第十三章 四日目――イースウェア公国入国。そして……
翌朝、戦力にならない三名を虎落笛の谷の病院に残し、一行は夜が明けるとすぐに出立した。
アルコンティアがいないローズは馬車の馭者台に腰かけながらも、安全確認のための先遣隊を出したりと指示を飛ばすなど坦々と隊長としての役割をこなしていた。しかし、朝食の席でも、出立前の指示のときもマーガレットに一声もかけず、騎乗しているわけでもないのにマーガレットと話そうとしないその様子がラフレーズの目には職務に没頭することでマーガレットを避けているように映った。
(何があったのか聞きたいんだけど……)
マーガレットから一昨夜何があったのかを聞きだせなかった以上もう一人の当事者でもあるローズから事情を聞きだすしかないが、出立前は慌ただしさで機を得られず、出立してからはローズが馬車の上にいる状態で先頭の指揮を委ねられているので話しかけることができずにいた。
そんな不和を抱えながらでも一般の商隊や旅人の通る程度の道のりは精鋭である彼女たちには危険な道のりはなく、少し馬を急かした甲斐もあって午後まだ日が高い内にイースウェア公国の入り口夕闇の城が見えてきた。
「何度来てもこの城は好きになれないです」
手綱を握っているカルメルの吐き捨てるように呟きにローズも、同感だ、と内心で頷く。
特に変わった造りではない。国境防衛の要であると同時に商業の要所でもあるため規模の大きい街は牙の城と同様の石造りの城壁で囲われている。石材も白光石のような特殊な鉱石ではなく、ごく普通の石材のようだ。
しかし、受ける印象を一言で表すなら魔城。立ち込める霧と城門のすぐ脇まで迫る樹海の木々が妖気にも似た不気味さを生みだしている。切り出した石を積み上げて造った普通の城壁も元の石の色がわからないほどに苔生し、変色しており、重苦しい雰囲気を醸す。それだけなら歳月を経た古城だが、城壁の各所に灯された十色の炎が不気味に揺らめく。ルディア王国では排斥され見ることの無い魔法の炎。それこそが妖魔の巣窟である樹海のただ中に人里が在ることを可能にしている加護の炎なのだが、不思議と背筋が凍える。
「あの十色の炎がそれぞれ違った種の妖魔を牽制する結界の柱になっていて多重の結界を作ることで樹海の中あるこの街を護っているんだな」
「ええ。そのため空からヴィーヴルで接近することはできず、この城を攻めるのはこの狭い街道から正面突破を計るしかないわけです。愚将が護っていても夕闇の城が不落を維持している所以ですね」
「でも、魔法って規模が大きいほど膨大な魔力が必要なんですよね? こんな大きな街を覆うような結界をどうやって一日中維持してるんですか?」
ローズとカルメルのやり取りに一番近くで並走していたエバーが疑問を口にする。アクティース教の教会などでも有事の際には結界を張って妖魔を退けるが、必要とする魔力が膨大であるため村の規模でも張ることは難しく、城塞都市全体を覆うことなどできないことは魔法がほぼ絶えたルディア王国の人間でも知っている知識だ。
「他国の要塞の秘密ですから、確かなことはわかっていませんが……」
言いかけたカルメルだったが、お茶を濁すように言いよどんだ。エバーは急かすことなく続きを待ったが、カルメルが続ける前に城門に近づいてしまい答えは先延ばしになった。
予想通り城門で衛兵に止められ、城門の両サイドにそびえ立つ門塔へ誘導された。定期的に出入国を繰り返す商業ギルドなどは国府から通行許可証を発行されているが、完全余所者であるローズたち一行にはそんなものは無い。
馬車を降りて検閲官の指示に従って個別に取調室へ誘導された。ただ一人ミエルだけは精神状態を鑑みて傍付きに扮しているマーガレットとともに取調室へ入れられた。
「どこから来た?」
「ルディアから」
屈辱に堪えながら検閲官の質問に答えていく。
「この状況でルディアから? 良く来れたな。どうやって来た?」
当然の疑念。それ故に多少厳しく取り調べられる可能性は考えていた。実際に身ぐるみ剥がされ、徹底的な身体検査と持ち物検査を受けた。そして、服も返されないまま、情けで貸し出されているボロ布一枚で聴取を受けている。人の尊厳というものを軽んじるイースウェア公国では男女問わずこういう目に合うとは事前に聞いていたが、直面するとやはり屈辱だ。
「別に特別なことはしていない。獣人の縄張りになった街道を逸れて虎落笛の谷を抜けてきただけだ」
ほう? と検閲官の眉が疑わし気に釣り上がる。
「虎落笛の谷向こう側は獣人に支配されていてここ数か月商隊一つ来ていないのにお前たちは抜けられたってのか?」
この検閲官はバカではないらしい。
「収支の都合で雇える護衛に限りのある商隊と愛娘の治療のために金を惜しまず護衛を集めた我々では護衛力が違う。もっとも馬車一台護るのに何十人もの仲間を犠牲にしたがな」
犠牲者を大げさに言ったものの前半は事実だ。商隊では荷を運んで得られる利益が護衛にかかる費用を上回れるわけがない。むろん、多少護衛を多くしたところで民間人のかき集められる戦力では到底突破などできなかったろうが、そこはイースウェア公国側もプロクス山脈よりルディア王国側のことは正確な情報などつかめていないだろうから嘘で押し通せる。
「フン! では、お前たちはどこのギルドの所属だ?」
「ギルド所属ではない。雇い主が民間人から募って集まったのが我々だ」
民間人が護衛を雇うとなれば信用のおける傭兵ギルドから雇うのが定石だ。しかし、平和なルディア王国軍は戦死者が少ないため徴兵期間終了後に腕っぷしに自信のある者がギルドに所属せずに国内の商人に雇われて傭兵まがいの仕事を受けるケースが往々にしてある。信用度の高いギルドは所属を偽装するのが難しい。それよりは何気ない言動でも元々ルディア王国の従軍経験者ならば言い訳が通ると判断してのことである。
「入国の目的は?」
ここまで一応は筋の通った受け答えに検閲官は訝しみながらもそれ以上の追及はできずに次の質問へと移る。
「お嬢様の病気を魔法医師に診せるためだ」
「なら目的地はバームか?」
「ああ、バームまで行って名のある魔法癒師に診せるように雇い主から命じられている」
その後もいくつか質問を受けたがそのどれも無難に応答してようやく、いいだろう、と検閲官が忌々しげに告げた。
「入城を許可する」
その一言を聞いた瞬間自然と安堵の息が零れる。自分でも知らない内に緊張していたのだと気づいたが、何事もなかったような顔で出口へと向かう。
「ちょっと待て」
疑念を増してしまったか、と冷や汗が噴きだす。剥き出しの背に浮かんだ汗を見とがめられないように不自然でない程度にすみやかに検閲官へと向き直ると、
「早く入国許可を取りたければ口利いてやってもいいぜ」
ニヤリと笑みを浮かべる検閲官。見ればその指で円を作っている。要は賄賂を要求しているわけだ。一行の指揮を執っていたのがローズだということは取り調べで言っていたのでここぞとばかりに要求してきたのだ。
「ありがたい申し出です。いくらですか?」
ここでヘタに断ると冤罪で嵌められる恐れもある。金で解決できる問題ならば例え口利きが効果を成さなくとも払っておくに越したことはない。それにそこそこの官位にあるだろう目の前の検閲官がこれでは馬車に積んである荷もいくつか消えていることは予想に難くない。ならば、ここでわずかな金を惜しむ意味はない。
「話がわかるじゃねえか」
要求してきた金額はだいぶ吹っかけていた。言い値で素直に払うと図に乗らせることになるので値切ったり、渋ったりしてそれなりにマケさせた。そうして余計な交渉をしたせいで服を返してもらい、取調室を後にしたときにはすでに他の団員たちは聴取を終えてローズが最後の一人だった。
「大丈夫だったか?」
屈辱的な体験に俯いてしまっているエバーとクーシェを気にして声をかけると「はい」と小さく返事が返ってきた。とりあえずは大丈夫そうだ、と判断し、次いで他の護衛団も面々にもアイコンタクトで確認するが特に問題を訴える者はいなかったので馬車へ戻るように指示を出した。
護衛団員や女官はもちろんエバー、クーシェも何も気にしなかったその流れにただ一人ラフレーズだけが違和感を覚えた……というよりは正確には愕然とした。
(無視!?)
護衛対称であり、一国の王女がこのような辱めを受けたというのに気づかいの一つも無しというのはありえない。まして、マーガレットはローズの親友だ。普段のローズならば間違いなく一言くらいは声をかけていたはずだが、まるきり無視だった。
(朝からピリピリしてるとは思ってたけど……)
チラリと団員たちに囲まれて進むマーガレットと手を引かれて歩くミエルを見る。二人の不和の原因は間違いなくマーガレットがミエルを無断で連れて来てしまったことだ。ラフレーズは合理性とマーガレットの我が儘の両立が適うと思ったからミエルをお嬢様役として随行させることを提案した。しかし、
(無視だなんて……ミエルの動向はマズかったかしら……)
いつもの癖でマーガレット優先で考えてしまってミエル自身やローズの感情を考慮していなかったことに今更ながら気づいたが後の祭りだ。
(マーガレットを慰めながらローズの態度を軟化させる方法も考えなきゃ……)
そうして無事検閲を終えて馬車に戻ってみれば予想通りいくつかの荷が消えていたが、そんなことに頓着していられない。一応怪しまれないように被害を訴えてはおいたがまず間違いなく返ってはこないと諦め、今夜の宿を探すべく富裕層が泊まる高級宿の並ぶ一角へ向けて馬車を走らせる。
「ずいぶん活気がないんだな」
「牙の城のような雰囲気をイメージしてましたか?」
走りながら眺めた街の印象を呟いたローズの小声を並んで馭者台に腰かけるカルメルは耳ざとく聞きつけた。
「あ……ああ。三年以上あそこに配置されていたがもっと活気があったと思うんだが……」
大国の入り口を護る城塞都市にして商業流通の拠点でもある、という共通点からローズは無意識のうちに古巣である牙の城のような街を思い浮かべていた。牙の城もルディア王国にとって西方の窓口であり、最前線だった。確かに軍人や軍属が多く、全体として物々しかったが、同時にブルトルマン帝国やイースウェア公国との交易の拠点として商人やそれを護衛する傭兵で賑わっていた。
対して、夕闇の城は活気がない。街行く人々はどこか暗く、人通りもそれほど多くない。軍人が多く物々しいのは同じだが、街を巡回したり、所々に衛士として立っている軍奴は見るからに士気が低く、やる気がない。商店もほとんど開けているだけといったふうで街の規模が大きいせいもあってか寂れてみえる。
「そうですね。もともと閉鎖的で審査が厳しい国ので比較すれば賑わいはなかったですね。ですが、以前はもう少し活気のある街でしたよ。我が国やブルトルマンとの商隊の行き来がないのが現状の理由でしょう」
「軍奴がこうも陰鬱としているのは?」
軍奴とは隷属の首輪という首枷を嵌められているイースウェア軍の奴隷兵の呼称だ。戦場で幾度か軍奴とも剣を交えたことがある。さすがに命懸けの戦場では軍奴といえども必死になるが、平時の軍奴の様子についてはローズは知らなかった。
「軍奴は以前からこんな感じだったと思います。人通りの中にまぎれて以前はそれほど気になりませんでしたが……」
それも当然か、と納得する。何しろ彼らは奴隷という言葉の通り軍役を強制させられているのだ。生活のためという目的はもちろん、自分たちの国を護るという使命感もない。戦争になれば強制的に戦場に駆り出され、ポーンのように捨て駒として文字通り使い捨てられる。運よく生き残ったとしても自由が待っているわけでもなく、辿る末路は限られている。やる気など起きるはずもない。
そうして街の様子を眺めているとあっという間に上流階級向けの宿屋のある通りに入った。手ごろな宿屋を見つけて手続きを済ませると今度はイースウェア公国内への入国許可および通行許可証を申請するために役所を兼ねる城へ向かうことにした。大勢で出向く必要はないのでカルメルと二人で行き、残りはマーガレットの護衛と交替での休息を、と指示を出すと、
「ちょっと待って! 何も隊長の貴女が行かなくてもいいんじゃない?」
それほど語調は強くないが異議を唱えるラフレーズにやや驚く。
「まあ、確かにそうだけど……なら私が残ってラフレーズが行くか?」
今後の日程を左右することだし、検閲官のように賄賂を要求して来る輩も当然いるだろう。予算を把握し、決められるだけの権限のあるローズかラフレーズが行かないことには話にならない。
しかし、ラフレーズとしては機会を逸し続けているローズと話す機会を得たかったのでローズと自分が入れ替わっても意味はない。それに、
(さっきの態度を見ればローズからマーガレットに話にいくって可能性も薄いわよね)
それよりは自分が残ってマーガレットのケアとローズを説得する方法を考えておいたほうがいい。そう考えて最初の指示通りラフレーズが居残り組の指揮を執り、ローズ、カルメルの二人が城へ向かうことになった。
ローズとカルメルが役所へ向かってからしばらくして、コンコン、というノック音が護衛の隊員たちが泊まるために借りた雑居部屋に響いた。誰何する前に「バローです」という名乗りが本人の声であったので入室を許可するとバローと一緒に荷の確認作業していたクーシェ、エバーの二人も入室してきた。
「物資の点検終わりました。お嬢様のティーセットなどいくつか高価な品が盗られていましたが、今後の旅に支障はありません。食糧は一日分、水は三日分は確保してあります。その他装備や馬車などの点検も済ませました」
ここから先は街道を進み、宿の心配はないとはいえ、イースウェア公国北方は樹海が近くにあることもあって妖魔の被害が多く、決して豊かな土地ではない。さすがに宿場町で食うに困ることはないとは思うが、一応念のために最低限の備えをしておくに越したことはない。
「了解。それだけあれば次の街までは心配ないでしょう。ちょうど食事時だし、三人とも食事に行っていいわよ」
ラフレーズの許可に、ありがとうございます、と歯切れの良く返答するとバローは回れ右をして部屋を出ていったが、クーシェとエバー直立したまま動こうとはしなかった。
「どうかした?」
「「……………………」」
何か用があるのだろうか? と思って問いかけてみたが何やら言い辛いことらしく、二人揃ってお互いを見て「アンタが言いなさいよ」と無言で押しつけあっている。
「話がないならさっさと食事に行きなさい。明日も早いんだからやることやったら休息して明日に備えるのも任務よ」
「「………………」」
しかし、それでもすぐには切り出せない二人から視線を切って愛剣の手入れを始める。
「まあ、突っ立ってるのは自由だけど護衛は交替なんだから食事を摂り損なっても知らないわよ?」
「あのぅ……」
視線を切られた上で時間が経てば余計聞いてもらえなくなると判断してエバーの方がおそるおそる切り出した。
「副隊長に……お願い……といいますか……聞いていただきたい話がある……といいますか」
「お願いとただの話ではずいぶん意味が違うけど?」
「副隊長は姉さ……いえ、隊長とお嬢様の様子が一昨日の夜からおかしいというか、ぎこちないような気がしませんか?」
他の話題だったら軍人らしからぬ歯切れの悪い話し方にもう少し意地悪な対応を続けたかもしれないが、ちょうどラフレーズ自身が今一番懸念していた問題だったために愛剣から二人へ視線を戻す。
「アナタたちも気づいていたのね」
ラフレーズの実質肯定の言葉にエバーとクーシェがコクンと頷く。他の隊員たちには取り繕えているローズだったが、さすがに二か月程度とはいえ一緒に暮らしている二人はローズの言動に違和感を覚えていた。
「私もそう思っていたところよ。お嬢様と揉めたみたいなんだけど……」
正直無断でミエルを連れてきたことにローズが憤るのは無理がないとは思う。しかし、逆に考えれば公費で治療を受けさせられるのだから悪い話ではない。なのにローズの怒りは冷める様子もない。それにマーガレットがあれほどショックを受けるとは一昨夜馬車の中で何があったのか? ラフレーズもわからないことだらけなので、
「昨日は事情を聴く暇なかったけど今晩は落ち着けそうだから隊長が戻ったら話を聞こうと思っていたところよ」
暗に、心配しなくてもいい、と告げたつもりだったが、ラフレーズの発言を受けて二人は一層気まずそうに顔を見合わせた。
「あの……トラブルの原因はやっぱり……“お嬢様”にあるんでしょうか?」
慎重に言葉を選び“お嬢様”をそれとなく強調してエバーが尋ねる。ラフレーズもエバーが何を言いたいのか誤解なく理解した。
「ええ、そうだと思うわ。でも、私も詳しい事情は知らないから……」
「実は……」
「バカッ! そのことは言わないって……」
「でも、ちゃんと言わなきゃ……」
居心地悪げに隣に立っていたクーシェを窺いながら何かを告げようとしたエバーをクーシェが制止して意味もなく小声で言い争いをはじめる。
「一体何なの?」
「実は……その私たちなんです」
クーシェが口を塞ぐ間もなく、エバーが答えると、クーシェが、あちゃあ、というふうに目を覆い、ラフレーズが言葉の意味を理解できずに一瞬唖然とする。一拍おいて何が? と問おうとしていくつかあった疑問の一つが浮かび上がる。
「……貴女たちが協力した……の?」
「はい、出立前夜お風呂に入っているときに頼まれて」
なるほど、と納得する。
出発前日は朝の逃亡劇もあってラフレーズたちもマーガレット行動に目を光らせていた。いくら脱獄術と言ってもいいほどに抜け出す術を熟知しているマーガレットでも気づかれずに抜け出せたはずがない。その上、夜間の警備もある中で西方軍の敷地内にある軍病院に侵入し、人一人抱えて戻ってくるなど一人では到底不可能だ。
すでに「連れてきた」ことが否定しようのない事実であったために方法など考えもしなかったが二人が実行犯なら話は簡単だ。
あの夜、ローズの屋敷の警備は外からの侵入者とマーガレットの逃走の二点に絞られていた。しかし、屋敷の人間である二人なら出入りは自由だし、西方軍の二人なら軍の敷地にも出入りは自由だ。ミエルならば鎧を装備してしまえば警備の人間に気づかれる恐れもない。馬さえあれば連れ出すのは簡単だっただろう。
「貴女たち、自分たちが何をしたのかわかっているの? なんでそんな勝手なことを?」
「隊長からの極秘命令だって言われてウソだとは思わなくて……」
記憶を辿り、大まかな手口を想像して理解が追いついたラフレーズが語調を荒げて問い質すとクーシェが申し訳なさそうに答えた。
「なんで私か隊長に一言確認しなかったの?」
「副隊長には秘密って言われて……隊長と二人で副隊長の目を引きつけておくからその間にやってくれって頼まれて……それで」
副隊長には秘密、というフレーズがチクリとラフレーズの胸を刺した。やはり、自分は秘密を打ち明けてはもらえるほどには信用されてないのだ、と心のどこかで嘆き、顔を覆う。
「…………あの……副隊長?」
暗い心の世界に落ち込んでいたラフレーズにおずおずとエバーが声をかける。
「あっ、ああ……それでそんなバカなことをしたのね」
「それで……あの……副隊長はそれを咎めなかったばかりか……その後押ししてくださったと伺ったので……」
「貴女たちを弁護して欲しいってこと?」
「いっいえ、そうじゃなくてお礼が言いたかったんです」
「隊長のためにも早く良くなってほしいですし」
二人はミエルのことは、士官学校の歴史でも指折りの問題児という程度にしか知らない。
しかし、ローズがミエルを頼りにしているらしいこと。ミエルのために副官の席を空けていること。そのためにローズが毎日処理しきれないほどの仕事を抱えていることを知っていた。まだ経験も浅い自分たちではローズの助けにはなれない。だから、早くミエルがローズの麾下に復帰してくれることを願っていた。その願望があったからこそマーガレットの密命にも疑問を持たずに従ってしまった。
「話はわかったわ。このまま不和が続けたら仕事に支障が出ないとも限らないから二人の仲直りの橋渡しはするつもりだったし、ローズがどこまで知っているかはわからないけど少しくらいなら取り成してあげてもいいわ」
上官思いのいい娘たちじゃない、とローズのことを少し羨ましく思う。何しろ近衛騎士はその採用基準の都合上どうしても年上ばかりでいても同年代が精々、自分より年下の後輩はいなかったからよけいに眩しく思える。
「ありがとうございます。それでお願い……なんですが……」
破顔して頭を下げるエバーの後半の言葉にラフレーズの頭にクエスチョンマークが浮かぶ。この上何を頼まれることがあるのだろう? と少し身構えたが、
「隊長との仲がギクシャクして随分憔悴してるみたいだから……」
「ちょっと気分転換に私たちと外食に出る……のはダメ……でしょうか?」
尻すぼまりに消えかけたエバーの言葉をクーシェがうまく繋いでおそるおそる尋ねるとラフレーズが腕を組んで考え始める。
正直、いくら正体が露見してないとはいえマーガレットを外に連れ出すのは許可し難い。
しかし、ただでさえ今度の輿入れのことで塞ぎ込んでいたのに、ローズとの諍いで余計に落ち込んでしまったマーガレットの様子に心を痛めていたのもまた事実だ。ヘタに付き合いが長い自分より、出会って間がない二人の方が気分転換にはいいかもしれない。それに見張りの目がない状況で外に出ればそれだけでも気持ちはいくらか晴れる。
「いいわ、特別に許可します」
「わあッ! ありがとうございます!!」
「ただし! この通りからは出ないこと。食事を終えたらすぐに戻ってくること。できるだけ安全な店を選ぶことが絶対条件です。もちろん、何かあったらすぐに戻ってくること。いいわね?」
ハイ、と元気よく敬礼して、二人は駆けだした。
その頃、ローズとカルメルは役所で入国と通行許可を得るための手続きをしていた。予想通り、検閲官に渡した賄賂は大して役に立たず、せいぜい順番待ちをしないですんだくらいだったのでほぼ普通通りの手続きをしていた。
「はい、確かに受領しました。明日宿の方に医務官を派遣して病状を審査しますので明日は宿を動かないでください」
ようやく最後の手続きを終えて塔を出る。
「随分厳しいんだな」
検閲官が平然と賄賂を要求するくらいだから相当に腐敗しているだろうと思っていたローズは意外と厳しい手続きにうんざりして呟いた。何しろここまでに五つの役所をたらい回しにされ、十枚以上の書類を記入していた。この上明日派遣される医務官に入国目的である病気の真偽を審査され、許可が下りるまでこの街で足止めを食うというのだからたまらない。
「形だけですよ。実際にあからさまな仮病でもなければ引っかかったりしません。それに今は人の出入りが少ないから待ち時間も少なくて済むらしいですし……どうかしましたか?」
会話の途中で唐突にローズの姿が視界から外れたのでカルメルが振り返り、立ち止まったローズに問いかける。ローズはあらぬ方向見据えて、
「いや、誰かに見られているような気がしたんだが……カルメルは気がつかなかったか?」
ローズの視線の先は明かり一つない寂びれた倉庫のような建物と木や灌木がわずかにあるだけだ。その上、城の中核を護る内側の郭と城の影で一際暗くなっており、遠目では誰かいたとしてもわからない。
「いえ、全然。兵士の誰かが隊長に見惚れてたんじゃないですか?」
「いや…………そういう感じでは……」
ここ三か月余りで称賛や羨望の眼差しを嫌というほど受けてきたがそれとは違った。ただ見る、とか、見惚れる、という感じの視線ではない。むしろ、睨まれる、という感じがした。かつて戦場であった軍奴か軍人が私を敵国の兵士だと気付いたのだろうか? と不安が胸を過ぎったが、
「オイ、何をしている早くしろ」
案内兼目付役として付けられた軍奴に遮られてやむなく歩き出す。それに、彼に止められなくとも部外者が通ることを許可された順路から外れれば、即刻衛兵に捕らえられてしまうから視線の正体を確かめることなどできはしない。もう一度振り返って視線を暗がりへと向けてみるが視線は感じない。仕方なしに視線のことは忘れてその場を後にした。
「うっわー、豪華ぁあ!」
「コラッ、クーシェちょっとは落ち着きなさいよ」
目の前に並んだ料理を見て目を輝かせて感激するクーシェをエバーが嗜める。
高級宿のある通りにある安全な店という条件はほぼイコールで高級店だ。いくらルディア王国が豊かとはいえ一般家庭の出であるクーシェやエバーにとって富裕層向けの宿屋がある通りに看板を出すような店の料理は滅多にお目にかかれるものではない。
「フフフッ」
茶目っ気のある二人のやりとりに落ち込んでいたマーガレットからも笑いが零れる。
「ホラ、笑われちゃったじゃない」
「だってさあ~、スゴくない? 感動しない?」
「本当にスゴイわね。食べきれるかしら?」
苦笑混じりに相づちを打つ。微笑ではなく苦笑なのは別に気分が落ち込んでいるからではない。目の前の料理に不安があるからだ。クーシェは豪華と表現したが、豪華よりも豪快と表現した方が適切だろう、とマーガレットは思った。
ルディア王国の料理――特に高級料理はバラエティーに富み、盛り付けや彩にもこだわり見て美しく、食べて美味しい。しかも、こうしたレストランのディナーは基本的にコース料理であり、一品一品運ばれてくるから目の前には食べる分だけが並ぶ。
しかし、このレストランは全く違った。まず、コースではなく単品で、しかも種類が少ないのだ。ウエイターに説明を聞いたが前菜に相当する軽いものは一、二品しかなく、あとはほとんどメインに相当するような肉料理や煮込み料理ばかり。
とりあえず三人それぞれ別の品を注文してみたが、運ばれてきた一品のボリュームが想像を超えていた。どれもそれだけでお腹一杯になってしまいそうなボリューム満点の料理ばかり。第一に食べきれるかという不安。第二にこれからしばらく毎日こんな料理を食べると乙女として口にしたくない類の不安がある。
「このくらいヨユーですよ」
「豚になっても知らないから」
「大丈夫ですぅー、大体この前の検診で私より五キロも重かったのはどこの誰よ」
クーシェの反撃にエバーが悔しそうに押し黙り、目の前の料理へと視線を移して自分の体重の心配をはじめる。
「大丈夫よ、育ち盛りだもの」
「そっそうですよねッ!」
励ますはずのマーガレットに逆に励まされたエバーがナイフとフォークを手に目の前の料理に向き合うが、クーシェが、どうかなぁ、などと茶化して不安を煽って楽しむ。そんな賑やかさにつられてマーガレットも楽しい気分で食事ができた。
一般に「イースウェア公国の料理はマズい」と言われているので期待はしていなかったが、高級店だからか、食事は三人が満足するに十分な美味さだった。せっかくなので別けっこしながら食べ進め、マーガレット的にはなんとかメインを食べ終えた(全体の約半分をクーシェが食べた)。皿が下げられ、入れ替わるように頼んでしまっていたデザートが運ばれてきたときだった。
ガチャガチャという物々しい金属音と多数の人の駆ける足音が店の前を駆け抜けていく。
「何あったのかしら?」
マーガレットが不安気に呟き、同時にエバーとクーシェの表情がデザートを楽しむ女の子のものから任務中の軍人のそれへと切り替わる。
周囲の客も口々に「何だ? 何だ?」、「何かあったのかしら?」などとざわつく。それらの一つに答えたウェイターの声が三人の耳に異常に大きく聞こえたのは声のボリュームではなく、内容の所為だ。
「きっと、敵国のスパイとかですよ。妖魔が結界を破ったんだったら避難勧告の鐘がなりますから。前にもあったんです。ブルトルマン帝国の軍人が潜入して捕らえられたことが」
せっかく食べた料理を吐き出したくなるような胃の痛みが三人を襲った。
今この時期にブルトルマン帝国からのスパイなどまずあり得ないし、ルディア王国にいたってはスパイを送り込む余裕があるならこの作戦を支援しているはず……少なくとも知らされていて然るべきだ。だが、そんな話は聞いていないし、昨夜泊まった虎落笛の谷でもルディア王国からの客は二か月ぶりだと言われた。
だとすればイースウェア公国に疑われる可能性があるのは自分たちを措いて他にない。推測を裏付けるように捕吏とおぼしき兵士の集団は通りを宿の方へと駆けていった。
「私が様子を見てきます」
サッ、とエバーが立ち上がり、扉へと向かう。
「だったら私が」
「その状態で?」
どちらかというとエバーが頭脳派、クーシェが肉体派なので、様子を見に行くなら自分が、と主張したクーシェにエバーの冷たい視線が注がれる。視線を辿るようにクーシェが目線を下げ、釣られてマーガレットも見る。口で語らずとも満腹が伝わって来る腹は走るどころか座っているのも苦しそうだ。
「その状態で走れる?」
食前にいじられた報復……ではないだろうが、冷ややかな口調でエバーが問うと「無理です」と小さい声が返って来る。
「アンタはここにいて消化しながら護衛してなさい。私が様子を見てくるから」
もし、本当に正体がバレて宿が包囲されているのならば、マーガレットを連れて戻ることはイースウェア軍に彼女を差し出すようなものだ。しかし、レストランならば宿とのつながりはなく、すぐに取り囲まれる心配はない。
「すぐに戻ってきますから」
そう言い残してエバーが店を駆けだした。
同時刻、カルメルを先に宿に帰したローズはアルコンティアとの会話を試みて城壁近くをうろついていた。ユニコーンはその背に誰かを乗せることは決してないと言われる気位の高い高位妖魔だ。その背に騎乗して街に入れば目立つ。『戦場の青き薔薇』の噂が届いていれば「ルディア王国の現役将校です」と言って回るようなもの。なので、いざというときのために街の外の森で待機させている。
(アル! アル!)
いつものように意識で呼びかけるがアルコンティアからの返事はない。意識の声に多少の物理的距離や障害物は問題にならないことは今までの経験でわかっていたし、アルコンティアにもローズの声を聞き分けられる範囲で待っているように伝えてあった。
返事がないということは考えられる可能性は二つ。
まず、第一の可能性はアルコンティアが他の妖魔に襲われてローズの声が届く範囲にいない――最悪殺されているということ。街の周囲を取り囲む混沌の樹海は別名主無しの森。主と呼べる圧倒的強者がいない代わりにBランク、Cランクの妖魔が犇めく森。相手によってはアルコンティアといえど苦戦することは十分に考えられる。
もっとも、ユニコーンの脚力をもってすれば逃げることはできるだろう、とローズは確信していたので今連絡をとれないこのケースならまだいいと思っていた。
だから、問題なのは二つ目の可能性、夕闇の城の街を囲む城壁(もしくは張られている結界)に意思の声を阻害するような効果がある場合だ。この場合、許可証が発行されるまでの間に何かあったら敵の手中で二十名に満たない護衛団だけでマーガレットを守り通さなくてはならない。
一つ目の可能性に賭けてしつこく城壁沿いを歩き回って見たが結局返答はなく、城壁に意識の声を妨げる効果があることを認める結果となった。敵のただ中に武器無しで放り出されたような心許ない感覚を覚え、かぶりを振る。
(いけないな。アルに頼ってばかりでは)
妖魔のことならばアルコンティアの助けを借りるのは仕方ないかもしれないが、人間相手ならばできる限り自分で切り抜けなくては。頼られることをアルコンティアは嫌がらないだろうが、それでは相棒とは言えない。
(数日くらいアルがいなくとも何とかしなくてはな)
気持ちを切り替えて宿のある通り戻ってきたとき、ちょうどイースウェア軍の兵士が慌ただしく通りを駆け抜けている最中だった。
「何かあったんですか?」
何気ない口調で近くにいたこの街の住人と思しき野次馬に問いかける。
「さあね、警鐘は鳴ってないからたぶん敵国のスパイかなんかだろ」
その言葉にエバーたちと同様の推察を巡らせて、瞬時に同じ結論に至った。
答えてくれた野次馬に礼をいうと来た道を戻り、隣の通りを宿の方へと駆け出す。
(アルと連絡が取れない状況で正体が露見する……限りなく最悪に近い状況だな)
現状に歯噛みし、駆けながらもローズは冷静に正体が露見した原因に思いを巡らせる。
(城でのあの視線か?)
以前戦場で相対したことのある軍奴はいるかもしれない。しかし、ルディア王国は徴兵だ。武役を終えた退役軍人が護衛をしていることは不自然ではない。それにそもそも軍奴に他の兵士を動かすような権限はない。
(相応の地位にいる者だとしても一目見ただけ捕吏を向けて来るか?)
書類には退役軍人が護衛として雇われているという旨の記述をしてある。仮に戦場で見られていたとしてもそれだけで捕縛されるようなことはない。
(書類は入念にチェックした。怪しまれるとしたら獣人の群れが街道を支配する情勢下で少数の護衛だけで突破してきたという点だが……)
結局、何が原因なのかわからないままローズは宿へ向かって駆けた。
(どうしよう……)
不安は的中した。捕吏を追うようして駆ければ捕吏が自分たちの泊まっている宿を包囲し、踏み込んでいた。抵抗していたらしくしばらくは剣戟の音も聞こえたがそれもすぐに止んだ。壁に囲まれた街――敵の手中で自分たちの泊まっている宿に捕吏が踏み込み、昨日まで死線を共に超えた仲間が手枷を嵌められて檻車に放り込まれる様子を眺めながら、最悪の事態だけは回避できた、とポジティブに考えられるほど強い精神力を持った者は少ない。様子を見たらすぐに戻るといって出てきたエバーもやはり驚愕と不安、恐怖から野次馬の群れの中で立ち尽くしていた。
(誰か……誰か無事な人は?)
食事時で交替で食事に出ていたから何人かは無事なはず。しかし、誰が捕まって、誰が捕まっていないかなど野次馬の頭越しでは見分けはつかないし、どこにいるかも知れない仲間をどうやって見つけたらいいのか皆目見当がつかない。
万が一敵に正体が露見した場合、マーガレットを死守して街を脱出するというのが事前の指示。しかし、それもマーガレットの周りには大勢の護衛がいることが前提。運よくマーガレットの捕縛という最悪の事態だけは避けられたものの、クーシェと二人だけでどうしたらいいというのか。
(でも……ここで捕まるわけにはいかないんだから、何とかマーガレット様を連れて脱出……この場合きっとルディア側に逃げて一度作戦の見直しを……)
そんな必死の思考を巡らせていたエバーの肩に手が置かれた。
「ヒャッ!!!」
引き攣るような悲鳴をあげるエバーの耳元で慣れ親しんだ声が、シィ、と優しく指示する。幸い、ざわめく野次馬の中で少女の小さな悲鳴は衆目を集めるほどのボリュームではなかった。肩に置かれた手がエバーの手へとスライドし、裏路地へと誘う。人気のない所まで来ると被っていた外套のフードをはらう。
「姉様無事だったんですね!?」
感激のあまり少し高くなったエバーに再びローズが唇に人差し指をあてて静かにと示す。
「すいません。でも、よかったです。みんな捕まっちゃったんじゃないかって……私もう不安で不安で」
後半は涙声になりながらエバーが内心を吐露する。
「貴女だけでも無事でよかったわ。貴女だけ? クーシェは?」
「今向こうのレストランに……ヒクッ……私が様子を見てくるから……って」
堪えきれずに涙を流しはじめたエバーの頭にやさしく手を置いてなだめる。ひとしきり泣いてエバーの心が落ち着きを取り戻すのを待ってからローズが今後の方針を告げる。
「三人だと心許ないけど少なくともマーガレットだけは助け出さないと。他に無事な仲間がいるかどうかたし……」
「姉様、マーガレット様ならクーシェと一緒です」
まったく予想外の不幸中の幸いにエバーの両肩をガッシと掴む。
「本当!?」
「あの……落ち込んでいたから気晴らしに外食でもって私とクーシェが副隊長にダメ元でお願いして、そしたら許可がいただけて」
「そう。ならマーガレットを連れて避難するわよ」
そう告げると二人でマーガレットとクーシェを迎えに行き、その足で大通りから少し外れたあまり高級ではない平均的な宿屋が並ぶ一角へと向かった。
どこかに宿を決めるというよりすでに決まっている宿を探すように通りの看板を見渡し、目的の宿屋を見つけると迷うことなく入った。カウンターで部屋を借りる……と思いきや鍵も持たずに戻ってきたローズはそのまま三人を連れて奥の一室へと向かった。
「どうぞー」
事前に打ち合わせていたように複数回一定の間隔でノックすると少女の声で返答があった。
すぐに扉を開けて滑り込むようにして中に入る。
軍の宿舎に似た部屋だ。両サイドの壁に沿って置かれた二段ベッド以外には何もない。片方のベッドの二段目に腰かけた少女が、ニコッ、と笑いながら手を振っている。褐色の肌が活発そうな印象を与えるローティーンの少女はエバーやクーシェより幼い。
自分より幼い少女を見止めた瞬間、根源のわからない対抗意識のようなものに突き動かされてエバーが慌てて目元を擦り、先ほどの泣き跡を消そうとする。
「騒ぎがあったからもしかしてって思ったけどやっぱりローズたちかあ」
トンッ、とベッドから飛び降りながら少女が親しげに話しかける。
「ああ、万が一のために依頼しておいたがこんなことになるくらいなら無駄金になったほうがよかったと思うよ」
「ロー姉、この娘は?」
タメ口で話しかけてきた少女に気さくに返すローズにクーシェが問いかける。
「ああ、紹介する。この娘はマリ・モーリス。三か月前に蜘蛛の森で出会った傭兵の一人だ。今回の任務のために獣人の対策法や非常時のバックアップとして雇った。マリ、こちらは護衛対象のマーガレット、こっちが私の部下のエバーとクーシェだ」
要人警護とは伝えてあるが王女とは伝えていないのでマーガレットのファミリーネームを隠すために二人も名前だけで簡単に紹介する。
「いいんですか、姉様? 軍務に勝手に傭兵ギルドを雇ったりして」
「ヴィクトールの許可も得ている作戦の一環だ」
やや挑戦的に問いかけたエバーにローズが平然と答える。もっとも連絡のやり取りはローズが一人でやっていたから光輝な聖杯に依頼したことを知っているのはローズとヴィクトールの二人だけだ。ヴィクトールの話だとラフレーズ、カルメルの二人もそれぞれ何らかの予備手段を講じている、ということだが。
さて、とマリに向き直り、
「マリ、さっそくですまないが情報を集めてきてくれ。イースウェア軍がどうして私たちの宿に踏み込んだのか、どこまで情報を掴んでいるのか、わかる範囲でいいができるだけ早く、かつ、安全第一で頼む」
「りょーかい」
敬礼の真似事をして答えるとマリが軽い足取りで外へ出ていった。
「姉様、情報収集なら私たちが……」
「どういう理由で捕吏が差し向けられたかわからない以上私たちはヘタに動かない方がいい。それにこの街の勝手を知っているマリの方がミスなくこなせる」
自分たちではなくマリに仕事を任せたことに対抗意識を燃やしたエバーが名乗りを上げるが、それをきっぱりと退ける。
「無理せず今は休め。たった三人でマーガレットを護らなければならないんだ休める時に休んでおきなさい」
ローズが先ほどのように優しくエバーの頭を撫でるが、撫でられているエバーがわずかにムクれていたことは自分の腕が影になってローズは気づかなかった。
「ローズ、みんなは……どうなったの……?」
この安宿までの道のりは急いでいたので話す余裕などなく、マリに情報収集を頼んでようやく話せる状況になったと判断して発せられたマーガレットの声は震えていた。
「エバーと私が見た限りでは全員捕まっただろうな」
正確な人数はわからない。しかし、檻車がすし詰めになっていたことからほぼ全員が捕らえられただろうと考えていた。一人二人難を逃れていれば上出来だ。
「……その………………ミエル……も?」
ようやく自分のやったことがどういう危険を孕んでいたか、その事実を結果と言う形で突きつけられたマーガレットの声が一層震える。否定してくれ、と縋るようにローズを見つめるが口先だけの否定に意味はない。答える代わりにただ黙って頷くと、そんな、とマーガレットが口を覆った。




