第五章 第三王子
ブランサブール城で建国記念祭開幕を宣言した王と王妃、それに三人の王子と二人の王女を乗せた馬車がヴェリュミエール宮殿まで練り歩くパレード。
その行列のノロノロとした歩みと道の両脇に集う市民の熱気、そしてなにより自分に注がれる視線に辟易してローズが小さくため息を溢す。
「気に病む必要はありませんよ、ラズワルド准将」
ローズと並んで騎馬を歩かせるアンナマリアが素晴らしい聴覚を発揮してローズのため息を聞きとめて気づかわしげに声をかけてくれる。
「いえ、別に気に病んでいるわけでは……」
「ウソがヘタな方ですね」
まったく隠せていないローズの言い訳にアンナマリアが苦笑する。
「あれから急にため息が増えましたよ」
そう告げながらチラリと視線で後方の馬車を示す。
つられて振り返ると馬車の上で他の王族が笑顔で市民に手を振っている中、一人だけ愛想笑いすら浮かべずに冷たい視線で前方を睥睨しながら機械的に手を振っている人物と視線が交錯する。
視線が交わっても逸らされない憎悪を孕んだ眼光から逃れるように慌てて視線を前へ戻し、もう一度ため息を溢す。
気迫負けしたわけではない。それなのに逃げるように視線を逸らしてしまった。たしかにアンナマリアの言う通り彼に対して負い目を感じているのかもしれない。
(まさかあのような方だとはな……)
およそ二時間前――
「どういうつもりだッ!?」
荒々しく近づいてきた足音に振り返るや否や投げつけられた第一声がこれだった。
場所はブランサブール城の中庭。祭りの開幕を告げる国王のお言葉の直前、近衛騎士に混じってパレードに帯同する準備をしていたときのことだ。
「私が何かいたし」
「とぼけるなッ!!」
別にとぼけたわけではなかった。あどけなさが残る目の前の少年に見覚えがなかったので誰かと勘違いされたのではないか、と思ったのだ。
「お前が横槍を入れたことは同席していたジラルディエールたちから聞いたぞ!」
この言葉でようやく誤解ではないと理解し、同時にヴィクトールとよく似たブロンズの髪、身なりと三大家を呼び捨てにしたことから彼が何者なのかを悟った。
「何の故あってボクらの仲を引き裂くんだッ!!」
「いや、けしてそのよ」
「言い分け無用!! 王家に仕える軍人ならば正直に答えよ! ヴィクトール兄上の命か!? それともアレクサンドル兄上の命か!?」
「それは誤解ですよ、ジョアシャン様」
人目をはばからずに噛みついてくる少年の勢いに押され何もいえずにいるとやんわりとした声が助太刀してくれた。
「……ラフレーズ大佐」
バカにするな、とでも言いたげな怒り混じりの嘲笑を浮かべ、食ってかかる。
「誤解? 誤解だと? 何をどう誤解しているというのだ!? 将軍は先日まで縁組みを受け入れるつもりだった! コイツが横槍を入れてスカーレットを引き抜いたせいだッ! ジラルディエールもオーリュトモスも皆そういっていたぞ!! それともヤツらが偽りを申したとでもいうのか!!」
「たしかに妹の件に関しましてラズワルド准将も深い関わりがございますが、縁談をお断りすることを決めたのは妹自身。そもそも妹がこの縁談に乗り気でなかったことはご承知でしょう?」
「……うっ…………そ……それは……スカーレットがまだマーガレット姉上の近衛だったからで……」
この一言はジョアシャン王子にとってかなり痛手相当動揺した。
「それに妹の判断を認めたのはラフレーズ家当主にございます」
マズい言い回しだ。今やアンナマリアはラフレーズ家次期当主。その彼女が破談の責がラフレーズ家にあるようなことを口にしてしまってはジョアシャン王子の怒りの矛先がラフレーズ家に向いてしまう。
「アレクサンドル様付きの私の言葉では納得しかねるところもございましょうが、今は国事を目前に控えたとき、どうかお戻りください。この一件関しましては当主の体が空き次第、妹とともに納得のいく説明をしに参上いたします」
それでも、ジョアシャン王子はまだ憤懣を出し切っていない様子だったが、ある程度怒りを吐き出したことで少しは冷静になったのだろう。近衛騎士とはいえ大勢の目のある場所で縁談が破談になったことを喚き散らすことの愚かさに気づいたらしく、おとなしくその場から立ち去っていった。
「予想外でしたか?」
「いえ、ジョアシャン王子に目をつけられることは覚悟していましたので」
「そうではなく、ジョアシャン様の人となりが、ですよ」
アンナマリアは読心術でも使えるのだろうか? そんな疑問を禁じえない。
確かにジョアシャン王子の性格は意外だった。王子であることと貴族派が掲げる旗頭であることから無意識にヴィクトールと旧貴族の将校らを合わせたようなイメージを抱いていた。しかし、ムキになって噛みついてきた少年は多少傲慢なふうもあったが、貴族派の将校とも、まして兄であるヴィクトールとも違う。あれではまるで、
「普通の少年のようでしょう?」
心なしか哀れむような口調の問いかけに頷いて同意を示す。
人前で感情に駆られることの危険性を良く心得ているヴィクトールなら人目のある場所であのように感情に駆られて食ってかかるような真似はまずしない。義憤の類ならあるかもしれないが、それが私的な感情となれば絶対にありえない。
しかし、ジョアシャン王子は衆目のある場だということを失念するほどに感情的になっていた。それに『ボクらの仲を引き裂くんだッ!!』というあの言葉。なにより、スカーレットが縁談に乗り気でなかったという一言に対しての動揺。激昂の理由は、政略結婚の邪魔をされたから、ではなく、思い人を手に入れられなかったから、という気がしてならない。
「近衛騎士団長がこんなことを言ってはいけないのだけど、ヴィクトール様、アレクサンドル様と比べてジョアシャン様は良くも悪くも凡庸な方です」
「良くも悪くも?」
「ジョアシャン様は貴族派が送り込んだ第二大公妃のお子です」
大公妃というが身分制度が残っているわけではない。大公は現在では王族に連なる者に与えられ形式的な呼称で、この場合の大公妃とは大公の妃という意味ではなく、公妾の中で寵愛を受け、子を生して王族に名を連ねた者を示す。
第二大公妃は貴族派が続々と後宮に送り込んだ公妾の一人だが、寵愛を得て子を生したわけではないらしい。宮廷内の勢力バランスを保つために家臣らができるだけ影響力の少ない、それでいて大家の言いなりにもならない程度の家柄を選んで王の種を与えたという経緯があるそうだ。
「それでも、貴族の母を持つジョアシャン様の回りには貴族派が群がりました。貴族の復権を認めさせるための傀儡の王となる王子にするため、ジョアシャン様は軍政の中枢の汚い面をほとんど知らされず、無垢なままお育ちです。しかし、いずれ王となるならば国政を預かる者としてその汚い面を知らないではすみません」
「なるほど、ヴィクトールのような腹黒さがない分、普通の少年としては好感が持てても王子としては失格ということですか」
「手厳しいですね」
バッサリと斬って捨てるローズの言いようにアンナマリアが苦笑する。
「ところで、ジョアシャン王子とスカーレットはどのような関係なのですか?」
「スカーレットは何も?」
「ええ、幼少期に何度かお目にかかったことがあることを除いて近衛騎士として王宮で顔を合わせただけとしか」
「その通りです。ラフレーズ家ではいずれお仕えすることになる王族の方――多くは王子に幼少の頃から接する機会を設けるようにしています。ベル姉上はだいぶ年齢が離れていたので多少異なりますが、私はヴィクトール様とアレクサンドル様と幼少期に何度かお茶やピクニックなどをご一緒しました。スカーレットもマーガレット様の専属近衛に任命される前に何度かヴィクトール様やアレクサンドル様それにジョアシャン様と会っています」
「………………」
そのときにジョアシャン王子にスカーレットを意識させるような出来事でもあったのだろう。それがどんな出来事だったのか、と説明を待ったがアンナマリアは何も言わない。
「……あの…………それでそのとき何があったんですか?」
「さあ?」
と可愛らしく小首を傾げる。
「はい?」
「私の知る限り特別なことは何もなかったと思うのだけど……」
困ったような口調は嘘には聞こえない。おそらく本当に知らないのだ。まあ、何がきっかけで人が人を好きになるかなどわからない。片時も離れずに監視でもしていなければ知らなくても無理はないが――、
「スカーレットはジョアシャン王子の好意を自覚しているのでしょうか?」
帰国するまで縁談の件を黙っていたのはローズを図るためだ、と言っていた。しかし、ジョアシャン王子の気持ちに関して隠す必要はないはず。むしろ、そのことを自覚しているのならばうまくすればジョアシャン王子を使って貴族派を押さえ込める。
「どう……かしら? あの娘からは初恋の話くらいしか聞いたことが……」
「初恋?」
ハッとしてアンナマリアが口を噤んだがローズはしっかりとその単語を聞き取っていた。
「いっいえ、何でもないの!」
「ですが……今たしかに」
「少なくともジョアシャン様とは無関係だから知りたければスカーレットに聞いてください。ジョアシャン様に関しては縁談もすげなく断っていたし、意識しているということはないと思うわ」
「はあ……」
はじめてアンナマリアが慌てるところを見て少し訝しんだものの、スカーレットの初恋が誰で会ってもジョアシャン王子以外なら問題ない、とその件についてローズがそれ以上追及することはなかった。
しかし、もし、ローズが騎乗しているのがアルコンティアならばスカーレットの初恋が男と勘違いしていたローズに対してだと知って爆笑していたことだろう。しかし、ローズが騎乗しているのは頭部に角を模した装飾のある兜とセットの鎧を装備しユニコーンに偽装しただけのただの白馬なので読心術など使えるはずもない。
スカーレットの初恋が暴露されるのはまた後の話になる。




