第十八章 決戦へ向けて
そもそもではあるが、ユルレモントから直進してきた敵などかまわず、南塔から打って出た敵兵だけを突破し、すぐに南塔へ向かえばよかったのではないか、と思うかもしれない。しかし、ローズがそうしなかったのには理由があった。
開戦時、イースウェア軍七千強に対し、ローズ麾下のルディア軍は二千六百。この三倍近い兵力差というのが問題だった。
南塔を奪い返されることはイースウェア軍にとって退路を断たれ、敵地に孤立することを意味する。必然、南塔を取り戻してお終い、とはならない公算が高かった。攻城戦では攻める側に三倍の兵力が必要だと言われるが、イースウェア軍は現実に三倍近い兵力を有していた。しかも、現在の西方軍には防衛する側に欠かせない飛び道具――矢の数が心許なく防衛戦も戦い辛い状況にある。
もちろん、それでも平地で三倍の兵力と相対するよりは、城に籠もって防衛戦に徹した方が分がいいことは言うまでもない。普通ならば。
しかし、ローズにはアルコンティアがいる。援軍として助力してくれているウンディーネの騎士団もいる。騎馬の力は防衛戦のような動きのとれない戦場では力が半減してしまうが、敵陣を突破するような戦いでは十全と力を振るえる。特筆すべき戦力を活かせば、敵の戦力を削り、南塔奪取後の戦いを有利に運べる。
そう考えたからこそローズは北から迫る敵を蹴散らしてから南塔から出てきた敵を突破するという酷烈な戦法を選択した。
しかし、自軍の戦力を見誤った結果、ルディア軍は半数近くを失い、開戦前一対三だった戦力比は一対四以上に開いてしまった。
防衛戦すら危ぶまれる戦力差を補うため――否、補ってもらうためアルコンティアを駆り、南塔を再奪取しようと押し寄せる敵中に単騎身を投じた。アルコンティアの獅子奮迅の戦い。そこにも助力してくれたウンディーネの騎士たちの活躍。一度に大軍が戦うには不向きな地形。それらの助けでなんとかイースウェア軍を撃退することに成功した。
「城壁外へ救助を出せ」
ようやく敵を撃退し、城壁に降り立つと、アルコンティアに騎乗したままローズが指示を飛ばす。
「生きてる軍奴がいたら連れて来い。首枷を外した上で尋問する」
側にいた兵士たちが敬礼し、駆け出していく。
その背を見送ってから、側に人気が無くなったのを確認してアルコンティアの背から半ば落ちるように城壁に足を下ろし、首筋を一撫でする。純白の毛並みは今朝とほとんど変わらない。強いて言えばわずかに埃っぽくくすんでいるが、その程度の陰りは足元から発せられるアルブマイトの光が吹き飛ばしている。
視線を横へスライドすると漆黒の瞳と目が合う。
「……………………」
アルコンティアの冷静さを欠いているという諫言に耳を貸さなかったにもかかわらず不機嫌ながらもいつも通り戦ってくれた。そればかりか忠告を無視した結果、敵ばかりに気を取られて味方の状態を見誤った末、敗戦同然となった戦いを支えるために必死で戦ってくれた。その相棒に何と言ってかわからなかった。
バツが悪い。目を逸らしたい、という衝動に駆られて、
『可愛気のねえ嬢ちゃんだな』
昔、同じように責められて当然の場面でしっかりと相手を見据えて――見方によっては睨み返して――そのとき、そういわれたことを何故か突然思い出し失笑する。
――たしかに可愛げがないな
「うるさい。勝手に心を読むなと言っただろ」
四日前と同じようなやりとり。だが、アルコンティアの声はあのときとは違い笑い含みの軽い調子で、返したローズの声にはあのときのような険は籠もっていない。
アルコンティアに抱き着くようにして純白の首すじに顔を埋める。圧倒的速力が作りだす風のおかげで返り血の一滴すらついてないが、さすがに血風の戦場に一日いたせいで顔を埋めると毛並みに染みついた汗と血の臭いが鼻を突く。
「………………悪かった」
笑ったことで胸に閊えていたものがとれてするりと謝罪の言葉を口にできた。
――いいだろう。許してやる。
上から目線の言い様は今はそれが当然に思えたので苦笑するだけで受け入れたが、
――しかし、しおらしいのはローズらしくないな
続く一言は聞き捨てならず、ムッとして顔をあげる。
「なんだそれは? 強気に見返せば可愛げがない、素直に謝ってもらしくない。なら私はどうしたらいいんだ?」
――謝るような失敗をなくせばいい
そんなことできるわけがない。失敗を減らす努力はできるし、それを怠るつもりもない。今回の失敗を糧に次からはもっと味方の状態を考慮するように努める。戦いが終わったら手足となる部下も探すつもりだし、訓練不足解消する。しかし、努力してどれだけ万全に近づけても万能ではない以上失敗せずに生きていくことなどできるはずがない。だが、
「ああ、そうだな」
あっけらかんと答える。
できるはずがない、とローズも思っている。それでもそう答えたのは、そのつもりでやる、という意思の表れだった。
「二度と……二度と自分の部下を死地へ引きずるようなマネはしない」
ルディア軍がなんとか人心地ついていたころ、南塔を奪い返されたイースウェア軍はまだ占拠しているユルレモントに戻っていた。
ガシャン
城の奥、かつての城主一族の居室が並ぶ一角に破壊音が鳴り響く。
「荒れてんな」
ドア口によりかかりながら例の部隊長が呟く。
「レディーの部屋にノックも無しに何の用?」
「娼奴が一著前に淑女ぶるんじゃねえよ。人目の無えところではアンタはオレに奉仕する側なんだってこと忘れてねえか?」
ヴェニティーとこの部隊長はお互いに相手を格下と見做している。だからこそ、敗戦の結果退路を断たれ孤立するという窮地で精神的ゆとりを失うとそれが露骨に態度に現われる。
「ごめんなさい。お願いしたことは?」
しかし、そこは政治に長けたヴェニティーのこと。この状況下で内部分裂したら詰み。そう判じて苛立ちを堪えて素早くとり繕う。
「言われた命令は出しておいてやったぜ」
「ありがとう。一杯いかが?」
部隊長が頷くと軍奴に命じてワインとグラスを持ってこさせる。
「なあ、アンタの目的は何だ?」
お互いにほろ酔いになったころ唐突に男がヴェニティー問いかけた。
「もちろん、勝利よ」
「でも、それだけじゃねえだろ?」
「…………どういう意味かしら?」
ヴェニティーは何事もないように平静を保って答えた。その様子を男は動揺の欠片も見落とすまいと探るような目つきで観察してから、
「今日の戦い。南塔の部隊を動かさなくても勝てただろ? それに今日の指揮ぶりやさっき出したあの命令。アンタあの部隊を仕留めることに随分執着してるじゃねえか」
昼も思ったことだが、戦場の外の駆け引きでは簡単に手玉にとれた割りに、実際の戦闘指揮に関する才覚はかなりのものだ。その正鵠を射ている問いにヴェニティーの瞳に一瞬真剣な警戒の光が過ぎった。
男はそれを見逃さなかった。
「困るんだよなぁ~アンタの勝手な思惑でオレの手柄をパーにされちゃぁよぉ」
「ちょっ……」
追い込まれたことと酔った勢いが男を突き動かした。乱暴に腕を掴む。払いのけようとヴェニティーがもがくと間にあったテーブルが倒れ、ワインボトルとグラスが砕け散る。取っ組み合いはすぐに決着を見た。お互い軍人だが、ヴェニティーは女で、しかも実技は不得手。対して男は体格も大きく、荒くれ者らしく腕も確かだった。男は簡単にヴェニティーを組み伏せると馬乗りになり、短剣を突きつけ勝ち誇った笑みを浮かべる。
「誰か呼んでもいいんだぜ?」
「私のために駆けつける兵士がいるかしら?」
強気にそう返す。それに仮にいたとしても隊長たちを束ねるために利用していたこの男を失えば遠からず他の隊長たちに殺される。遅いか、速いかの違いだけだ。
「わかってんじゃねえか。『将軍補佐官どのは名誉の戦死をされました』ってゴキブリ野郎には報告しておいてやるから安心しろよ」
突きつけられた短剣のひやりとした気配が喉に近づく。
このまま臥していても殺されるのを待つだけ。最初のような色仕掛けも意味をなさないだろう。今この男にはローチよりも目の前の危機に怯えている。そうでなければローチの所有物である私に手を出したりはしないはず。
一瞬、ヴェニティーの脳裏に諦めが過ぎる。
(辱められることもなく一瞬で殺してくれるなら……)
しかし、幸か不幸かヴェニティーは賢かった。
頭のどこかでこの状況を脱する可能性を残した選択肢を閃いてしまった。そして、スカラヴィア・デスモスの拘束力が自死に等しい諦めを選ばせず、その選択肢を強制する。
「思ったよりもバカな男ね」
一言を発した際の動きで喉が浅く斬れるほど文字通り短剣は肉迫している。そんな状況で激発するかもしれない挑発の一言。これは賭けだ。男が激昂し、そのままヴェニティーの喉を掻っ切ればヴェニティーの負け。続く一言を聞き、剣を納めればヴェニティーの勝ち。
「アァ? ンだと?」
ドスの効いた声で脅すように問う。首筋の短剣が数ミリ深く食い込んだ。しかし、即座に掻き切ることなく、刃は止まった。
「だってそうでしょ? ローチ将軍が私に命じた条件の一つ。貴方にも教えたでしょ? 思い出してみなさい」
「『勝利のために全身全霊を尽くすこと』だっけか?」
「そうよ。この首輪の効力は良く知ってるでしょ? その隷属下にいる私が命令に逆らって危険な策に打って出られるわけないじゃない」
事実だ。あの包囲殲滅作戦はヴェニティーにとって攻めの一手ではあったが、冒険ではなかった。ユルレモント周辺の地理に詳しい者でなければ思いつかない作戦。ローズが侵攻の手口から誰か地理に通じた者がいることを読んだために失敗に終わったが、ヴェニティーが最善を尽くしたことは事実だった。
もちろん、安全策もあった。南塔にもう少し兵力を割き、ローチの本隊が来るまでヤドカリのようにユルレモントと南塔に立て籠り、時間を稼ぐという安全策が。
しかし、それは裏を返せばルディア軍の援軍が先に到着すれば一気に険しくなる作戦。命令はあくまで『勝利のために全身全霊を尽くすこと』。ならば、攻めの手を選んでも命令に忠実であることに変わりはなかった。
「…………ならなんで南塔の部隊まで動かした?」
しばらく逡巡してからまだ残る疑念をぶつけてきた。
「ルディア軍との兵力差は二対一だった。南塔の部隊がいなくても勝てたはずだ」
「そうね」
ヴェニティーのサラリとした肯定に短剣を通して男の手に力が加わったのが伝わる。
「でも、それはあくまでルディア軍が普通の軍なら、の話よ」
「ヤツらには一騎当千の魔法使いも魔導師もいねぇ」
「でも、ユニコーンを従えた将軍がいるって話でしょ。その実力はAランク相当ともいわれるわ。事実、今日の追撃戦でその厄介さは嫌というほどわかったじゃない」
そう、遠目ではあるがヴェニティーも目の当たりにした。本来自分がいるべき地位を奪ったあの女が――騎士でも貴族でもないただの小娘が純潔と高貴の象徴とされる優美な妖魔を駆って戦場をかけている姿を。
(そうよ。あの女に思い知らせてやるまで死ねない)
弱っていた炎がヴェニティーの中で再び勢いを取り戻す。
「あの女将軍は厄介よ。一騎当千の魔術師たちを持ってしてもあのスピードと突撃力の前に術を発動する暇さえなく蹴散らされて終わってしまでしょうね。なら、私たちが生き残るためにも、勝利のためにも南塔にいるあの女将軍を討つことは必須条件よ。違う?」
「………………………………」
男は無言で短剣をヴェニティーの喉から離した。
「よう、アンタも愛騎の世話か?」
謝罪と感謝と労いを示すためにアルコンティアにブラシをかけることにしたローズが厩に行くと、同じように愛騎の世話をする大男がいた。
「カープ殿も?」
旅団の長相手に気軽な調子で話しかけてきたのはカープというウンディーネの騎士たちの中でリーダー格の男だ。大きな口とギョロリとした目が特徴の大型の淡水魚を連想させる顔をしている。
「ああ、コイツらは主以外に触れられるのを嫌うからな」
手懐けるのが難しいケルピーも、ユニコーンほどではないにしろ人を選ぶのだろう。もっとも、そうでなくとも騎士ならば愛騎の世話くらいしてもおかしくはないが。
「気位の高い相棒を持つとお互い大変だな」
軽口で返すと、まったくだ、と笑いが返ってきた。
あいさつを済ませると黙々と作業に入る。馬具一式を外して、桶に水を汲み、ブラシングをはじめる。
「助かりました」
カープのケルピーと並んだアルコンティアに丁寧にブラシをかけつつ、感謝する。
「貴方方の助力が無ければ負けていた」
「長が決めたことだ。アンタもちゃんと約束を守ってくれりゃあいいさ」
貴重な騎士たちの命を預けてもらうにあたってウンディーネの族長は『戦いが終わったらウンディーネのためにローズも命を賭けるように』という交換条件を出してきた。それ自体は真っ当なことだが、
「どんな要求が来るのか怖いな」
おどけた調子で答える。
何に命を賭けるのか、条件の詳しい内容をウンディーネの族長は頑として言わなかった。相対した限り、族長を務めるに相応しい人物だったが、それでも得体の知れない要求は空恐ろしいものだ。
「覚悟しとくんだな。族長は人の好さそうな顔して鬼畜だぜ」
「脅かさないでくれ」
「ハッハッハッ! アンタがその程度でビビるタマかい」
豪快に笑い飛ばし、
「今日の戦いぶり。ありゃあ凄かったぜ。戦女神って聞いてたがさながら鬼神って感じだったな、ありゃあ」
戦女神とはまた随分と美化した尾ひれがついたものだ。とはいえ、あまり美化されるのもむずがゆいが鬼神と言われるのもそれはそれでどうなのだろう。
「人のことを言いますか? 敵中突撃してからのウンディーネの皆さんの戦いぶりも相当なものでしたよ」
「ありゃあ、仕方なしだ。何せオレたちは守城戦ってのはやったことがない上、この手じゃ弓も引けないからな」
そういってプラプラと振ってみせる手は指の間に皮膜――いや、水掻きが張っている。ウンディーネはこの水掻きの所為で細かい作業が不得手で、八つの民でもっとも不器用な民と言われることもあるが、
「冗談がうまいですね」
「それが冗談じゃないんだな、コレが。全くできんわけじゃないが、つがえるのが一苦労だし、そもそも水の中じゃ矢が飛ばないから訓練もしない。遠くの間合いは諦めて、中距離からはコレで対処するのがオレたちの戦い方だ。」
あげて示した腕には銀色の篭手が巻かれている。戦いの最中には巻いていなかったはずの鱗模様の装飾が刻まれた篭手。それが何なのか、とローズが疑問に思った瞬間、ビュルッという音とともに篭手が変形してかえしのついた細長い針へと変わった。
「それはメルクティアだったのか!?」
七大鋼の一つ静漣の汞。水の神がウンディーネに与えたとされる七大鋼の一つで、水銀のように特定の形を持たず、所有者の心を反映して形を変えるという特性を持つ鋼。所有者の精神力によっても変わるが、硬度は七大鋼中もっとも低い。しかし、破壊されること無く、熟練者ならあらゆる形状に変化させることができるその特性はもっとも応用力のある鋼として名前だけは有名だが、
「はじめて見たな」
元々、ほぼ流通しない七大鋼だが、その特性上需要の高い破邪の銀、浄火の鉄以外はあまりお目にかかることはない。
「ああ、オレたちで囲ってるから他の連中は知らないよな」
笑いながらグネグネと形状を操作する。まるで見えない手が粘土をこねているように篭手から伸びたメルクティアに一部が形を変える。どうやらカープは相当な熟練者らしい。
「便利そうだな」
「オウッ、便利だぜ。錆びない。何にでもなる。どこでも使える。その上、金属嫌いのコイツらも嫌がらないからな」
錆びないというのは地上で暮らすローズにとってそれほど重要ではない。ちゃんと手入れをしてやれば錆びることはないし、そもそもローズが使って錆びるほど長く保った剣自体ないからだ。
何にでもなる……は正直それほどでもない。むしろ人を斬る剣や血のりを浴びたかもしれない防具をナイフやフォークとして使いたいとも思わない。
どこでも使えるは確かに便利そうだが、何より最後の一言、
「ケルピーも金属が嫌いなのか?」
大枚はたいて馬具を特注したり、装備が限られたり、とアルコンティアの金属嫌いに色々頭を痛めていたローズにとってケルピーも金属嫌いという情報はもちろん、それの解決にメルクティアが使えるというのは朗報だった。
「ああ、もしかしてユニコーンも?」
「ああ。私の装備も金属を嫌うほどだ。もっとも元々私はガチガチに防具で身を固めたりはしないんで問題はないんだが、ランス一本携行できないのは戦い辛くてな。アルが妥協してくれる金属を探していたんだ。メルクティアは私にも使えるんだろうか?」
「昔、ドワーフの連中が加工したのを他の民が使った、って話を聞いたことがあるからオレたちほどじゃなくても使えるとは思うが……」
「手に入らない、か?」
「少なくとも国内じゃな。族長はメルクティアを他の民に渡すのを嫌ってるからな」
そう答えてからカープはローズと自分の篭手を交互に見て、
「オレが死んだらコレ、アンタにやってもいいぜ」
「縁起でもないことを……」
「そうでもないさ。死から目を逸らしてるヤツの方が死ぬからな」
カラカラとイタズラっぽく笑う。
「個人の主義にとやかく言う気はないが、私の指揮下にいる間は慎んでくれ。それと明日以降の方針を話すから一時間ほどしたら会議室に来てくれ」
「決戦は三日後だ」
南塔周辺の地図を広げた机を叩き、机を取り囲む面々に告げる。
一人が挙手して発言を求める。
「何だ?」
「なぜ三日後なのでしょうか?」
「当初の推測通り、三日後にイースウェア軍の本隊がクレプスケールに到達する。国内に侵入している敵が再度攻撃を仕掛けてくるとしたらそこだ」
「それより前に敵が再度攻めてくることもあるのでは?」
「もちろん、その可能性もある。三日間気を抜いていいわけではない。しかし、今日我々の追撃に失敗した敵が再度攻撃を仕掛けるには当然今日以上の勝ち目を見込める瞬間になる。それは三日後しかない」
「なぜでしょうか?」
別の一人が重ねて問う。
「まず、貴方たちが合流してくれたのが大きい」
そう告げて質問してきた佐官とその周辺の数人に視線を向ける。彼らは緊急動員で召集された退役軍人や予備役兵による急増部隊だ。四日前、サングリエ将軍に出した指示で挟撃を兼ねて増援を寄こすように伝えておいた部隊が一歩遅れて会議目前に到着したのだ。
「敵は今日数で勝ってなお我々に負けた」
本心では、勝ったなどとは思っていない。しかし、今は将として強気で通さなければならない場面。だから、あえて明言した。
「この上、数の利が薄れれば一層勝ち目は薄くなる。孤立した敵が何度も攻め寄せるだけの士気を保つのも難しいだろう。三日後、本隊の到着と合わせて挟撃するのが最も確かだ。そこに乾坤一擲の力を注いでくるだろう。逆に三日以上待てば、ヴィクトール率いる中央軍の援軍に連中のほうが揉みつぶされる」
増援がもたらした報告にヴィクトールが最初の援軍を率いて王都を発ったという報せがあった。こちらも同じくあと三日で到着する見込み。敵がどこまで正確にルディア軍の動向を把握しているかは定かではないが、援軍が近づいていることは想定しているだろう。孤立した状態で長く士気を保つこと自体難しい。まして、援軍の恐怖が近づけばなおのこと。
「ここを乗り切れば後はクレプスケールの鉄壁の防御力を活かしたシンプルな防衛戦だ。後三日、気を引き締めてかかれッ!」
オオォッ
と、ローズの鼓舞に各隊長たちが気合いの入った声で応じる。大損害を出したとはいえ、作戦を成功させ、形勢を好転させたという事実が、兵の士気を高めていた。




