表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ルディア戦記  作者: 足立葵
第四話「地を染める千草の花」
PR
96/162

勝利の裏で

 奪還に成功したガランスの街は勝利に酔う兵士たちの喧騒で明るく賑わいでいた。

 ガランスは街の立地、なりわい上宿屋や飲み屋には事欠かない街なので一個師団分の兵士を収容するに十分な許容量がある。もちろん、人が口にするような酒や食べ物はないし、酒場や宿屋を営む者もいないので、酒や食べ物を運んできて、それを調理し、供給する輜重部隊の兵や軍属は今が戦争状態であった。

「ヴィオラ勝利のあとくらいは大目に見てやれ」

 上級士官用に確保した宿屋の一室から大通りを眺めるヴァイオレットの苛立った表情にローズが苦笑交じりの声をかける。

「まだ、何も申してませんが」

「だから、口にする前にクギを刺したんだ」

 勝利の美酒に酔った兵士たちだ。獣人の大群という脅威を乗り越えたことで気持ちが大きくなっているところに酒が入れば横暴に振る舞う者も当然出て来る。迷惑をかける街の住民がいれば注意する必要もあるだろうが、内輪で勝手に騒いでいる分には大して問題はない。

「今問題なのは後のことだ」

 巣食っていた獣人の種類、数、街自体の堅牢さ、動員した兵力、すべてを総合してみれば間違いなく苦戦と言える結果。だが、人的被害がほとんど出さずに勝利したことでブルダリアス長官たちがクロチェスター奪還作戦を思い止まる可能性は潰えてしまった。

「貴女こそ少しは気楽に考えなさいよ、ローズ。そんなんじゃ貴女が持たないわよ」

 深刻に思い悩むローズに呆れたように息つきスカーレット忠告する。

「そうもいかないだろ。今回はなんとかなったが、力押しの作戦では次は……クロチェスターはどうにもならない」

 ルディア王国の最西端にして西方の橋頭堡クロチェスター。立て籠もるのが正規の軍ではなく、備蓄、武装、など中身が全く違うとは言っても難攻不落の名城は伊達ではない。長年に渡るイースウェア公国との戦いに耐えてきた難攻不落の城塞都市だ。力押しでは三倍――いや、五倍の兵力を投じても容易には落とせない。

「ノワじゃないが、それこそ一気に火を放ってしまえれば楽なんだがな」

「でも、ブルダリアス長官だって今回苦戦したことくらいはわかるでしょ? 今回大した犠牲もなくガランス(ここ)を取り戻したって実績があれば、クロチェスター奪還への足がかりを得たって喧伝することでヴィクトール様の名声を回復するって目的は達成できるんだから無理にクロチェスター奪還にこだわったりしないんじゃない?」

 物資を輸送してきて合流したルクレティアが望みうる限り理想的な展開を口にするが、

「もちろん、その線で説得してみるつもりではいるが、おそらく……」

 無理だ、という言葉は口にしなくとも伝わった。

 どういうわけかブルダリアス長官たちはクロチェスター奪還に固執している。その割にクロチェスター奪還作戦関して秘策があるわけでもない。そんなオーリュトモスが強行した遠征にも劣らないお粗末な作戦にも関わらずヴィクトールがまるで反対しないから西方軍としても命令を突っ撥ねることができない。

「スカーレット、本当にクロチェスター奪還、あるいは西方に中央軍が出張ることでブルダリアス長官たちに利はないのか?」

「何度も言ったけど私の知る限りないわよ。長期間王都を空ければ長官たちの不在で貴族派に利になることはあっても逆はあり得ないわよ」

 スカーレットの知る限りないとしても何かあるはずだ。そうでなければ、自分の不在で中央で起こるであろう諸問題のリスクを犯してまで長官が西方に留まる理由がない。

(ブルダリアス長官の意図するものは一体何なんだ?)

 

 そのブルダリアス長官はクレプスケールの西方軍司令部で二つの報せを受けていた。一つは当然ガランス奪還の報。

「そうか、ほぼ無傷で勝利したか」

「はい。ですが、群の規模、街の堅牢さなどに反して時間を要したことで作戦を見直す必要があるのではないか、と。つきましては長官にガランスの街までお出でいただき、もう一度作戦を検討し直したい、と」

 使いに出されたノワが言伝を伝える。

「ラズワルド准将が、かね?」

「准将だけでなく、第三旅団長ビュファール大佐も同意見です」

 ふむ、と思案する素振りを見せてから

「わかった。ラズワルド准将には明日にでもガランスに参ると伝えてくれ」

 用向きが済んでしまえばノワが長官に食い下がることはできない。ノワはそのまま礼をとって退室した。

「小娘どもが悪あがきをしおって」

 ノワが退室すると、机の上に置かれたもう一つの報せの方を無言で睨みながら顔をしかめ、しばらくしてから忌々し気に吐き捨てた。

「何か手を打ちますか?」

 ブルダリアス長官の副官が尋ねる。

「ラズワルドの方は放っておいてかまわん。ヤツは“無益な戦い”とやらを止めたいだけだ。煩わしいがヴィクトール様さえ動かなければ別段問題はない」

「ですが、そのヴィクトール様を懐柔されでもしたら……」

 一部からは女嫌いとまで噂されるヴィクトールが長く交友を持ち続けているのはヴィクトールがローズを女として特別視しているからではないか、などと噂する者もいる。それにそんな与太話を措いたとしても西方軍でヴィクトールの片腕といって良いローズにヴィクトールが姿勢を変える恐れはある。

 そう懸念した副官の言葉に対して「それはない」とブルダリアス長官は断言した。

「ヴィクトール様がこの件で動かれることはない。そんなことより問題なのはあの女だ。アイツをどうにかしなければ事態は進展せん」

「憲兵にそれとなく働きかけますか?」

「いや、それは大して高価はないだろう。それより東方軍へ手を回せ。東方軍との溝を深めればアレクサンドル様は一層孤立するし、外圧も増す」

 そうなったとき、アレクサンドルがルディア王国の舵をとるか?

 そして、その方針に民が、貴族派が、どのような反応を示すか?

「具体的にはどのように?」

「……ちょうどいい機会だ。ヴィクトール様の名をお借りしろ。現在の中央と西方の情勢、ヴィクトール様の最近の采配を伝えろ。そして、これを機にヴィクトール様には本格的に王位継承に向けて動いていただくことになるだろう、と」

 副官は静かに頷き、退室していった。

 

 それから数時間後、勝利の宴の喧騒も静まったガランスの上級宿の一室で、

「そうか……ブルダリアスがな……」

 ブルダリアス長官の謀に関する報せを受けてヴィクトールが切なそうに呟いた。あんなヤツではなかった、そんな落胆が聞こえて来るような呟きだ。

「いかがいたしますか?」

 影が直接話すような姿なき密偵の声が指示を請う。

「ブルダリアスの動きを中央憲兵に流してやれ。サドならば迅速かつ適切に処理してくれるだろう。どうしても間に合わない場合のみお前たちが処理しろ」

「よろしいので?」

「正直、アイツをここで失うのはでかいがな」

 三長官の一。元帥である国王が軍事に無関心の現在事実上の軍のトップと言っても過言ではない権力者。その上ヴィクトールに対して敵対的ではなかった人物。だが、だからと言って味方であったわけでもない。ここまでブルダリアス長官の動きを黙認していたのは単に利害が一致していたからにすぎない。

「いたずらに火種をばらまく輩を野放しにはできんさ」

「かしこまりました」

 了承の言葉とともに今まであった――少なくともヴィクトールには感じとることができていた存在感が闇に溶けて消える。

「アレク……ここがお前の正念場だぞ。

 遥か東にいる弟に向かって語りかける。

「オレが動かざるを得なくなるその前にお前が処理しろ。そうすればペルルリオン家もお前を王と認める。オレはこのまま西方の司令でいられる。それがオレたちにとって――ルディアにとって最良のはずだ」

 

 最初の戦いを終えた、その舞台裏でいくつかの動きがあったのは何もルディア王国西方に限った話ではない。

「ではルディアは西の国境でも戦をはじめたと言うのか?」

 ルディア王国建国記念の際、相談役として女王ヘリガトレートの脇に控えていた痩せ顔の嘲弄が若いエルフに問う。

「はい、ヴィスネ長老。最新の報せではルディア西方軍はクレプスケールより出陣。動員数は一個師団相当。これを持ってガランスで戦いに入ったとのことです」

 やや最新とは言い難い情報だが、もとが閉鎖的なうえ隣国とはいえ国境の接する反対側での出来事だから十日ばかりの遅れは致し方ないところなのかもしれない。

「どう思う、ソフィラ殿?」

 隣りで共に報告を聞いていた老婆の長老に意見を求める。

「どう思うもなにもないだろうに。そもそも先の御幸で赴いたルディアの王太子が平穏に兵を退いてもいいと申し出たのを拒んだのはアンタたちじゃなかったかい?」

 長老たちの何人かがが居心地悪そうに尻をモゾモゾさせる中、ヴィスネ長老をはじめとする大半は屹然とした態度で反論した。

「奴は我らが戦を仕掛けた理由を聞きたがっていた。もし、知ったらそれこそ平穏に収まるはずがなかろう!!」

「そうかい? あたしゃそうなるとは限らんと思うけどね。まあ、大国ルディアも色々と内外に火種を抱えているのなら別の切り口から交渉する余地はあるんじゃないかい?」

 交渉、とヴィスネ長老が苦虫を噛み潰す。

「アンタたちが持ち帰った情報の他に集めたすべての情報を加味するとルディアもアクティースに好意的なばかりではないんだろう? だったら今度はこちらから交渉を持ちかけて見る余地はあると思うね」

 具体的には? と別の長老が問う。

「そうさね。ヴィドガルド(ウチ)でしか採れない薬草、それを調合した薬、それに破邪の銀(ミスリル)この辺の取引を材料に交渉してみたらいいんじゃないかい」

「バカな! ミスリルも森の草木も我らが神よりの賜わりものだぞ! それをよりによって我らを謀り続けたアクティースと懇意なルディアなぞにくれてやれというのか!!」

 ヴィスネ長老を支持してタカ派の長老たちが野次を飛ばす。

「だが、戦士たちの命には代えられない。そうだろう? だから、こうして睨み合いが続いているわけだし、それを打開する策が欲しくて頭を突き合わせているんだろうに」

 それだけ言い終えるとやれやれとため息を吐いてソフィラ長老が腰を上げた。

「どこへ行く?」

「アンタたちと頭付き合わせても意味がないじゃないか。アクティースに仕掛けるときに最初に決めた取り決めを忘れてルディアにまで戦火を広げたがってる。そうだろう? だから、ルディアを敵視する。穏便な策をとらずあえて強行策を選びたがる。私に求めてるのもその強硬策を押し進めるにはどうしたらいいかそれだけじゃないかい?」

 自分の意図に従った意見だけを答えろ、と迫って来る他の長老たちに向けてキッパリと宣告する。

「長老会で決まったことにとやかく言う気はないけどね、わたしゃアンタたちのやり方は間違ってると思う。間違ってると思うことに知恵を絞る気はないからね。やりたきゃアンタたちで勝手におやり」

 離反あるいは決別とも取れるソフィラ長老の態度に血を昇らせる者、バツが悪そうにうつむく者、沈黙を貫く者。反応は人それぞれだったが、誰よりも早く言葉で反応したのはヴィスネ長老だった。

「ルディアに悪感情を持っていることは否定しない。だが、それとこれとは話が別だ。奴らとは一線を引いておくそうしなければ同じ過ちを繰り返すことになる。そうではないか?」

「若者は過ちを繰り返さないと息巻いて結果過ちを繰り返す……かい」

 理解を得たと思ったことで場の空気がわずかに弛んだが、

「詭弁さね、それは。過ちを繰り返すのが若いモンの欠点なら、年寄り(わたしら)は過去の過ちを恐れて消極的になることが問題さね。どっちが悪いとは言えないけど意見の異なるモンに無理強いせんどくれ」

 再び決別の言葉を口にして今度こそソフィラ長老は会議室を後にした。

 ヴィドガルドの王宮は原初の森で二番目に古い大樹の幹をくり抜いき、それ自体を宮殿としている。自分がある種の昆虫の幼虫になったような錯覚を覚える木の幹をくり抜いた複雑な通路を歩き、ソフィラ長老は枝の付け根を活用した天然のテラスへ出た。

「伯母様」

 ヴィドガルドの国土を覆う古代よりの大樹たちを一望できる数少ない場所でしばし物思い耽っていたソフィラ長老を背後から美しい声が呼んだ。

「ヘリガトレート、何か用かい?」

「長老たちから会議の報告がありました。ルディア王国に対して期限を設けた上で兵を退くよう勧告、従わない場合は……」

 ヘリガトレートの声は次第に弱々しくなり、最後まで口にすることはできなかったが、ソフィラ長老でなくともその内容はおおよそ見当がつく。何と愚かな、とソフィラ長老が嘆息する。いくら内に問題を抱えてもルディア王国は大国。強硬に当たるだけむしろ事態は悪化するだけだ、と。

「申し訳ありません。私が……先代のように長老たちを取りまとめることができないばかりに伯母様ご迷惑をおかけして」

「気にするでないよ。誰もが最初から上手くできるわけじゃない。こんな大問題先代とてそうそう上手くは処理できないだろうさね」

 しかし、ヘリガトレートには大した慰めにはならなかった。

 ルディア王国取り巻く情勢は少しずつ、だが、確実に悪化しつつあった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ