表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ルディア戦記  作者: 足立葵
第一話「戦場の青き薔薇」
PR
14/162

第二章 人間と妖魔 3

 立ち上がったマーナガルムにヴェニティーたちを襲われなかったのは偶然――あるいは騎乗するヒッポグリフとヴイーヴルの獣としての本性が自然と非難したのかもしれない――ヴェニティーたちが風下にいたためだった。

 風向きは南から北。

 巨狼の薙刀のような立派な尾が空を舞うヴェニティーたちを薙ぎ払うように振られ、悠然と山の向こうへと消える。新たな獲物を求めてマーナガルムが消えた先、南にはルディア軍が落とした砦が残り十。そして、さらに南にはルディアの橋頭堡牙の城(クロチェスター)がある。そこにはヴェニティーが知るだけでも一個師団が駐留している。

 自分たちの退路を先行する巨狼の姿をした絶望。舞い上がった砂塵を眺めているだけのヴェニティーたち心も絶望が支配する。

「どうしたらいいんだ……」

 誰かが皆の心を代弁して絶望に呻く。

 この先の砦はおそらくもう助からない。

 神話級の妖魔などSランクやその上SSランクすら超える。

 砦があった大地は巨狼のあぎとに削り取られ、バターをナイフで掬ったようになっている。文字通り根こそぎ。この惨状をみれば進んでも生き延びることなどできないことは容易に想像できる。

 しかし、どこかに逃げねばならない。ヒッポグリフもヴィーヴルも無限に飛べるわけではない。どこかで羽を休めねばならないし、そこにも妖魔は襲ってくる。

「このまま東へ落ち延びましょう!」

 側近がヴェニティーに提案する。

「あの化け物は南へ行きました。牙の城(クロチェスター)に行っても無駄です。それならこのまま東へ落ち延びれば……」

 牙の城(クロチェスター)はブルトルマン帝国とイースウェア公国の国境に楔を打ち込むようにあるルディア王国の西端。街道こそ蛇行しているもののそこからほぼ真北に北上したところにあるのが三つ首の番犬要塞ドライ・ハルス・ヴァハフントブルクである。つまり、そこから南下した現在地ならば真東へ飛べばルディア王国の絶対防衛線、黄昏の城(クレプスケール)にたどりつける。

「そう……ですね」

 やや遅い思考の末にヴェニティーは頷く。

「いくらあの化け物でも黄昏の城(クレプスケール)は超えられないでしょう」

 如何に黄昏の城(クレプスケール)が妖魔を寄せつけない白光石アルブマイトでできた長城と言えど小山ほどもあるマーナガルムならば跳びこせるかもしれない。それ以前に日の光に構うことなく昼間でも動いている。そんな事実を無視して――いや、あえて目を逸らしたのかもしれない――ヴェニティーは針路を変更して一路ルディア王国を目指そうとした。

「いたぞッーーー!!」

 辛うじて繋がっていた精神の糸を断ち切るように響く声。

 ローズの予想した通りリスティッヒ元帥は策を講じていた。

 三つ首の番犬要塞ドライ・ハルス・ヴァハフントブルクの攻防戦の折り、ブルトルマン軍は飛竜部隊――つまりは航空戦力を全く使用していなかった。別動隊として動いていいた飛竜部隊は鉄の森(アイゼンヴァルト)へ火を放ち、その後、逃走を図ったルディア軍の航空団――ヴェニティーのような特殊な騎獣を持つ士官や飛竜部隊――を探していた。

「ァァァァァアアアアアアアッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!」

 飛竜部隊の一人が絶望一色の悲鳴をあげた理由は現われた敵の竜騎士が舞うのが東、つまりは今や唯一の希望の退路を断っていたからだ。

「今のうちに奴を落としなさい!」

 ヴェニティーの命令に我に返った飛竜部隊が東の空に羽ばたく敵の飛竜部隊目がけて一斉に襲いかかる。

「追えッ!!」

 敵はたった数騎の探索部隊。対して、ルディア軍の飛竜部隊は精神的にも肉体的にも疲弊しているものの数は五百近い。騎首を翻して飛び去る敵を今ここで叩ければ当分時間を稼ぐことができる。

 必死に鞭打ちヴィーヴルを駆る。

 しかし、敵も同じ飛竜、個体差はあれども飛行速度にそう大した差はない。五百もいれば敵より足の速いヴィーヴルもいるかもしれないが、数日間飛び続けて萎えた翼には敵ほどのスピードを出す力は残っていない。みるみる開いていく距離に焦りを覚える。

 かなりの距離を全力で飛んでヴイーヴルの羽ばたきが目に見えて弱まったころ、敵との距離が急速に近づいてきた。

「チャンスだッ!かかれぇ!!」

 手綱を強く打ちヴィーヴルを奮い立たせる。

 彼がもう少し冷静だったら、旋回するように飛ぶ敵に違和感を覚えたかもしれないし、あるいはその意味にも気づけたかもしれない。しかし、昼夜を問わずの敗走の中妖魔と敵の恐怖に苛まれ、疲弊した彼の脳はそんな疑問を持てなかった。

 突如、ヴィーヴルの長い首が跳ね上げられるようにしてのけ反り、次いで噴き出した血飛沫が風に乗って騎士に吹きかかる。

 力を失った翼が揚力に押し上げられて両脇の視界を遮る。身を乗り出して下を確認する必要もなく、上昇してきた影が通り過ぎていった。

 敵の飛竜部隊、その本隊が下から急襲を仕掛けてきたのだ。数はおよそ三百。

「一体……どこから…………?」

 妖魔の跋扈するはずの地上のほうから次々と敵の援軍が舞い上がってくる。

 風の抵抗を掻き分けながら身を乗り出せばブロンテー川の支流の一つが直下に流れていて、そこに浮く船から次々敵が舞い上がってくる。

 ルディア軍にとってヴィーヴルは輸送の手段でこそあれ、輸送の対象ではなかった。地を駆ける馬ならば渡河や長距離の移動などで船での輸送を行うこともあったが空を舞うヴィーヴルにその必要はない。まして、国防軍であるルディア軍は遠征などほとんど行わないからその必要性もない。

 しかし、軍事帝国であるブルトルマン軍は前線への移送でリントヴルムを消耗させないために専用の輸送船を用意していた。蒸気機関でパドルを回すことによって川馬ヒッポワソンで引けないような大型船の河川移動を可能にしていた。

 驚愕に目を見開く飛竜部隊隊長の眼前に一本のロープが垂れ下がってきた。

「武器を捨てて投降しろ」

 憐れみすら混じる敵の目に屈辱を感じることもなくすべての剣を外して放り出し、ロープにつかまる。周りでは多くの仲間がヴイーヴルとともに落ちていく。彼にロープが差し出されたのはヴイーヴルの装備などから彼が隊長であると判断されたからだろう。

 そのとき、飛竜より足の遅いヒッポグリフを駆るヴェニティーとその側近たちは前方で次々と落とされ、あるいは諸手をあげてブルトルマン軍に降参の意思を示す味方を眺めて打ちひしがれていた。

「……………………ッ」

 側近の一人が恐怖と疲労でクマの縁どられた目でヴェニティーを見る。判断を求めて縋っているのだ。このまま投降するか、それとも逃走するか。無言の問いに対して無言で騎首を変えることで答える。

「………………将軍ッ!!」

 別の側近が呼び止める。

「なんです?」

「……投降……しましょう」

「投降?」

 震える声で、しかし、はっきりと言った進言が聞こえていないわけはない。にもかかわらず聞き間違いでしょ、と言わんばかりの怪訝そうなヴェニティーの疑問口調。

「そうです!東への道は敵に塞がれ、南は巨大な妖魔がいる……逃げ場なんてどこにもないじゃないですか!!投降すれば命は助かります。それに捕虜交換や政治取引で送還される可能性も十分にあります」

「貴女にはルディア軍人としての誇りはないようね」

「命あっての物種ではありませんか!?」

 一軍人に過ぎない側近にとって投降によって失うものはないに等しい。出世の道は断たれるかもしれないが、それこそ彼女が口にした通り命あっての物種だ。

 しかし、ヴェニティーは違う。

 ルディア軍では慣例で投降した士官は出世の道が断たれる。建国後三百年以上続いた貴族騎士制度のなごりである悪しき風習。『騎士道とは生きて汚辱に塗れることを良しとせず、死して名誉と忠義を貫くべし』という教えに基づくものだが、騎士の十戒との齟齬を無視して個人的な自尊心を満たす者は後を絶たない。貴族騎士制の廃止後も、自衛軍としての色合い濃かったルディア軍はその慣例を捨てる機会がなかった。

 故にヴェニティーをはじめ出世や名誉に執着する士官には投降の二文字はない。

「南を迂回して進めば十分逃れられます」

「無理ですよ!敵はあんな船まで用意して我々の退路を塞いでいるんですよ!?どう足掻いたって突破できるわけありません!!」

 必死の形相で説得を試みるもヴェニティーの反応は薄い。

 耐えかねて、あるいは見限って最初にヴェニティーを見た側近が振り向けていた首を正面に戻すと手綱を一回打ち、ヒッポグリフを前方へと走らせる。それがきっかけとなり躊躇っていた他の側近たちも次々とブルトルマン軍の方へと向かって飛び立つ。

「お待ちなさいッ!」

 呼び止められても、振り返りもせずに遠退く側近の背を見送る。連れ戻しに、あるいは斬り捨てにいけばみすみす捕まりに行くようなもの。動けずにいるヴェニティーは最後まで残っていた説得を試みた側近へと視線を移す。

 憐れむような、悲痛に耐えるような目で見つめ返す側近がおもむろに剣に手をかける。それを見て自分の首を手土産にするつもりかと身構え、柄に手をかけたヴェニティーだったが、最後の側近は鞘ごと剣を外し、掲げた。

「我々には誇りよりも命の方が大切です」

 そういうと掲げた剣を離す。

 重力に従って視界から外れようとする剣に視線をむけることもせず、見つめ返すヴェニティーから視線を切ってブルトルマン軍へと投降していった。

「~~~~~~~ッッ!」

 屈辱に唇を噛むがそれ以上何ができるわけでもない。最初に逃げた側近がブルトルマン軍と接触すれば、すぐに注意は大将首たるヴェニティーに向かうだろう。手綱を打って、すでに変えていた騎首の向く方角、南へとヒッポグリフを駆る。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ