2日目・魔力はチート並み
リサが診療所『グローニャ』に来てから翌日。そう、今日からリサは家族が見つかるまでか記憶が戻るまでの間エリアスの助手として働くことになった。
「ありがとうございました」
エリアスから渡された清潔そうな白いミニスカートのナース服を着たリサは診療所の入り口で風邪薬を貰いに来たお婆さんの姿が見えなくなるまでドアから見送る。
仕事は至って簡単。エリアスから頼まれた薬を薬棚から取り出したり、怪我をした部分に布を当てて包帯を巻くなどなど。分からないことがあればその度にエリアスが教えてくれるため、リサは初日から緊張せずに働けている。それに加え、リサの学習能力は非常に高いことが分かった。
「あの、エリアスさん」
「どうしたんだい?」
雪が降る午後4時ごろ。今、誰もいない診療所でリサは淹れたてのコーヒーをエリアスに渡しながら朝から気になっていたことを聞く。
「先ほどの患者様もそうなのですが、風邪ならばエリアスさんの魔法で治せないでしょうか?」
「あー、それは」
リサから貰ったコーヒーを口に付けながらエリアスはなぜ昨日のように魔法を使って治療しないかと言う理由をリサに話した。またその話し方が無駄にかっこいい。窓辺に立ち、背中を木製の壁にくっ付け、片肘を窓の淵に置きながら話す。リサの所作が丁寧ならエリアスの所作は優雅と言ったところ。
「僕が魔法を使って治療する時は患者の命が危なくなった時だけかな。それに、魔法に頼り切ってばかりいたら、もし魔法が使えなくなった時に大変だろう?」
「魔法が使えなくなる時ってあるのですか⁉︎」
「万が一だよ」
不安そうな表情をしたリサを安心させるように柔らかい笑みを浮かべたエリアスは窓辺から離れ診察台の隣にある薬棚から数種類の薬草らしい草を取り出し、机の上に置いてあったすり鉢に入れる。すかさずリサは薬草を擦る用に木の棒をエリアスに渡した。
「魔法って誰にでも使える物ではないのですね」
「そうだね、魔法は生まれ持った物だから使える人と使えない人がいるんだ。昨日の騎士君も使えない人の一人だよ。でも、騎士君は魔法が無くても腕っぷしが強いからね。多分、攻撃魔法を使う魔導師でも敵わないかな」
ゴリゴリと薬草をこすり潰す音が診療所の中に響く。今、作っているのは火傷に効く薬。そのほとんどが国内ではあまり流通していない希少な薬草である。なぜ、このような薬草を手に入れる事が出来るのかと言うとエリアスの人脈は広く隣国やはたまた海を越えた遠い国にまで伸びているから。そして、その独自のルートから希少な薬草を手に入れる。もちろん、対価として対価になる物や金貨を払う。
「私にも魔法使えるかな」
リサが何気無く呟いた一言を聞いたエリアスは薬棚の隣にあるまた別の棚から木箱を取り出した。木箱を開けると中には包帯や液体が入った便の他に長細いガラス製の赤い液体が入った温度計がある。
「それなら、魔法を使う魔力を測ろうか」
エリアスはその温度計みたいな物をリサに渡す。
初めて見る形の温度計にどうやって使うのか分からないリサはとりあえず手に持って腕を大きく上下に振ってみた。ついでに斜め上に向かって回してもみた。その魔法少女のような可愛らしい行動にエリアスは思わずお腹を抱え吹き出してしまう。
「リサかわいいね」
「だっ、だって使い方が分からなくて。それに、魔力測るから魔道具だと思って、だから魔道具の使い方はこんなイメージかと」
しっかり者に見えてどこか抜けているところがあると分かった瞬間だった。リサは余程、恥ずかしかったのか耳まで真っ赤にして生まれたての子鹿のようにふるふると震えている。また、目をうるうるさせているところがなんとも言えない可愛らしさを引き出していた。
「エリアスさん、笑い過ぎです!バカにしないで下さい!」
「バカになんてしてないよ。リサは飲み込み早くて手際がいいし気を遣える。なにより患者さんに対して最後まで見送る丁寧で良い子だ」
頭を跳ねるように撫でるエリアス。突然の褒め言葉に照れてしまったリサは俯いて更に赤くなった顔を隠す。暫く落ち着いたところでエリアスはリサをベッドの上に座らせた。
「これの使い方は簡単でね。普通の体温計と変わらなくてただ単に脇の下に挟めば良いだけなんだよ。そしたら、ここに0〜10までの数値があるから」
「それを見るとですか」
リサはエリアスに言われた通りに温度計を脇の下に挟む。すると、みるみる温度計の中にある赤い液体が1、2、3、4と数字を越えて行き早くも最後の数10まで到達した。と、その時。ガラス製の温度計に大きなヒビが入る。
「おっと」
割れる前にエリアスが引っこ抜いたから良かったものの、あのままでは今頃リサは赤い液体まみれになっていただろう。ヒビが入った事に目を丸くしたリサはすぐさまエリアスに謝る。別にリサのせいではないと言うのだがエリアスは顎に手を置いて暫く考えた。
「ねぇ、もう一度測ってもらっても良いかな?」
「はい」
結果は同じ。またも温度計に大きなヒビが入った。2度目と言うことは1度目の温度計は元々壊れていたから大きなヒビが入った訳ではないと言う確信を持てたエリアスは木製の椅子に腰掛けリサにゆっくりと話す。
「本当はこの赤い液体が5の数字を越えたら魔力がある証拠なんだ」
「でも、私は壊してしまいました」
「うん、壊れる程魔力があるっていうことだね。と言うか測りきれない」
もしかして、これはリサの記憶を戻す手掛かりの1つになるのではとエリアスは言った。それと同時に大き過ぎる魔力をコントロールするのは難しい事であると言う。さてはてどうしたものかとリサが悩んでいるとエリアスがある1つの提案をした。
「少しずつ魔法の使い方を勉強すれば良いし、僕も教えるからそんなに心配しなくても大丈夫だよ」
「はいっ!よろしくお願いします」
リサは緊張とやる気が満ちた顔でエリアスに頭を下げる。
* * *
それからと言うもの患者は2人しか来ず閉店時間の10時頃になった時、診療所に昨日、リサを助けてくれた騎士が現れた。
「騎士様、どうかなさられたのですか?」
「あぁ、現状報告に…って何をしているんだ?」
騎士が来たタイミングはちょうどリサがエリアスに魔法の使い方を教えてもらっている最中であり、その姿はまるで結婚式の時の夫婦共同作業のようだと騎士は思った。
まぁそんなことは置いといて、騎士は入口の近場にある椅子に腰掛けると、とりあえず今日は他の仲間と共にリサを発見した辺りで聞き込みや街に似顔絵の紙を貼ったとエリアスとリサに報告する。
「まだ、聞き込みは続けるがエリアスさんは何かありましたか?」
来院した患者にリサの事を話したが今のところ有益な情報は入ってこなかった事とリサに膨大な魔力がある事を伝えた。そう言いながらエリアスはリサに魔力を込めた薬作りを教えている。
まず、エリアスが小鉢を手で支え、リサはエリアスに教えてもらった通り、薬草に魔力を流すイメージを頭に浮かべながら擦り潰す棒で薬草を錬る。すると、徐々に薬草は黄色い光を帯びて来た。これは、完成が近いと言うこと。
「本当にリサは飲み込みが早いね」
「エリアスさんの教え方が上手だからです」
「そんなことないよ」
「もぅ〜謙遜なさらないで下さい」
「ははっ!そんなふくれっ面になるなんて」
いちゃちゃちゃ〜。
今、エリアスとリサの背景には鮮やかな色の花々が咲き乱れている。これは何かの幻視かと思い何度も目を擦った騎士の視界は変わらない。それどころか、甘い香りまで漂ってきた。
「くそっ!これが、魔法の力か」
「騎士君どうしたんだい?」
吐き気がする程の甘さに耐えかねた騎士はなんでもないと答え、その場から逃げるように診療所を出た。エリアスは騎士の後ろ姿を見送った後、頭に疑問符を浮かべているリサの元へと向かい、今度は黄色い葉の薬草を入れるよう指示する。
「薬草棚の右から3番目上から5番目のところに入ってるはず」
「分かりました」
薬草棚の右から3番目上から5番目の蓋を開けた。しかし、そこには黄色い葉の薬草なんて入ってはいなかった。それを見たエリアスはこの前、今と同じ薬を作った時に使い切ったことを思い出す。
「仕方ない、今日はここまでだ」
「そうですか…」
本音を言えば最後まで完成させたかった。と言うよりもエリアスと一緒に作業をしていて楽しかった。だから、まだ教えてもらいたいという気持ちがリサにはある。その気持ちが表情に出たのかエリアスは優しげな笑みを見せると、とある提案をした。
「ちょうど他の薬草も少なくなっているし、明日は診療所を休んで薬草を買いに行こうか。それに、薬作りは明日も出来るからね」
すると、リサは花が咲いたような笑顔になり頷く。
その笑顔を見たエリアスの内心は。
「(いつまでもこの良い笑顔が見られたら良いのに。でも、いつまでもっていう訳にはいかないか)」
淡い希望を胸の奥にそっとしまい、リサと共に薬草の片付けをするのであった。
本当は魔力を測る機械は水晶玉にしようかと思っていたのですが、エリアスがお医者さまのため魔力測定器は体温計型にしました。
それでは
*キャラクター説明、第二弾*
【騎士】
・本名はウィル・シュベルツ・アローン
でも、これからの本編では名前ではなく
『騎士』と表記させて頂きます。
・立ち位置は王様の命令で盗賊や
何かの討伐をする人。
・正義感が強い
・曲がったことは嫌い
だから、リサの親族を探すために一生懸命になります
・容姿の特徴はそんなに表記してありません。ただ、腰に剣があり、身長はエリアスと同じくらいならそれで良し。声も顔も服装も自分の好みの騎士さまをご想像下さいませ。