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三つの光が集った、あの満月の夜。
庭園での再会を果たし離宮に入った三人を出迎えた者は、先代の月光の使徒。使徒としての名を、ウィーズ・ノイという。
彼はタジとシフィに茶の一杯も付き合ってくれと言った。
茶の準備のためにランが消え、自然が呼んでいると言ってタジが消え、シフィとノイが二人きりになった居間への道行きで、シフィはおもむろに口を開いた。
「あなたに、我が師から伝言が」
その言葉に、ノイの顔から笑みが消える。
先代の星光の使徒とノイは、かつては共に旅をしていた親友同士である。しかしその親交は、十数年も途絶えたままだった。
「……聞こう」
ノイが先に立って案内していた身体を振り向かせ、まっすぐに目を合わせる。
「『許すな』」
「許すな? ……あいつは、まったく、本当に馬鹿だな」
噛み締める独白の響き。それでもシフィは律儀に頷いた。
「そうね」
私もそう思う、と呟く。
話はそれだけだと言わんばかりに、足を止めたノイの横をすり抜けて進もうとするシフィに、やや躊躇いがちな声が掛かる。
「お前は、どう思う。あいつの言葉を……許すなという、言葉を。本当に許されざることだと思っているか?」
シフィは振り向かなかった。背中を向けたまま、足を止める。見えない表情は分からないが、背中の表情は揺らがない。きっとその顔も毅然としていると思わせる強さが、背中からあふれている。
「それを、私に訊くの?」
言ってくれるなと嘆く声ではない。なぜ問うのだと訝しむ声でもない。
確かめる必要があるのかと、笑うような。
肩越しに振り向いた金の目が、冴え冴えとした光を放つ。それはどんな言葉よりも雄弁な答えだ。
「あいつが許すなと言うのは、罪だと信じているのは、お前の存在そのもの。それでもお前は構わないと?」
「私が求めたものは、それなの」
「……ッ」
「禁忌でもいい罪でもいい、私は私が欲しかった。私、と言えるものを手に入れたかった。それがすべて」
その望みを見つけて、聞き届けて、道を示したのは先代の星光の使徒。シフィにとって使徒になることは通過点ではなく終着点であることを理解した上で、それでも彼は光を継がせた。
「けれど、ランに道を踏み外させもしないわ。あなたの愛弟子を巻き込んだりはしない。それは約束するから、安心してちょうだい」
シフィを使徒とすることに誰より反対したのがノイだ。相応しくないと、面と向かってシフィに言ったこともある。
シフィを弟子として連れて行くと言ったことが、親友との旅と親交の終わった原因だったのだ。
誰よりも真剣に使徒の存在を捉えているノイだから、それに最もそぐわない自分と愛弟子を共にいさせたくはないだろう。
ノイの友愛は疑わないまま、自然とシフィは思う。
けれどそれは、意外なほどきっぱりと否定された。
「いいや、それはない。昔お前に不当な言葉を浴びせかけたことをこの場で謝罪する」
真剣な目で見据えられたシフィが、怪訝そうな顔になる。
「不当なことなど、何もされていないわ」
「いいや。お前は星光の使徒だ。少なくとも確実にランを導いた。感謝してる」
「ランを?」
三年前は名乗りすらしなかった。髪と目で自分が何者であるかは知れただろうけど、星光の使徒として接したわけではない。
引き合いに出すのに適した人物とは思えないというシフィを、ノイは年輪を感じさせる手で招いた。
「少し、昔話をしよう。ここじゃ何だ、部屋に来てくれ。……そう嫌な顔をするな。年寄りの戯言だと思えばいい」
昔話と聞いて途端に表情を曇らせたシフィを宥めるように微笑み、少しだけ痛みをこらえるような声で言った。
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