、人殺しとして見てもらっても、
母を殺した憎き相手として見ても、俺はかまわない…ただ、
お前が、生きて、生きて、この希望を絶たれた世界で、
俺の息子として立派に、巣立つのを…俺は望んでいる」
父とは、今も二人で暮らしている。
59歳を迎えた父、そして20歳を迎えた僕。
父さんは、その僕を大人としてこの話をしたんだ、とわかった。
「…父さん」
「俺の腕の火傷のおかげで、どうやら母さんの病気が移らなかったようだが、
この感染症は未だに続いてくだろう…この先何年、何十年も…そしたら、俺も寿命で死ぬし、
お前を守ってやることもできない、お前が20になったからこそ、この話をした」
「父さん、僕にとって母さんを殺されたのはどう思えばいいのかわからない…けれど、
この現状を見ると、僕も容易に父さんの母さんを殺した理由に想像がつくし、
それに生きろっていうのは、ずっと前から言ってきてるじゃないか」
「そうか…なら、もう…大丈夫だな」
父さんは、翌日…天寿を全うした。
登場人物
東堂 明人
主人公
性格:正義感が強く、人に頼まれたら断れない。
特技:運動能力が高い
目的:日本で非感染者を探す
二階堂 瞬
性格:臆病
特技:逃亡
目的:日本で行方不明になった仲間を探す