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ルディア戦記  作者: 足立葵
第二話「閨門の白い木春菊」
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第一章 御前会議

 マーナガルムの覚醒による騒乱が一人の女騎士の手で終息を見てから一月が過ぎたある日、ブルトルマン帝国の帝都ブルートアイゼンでは御前会議が開かれていた。

 国家の方針を議論する最高会議だけに議場に列席している人数は少ない。文官は宰相と国務省長官、内務省長官、法務省長官の三長官のみ。武官からは四方面を統括する四元帥と軍務省長官(国内治安維持軍司令官を兼任しているが大将)の五人。これら九名に皇帝の十名しかいない。その他には皇帝の背後に控える近衛隊が五名いるだけだ。

「先頃のマーナガルム覚醒による騒乱の余波を受け、我が戦線も兵站の維持難しく、兵たちの恐怖に訴える声もあり、戦闘継続は困難な状況にあります」

 報告を終え、着席したのは南西方面軍作戦司令長官ヴォルフ元帥だ。巨漢ではないものの引き締まった身体と精悍な顔立ちは偉丈夫という印象を与える。

 そのヴォルフ元帥が報告を終え、着席したのと入れ替わりに今度は美しいブロンドの髪と金の眼を持ったモデルのような美男子モルゲンシュテルン元帥が立ち上がった。

「我が北東方面軍はリディニーク川まで進行することに成功いたしました。損害は軽微ですが、更なる侵攻を確実なものとすべく兵站を固める目的で現在は足を止めております」

 この報告を受けて皇帝が満足そうに頷き、リスティッヒ元帥の眉間がわずかに狭まる。

 両者の表情変化を気にもかけずに別の人影が立ち上がった。こちらも美男子だが鋭い眼光を帯びたブロンドの元帥とは違い、軍人とは思えない優しい眼差しをしている。

「我が北西戦線は侵攻の脚を止め、ヴラドニアとの交渉を持った結果、沿岸部に要塞を築くことに承諾を得、これに着手しております」

 併呑せず、交渉という融和的手段を用いたことが武闘派の皇帝には面白くないのか、わずかに眉をひそめたが、責務は果たしているので追及はしなかった。

「以上で各戦線からの報告は終わったが……」

 治安維持軍は国内での妖魔討伐が主任務であるため、御前会議においてわざわざ報告を行うことはないが、それでもまだ一人元帥が発言を終えていない。

「先ほどヴォルフ元帥からの報告にもあった通り、南東方面軍とルディア軍との衝突に際し、マーナガルムが目覚め、領内南方の妖魔が騒がしくなっている」

 しかし、そのことに誰も疑念を持たない。すでにその一人に発言させる必要はなく、また彼の発言権は失われているに等しかった。

「これによって臣民が不安に駆られ、国家拡大政策に疑問の声まで上がりはじめておる。今日皆を集めたのは今の事態を受けて今後の国家の方針を決めるためだ」

 マーナガルムの騒乱によってブルトルマン帝国は国家の方針を変更せざるを得ない状況にあった。他の山野の主たちが目覚め、暴れ出すことこそなかったものの、小物の妖魔は未だに平静を取り戻しているとは言い難いし、ブロンテー川以南の地域が獣人たちの支配下に置かれイースウェア公国侵攻が困難になった。さらに鉄の森(アイゼンヴァルト)再生活動に臣民も参加していたことよって一連の事件の発端が軍にあることが国中に伝播してしまった。その結果、それまで武力による妖魔撲滅に賛同的だった臣民の多くが妖魔討伐に及び腰となり、戦争反対を訴えるようになっていた。

「陛下、南方遠征は当面は不可能かと存じます」

 宰相のブランケンハイムが発した。

「南東方面軍は実に八割以上の兵と半数以上のリンドヴルムを失ったとのこと。国内も妖魔の活動が活発になったことで人でも不足しております。今現在は疲弊とまでは申しませんが、これ以上の国土拡大続行は国の繁栄を損ないかねません。一度歩みを止めるときかと」

「私めも宰相閣下と同意見です」

 ゴルトベルガー内務省長官が口を開いた。

「財務局からは今期の収支が著しい赤字であるとの報告が上がっております。元々軍備拡張で多額の支出があることは覚悟しておりましたが、南方の領土拡大が不可能になったばかりか各地で田畑が焼かれ、家畜が襲われ損害ばかりが増えている現在国土拡大は不可能になったといって過言ではありません」

 当然のことだが北方は寒く、日照も良くない。必然ブルトルマン帝国の地の恵みは南方の方が豊かだった。ところが、その南方の広い地域が魔災に見舞われたことで財政にも厳しい影響を及ぼしていた。

「待たれよ!」

 声をあげたのはモルゲンシュテルン元帥だった。

「我が北東方面軍着実に成果を上げている! 北西も戦闘を控えたことで損失は無きに等しい。南方の失態を理由に北方の歩みまで止める必要があろうか!?」

「モルゲンシュテルン元帥の功績は確かに素晴らしい。閣下の業績それだけならば問題はありますまい。しかし、現状で領土拡大の成果が上がっているのが土地の痩せている北方ロワン族領のみとなれば他の戦線の負荷を補うには足りず、赤字は確実。リディニーク川までを手中に収めたのならばここに防衛線を築き、一度国土の安定と内政の充実に力を入れる時期かと存じます」

 最後の一言を皇帝に向き直ってゴルトベルガー長官が告げた。

 皇帝は答えずただ眉間に深い皺を刻んでいる。

 ブルトルマン帝国は元々武力に依った国家であったが、武勇の人である現皇帝が即位して以来、軍備を増強し、その武力をもってこの十年の国土拡大を推進してきた。

 そのため、ただでさえ冷遇されてきた文官たちはこの十年武官たちの下風に立たされ、不満は溜まっていた。

 そのことを理解している皇帝は、今までは国土拡大政策が吉と出ていたために反論できなかった文官たちがこの機に武官を牽制し、自分たちの権力を増したい、と考えているのではないか、と考えていた。

「何をいう国内安定を図るにも軍事力がなければ妖魔から身を護ることすらままならんではないか!」

 不快そうに沈黙する皇帝に代わり軍務省長官デリウス大将が反論したが、

「だからこそ、外に軍事力を割く余力はないと言っているのではないかッ! 治安維持軍を統括されているならお分かりだと思うが、すでに妖魔の被害は例年の数倍に及んでいるのですぞ」

 ゴルトベルガー長官に論破され、内政充実化案を引き立てる形となった。

 悔しそうに歯軋りしながら腰を浮かせるデリウス大将をモルゲンシュテルン元帥が呆れ顔で見つめ、嘆息する。

「両元帥はどうお考えかな?」

 ブランケンハイム宰相がヴォルフ元帥と優しい眼差しの元帥に問いかける。顔を見合わせ、譲り合いをした結果先に口を開いたのはヴォルフ元帥だった。

「私として部下たちに獣人と戦うリスクを強要してまで南下を進めるのは得策ではないと思います。北方に関しては北方戦線のみで国益になるかどうかの天秤次第でしょうが、……あの蛮族どもがそう易々と停戦してくれるとは思えません。進むことを止めたとしても相応の戦いは必要になるでしょう」

「さすが、ヴォルフ元帥!」

 冷静な分析と自己の理念に基づいたヴォルフ元帥の発言をエールリヒ国務長官が揶揄した。

「獣人と人間が殺し合うのは見たくありませんか」

「なんだと?」

「おや? お気に障りましたかな。しかし、イースウェア公国と戦うことは許容できても獣人と戦うことは許容できないとおっしゃっているように聞こえたものですから、つい」

 ニタニタと嫌味ったらしい笑みを浮かべエールリヒ国務省長官が皮肉る。外交交渉において開戦をうまく誘導することに長けた男は人の神経を逆撫でする術を良く心得ていた。

「エールリヒぃ」

「エールリヒ長官は可笑しなことをおっしゃいますね」

 目元を痙攣させながら怒りを堪えるヴォルフ元帥を優しい眼差しの元帥が支援した。

「可笑しい……ですと?」

「ええ、イースウェア公国との戦争は国家の方針であり、ヴォルフ元帥個人が望んだことではありませんし、元帥の気質なら命令があれば戦地に赴くことに否とは言わないでしょう。しかし、今は意見を出し合い方針を決める場、命令ではなく考えを問われているのですから、意見として避けられる戦闘を避けた方がいいと発言するのは武人として当然のことですよ。それをそのようなおっしゃりようで返すのは可笑しいでしょう」

 今度はエールリヒ長官が怒りを堪え、沈黙する番だった。

「では、ツァールトリヒト元帥のお考えは?」

 ブランケンハイム宰相が早急に議論をもとの路線へと修正した。

「私の考えは内政充実でも版図拡大強行でもありません」

 ツァールトリヒト元帥の発言には議場にいた残る九人すべての関心が集まった。この場の誰もが事実上版図拡大を押し進めるか、転換しての内政充実かの二択だと決めてかかっていた。

「私の考えは…………」

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