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王の前を辞し、まっすぐに東の離宮に向かう。旅立ちの荷物はもうまとめてある。自室として使っていた部屋の片付けは、私物も少なかったことも幸いし簡単に済んだ。
あの二人は今夜発つと言っていた。もう日が暮れ、月は昇った。行くと決めた。
空に昇る真円は、新たな仲間からの親愛の証だ。それと共に再会を果たしたかった。
逸る気持ちに駆けそうになる足を抑えるのは、この城で過ごした時間と思い出だ。
師に対してはもちろん、ここでふれた数多の精霊への感謝で一歩ずつを踏み固める。
だがそれも、ふわりと風に乗ってきた気配を感じ取るまでのことだった。
どくりと一つ高鳴った心臓。
それを合図に速くなっていく足取りで、春を待つ木々の下を抜ける。
夜に沈んだ道でも、濃い影が落ちるほどに月が明るい。走るのに不自由はなかった。
「……ッ!?」
最後の角を曲がり、眼前に広がる庭園。それを抜ければ離宮が見えるというところで、駆けていた足が止まる。
そこに、二つの人影と気配。
ほんの数日前に感じたものと。
「……星」
三年間、追い続けたもの。
二人は、三年前と同じ場所に立っていた。
「なぜ、ここにいる?」
ゆっくりと歩み寄り、二人の顔がはっきり見えるようになった距離で足を止める。三歩分ほどの距離だ。
「一緒にルオーニ王に挨拶に行こうと思ったからだ。引き止められたりしたら面倒だろ? でも来てみたら、お前が一人で行ったって言うじゃねぇか。だからここで待ってたってわけだ」
洒落た演出だろ? と、にやりと笑う赤。
「とうとうここまで来たな」
「三年ぶりだわ。またこうして会えて、本当に嬉しく思う」
二人が、一歩分の距離を縮める。
「初めまして、月光の使徒。私は星光の使徒ラヴィン・シフィ。あなたがそれを許すなら、共に歩んでいきたいと願う者」
そうして、三年前よりずっと美しくなったシフィが、三年前と同じようにタジより一歩だけ前に進み、手を差し伸べてくる。
「私たちと、一緒に行きましょう」
その言葉を、耳にして。
今がいつなのか、分からなくなる。三年前と交錯する。すう、と頭から血が引いていく感覚 緊張しているのだろうか。
これが夢でも三年前でもなく現実だと教えるのは、上がった視線の高さと春ではありえない冷たい空気、三年前よりもしなやかに成長している差し伸べられる白い手。
そして、今はもうその光に眩むばかりではない自分。
照らされるのではなく、手を引かれるのではなく。
自分が自分の意思で選んだ道。だが、まだ歩みだしてはいなかった。その道に至るために決して欠かせない、通過するべきものが今ここにある。
今この瞬間この会話が、使徒となるべき真の儀式のように思えて。
「共に行こう。それを許すのではなく、望むがゆえに」
ゆっくりと一歩進み、残っていた距離をなくす。三年かけて、やっと一歩分の距離を進むことができた。
そして、自分でもおかしくなるほどの緊張と高揚を覚えながら、三年前に掴むことを拒んだ手に慎重にふれる。
すぐさましっかりと握られて、その力強さとぬくもりに不思議な懐かしさを感じた。
「俺の名はアートフォス・ラン。月光の使徒だ」
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