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星を待つ月  作者: とうか
二章
12/31


 当世のルオーニ王は、齢三十二。即位してまだ二年ほどしか経っていない若い王である。

 歴史に残るような大業は取り立てて成していないが、堅実で実直な治世を布いている真面目な人柄で、国民からは好かれていた。

 そんな彼に、離宮に滞在中の月光の使徒が会いたいと言ってきているという知らせが届いたのは、太陽が西に隠れかけた夕暮れ。

 ちょうど政務も一段落したところだったので、すぐに会えると伝言を返し。

 そうして、やってきた人物に絶句した。

 父王の御世から城にいた月光の使徒を、彼は叔父のように思っていた。実際、父とは歳の離れた兄弟のように親しくしていたから自然なことだと思う。

 王族とは違い、使徒は加齢によって色を衰えさせることはない。弟子に受け継がせるまで誇らかに在る。

変わらず艶やかな色を目にすることを、密かに好んでいた。


「月光の使徒が、会いたいと言ってきている、と……」


 向き合う人物は、慣れ親しんだ者ではない。彼の人の弟子の少年だった。


「代替わり、したのか……」


 夜よりも深い黒が、髪と目を染めている。

 数えるほどしか姿を見たことがなかった弟子の髪と目は、そういえばどんな色だっただろう。

 思い出せないが、今あるこの色はなるべくしてなったのだという、不思議なほどの納得が心にある。


「……そうか。新たな使徒の誕生を心から祝福する」


「ありがとうございます」


「使徒になったということは、名を改めたのだろう?」


「たしかに名は改めましたが、名乗りはしません」


 使徒は、使徒としての名前を持つ。大体は元々の名前を少し変える程度だが、そうすることで存在の一新を表すのだ。

 それだけ名に誇りを持つため、求められて名乗らないことや偽りの名を口にすることはまずありえない。

 しかし今、新しい使徒は名乗らないという。


「なぜだ?」


「誰より先に名乗りたい者がおります」


「名乗りたい者……」


 淡々と紡がれる言葉。昼の空にある月のように熱のない面持ち。

 しかし、言っている内容を少し掘り下げてみれば、これほど熱いものもない。

 そうして思い出す。今では先代となった月光の使徒が、珍しく弟子について話してくれたこと。

 少年が変わった、春の夜の出来事。


「そうか。ならば次に会う日を楽しみにしていよう。旅に、出るのだろう?」


「はい」


「引き止めても無駄だろうな。今までのように、使徒が一所に在ることこそ稀なのだから」


 使徒は人々に恵みをもたらすもの。太陽が、月が、星がそうであるように、巡るものなのだ。

 伝説にある。曰く、光は惹かれあう。一つより二つ、二つより三つの方が、明るく暖かい光となる。

 至高とまで呼ばれながらも多くの使徒が自由の身を持ち続けてきたのは、それも理由の一つとされている。

 権力に属すことはせず、けれど市井に身を置くことも難しい身の上であるために旅することが多いというのが主説だが、一所に落ち着いて保護など受けていれば他の光に出会えないからだという説もあるのだ。


「伝説のまま、集うか。……使徒の力を信頼している。もたらしてくれる救いの光は、この大陸に住む民人にとって大きな支えとなるだろう。そういった形で国を支えるものも必要なのだということも理解している。その上で、言わせてもらう。外には危険が多い。充分に注意してほしい」


「はい」


「陽光と星光の使徒に伝えてくれ。この地に来ることがあれば、ぜひ会いたいと」


「伝えます」


 一つ頷いて、深い黒の目が退室の意を伝えてくる。


「行くがいい。後のことは心配するな。お前の師は私の友だ。粗末な扱いはしないと約束しよう」


「……っ」


 その言葉がよほど意外だったのか、まるで昼の空に在る月のように静かだった表情が波立ち、小さく息を呑む音すら立てた。

 すぐにそれは整って消えてしまったけれど、


「……感謝します」


 退室の挨拶に代わっての謝意には、わずかに温度が込められていた。




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