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星を待つ月  作者: とうか
一章 
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「あ、」


「聞き苦しい弁解ならいらんぞ」


 邸の主の「何か言おう、だが何を言えばいい」、そんな葛藤の空気を一刀で切り伏せたタジは、とても不機嫌そうだ。

 流れ込んだ寒気で一度は冷えきった室内だが、今は少しずつ暖まりつつある。

 壊れた窓の代わりに、タジが風で壁を作ったのだ。

 名乗りを上げた後は何をするでもなく、脱いだ防寒着をもう一度着込み、精霊の入った球を大切そうに腕に抱えて壁に背を預けて立っている。

 二人を連行するのには時間も気候も条件が悪いので、朝を待っているのだ。


「…………なぜ、このような地に使徒がおられる?」


 長い沈黙の後に言ったのは、精霊を売ろうとしていた男だ。床から立ち上がり、今は元通り椅子に座っている。逃げる気は、起こらなかった。

 諦めとも非難ともつかない問いに、タジはいささか変則的に応える。


「俺がここにいるのは、俺の方が足が速いからだ。使徒がここにいるのは、仲間を助けてくれと精霊が言ってきたからだ」


「足が速い……お仲間より、ですか?」


「まあな。お前、名は?」


「ウラト=タイネと申します」


「そっちの阿呆は?」


「彼はこの邸の主。エオ=ウェンク」


「主ぃ? ……貴族かよ。権力持った能力者の違法か、最悪の組み合わせだな」


 嫌だ嫌だと顔をしかめると、苛烈な赤の目が一層鋭くなる。

 恐ろしく……けれど魅入らずにはいられないその輝きに、ウラトはひっそり嘆息した。


「ところでお前、敬語が気持ち悪い。何を考えてる? いきなり俺への尊敬の念が満ちあふれたわけじゃないだろうが」


「最初から満ちあふれていますよ。使徒への尊敬も、憧れも、崇拝も」


「ふん、嫉妬もか?」


「そうですね……どうでしょう。一介の能力者ごときが、選ばれし崇高な魂の持ち主た」


「ふざけんな」


 持ち主たる……と続くはずだったところに強引に言葉を割り込ませ、ここでタジは初めてまっすぐウラトの目を見た。

 タジは陽光の使徒だ。その役目は、事柄を(きよ)き光でもって照らしだし、すべてを明らかにすることだ。

 明らかにされた事柄の理非を定めるのは清き光の月光の使徒の役目であり、罪と断じられた者に罰を与えるのは、(きよ)き光の星光の使徒。

 しかし今、ここにはそのどちらもいない。

 不在を補うように───否、不在に我慢ができないように、タジの目に判断と裁きの光が宿る。


「精霊に選ばれた崇高な魂? そんなものはないし、あるとしたらこの世の全てに言えることだ。生きるために必要な、水、空気。分け隔てがあるか?」


 もし精霊が何か『選ぶ』という行為をしているとしたら、その瞬間にどのような祝福を与えるか、ということだ。そうタジは思う。

 風を吹かせようか、土を潤そうか。

 彼らの行動は、どんなことでも世界を支えている。


「精霊が能力者を生み出す基準は、何だと思う? 家柄も人格も血筋も関係ないだろ」


 実際のところ、どうして能力者が生まれるのかは分かっていない。だが、人の世の基準のどれとも違うことだけが分かっている。


「……ではお尋ねします、能力者の至高、陽光の使徒。あなたは己の何をもって己を使徒となさしめているのですか?」


 人格でも家柄でも血筋でも、魂でもないと言うのなら.

 何を理由に、己の足場を確立している?

 根幹を問われる言葉に、タジは考え込む様子はない。


「つまらん質問だな。そんなもの、能力者だろうがなかろうが、生きてる以上は誰でも同じだ」


「と、言うと?」


「精霊は、可能性に対して祝福してくれてるんだと俺は思う。能力者が生まれるのだって、精霊がたまたまそこで生まれてる赤子に口付ける気になった……そんなもんなんだよ、きっと」


「……その気まぐれにかち合うか、ということですか? 運任せですね」


「だな。でも誤解するなよ? 俺が……俺や仲間が使徒になれたのは、決して運じゃない」


「実力、ですか?」


 それならやはり、持って生まれた資質ではないか。そう言いたそうなウラトに、タジは少しばかりムキになった。


「誤解するなって言っただろうが。いいか、俺たちが使徒になれたのはな、健康な身体という親から貰った財産はもちろんだが、それ以上に並大抵じゃない努力と根性と我慢と忍耐があってのことだぞ。嘘だと思うなら、お前ちょっと使徒になるための修行やってこい。『何で死なないんだろう自分?』って考えるから、絶対、一日に十回くらい」


「…………そうなのですか?」


 てっきり、才能あふれる人材を精霊が選んでなるものだと思っていた。

 しかし経験者の言うことだ、偽りではないだろう。

 一日に十回そうして挫けそうになるというのなら、つまりはそれ以上の回数、踏ん張り直す必要があるということだ。


「それはたしかに……気力も求められますね」


「ってかさ、お前の言い分を聞いてると、さては知らないだろ」


「何をです?」


「使徒は、能力者じゃなくてもなれるってことをだ」


「……ッ!?」


「はははっ、絞め殺される寸前みたいな顔だな。やっぱ知らなかったか」


「それは……まこと、なのですか」


「使徒は、『師と弟子』の形で受け継がれる。弟子に条件があるって、聞いたことあっか?」


「…………」


 たしかに、そうだ。

 聞いたことはない。

 しかし誰が考えると言うのだ。能力者は生まれついてのもので、使徒はその至高。


「その高みに、努力で辿り着けると言うのですか? ……しかし、現実、」


「現実に、今代の星光の使徒は能力者じゃなかったぞ」


「……ッ」


 息が、止まる。

 星光の使徒。導きと断罪の力を司る、金色の光。


「もっとも、上り詰めるには、あまりにも険しく厳しい道だと思うけどな。俺は能力者だったから、そこはよく分からんけど」


 それでも、どうしようもなくつらく感じられたときもあった。

 自分で選んだ道だと分かっていても。


「俺で、それだからな。苦労は、倍以上だっただろうさ」


「……なぜ、力なき身で、使徒を志したのでしょう……」


「じゃあ、何でお前、力ある身で使徒を志さなかったんだよ」


 迂遠な言い回しだったが、それでも明確な答えとなってウラトに届いた。


「可能性への祝福……そういうことですか」


 可能性とは、誰にでもあるもの。諦めた瞬間に消えるものであり、待っていては決して手に入らないもの。

 すとん、と胸から力が抜けた。

 持って生まれた幸運を、自分はずいぶんと間違って扱っていたようだ。

 なぜ、自分に精霊の祝福はありつづけたのだろう。

 能力を犯罪に使う者はたしかにいる。しかし、そんな者たちでも能力が消えたという話は聞いたことがない。

 まだ自分にも可能性がある。そう思っていいのだろうか。



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