4日目・離れたくない
今日は雪かきが必要なくらい雪が積もった。
診療所『グローニャ』は体が不自由でなかなか診療所に来れない人達のために出張サービスと言うものを行っている。そして、今日はここから3キロ離れた場所に住んでいる老夫婦の定期検査に行く日だとエリアスは言った。
「僕が1人の時は診療所を休みにしていたけど、今のリサになら僕がいない間を任せれる」
実は2日前から治癒魔法や回復系の魔法をエリアスから特訓していたリサの実力は飲み込みも早くて膨大な魔力のせいもあってか、その実力は今のエリアスに匹敵するほどに成長していた。
リサの魔力は攻撃魔法や防御魔法にも使えるのだがリサの師匠であるエリアスが回復系の魔法しか使えないため、リサも同じく回復系の魔法しか使えない。
「少しの間、任せるけど良いかな」
「はい!」
元気良く返事をしたリサの見送りを受けてエリアスは外へ出る。静かにドアが閉まった後、リサはガッツポーズをして意気込んだ。もちろん、一人と言う不安もあるがエリアスに実力を認めて貰いお墨付きを頂いたので今のリサは自信満々で張り切っていた。
「エリアスさんのいない間、ファイトです!」
エリアスが外へ出かけてから30分ほど経った頃、診療所に男の子を連れた母親がやってくる。まず、リサはその親子を椅子に座らせ、リサも親子と向かい合うように椅子に座る。
「今日、エリアスさんは?」
「出張サービスでいないですよ」
母親にもう少し詳しく事情を話したリサは病人である男の子を見た。現在、男の子はマスクをしており、時たま咳もでている。病状を見たリサは、聴診器や色々な器具を使い調べた後、母親に風邪だと伝えた。
「それでは、風邪に効くお薬を出しますね」
リサが薬棚から取り出したのはティーパックだった。これは、薬が苦手な人のためにエリアスが作った薬である。使い方は至って簡単、元々ティーパックにはお茶と共に風邪に効く薬が入っている。これを普通にマグカップに入れてお湯を注いで飲むだけ。
「説明は以上になります」
診療代は2ルガーと激安であるのも診療所『グローニャ』の人気の一つだ。薬入りのティーパックをリサから渡された母親は代金を払い診療所から立ち去った。その後ろ姿を見送ったリサはため息をつく。
「風邪なら治癒魔法を使えば良かったかな?でも、エリアスさんからは病状が酷い時だけって言われてるし」
独り言を言いながらリサは先程使った医療器具を洗い消毒する。ついでに診療所の部屋の暖炉の薪がもうすぐ無くなりそうなので、新しい薪を暖炉に焼べる。パチパチと木が焼ける音が静かな部屋に響く。とても、暖かい部屋なのでリサはつい、机の上に突っ伏して寝てしまった。
「エリアスさんっ!エリアスさんっ!」
診療所のドアが乱暴に開かれて飛び起きたリサが目にしたのは大柄の男を担架に乗せ運んできた2人だった。只事ではないと判断したリサは手早くその2人に担架で運ばれている男をベッドの上に寝かせるように指示する。
「エリアスさんは?」
「今、出張サービスでいないですけど、代わりに私が診ます!」
ベッドで寝ている男の患者は苦しそうに呻いている。運んできた男の1人が、呻いている患者の右側のズボンを捲ると脛辺りが青紫色に変色していた。その他にも体には打撲のような痣がある。リサは運んできた男たちに事情を聞きながら両手を重ねて青紫色の部分にかざす。
「分かりました、骨折ですね」
「おい、リサちゃん。本当に出来るのか」
「はい」
どうやら、今ベッドで寝ている患者は屋根の雪かきをしていたら、足を滑らせ3階の屋根から雪かきを終えて綺麗になった地面に落ちた。そして、地面に置いてあった木材や鉄パイプに体が当たり、それで打撲。足は鉄パイプに当たり骨折。
「後で体の痣も治します」
リサは目を瞑り集中する。今からやるのはエリアスから教えてもらった骨をつなげる治癒魔法。これは、とても神経がいる作業でリサも習得するのに時間が掛かった。と言っても普通は2年で習得するところリサは2時間で習得したのだ。これには、エリアスも驚きを隠せなかった。
「まずは」
治癒魔法の一種で骨折したところを透視。そして、完全骨折か不全骨折、はたまた単純骨折か複雑骨折、様々な骨折の種類からこの、男の人の骨折状況を見分ける。
「骨幹部骨折、完全骨折」
骨幹部骨折とは骨の中心付近における骨折であり、完全骨折とは骨が完全に折れている状況。その事を確認したリサが次にした行動は透視しながら両手に集めた魔力を骨に注ぐこと。
「リサちゃん」
全神経を集中させ、魔力で足の骨の成長を少しだけ早める。今、リサが透視して見えている光景は足の骨が徐々にくっつき始めているところ。ゆっくり、焦らず、針の先に糸を通すような感覚で作業する事10分、骨折した患者の表情が和らいだ。
「まだ、動かないで下さい」
骨折した部分はくっ付いたが今度は体の痣を何とかしなければならないとリサは患者に言う。痣を消す場合、魔力を患者の全身に当て細胞を素早く活性化させて消すのが主流である。
「痛みはありませんから安心して下さい」
エリアスのように柔和に微笑んだリサは両手を前に突き出し、患者に上半身の服を脱いでもらうように言った。すると、リサの手のひらからシャボン玉のような黒色の玉が複数出てきて患者の真上に落ちる。そのシャボン玉が痣の上に落ちると見ていて痛々しい痣がマジックのように消えてしまった。
「リサちゃんありがとう」
患者はそう言うと疲れたのか深い眠りについてしまった。一方、リサもよほど集中したのか息が乱れている。だが、リサは付添い人の男たちにこれからの事を話した。
「とりあえず、骨は繋ぎましたが。骨がまだ痛むことはあります。だから、この痛み止めの薬を渡すので、患者様が起きたら飲むようにとお伝え下さい」
錠剤が入った小瓶を渡したリサはまた、担架に乗せられ帰る患者とその付添い人をドアの前で姿が見えなくなるまで見送る。そして、診療所の中に入り椅子に腰掛けるとリサは帰り際、付添い人の一人が自分に向かって言った言葉を思い出した。
『リサちゃんはすごいね』
『いえ、そんな事はありません』
「それに、エリアスさんにも似てるよ』
『そうでしょうか?』
『あぁ、自分を謙遜する所とか治癒魔法がすごい所とか』
自分がエリアスに似ていると言われてリサは内心、嬉しかった。褒められているのは自分なのに、まるでエリアスを褒められている気分で、ついにやけてしまう。窓ガラスに映る自分を見ると頬を赤く染めて口元が緩んでいた。
「えへへへ、今ならなんでも出来る気がするよ。そうだ!エリアスさんが帰ってきたら今日のことたくさん話そう!褒めてくれるかな〜」
リサはまるで、子供が自慢するような口調で独り言をつぶやく。が、今の自分が子供っぽかったと気付き急に恥ずかしくなってきた。そして、誰もいないのに咳払いをして背筋をピシッと伸ばす。
「天狗にならない!自分に厳しく人に優しく!」
自分の頬を叩いて気合を入れ直すリサ。すると、診療所のドアをノックする音が聞こえた。その音で真剣モードに入ったリサは来院してきたおじいさんの患者に対して深々と頭を下げる。そして、明るく元気な笑顔で患者を向かい入れた。
エリアスが、帰って来る1時間前。ちょうど今は夜の7時だ。その頃のリサはというと。血の気の無い顔で机に突っ伏し、グダッていた。その理由は、骨折した患者が来たあと、立て続けに骨折した患者が来院したからだ。
なにせ、今日は雪かきが必要な日であり、屋根の雪かきをしていたら落ちて骨折してしまいました。と言う患者が多くて、その治療をする度にリサは魔力を使う。簡単に言えば魔力切れである。いくら、魔力が多いと言っても底なしでは無い。
「エリアスさんから、魔法を使う時は魔力の配分に気を付けなさいって言われてたんだぁ〜」
今更、エリアスからの教えを思い出しても遅いとリサは思った。魔力切れになると疲れるのはもちろんのこと目眩がしたり腹痛がしたり体に様々な異常が起こる。
そして、その時はやって来た。
「うっ…頭痛い…」
突然、机に突っ伏していたリサは勢いよく起き上がり頭を両手で押さえた。しかし、頭痛は激しくなるばかりで一行に治まらない。それに、頭の中から何かが湧いてくるような感じもした。ついに、頭痛に耐えれなくなったリサは自分自身に治癒魔法を使おうとしたが、魔力切れのため出来ない。
「何、これ」
目眩まで起こしたリサは本格的に大変なことだと悟り薬棚から魔力切れに良く効く薬を出そうイスから立ち上がる。と、その時。リサの脳裏にエリアスと一緒に過ごした時間とはまた別の記憶が流れ始めた。
「これは、もしかして」
魔力切れがトリガーとなって自分の記憶が蘇ったのかエリアスの記憶を呼び戻す治療の効果が、今頃になって効き始めたのか分からない。
「(嫌だ、まだ思い出したくない。思い出したらエリアスさんと、離れ…)」
そんな思いも虚しく、半強制的に思い出された自分の記憶を見ながらリサは深い闇へと落ちて行き、その場に倒れてしまった。
* * *
1時間後。エリアスが帰って来ると部屋の中には薬を調合しているリサを目にする。入って来たのがエリアスだと分かるとリサはいつもと変わらぬ笑顔で、おかえりなさいと言った。
「ただいま。さっき、呉服屋の主人にあってさ。今日は大活躍したんだってね」
「はい」
ふと、エリアスはリサの違和感に気が付いた。そして、足早にリサに近寄るとリサの小さな右頬に手を添え、目の下に親指を這わせる。今まで外にいたエリアスの指は冷たく、リサは思わず喉から声が漏れた。
「んぅ」
「目の下が青い。それに、目が薄っすらと充血しているよ」
この症状はよく魔力切れを起こした時に出る症状だ。と、エリアスは付け加えてリサに教えた。一方、リサは吐息がかかる程、近くにいるエリアスの事を意識してしまい。目の下にある青色が消えてしまう程、顔を赤くしている。
「リサ、大丈夫かい?」
「無理はしてないですよ。ただ、今日は張り切り過ぎちゃって、魔力の配分が出来なかっただけなんです」
「本当に?」
「はい、エリアスさんごめんなさい。もう、今日は体が持ちそうにありませんので、先に上がらせて頂いてもよろしいでしょうか?」
フラフラのリサを見たエリアスは即答で了承した。そして、リサはその場から逃げるように奥の部屋へ入りエリアスの隣にある自室に籠もるとベッドの上にダイブ。まくらに顔をうずめて声にならない叫びを上げたのだった。
「私は、ここにいちゃいけないの?」
一体、リサは何思い出したのか?それは、本人にしか分からない。