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「正確には解除じゃないわ。月光の使徒なら出来るでしょうけど」
陽光により明らかにされた物事の理非を裁くと言い伝えられる月光の使徒は、多くの知識を代々受け継がせてきた知者でもある。
禁技を禁技と見抜くため、またその業から救うため、陽光や星光が持たぬ技術も多くあるという。
「私に出来るのは、術の解除じゃない。なかったことにすることだけよ」
言い、これ以上は付き合わないと宣言するように二人に背を向けてしまう。
「なかったことに……?」
「あー、なるほど、そういうことか」
ポンと手を打ったタジが、今度こそ解放に集中しているシフィの邪魔にならないよう、小声で言う。
「込められてる力や術なんて難しいこと言ってねぇで、水晶球に刻まれてる紋様そのものを消そうってことだな」
納得した、と。
軽い調子で頷くタジだが、言っているその内容は恐ろしいまでに現実離れしたものだ。
万物に精霊は関わる。しかし、自然にあった姿から変化させられた加工物からは、精霊の力が離れていることが多い。
シフィがやろうとしていることは、そのわずかに残っているであろう力を借り、削り取られてなくなった部分を埋めようということだ。
足りない部分は助けを請うのだろうか。それをここに運ぶためには風が必要だろうし、土を水晶にするためには水も火も要る。
それは、時間を戻すに相当する離れ業。
「…………」
「ん、どうした?」
そんな業を、努力のみで得たという。華奢にすら見えるこの身体には、いったいどれだけの傷跡があるのだろうか。
膝が、折れる。
「……を、」
「あ?」
してはならないと、知っている。
何者にも膝を折らない使徒は、何者であろうとも膝を折られることを好まない。
それでも。
自然と。
当たり前のように、頭が下がっていく。
これは追従でも、平伏でもない。
「かけがえなき可能性に、心からの感謝を」
淡く光っていた水晶球が、透明さを取り戻しシフィの手へと落ちる。
それと同時にタジが腕を振るうと、窓の代わりになっていた風が解け、室内に寒気が吹き込んでくる。
ウラトは見た。
解放された幼い精霊が、吹き込んできた寒気ともつれ合う様を。
窓の代わりになっていた風が、捕らわれていた幼子を包み込み去っていく様を。
そしてそれを、満足気に見つめる二人の使徒の姿を。
「───……」
もう、充分だと思った。
やり直そうと思うのに、充分すぎるほどの道を見せてもらった。
上の者に対し、抗う力を抜いたのではない。
望む相手に折るために、膝に力を入れるのだ。
「光を掴み取った御手に、心からの敬意を───」
伏して告げたウラトに、叱責の声は掛からなかった。
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