2
「危険はない? この状況でか?」
「散歩みたいなもんだ。朝には戻ってる」
説明にならない説明に納得したわけではなかったが、シフィに何かあったら精霊を通じて分かるはずだと思い直し、その場に留まった。
起きて待っているつもりが、慣れない山越えで疲労していたのだろうか、いつの間にか寝てしまっていて、次に目が覚めたらシフィは戻っていたし自分には毛布が掛かっていた。
「正直、釈然としなかった。それでも黙っていたのは、シフィが離れたら一人で放っておくルールなのかと思っていたからだ。今回もそれに類すると思ったから黙って付いてきた。違うのか?」
シフィとの付き合いはランより遥かに長いタジだ。理解は出来なくても納得しておく方がシフィにもいいのだと、ランはそう考えていた。
「今回のこれは……まあ、俺なりの防衛策だ」
「おかしなことを言う。却って危険だろう、あんな女を一人にするのは」
内実はどうあれ、見た目は充分か弱い美女だ。
「この町では素顔で歩いているし、三歩で誘拐されるぞ」
「返り討ちにするだろ。顔を出すのが心配なら、早いとこお前も色を隠せるようになってくれ」
今のタジは、薄い茶色の髪と目をしている。
顔を隠した三人組はさすがに悪目立ちするので、タジかシフィか、あるいは両方が髪と目の色を変えて素顔を出していた。
色は光の産物であり、使徒にとってはそれほど難しいことではないのだが、微調整を効かせ続けなければならないため、不慣れなランは目下練習中である。
「俺たちの間にあるのは、お前も知ってるあれだけだ」
「……『楽しむ』こと」
ぽつんと言ったランに、それだと頷く。
たしかに、それ以外に何らかの行動を求められたことはない。シフィにも、タジにも。
「俺が勝手に決めてることならある。シフィもあるだろ。でもそれはお前に教えるようなもんじゃねぇ」
「なぜだ? 先達の知恵は活用すべきだと思うが」
「俺が決めてるのは、俺なりのシフィへの接し方だ。それをお前に教えたら、シフィにとって俺が二人になるのと同じだろ」
そんなものはいらないのだと、タジは言う。
「お前がシフィを見て、シフィを知って考えていけばいい」
「それならどうして、あの夜シフィを追うのを止めたんだ?」
「ああ、あれはお前が風邪引きそうだからだ。慣れない山越えで疲れてたし、倒れられたら厄介だからな。実際、シフィを待ちきれずに寝ちまったし。それに俺は止めてない。危険はない、って言っただけだ」
「…………」
たしかに、そうだ。
「違っていいんだ。俺とランは、シフィと出会った状況からして違う。同じ付き合いができないのは道理だろ?」
「……理解はできる」
言っていることは分かる。けれど、どうしても、タジに及ばない自分を見せ付けられているような気分になる。
わけの分からない苛々が胸を焦がす。
そんな自分自身を理解できず、馬鹿馬鹿しいとすら思うのに止められず、憮然とした様子で黙りこくってしまったランに、先を行くタジはやれやれと苦笑いした。
.