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「星光の使徒とは、親しくしていらっしゃるのですか?」
すいぶんと事情に明るいようだが、それは個人的な親交の結果なのだろうか。
それとも、空に在るもの同士、その程度は承知しているものなのだろうか。
「親しいってか、一緒に旅してる仲間だな。まあそうじゃなくても、ある程度の情報は互いに入ってくる」
ただでさえ話題に事欠かないやつだからと言うタジに、ウラトは疑問を重ねていく。
「星光の使徒は、どのような御方なのですか?」
「ん? そうだな……外見に騙されると痛い目にあう典型だな」
「すると、見目は良いのですね。お幾つなのです? あなたはまだ若いようですが」
「俺が今年で二十三。あいつは四つ下だから、十九だな、多分」
「……十九?」
「ああ。使徒になるための修行年数、平均で七年ちょい。俺は五年だったから、まあ優秀な方だな。で、あいつはダントツにどん底で、十二年かかった」
歴代で最下位らしいぞ、と言うタジの顔は、呆れたような誇らし気なような。
使徒になるために必要なものは、使徒にしか分からない。自分に何が足りないのか分からないなかで、何を磨けばいいのか分からない修練の日々。
大抵の者が、三年で気力が底を突く、とタジが言う。
「七つの子がその道に臨み、歩みきったと……?」
幼い、しかも能力者ではない身で挑んだと言うのか。
空恐ろしい事実に愕然とすると、タジが否定の方向に首を振った。
「修業開始は四つのとき。使徒になったのは十六。史上最若。いろんな記録を持ってるやつだろ」
「………………」
今度こそ、絶句する。
そんな規格外の存在は、いったいどんな人物なのだろう。
この陽光の使徒のように、屈強な体躯の青年だろうか。いや、それでも四歳の幼児は幼児でしかないはずで。
「今代の星光の使徒は……でたらめな御方のようだ」
どことなく投げやりな、面識のない相手を言うには少し失礼なそれに返った応えは、さらなる驚愕の事実を含んだものだった。
「そうだな。でたらめに強くてでたらめに美人だ。性格は悪くないけど、俺は嫁には出来ん」
「……よ、め? では、……女性、なのですか?」
「ん? ああ、男だと思ってたか」
使徒の存在を知らぬ者など、大陸にはいない。
けれど実際のところ、性別すらも知らなかった。意外な心持ちだ。何を知ったつもりでいたのだろうか。
「月光の使徒は男だぞ。ついでに弟子も男だ。こいつらは今、ルオーニの城にいる。そろそろ代替わりする気がするってシフィが言うからな、見にいくとこだ。あいつのそういう勘はよく当たる」
修行を始めてからまだ三年だから、早いと思うんだけどなぁ、と。口では言うものの、まるで疑っていないような笑みを浮かべている。
「シフィ……が、御名ですか」
たしかに、女性の名だ。
「ルオーニまで海路で行こうと思ってな」
港までの通り道に、ホーク地方に入ったのだと言う。
「ついでに捕り物ですか」
苦笑い混じりに言ってみたら、「心外なことを言うな」と反論された。
「俺が使徒を名乗るときに、『ついで』はない」
「…………」
年齢に相応しからぬ、圧力さえ感じる迫力。
「……失礼を」
自負と責任、それもまた使徒の条件のようだ。
使徒とは、誰より精霊に近く在る者。
この大陸にあって、王に膝を折らないことを許される唯一の存在。
それは、すべてと心を交わすために、正面から向き合う必要があるためだという。そして、階級などない精霊の世に身を置いているためだ、とも。
そんな使徒は、他者に膝を折られることを嫌う。
向き合わぬ視線を、許さないのだという。
腹の底まで落ちてくるような重みある言葉に、頭が下がりそうになる。膝をつきたくなる。
けれどそれは使徒にしてはならぬことだと───耐える。
そんなウラトの心中は知らぬげに、タジはけろりと言葉を続けた。
「あ、でも、偶然はありえるな」
「……左様ですか」
高まった感慨を崩され、心なしか肩を落とすウラト。
「俺は頭より身体が賢いんだと。シフィはいつもそう言う」
「……なるほど」
完璧に義務感のみで応えるウラト。
ガラガラと音を立てて、思い描いていた使徒の威信や権威や幻想やらが崩れ落ちていく。
「…………」
隣で未だに忘我している共犯を心底羨ましく思うウラト。
まだ終わりそうにないタジの語りにつらさが込み上げてきたとき、救いは意外な形で現れた。
タジの腕の中の光球が───正確にはその中に閉じ込められたままの精霊が、突然激しく明滅を始めたのだ。
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