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ルオーニの王城は、本城を中心に、南に大門がそびえ、東、北、西に三つの離宮がある。
本来は寡婦となった者などが暮らすひっそりとした場所だが、現在の東の離宮は客分として滞在している月光の使徒とその弟子が滞在するための貴賓館となっている。
東の離宮、その庭園。
月下に広がる、冬を越えるために眠っている木々や草花。
そこに、一つの人影が月に照らされている。
その人物の、月の光を吸い込んでいるかのような光沢の、闇よりも深い色味の黒髪を確認し、タジは湧き上がる高揚感を隠し切れなかった。
ゆっくりと、身を隠していた岩の陰から出る。
髪を覆うターバンと目元を隠す仮面を剥ぎ取り、消していた気配を現し、声が浮き立たないよう抑えて、探し人を呼ばった。
「よう、少年」
何の音もない静寂は、そこでこそ聞ける音がある。
空気を震わせない音。植物でも、石でも、風でもいい。静かに静かな場所では、そういったものたちの呼吸が聞こえる。
だから、何者かが近付いてきていることにはすぐに気付いた。
見事に気配は消しているが、それだけに静寂のなかでは呼吸が響く。
悪しき者ではなさそうだし、もしそうであったとしても構わない。とりあえず出方を見ようと放っておいたら、思いもしない声が届き───その声よりも一瞬早く、数年前に一度だけ傍に来たことがある気配が現れた。
「よう、少年」
覚えているものより若干低く太くなっている声に、ゆっくりと振り向いた。
「……陽光の」
そこにある、赤。
鮮やかな鮮やかな、本物の赤を持つ青年。
なぜここにいるのかは分からない。けれど疑念は湧かない。
来るべきときが来ただけのことなのだと、思う。
「でかくなったなー、お前」
「………」
黒髪の頭頂は、成人男性の平均よりもやや上にある。だが、向かい合う赤髪の頭頂はそれよりさらに掌一つ分ほど上にあった。
黒のローブに包まれた、どことなく線の細さの残る身体とは比べ物にならないほど、屈強で精悍な体躯でもある。
お前ほどじゃない、と言おうかどうか少しだけ考え、結局やめて。
「何をしにきた?」
「お前に会いに」
「一人でか? ……金色は?」
熱のない口調、しかし辺りを探る夜空より深い瞳には、たしかな熱がある。
この黒色が誰より求める相手は、「待ってろ」と告げ、「期待してる」と告げられた相手だけだと、タジは分かっていた。
「期待外れで悪いな。俺一人だ。シフィは城下の宿にいる。あいつに黙って出てきたんだ」
「黙って?」
「ああ。お前以外の誰にも知られないよう、きっちり不法侵入してきたぞ。この城の警備ちょろいなー。客分として、機会があったら忠告しといてやれ」
「……何のために来たんだ」
「お前と話をするためさ」
すっ、と表情が変わる。
からかい混じりだった声音が、ピンと張る。
しかしタジはすぐに話を始めようとはしないで、視線をゆっくり周囲に巡らせた。
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