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「ミュイーダ様ッ!?」
すれ違いざま、シフィの腕を掴んだのは初老の女性だった。
*
ランを仲間に迎えてから、二ヶ月と少し経った。
ルオーニの王城を出てすぐ、タジがランに言った。「新入りの特権だ。どこでも行きたいとこを言ってみろ」と。
それにランは、大陸横断と答えた。
一行はそれを成すため、東の、金の国サイニャを起点とすることにした。空に在る光たちと同じ方向に動いてみようかと、それだけの理由で定めた。
変わることはあるだろうが一応の経路を定め、さらにはその道を通らないよう遠回りしてサイニャに向かった。冬季にも関わらずほぼ徒歩だったことも相まって結構な時間が掛かってしまったが、横断の出発が春になるのは嬉しいとシフィが洩らしたこともあり、のんびりした雰囲気である。
東のサイニャの中でも最東の町となるプライカに着いたとき、ここが本当の意味での三人旅の始まりだなと言ったのはタジだ。
それに頷き、シフィが言った。
「色々ある、世界は広い。たくさんのことが起こる。楽しんでね、ラン」
本当に嬉しそうに笑って、言った。
プライカに滞在して三日目。
この日は各々必要な物を買い揃えるため別行動しようと提案したのはタジだった。そのくせ、一緒に出掛けようと言ってきたのもタジだった。
ランが何も言わずにタジに付いていったのは、タジが時折シフィを意図的に一人にしていることに気付いていたからだ。
「ありがとな、黙って付いてきてくれて」
「礼を言われるより、意図を話してもらいたい。どんな決め事があるのか、把握くらいはしておきたいからな」
顔を隠すフードを目深に被っているランの声は、くぐもっていて少し聞きにくい。
「……?」
言われたことをしばらく頭の中で繰り返して、こちらは髪と目の色を変化させているタジが首を傾げる。
「決め事? って何だよ」
「ルールと言った方が分かり易いか?」
そうランが言うと、ああそういうことかと嫌そうに手を振った。
「ねぇよ、そんなもん。俺とシフィの間に、決め事だの約束だのって小難しいもんは一切ない。肩凝るだろ、ンなもんに気ィ遣ってたら」
「では何だ? 今回のことも、今までも」
今回のように、町での個別行動ならまだいい。だが、
「山中で野宿した夜、火から離れたあいつをお前は追うなと言った。あれは決め事ではないと?」
平地の多いルオーニではあるが、主要な街道をあえて避けたために山越えの必要が生じたことがあった。
順調に行けば一日で抜けられたのだが、急な雨に足止めされてしまい、山中に一泊したことがある。
火を焚いた洞窟の中からシフィがいなくなったのは深夜のことだ。
二人の眠りを妨げないようにとの気遣いからか、足音も立てずに降りしきる雨の下に出て行った。
起き上がった動きで目が覚めていたランだが、用でも足しに行くのだろうと考え声も掛けず───十五分が経っても戻らないことで、初めて身体を起こした。
視界を覆うほどの雨で、しかも夜中だ。
道に迷ったのかもしれないと思った。
探しに行こうと立ち上がったとき、眠っているとばかり思っていたタジに止められた。
「大丈夫だ、危険はない」と。
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