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星を待つ月  作者: とうか
二章
11/31


「ここも、変わってねぇな。まあ、あのときは春だったけどよ」


「そうだな。もうすぐ、丸三年だ」


 出会いはこの庭園だった。三年前のここには、今よりもずっと小さくて痩せていて弱々しかった少年が立っていた。


「最近な、会った能力者にシフィの武勇伝を話してやったんだが、それがシフィにばれてな。あいつの機嫌を損ねちまった」


 三年前、シフィが手を差し伸べた少年。


「あいつはな。過ぎたことを口にするのを嫌うんだ」


 差し伸べられた手を、拒んだ少年。


「でもって、叶うかどうか分からないような願いを口にもしないし」


 シフィに「待ってろ」と告げた少年。


「約束とか、そういう曖昧なものに期待もしない」


 シフィに、「期待してる」と言わせた少年。


「この三年間、シフィはお前を忘れなかった。お前が『自分の足で追い付く』のを待ってた」


「…………」


 使徒になる道の険しさを、シフィは誰より長く味わった。誰より長く知っている。

 それでも、小さく細く弱々しい少年が、自分が手を引こうとした存在が、並び立つ日が来るのを期待していた。

 シフィがそうしたことの重さを、タジは知っているつもりだ。


「お前は、あいつの期待に応えたのか?」


 使徒として旅するだけの、使徒として生きるシフィの横に立つだけの強さと覚悟を、手に入れたのか、と。

 試す言葉に、しかし黒色は臆さない。


「あの日の言葉どおりに。示した自分の思いは裏切れない」


 熱のない物言い。淡々とした、感情のこもらない声音。


「……ははっ。三年前と同じだな。言ってることだけ熱い」


 答えに満足したかのように、くくく、と低く笑う。


「もっとも、まだ代替わりが済んだとは言えないが。王への報告も使徒としての誓約もしていないからな」


「だが色を受け継いでるだろう。お前に使徒としての覚悟と自覚があり、精霊の認めをもらったってことだ。なら、俺とシフィにとっちゃ問題ない」


 にやりと不適に笑い、さて、と続ける。


「話を進めるぞ。一つ目……まあ、これは答えが分かりきってるような気もするけどな、お前これからどうすんだ? この城に留まるのか、それとも」


「旅に出るつもりだ。お前たちと共に」


「あ、やっぱそうか。じゃあ二つ目だ。よろしくな」


「……何を」


「俺たちを。一緒に行くんだろ? だからよろしく。なるべく仲良くやりたいもんだな」


「いいのか?」


「ほぼ予約してあったようなもんだろ。一緒に行ってくれるならありがたい、ってのが俺の本音だ。何しろ今も寝込んでる馬鹿がいるからな」


 ひょいと肩をすくめて言うタジに、黒い瞳が見開かれる。


「病か?」


「いや、疲れてるだけなんだけどな」


 でもお前の管轄だろ? とタジが言うのは理由のないことではない。

 月光は夢見る力を与える光。眠りと癒しを与える光だ。

 陽光と星光だけでは叶わなかったことも、これからはできるだろう。


「じゃあな、話はこれだけだ。俺は戻る」


「旅には、いつから合流できる?」


「お前の好きにしろ。その気があるなら今すぐにでも。明日でも、一年後でも」


 手に持ったままだったターバンで髪を覆い、仮面で目元を隠す。

 目の部分に嵌められた濃い色のガラスがタジの表情を消すと、さっさと背を向けてしまう。


「俺たちを頼むな。お前の選択だ。ああ、ちなみに、これは独り言なんだが。俺とシフィは明後日の夜にここを発つぞ」


「……明後日の夜?」


 それは、明後日までに準備を整えておけということだと思うのだが。

 なぜ夜なのか、なぜ明後日なのか、考えて。


「……そうか」


 思い当たることが、あった。


「ああ。じゃあな、よく寝ろよ」


 言って、闇に潜っていく背中に三年前を思い出す。

 あのときは、赤色の後ろにつづく金色があった。

 浅く思案する。

 あの背中は、変わってしまっただろうか。

 追いつくと決めた、小さな背中。細い身体。三年の歳月は、それを変えてしまっただろうか。


「───変わっていても、いい」


 あの金の光と、心は、変わっていないだろうから。

 やっと、隣に並ぶのだ。


「明後日の夜……」


 見上げる月はだいぶ育っていて、地に落とす影も濃い。日時の選択は、新たな仲間への歓迎と親愛の証、だろうか。

 もうすぐ真円を描く月───見上げて、腕を伸ばして、拳を握る。

 掌中に収まったかのように、拳の向こうに隠れた月。拳を越して注いでくる、光。

 その光が金色に思えて、三年前の金色が心に浮いてくる。


「使徒……」


 ぽつりと、言う。

 熱を含まぬ声で。


「もう、戻れない」


 道を決めたのは自分。歩くはずだった道を閉ざしたのは、自分の意思。


「……違うな」


 戻れない、ではない。

 タジが言っていたとおりだ。そのとおりだ。全ては自分の選択。

 戻れない、ではない。


「もう、戻らない」


 この掌中に掴むのだ、二日後の空に浮かぶ真円を。

 欲しいと、望んだものを。




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