お兄ちゃん交換計画
「お兄ちゃんのバカーー!!!!」
「ちょ、おい! 教科書投げるな!」
「うるさい! 早く出てってよ!!」
SIDE:拓也
ここ、黒崎家。俺は長男の黒崎 拓也。先程の騒動はというと……陽香……俺の妹、黒崎 陽香との出来事。つい1分前……。
「拓也。ちょっと陽香呼んできてくれない?」
「なんだよ母さん。自分で行けばいいだろ」
「ちょっと手が放せないのよ。ほら、呼んできて」
「わかったよ……」
渋る俺は二階に上がり、陽香の部屋の前で名前を呼ぶ。
「陽香ー。母さんが呼んでるぞ」
……………………。返事がない。部屋からは音楽が流れている。その音で聞こえていないようだ。
「おい陽香? 開けるぞ?」
そう言ってドアを開けると……。
「キャーーーー!!!!」
部屋の中には下着姿の陽香が。どうやら着替え中だったらしい。
「おい、母さんが呼んでるぞ」
「もう! スケベ! ド変態! 勝手にドア開けないでよ!!」
「呼んだのにお前が返事しないからだろ?」
「じゃあノックとかすればいいじゃない!」
……あ、そっか。
「お兄ちゃんのバカーー!!!!」
「ちょ、おい! 教科書投げるな!」
「うるさい! 早く出てってよ!!」
……そして、今に至る。まったく陽香の奴……。数学の教科書を投げてくるやつがあるか。だいたい、妹の着替えなんか見ても1ミリも勃たねえっての。朝から胸くそわりぃ。俺んちは四人家族。だから兄弟は陽香一人だ。まったく。妹なんてうるさいし邪魔だし捨てたいよ。
そう思いながら、学校へ行く準備をする。そうそう、俺は高校生だ。高校2年生。無事公立の進学校、興賀高校にギリギリ合格して、毎日サボらず通っている。部活には入っていない。ちなみに陽香も同じ高校の1年生だ。
ピンポーンと、インターホンの音。
「おーい拓也ー。来たぞー」
「ああ、今行く」
インターホンを鳴らしたのは、小学校からの友達で高校も一緒に通っている、岡田 芳明だ。毎朝一緒に学校へ行く。ちなみに学校へは徒歩で行く。学校からの距離が近い人は、自転車を使ってはいけないのだ。少しめんどくさい。
「おはよっす、拓也。なんだ? 今日は機嫌悪いみたいだな」
「ああ、さっき陽香と一悶着あってさ……」
俺は先程の事件を芳明に話す。
「……ってわけなんだよ」
「そうか……。いや、そりゃあお前が悪いな」
「はぁ? なんで?」
「いや、お前が悪いっていうか、羨ましいな。お前、陽香ちゃんの着替え見放題なんだろ?いいなぁ! 陽香ちゃんマジ可愛いもんなぁ」
「おいおい、お前だって妹がいるんだから分かるだろ? 自分の妹に好意なんか持つわけないから。妹ラブとか、有り得ねぇ」
「それはわかってるけどな……」
ちなみに芳明は五人家族で、妹と弟がいる。弟は小学生。妹の方は高1で、俺らと同じ学校に通っている。名前は岡田 まい(おかだ まい)だ。俺と芳明が友達で、陽香とまいちゃんが友達。あ、一応言っておくけどまいちゃんはかなり可愛い。
「何言ってんだよ、まいちゃんの方が可愛いだろ」
「……まあ、人それぞれっしょ。まいはそりゃあ可愛いけど」
「うげぇシスコン……俺は陽香を可愛いなんて思わないぞ……」
「いや、陽香ちゃんはマジで可愛いから。……そうだな、面白いことを考えたぞ」
「なんだよ?」
「まいと陽香ちゃん、どっちが可愛いか、決着を付けよう」
「へ? どうやって?」
「ふふふ、まあ見てなって」
苦笑する芳明。まいちゃんと陽香、どっちが可愛いかって? まいちゃんに決まってるだろ。勝負するまでもないぞ……?
SIDE:陽香
もう、お兄ちゃんったら最低すぎる……。女の子の部屋をノックなしで開けるなんて、どんな神経してるんだか……。
あ、そろそろ時間。早く行かなくちゃ。玄関を出ると、まいちゃんが待っていた。
「おはよ、まいちゃん。さ、行こ!」
「おはよー。うん!」
私は毎朝まいちゃんと学校に行く。私の家は学校へ行く道の途中にあるから、家の前で待ち合わせ。まいちゃんとは小学校からの付き合い。
「はるちゃん、もしかして機嫌悪い?」
「そうなの。ねぇまいちゃん、聞いてよー。さっきね……」
私は先程の事件をまいちゃんに話す。
「……っていうわけなの」
「そうなんだぁ……。私は、兄妹だし別に良いと思うけど……」
「いやいや。お兄ちゃんでもダメ。でも、芳明先輩だったらいいかも。カッコイイし」
「え? お兄ちゃん、カッコイイかなぁ……。拓也さんの方がカッコイイと思うけど……」
「えー!? あれが……? ないない。マジない。でもお互いにそう思うんなら、お兄ちゃん同士交換出来たら良いのにね」
「あはは、それ良いかも!」
まいちゃんとお互いに笑い合う。でもこの時は、まさか本当にお兄ちゃんを交換することになるなんて、夢にも思っていなかった。
SIDE:拓也
いつも通りの時間に教室に入り、それから退屈な授業を4つ終える。それから昼飯を食べた後、授業を3つ。はー、ようやく終わった。さぁ、帰宅部の俺は速攻で帰るぞ。わき目もふらず帰ってやる。一番に家に着いてやる。誰にも負けやしねぇ。それが帰宅部の宿命だ……なんてアホなことを考えていると、芳明が近づいてきた。
「おい拓也。まいと陽香ちゃんの勝負、結果出たぜ」
「え? どうやったんだよ?」
「まいと陽香ちゃん、1年1組で同じクラスだろ? だからそのクラスの男子にアンケートを取った。クラスで可愛い女子は誰か? ってな」
「ま、マジかよ……よく協力してくれたな」
「後輩に顔をきかせてな」
ものすごいことをやってのける芳明。さすが「キング・オブ・変人」の座を欲しいままにする男。
「で、結果は?」
「ふふふ、知りたいだろう? 1年1組の男子内で、女子にばれないよう極秘に回していた用紙が、さっき返ってきたんだ。俺も結果はまだ見ていない。さあ、一緒に見ようぜ」
「まいちゃんだと思うけどなぁ……あ、案外他の女子だったりして」
「これを見ればすぐにわかる。オープーン!」
折りたたんである用紙を芳明が開く。
結果は……
1年1組 男子18名
岡田 まい 8票
黒崎 陽香 10票
「え……? なにかの間違いじゃ……なんで陽香が……?」
「ちぇっ、マイシスターが負けたか……」
「なんで男子全員が陽香とまいちゃんに投票してんの??」
「それだけ二人が可愛いってことだろ。特に、陽香ちゃんが。近くにいるから、妹の良さがわからないんだろ? ……とまぁ余興はこれくらいにして」
芳明が薄い笑みを浮かべる。芳明がこんな顔をするときは何かろくでもないことを思いついた時だ。
「えー……オホン。えー……」
「なんだよ。早く言えよ」
「……『お兄ちゃん交換計画』を実施する!!」
「ふーん……」
お兄ちゃん交換計画ね。また変なことを考えたもんだ。お兄ちゃんを交換ね。交換……。
「交換!?」
「その通り。まあ端的に言えば、俺はお前の家、お前は俺の家で住むんだ。そこでは、俺の妹は陽香ちゃん、お前の妹はまいってことになるわけだ。アンダースタン?」
「ちょいちょい! 話が進みすぎだろ!! 待てって」
「ふふふ、これはもう決定したことなのだよ。……もちろん、夜這いはOKの方向で」
「おい! 勝手に……」
「じゃ、俺部活行くわ!!」
「ちょっと、逃げるなー……」
なんだなんだ?「お兄ちゃん交換計画」? 俺の妹がまいちゃんになるって……? ……そりゃ嬉しいけどさ……いやいや、そんなことが許されていいわけないだろ。何を考えているんだ芳明は。それに、まいちゃんや陽香がOKしないだろ。
SIDE:陽香
「ただいまー」
「あらおかえり陽香。今日は部活無かったの?」
「うん、今日は材料も少ないし中止」
「そう。じゃあ夕食の準備手伝ってね」
「はーい」
私は料理部に入っている。自慢じゃないけど、弁当だって毎朝自分で作っている。料理は、同級生の誰にも負けない自信がある。
「じゃあポテトサラダ作ってちょうだい」
「ポテトサラダ? 得意分野だよん」
ポテトサラダかぁ。よーし、気合い入れて作っちゃうぞ!
「ただいまー」
私が気合いを入れようとした時、お兄ちゃんが帰ってきた。
「おかえりー」
カバンをおろすとすぐに近くにあったマンガを読み始める。お兄ちゃんは帰ってきてすぐマンガを読んだり、パソコンをしたり、友達の家に遊びに行ったりする。それからご飯を食べて、お風呂に入って、すぐに寝る。勉強なんてしてる姿、見たことがない。勉強すれば良いのに。毎回追試ギリギリのくせに。
不甲斐無いお兄ちゃんにため息をつきながらポテトサラダを作る。すぐに完成。今日のは結構自信作。お母さんのそれと負けず劣らずだと思う。
「お母さん、出来たよ。おかず、食卓に並べるよー?」
「うん、ありがとう。じゃあご飯にしよっか」
食卓に食器を並べ、晩ご飯。私とお母さんとお兄ちゃんでテーブルを囲む。私は二人のポテトサラダをチラチラ見る。早く食べてー、と焦っていたら、お兄ちゃんがポテトサラダに箸をつけた。
「…………。うわ、このサラダ、しょっぺぇ」
ガーン……。しょっぱい? 私の自信作が?
「お兄ちゃん? これ、私が作ったんですけど?」
「知らねーよ。しょっぱいものはしょっぱいんだよ」
「お兄ちゃん味覚おかしいんじゃないの!?」
「なんでそこまで言われなきゃいけねーんだよ! じゃあもうこんなもの食わねーよ!」
お兄ちゃんはバンッとテーブルを叩き、残りのおかずも食べずに出て行く。
「なによあの態度。せっかく私が作ったのに」
「……あら、お兄ちゃんのサラダだけホントにしょっぱいわよ? お母さんのは美味しいけど」
「え……? うそ……」
お兄ちゃんのポテトサラダを少し食べてみる。
「ホントだ……塩が多めに入ってる……なんで?」
キッチンを見ると、お塩の袋が倒れていた。どうやらお兄ちゃんのサラダにだけ気付かない内にお塩がこぼれていたみたい。
「お兄ちゃんに謝らないとねぇ。ね、陽香?」
「でもあんなに言うことないじゃない! わざとやったんじゃないんだよ?」
はぁ……嫌な気分。
SIDE:拓也
「なんだよ陽香のやつ……。あそこまで言うことないだろ……」
胸くそわりぃ。妹ってやつはホントうざいよ。あーあ。芳明の言ってたお兄ちゃん交換計画、賛成しようかな。
ピロリロリ。携帯が鳴る。芳明からだ。
「もしもし?」
「おう、拓也。今時間あるかな?」
「今……? 良いけど、どした?」
「『お兄ちゃん交換計画』の概要を説明する。陽香ちゃんも連れてきてくれ」
「はぁ? 今から?」
「そうだよ。別に俺ら家近いんだし良いだろ? じゃあ第三公園で。20分後にな」
「……ああ、わかったよ。じゃあな」
電話を切る。今からか……陽香にも声をかけてやらないとな。
「おい陽香? 今時間空いてるか?」
「…………なに?」
「俺と芳明とまいちゃんとお前で、話があるってさ」
「……今から?」
「そうだよ。20分後に、第三公園で。先行ってるからな」
「…………わかった」
第三公園でベンチに座りながら待っていると、芳明、まいちゃん、陽香がやって来た。
「待たせたな。よし、全員揃っているな。さて、諸君。君たちに集まってもらったのは他でもない」
「お兄ちゃん交換計画だろ?」
「ノーーーーーーーーウ! それは俺が言うセリフなのに!! ガッデム!! ……あー、まあそういうことだ。『お兄ちゃん交換計画』を実施しようと思うのだが、どうかな」
「お、お兄ちゃん交換計画!?」
陽香とまいちゃんの声が重なる。
「そうだ。その名の通り、3日間お互いのお兄ちゃんを交換しようという計画だ」
「ちょっと待て、3日間!? そんなの、親が了承してくれないぞ? それに俺以外のみんなは部活があるだろ」
「ふふふ、明後日から何が始まるかわかっているかな? そう、夏休みだよ。でも確かに夏休みだからといってどうなるわけでもない。だが、夏休みの中頃、1週間くらい部活も休みになり、かつ親がいなくなる時期がある」
「…………お盆か!」
「ご名答。その期間を利用するんだ。実家に帰るかどうか誘われたら、俺たち四人はここに残るって言うんだ。そして親だけを実家に帰らせる。その間に、俺たちは計画を実行するわけだ」
「……なるほど。時期はわかった。だがな、『お兄ちゃん』を交換してどうするんだ? この計画の目的は何なんだ?」
「目的は……教えぬ!」
「はぁ!?」
「まぁ良いじゃないか。楽しめればそれで良いのよ。自分の妹は嫌いなんだろ? 陽香ちゃんだってそうだろ? お兄ちゃんなんか嫌いなんだろ? だから、一度くらいは他の家の妹、もしくはお兄ちゃんになってみようということさ」
「……………………」
沈黙が走る。いきなり突拍子もないことを言われて、陽香もまいちゃんもさぞ驚いていることだろう。
「……私、賛成。面白そう」
まいちゃんがそう言う。おいおい、良いのか? そりゃあ顔見知りとはいえ、家族以外の異性と二人で3日間も過ごすんだぞ?
「え? まいちゃん賛成なの……? 私はどうしよっかなー……」
迷っている陽香。俺も正直決めかねている。
「…………じゃあ私も、賛成。面白そうだし、たまにはこの甲斐性無しのお兄ちゃんと離れるのも良いかもね」
「甲斐性無しっておい……。陽香も賛成なのかよ、こんな危ない計画……」
俺の今までの人生17年の中で、16年間陽香と生きてきた。同じ家で育ち、同じ学校に通い、ケンカをし、仲直りをし。妹が欲しいって言う男友達はいっぱいいた。その度に妹のどこが良いんだろうと思ってきた。何度も一人っ子が良かったのにって思った。うざい、邪魔、妹なんていなくても良い。……いや、違うな。「陽香」なんていなくても良いんだ。もしもまいちゃんが妹だったなら……。「お兄ちゃん交換計画」、思ったよりも面白いかもしれないな。
「わかった、じゃあ俺も賛成するよ」
「ふふふ、よし。それでは『お兄ちゃん交換計画』、決定だ! 細かいことは追って連絡する。それじゃあ、解散」
――終業式も終え、高校生活で二度目の夏休みが始まる。夏休みといっても宿題は大量、日中の暑さは尋常じゃないのでちっとも楽しくない。それなのに芳明やまいちゃんは運動部でよく頑張るよな。ちなみに芳明はバスケ部で、まいちゃんはソフトテニス部だ。
クーラーのついたリビングでアイスを食べながらダラダラと過ごす。お盆まであと1週間程度という時に、母さんからお盆に実家に帰るかどうか尋ねられた。
「ねぇ拓也、陽香。あんた達、お盆どうする? お母さんとお父さんは帰るけど、あんた達は去年みたいに家にいてもいいわよ」
ウチは今まではお盆に実家に帰るのは強制だったのだが、去年からは帰らなくてもいい、という許しが出るようになった。去年は実家に帰るのがなんとなくめんどくさかったから帰らなかったが、今年は帰ってはならない理由がある。
「俺は今年も家にいるよ」
「私もー」
「あらそう。じゃあお父さんと二人で帰るわね。1週間くらいで帰ってくるから。料理や洗濯、しっかり頼んだわよ。陽香がいるから大丈夫だと思うけど」
……残念、お盆の半分は陽香とは暮らしません。
「任せといて。お母さん達は安心して行ってきてよ。おじいちゃんとおばあちゃんによろしくね」
準備OKだな。お盆に親がいないことは確定したし、芳明の家に持っていくものは特にない。幸い俺と芳明はスタイルがさほど変わらないから、服はお互いの家にあるのを着れば良いし、飯は各自で調達もしくは調理すれば良い。
「はぁ〜。早くお兄ちゃんを交換したいなー。こんないらないお兄ちゃんなんか捨てて」
「お前のお兄ちゃんでいるなんて、こっちから願い下げだ」
「拓也? 明日だぞ? 覚えてるよな?」
「覚えてるって」
「緊張してんのか?」
「当たり前だろ」
計画の前日、芳明が電話をかけてきた。
「大丈夫、俺は陽香ちゃんとはやらないから……多分」
「い、いや、別に陽香くらいあげるけどさ……。今更だけど、女の子と二人きりで一つ屋根の下ってやばくないか?」
「ほんとーに今更だな。意識しすぎなんじゃねーの? 俺と陽香ちゃん、お前とまい、顔見知りで幼馴染みたいなもんだろ」
「でもなぁ……」
「まいや陽香ちゃんはそんなやらしーこと考えてないって。お前だけだよ、そんなこと考えてるの」
「はぁ? ここの世界の人たち、おかしいんじゃない?」
「ま、やるならやってもいいじゃん。兄である俺が許可する!」
「やっぱ賛成するんじゃなかったよ、こんな計画」
「ははっ、もう遅いな。では健闘を祈る……」
「お邪魔しまーす」
「いらっしゃい、芳明先輩」
「よう、芳明」
朝、芳明が我が黒崎家に訪ねてきた。そう、今日からお盆、『お兄ちゃん交換計画』の初日だ。
「じゃあ拓也、俺んちでまいが一人で待ってるから、早く行ってあげてくれ……というか早く俺と陽香ちゃんを二人きりにさせてくれ」
「そうよ、お兄ちゃん、ほら行った行った。まいちゃんに変なことしたら許さないからね!」
「うるさいよ……それじゃ芳明、達者で。陽香、暴れるなよ」
「ふ〜んだ!!」
我が家を後にする。ああ、今日から3日間、違う家で暮らすんだ。しかも、まいちゃんと一緒に。考えただけでドキドキしてくる。これはいかんな。
少し歩くと、すぐに岡田家が見えてくる。家の前に立ち、深呼吸を一度して、インターホンを押す。
「はーい。岡田です」
「俺、拓也だけど」
「はい、今開けますね」
玄関が開く。まいちゃんが顔を覗かせる。
「拓也さん、おはようございます。今日から3日間よろしくお願いしますね」
「よ、よろしく」
お兄ちゃん交換計画 START!
☆1日目
SIDE:拓也
「おじゃましまー……す……」
目の前の大きな家に足を踏み入れる。今まで数え切れないほどこの家に遊びに来ているが、今日ほど緊張したことはない。
「早速お部屋の説明をしますね」
「あ、ああ、頼むよ」
声が上ずってしまう。落ち着け、落ち着け俺。
「ここはリビングで、キッチンはすぐそこですね。冷蔵庫には食材が少し入っています。トイレとお風呂はあちらで、寝る部屋ですが……」
二階に案内される。
「二階には部屋が三部屋あります。私の部屋が真ん中で、お兄ちゃんの部屋が右端です。拓也さんの部屋は、お兄ちゃんが使っている部屋で良いですよね?」
「ああ、良いよ」
「汚い部屋ですみませんが……。それで食事当番ですが、拓也さんはお料理が出来ますか?」
「いや、あんまり出来ないけど……」
「実は私も得意ではないので、当番は1日交代でやりたいのですが、良いですか?」
「ああ、良いよ。味の保証はしないけど」
「ありがとうございます。食材は今日の午後にでも買い足しに行きましょう。あ、家にある色々な物は全部使って頂いて良いですから」
「ああ、わかった。それで大まかなことは終わり?」
「はい、最後に一つだけ。この『お兄ちゃん交換計画』にはもう一つルールがあって、妹は各お世話になる人のことを『お兄ちゃん』と呼ばなければいけないんです」
「そ、そんなルールが……でも当たり前か。交換するわけだし」
「それでは改めて、よろしくお願いします、お兄ちゃん」
うっ……。生まれて初めて、陽香以外の女の子に「お兄ちゃん」と、呼ばれた。なんか新鮮で良いな。
「じゃあもう一つルール作って良いかな? まいちゃんも、そんな堅苦しい敬語使わなくても良いよ。兄妹なんだから、タメ語でオッケ」
「あり……ありがとう、お兄ちゃん……難しいです……あ、難しいよ……」
「ははは……。すぐ慣れるよ」
SIDE:陽香
「お部屋の説明を……って何度も来てるから説明は良いですよね?」
「ああ、どこに何の部屋があるかわかってるからね」
「じゃあ後はお部屋とお食事かな。お兄ちゃんが使ってるお部屋で良いですよね?」
「もちろん」
「ご飯は……私が作る、で良いですか?」
「良いの? 1日交代とかでも良いけど」
「私、料理だけが取り柄だし……作りますよ」
「ありがと。じゃあ洗濯は俺がやろうか?」
「お願いしま……あ、ダメ、ダメです! 洗濯も私がやります」
「え? どして?」
「その……………………下着とかあるし……」
「じゃあ俺の下着は見ても良いんだ〜。ふぅ〜ん」
「そ、そんなわけじゃ……もう、芳明先輩のイジワル」
「ははは、すねるなって。……ところで、この『お兄ちゃん交換計画』にはもう一つルールがあって……」
「ルール?」
「そ。俺のことを、『芳明先輩』じゃなくて『お兄ちゃん』と呼ぶこと。それと、敬語は使わなくても良いから。敬語だと少しやりにくいし、兄妹って感じじゃないしね」
「……わかった。よろしくね、お兄ちゃん」
「おうともよ!」
SIDE:拓也
「……………………」
き、気まずい……。何も話すことがない。いや、緊張していてどう切り出せば良いのかわからない。
「お兄ちゃん? 緊張してるんですか……緊張してるの?」
「そりゃあね。俺、女子とはあんまり喋らないからさ」
「でも私とはよく喋ってまし……喋ってたよね?」
「そうなんだけどさ……なんていうか、いざ二人きりになったら緊張するよ」
「気にしなくて良い……よ。楽しくやっていきましょうね! ……やっていこうね」
「…………ぷっ」
「あ、ひどい。笑いましたね?」
「ぷははは! また敬語に戻ってるし」
「あっ……。もう、慣れないんで……慣れないの、仕方ないでしょ〜!」
お互いに笑い合う。なんだ、気まずく思っているのは俺だけなのかな。
「ごめん、まいちゃん、こんな俺で。せっかくこんな計画をしてるんだから、もっと楽しく出来るよう頑張るよ」
「ありがと。優しいね、お兄ちゃん」
お兄ちゃん、と言われる度にドキッとしてしまう。陽香に言われるのは別に何ともないのにな。
「じゃあお兄ちゃん。お昼何が食べたい?」
「そうだなぁ……焼きそばが良いかな」
「焼きそばかぁ。前にも作ったことあるし、大丈夫。ソースは薄め? 濃いめ?」
「薄めで」
「はーい。じゃあ早速作るね〜」
「ああ、待ってるよ」
楽しそうにキッチンに駆けていくまいちゃん。まいちゃんが焼きそばを作っている間、俺は芳明の部屋でくつろぐ。
「うーん、最近のヒットチャートのCDから名作映画のDVDまで、何だってあるな……」
さすが、大金持ち。欲しいものなんてすぐに買ってるから、芳明の誕生日には何をあげたら良いか、毎年困ってしまう。「お金じゃない、気持ちだよ」っていつも言ってくれるが、芳明が言うと説得力がない気がする……。そしてそれと同時に、いつも言っている「お金持ちの家には、だいたい何らかの不幸な境遇があるんだよ」という言葉が心に残る。
「お兄ちゃ〜ん。出来たよ〜」
下から、まいちゃんに呼ばれる。
「今行く」
「じゃ〜ん」
「すげー……いやなんていうか、すげー量……」
まいちゃんの作った焼きそば。美味しそうには美味しそうなのだが、量が多かった。四人前くらいはあるだろうか。
「ははは、張り切りすぎちゃった……。でも味の方は大丈夫だと思うよ」
「楽しみだなぁ。じゃあいただきます」
「はいどうぞ〜」
焼きそばを皿に盛る。さて、お味の方は……。
「うん、美味い!」
「ホント!?」
「ああ、すごく美味しいよ! ソースの濃さがちょうど良いし、味もしつこくないし。これならいくらでも食べられそう」
「うわぁ〜、嬉しい。お兄ちゃん、褒めてくれてありがと!」
笑顔を見せるまいちゃん。笑った顔は本当に可愛くて……まいちゃんには笑顔がよく似合う。まいちゃんが妹だったら、一生守ってあげてもいいな。
「ほら、冷めない内に食べよ。お兄ちゃんが食べる私の初手料理なんだから」
「そうだな。美味しく頂くよ」
SIDE:陽香
「じゃ〜ん!」
「おお〜、すげー!!」
「陽香特製ソースのスパゲッティでーす」
お昼の時間。食事担当の私が作ったスパゲッティを机に並べる。
「良い香り。早速いただきます!」
「はいどうぞ〜」
お兄ちゃんがスパゲッティを口へと運ぶ。それを見守る私。口に合わないってことはないと思うけど……。
「んまーーーーい!! このソースどうやって作ったの? すごい味を引き立ててるよ。良いなぁ、拓也はいつでも陽香ちゃんの手料理を食べられるんだろ? いいないいなー……」
やっぱり、心を込めて作った料理だから、美味しいと言われるとすごく嬉しい。さすがお兄ちゃん。ウチのお兄ちゃんとは大違い。
「良かった、お口に合って。嬉しいよー。おかわりはたくさんあるからどんどん食べてね、お兄ちゃん」
「『お兄ちゃん』、かぁ……。陽香ちゃんに言われるとなんか嬉しさがあるなぁ。やっぱりこの計画を始めて良かったって思ったよ。こんな美味い料理も食べられるしね」
「うん、こんなチャンスもう二度とないし……仲良くしようね、『お兄ちゃん』」
「うわあ! くすぐったい〜!!!」
SIDE:拓也
「さて、お腹もいっぱいになったことだし……」
そう言って突然食卓の席を立つまいちゃん。
「お勉強しよー!」
「勉強? こんな真昼間から?」
「めんどくさいことは早めに終わらせたいじゃない?」
「はぁ〜……難しいからやる気が起きないなぁ……」
「じゃあ私の見てよ。お兄ちゃんいっこ上なんだから、教えてね」
「教えられるかなぁ……」
まいちゃんは古典のテキストブックを持ってくる。古典、俺の苦手分野だ。
「古典なんだけど……。古文って全然わかんないよ。日本語じゃないよ、こんなの」
「ははは……」
苦笑いをする。正直俺もちっともわからないが、お兄ちゃんとして、それは恥ずかしい。
「早速、これ……。ここの文章の訳はどうなるの?」
「え……ええと……つか……まつりける……?」
「そうそう。訳はどうなるの?」
「ん〜…………柄をまつって蹴る?」
「お兄ちゃん……?」
「いや、あのなんていうか……数学なら……」
「お兄ちゃんも古典ダメなの? あはは、お仲間だね」
恥ずかしいところを見せてしまった……。
「じゃあ数学お願い。これ、このグラフの書き方なんだけど……」
「え……ええ、と……」
……わからない。
「お兄ちゃん?」
「勉強より大事なものだってあるさ」
「あはは! もう、お兄ちゃんったら……」
ああ、今日ほど勉強をしておけば良かったと後悔した日はない。せっかくの「お兄ちゃん交換計画」なのに、何も役に立てなかったらまいちゃんに申し訳ない。
「じゃあお兄ちゃん、買い物にでも行こっか?」
「……ああ、そうしよう」
SIDE:陽香
「ごちそうさま〜」
「お粗末さまでした。……さて、お腹もいっぱいになったことだし……」
「なになに? どうすんの、陽香ちゃん?」
「宿題ターイム!!」
「えー!? こんな真昼間から!?」
「だってぇ、お盆まで遊びすぎて宿題たまってるんだもん。ねぇ、手伝って……お兄ちゃぁん?」
「……ちっ、お兄ちゃん、なんて言われたら手伝うしかねぇな」
「お兄ちゃん大好き!」
「うわああああ!!!」
お兄ちゃんが嬉しそうにもだえている間、英語の問題集を持ってくる。私は英語が苦手だから、これを機会にお兄ちゃんに教えてもらえば良い。
「お兄ちゃん、この長文なんだけど……」
「どれどれ……? ふむ、基本的に単語がわかれば訳せるよね。で、ここの長い文は、thatで切れる関係代名詞だから。それがわかれば訳もそんなに難しくないよ。他にはlook afterとbe afraid ofっていう熟語を確認しとけばオッケ」
「……すご〜い! スラスラ訳せたよ。私、英語苦手なのに……」
「英語はコツをつかめばなんとかいけるよ。俺も出来るようになったのは高一の秋頃だしね」
「うわぁ、なんかお兄ちゃんカッコイイよぉ」
「ハッハッハ。もっとほめたまえ」
宿題を一通り終わらせる。お兄ちゃんのお陰で、大分はかどった。
「うーん、すごく進んだ〜。じゃあお兄ちゃん。そろそろ夕食の買出しにでも行こうよ!」
「ああ、良いとも」
SIDE:拓也
「今日の夕食の分と、明日の分の材料も買っておかなきゃな。明日は俺が当番だし」
「そうね。じゃあメニューを考えながら食材をカゴに入れてね」
まいちゃんと二人、スーパーの食品売り場を歩く。なんかこうしていると新婚さんみたいだ。
「今日の晩は、お魚にしようかな。あとひじきと……」
まいちゃんが食材を手に取っていると……。
「あ、はるちゃん!!」
「まいちゃん!?」
「やあ君達。仲良くやっているようだね」
――芳明・陽香ペアに出くわした!
「芳明……陽香……。おいおい、今朝顔を合わせたばっかりなのに……。さすが家が近いだけあって、外に出ると会ってしまうよな」
「そうだなぁ。……ん? まいが食材を選んでいるな。まいが食事当番なのか? おい拓也、味は大丈夫なのか〜?」
「もう、お兄ちゃんったら余計なことばっかり」
「ああ、美味かったよ。見たところまいちゃんは料理上手だから。それより陽香はどうだ? しょっぱいサラダでも作ってるのか?」
「ふ〜んだ!」
拗ねる陽香。それにしても、さすがに仲良くやっているな、あの二人。
「それじゃ、そろそろ行こうか陽香ちゃん。じゃあ元気にやれよ〜」
「『元』お兄ちゃん、まいちゃん、バイバーイ」
「ああ、じゃあな」
「またね〜」
芳明・陽香ペアと別れる。俺とまいちゃんが振り向きざまに見た芳明と陽香は、なんと手をつないでいた。
「あ……手、つないでる……。俺たちに対する見せしめかな」
「……お兄ちゃん、私たちも手、つなご!」
「……マジ!?」
そう言って俺の手を取るまいちゃん。
「お兄ちゃんの手、大きくてあったかい……」
「あ……ああ……」
女の子と手をつなぐなんて、初めてだ。胸がすごくドキドキしている。妹と手をつないで興奮するなんて、犯罪級だ……。陽香と手をつなぐのは、想像するだけでも吐き気がするのに。
「……カップルみたい? 違う違う。今は兄妹だよ〜」
「わ、わかってます……」
SIDE:陽香
「ふふふ、あっちの兄妹さんは俺達が手をつないでいるところを見て、焦ったかな?」
「そうかもねー。拓也お兄ちゃん、ああ見えて奥手だし」
「ああ、確かに……。ところで陽香ちゃん、気になる晩飯はなにかな?」
「さっき買ってきた豚肉で、ポークソテーを作るよー! 後味がさっぱりで美味しいよ」
「おお、楽しみ。料理が得意な妹ってもうサイコー!!」
「料理が得意」な妹、か……。私は、「勉強が出来る」お兄ちゃんは素敵だって思った。この「お兄ちゃん交換計画」では、兄妹で足りないものを補えてる。芳明先輩は、私にとって理想のお兄ちゃんなのかも。
SIDE:拓也
「ごちそうさま」
「お粗末さまでした」
夕食、まいちゃんの作ったご飯を頂いた。
「美味しかった?」
「もちろん! ひじきとか魚とか美味しかったよ。明日は俺かぁ……頑張らないと」
「期待してるからね!」
「あいあい」
「それじゃお兄ちゃん、お風呂入る?」
「ああ、そうだな……」
風呂か……。そういえば俺んちは風呂に入ってから飯を食べていたが、ここ岡田家では風呂が後なんだな。さて、風呂はどちらが先に入るか……。ここはもちろん遠慮して後風呂だよな。ああもちろんさ! まいちゃんが使った後の湯船!! いやいや、違う! そんなことは考えてないぞ? あくまでお兄ちゃんの立場から、妹に一番風呂を譲ってあげるだけだ! ……なんて、鼻息を荒げていたら、
「ふふ、お兄ちゃん? シャワーだよ?」
と、まいちゃんに言われた。うーむ、どうしても劣情を抱いてしまう。陽香には一切感じたことのない感情。ふと気がついたが、クラスの女子と話す時は緊張して上手く話せないが、こうして妹という立場だから、女の子と気楽に話せている。そりゃあ、まいちゃんとは知り合いだからという理由が大きいけど。まいちゃんが妹だったら、どんなに嬉しいだろうか。
「は、はは……。まいちゃん、先に入っていいよ」
「ありがと、お兄ちゃん」
SIDE:陽香
「ごちそうさまです!」
「お粗末さまです〜!」
「美味かったよ。いや、ホント毎回美味い美味いしか言えなくてごめんけど、とても美味かった。陽香ちゃん、俺の妻になっても良いんだよ?」
「あはは! ありがと〜」
……こんな風に私の料理を喜んでもらえるのって、思えば久しぶりかも。お母さんも最近は何も言わなくなったし、ウチのお兄ちゃんからは「美味しかった」の一言も聞いたことがない気がする。それに比べて、芳明お兄ちゃんは違う。安易に「美味しい」と言っているんじゃないことがわかる。心の底からの感想だから、とても嬉しい。
「そういえばさ、陽香ちゃんって可愛いのに彼氏いないの?」
「……可愛い? ホントに?」
「ああ、客観的に見ても十分可愛いから」
「やったぁ、嬉しい! ……告白は何回かされたんだけどね、付き合うのはなんかちょっと……」
「そうなんだ。でも陽香ちゃんは十分可愛いから、自信持って良いよ。実は陽香ちゃんのクラスの男子に、クラスで誰が可愛いかってアンケート取ったら、半分以上が陽香ちゃんって答えてくれたよ」
「っ……! お兄ちゃんそんなことやったの!?」
「はは、まあね。拓也とさあ、陽香ちゃんとまい、どっちが可愛いかってことになって。で、アンケート取ってみた」
「うそー……。そういえば夏休みに入る前、クラスの男子がこそこそしてる日があったけど、そんなことやってたなんて……。それにしてもどうして私なの? まいちゃんじゃなくて?」
「ああ、18票のうち、10票が陽香ちゃんで8票がまいだった」
「う……そー……」
「だから自信持って良いよ。陽香ちゃんは可愛いって」
「……はぁ〜……なんか、嬉しさもあるし脱力感もあるし……」
私が、クラスの男子から可愛いって思われてる。なんか、夏休み明けてからクラスの男子と顔合わせづらいよぉ……。「可愛い」って言われるのは、女の子にとってこれ以上ない嬉しいことだけど。
「だから、お風呂一緒に入ろうぜ!」
「うん…………いやダメダメ!!」
「ちぇっ、どさくさにまぎれて言ったんだけどな」
「もう……えっちなお兄ちゃんは嫌いです!」
「そんなぁ〜……男なんて皆こんなもんだよ」
「ふふ、わかってるよ〜だ。じゃあお風呂、シャワーで良い?」
「いや、湯船で!」
「……だったら私、後風呂にするよ?」
「じゃあシャワーで」
「変態おにーちゃん」
SIDE:拓也
「良いお湯だった」
「あ、お兄ちゃん。出たのね。どう? お風呂あがりの牛乳」
「お、良いね。銭湯みたい」
まいちゃんから牛乳をもらう。うん、美味しい。だってこの牛乳、一本400円もするから。いやあ、それにしても風呂あがりの牛乳は本当に美味しいんだな。少し眠気も出てくる……時計を見ると午後9時。いつもだとマンガを読むかパソコンをつけるかだな。でも今日は遊び相手がいるから、眠気なんて言ってられない。
「お兄ちゃん、トランプでもする? 今日は見たいテレビもないし」
「そうだね。じゃあやろっか」
まいちゃんの提案でトランプをすることになった。暇つぶし程度には十分かな。
「ラスト一戦!!」
「お兄ちゃん、それ四回目だよ〜」
「次、次でラストだから!」
……こういう場合のラストはなかなか来ない。実はトランプでババ抜きをしていたのだが、まいちゃんが妙に強いので連戦連敗していたのだ。強運とポーカーフェイスがまいちゃんの武器。いや、俺が顔に出すぎなだけかもしれない。それでも1時間ババ抜きをして、勝ち星が一度もなしでは終われない。俺にだって男のプライドってもんがある。
俺のターン、持っているカードは俺が一枚、まいちゃんが二枚。これでラストにしてみせる。
「左かな……いや、右」
何度も戦った末に見つけたのだが、まいちゃんはジョーカーでないカードを選ぼうとしたとき、フェイントで少し微笑むのだ。だから俺はカードを選びながらまいちゃんの顔色を窺う。右のカードに手を持っていったとき、ほんのわずかだが微笑むまいちゃん。よし、これだ!!
「右!!」
そう言ってカードを選ぶ。選んだカードは……。
「ざ〜んねんでした。そろそろ私のフェイントに気づくかなって思って、今度はわざとババの時に微笑んだんだよ」
……負けたよ、まいちゃん。ある意味ポーカーフェイスよりも強い。
「……だがまだある!! これを取られなければ俺の勝ちだ!」
燃えると単純になるのが俺の悪い癖。まいちゃんがジョーカーでないカードを取ろうとすると、どうも顔がひきつってしまう。
「これにしよ! やった、ハートの3! また勝っちゃった」
「ちくしょう! 次で本当に本当に最後!!」
「……お兄ちゃん? ババ抜きは私の勝ちにして、大富豪でもしようよ」
「うわー! 勝ち抜けだ! まいちゃ〜ん……」
「ふふ、大富豪なら勝てるかもよ?」
その後、熱中して深夜0時まで大富豪をやった。……結果、2勝13敗だった。
「じゃあそろそろ終わりにしようか、お兄ちゃん」
「ああ……」
圧倒的な大敗をして少しブルーの俺。トランプではまいちゃんに敵わないな。……勉強も敵わなかったけど。
「楽しかった〜。夜は、テレビを見たり音楽を聴いたり、一人で何かをするから。こうしてお兄ちゃんと二人で遊ぶのって、本当に楽しかった」
「ああ、俺も。人と遊ぶなんて、学校でしか出来ないからな。だからこうして、家でも妹と遊べたら嬉しいよな」
「陽香ちゃんとそういう関係だったら、良いカナ??」
「まあ……………………無理だな」
「ふふふ、別に良いんだよ。さ、そろそろ寝ましょう! 朝も言った通り、芳明お兄ちゃんのお部屋を使ってね。それじゃあ先に上がるから。おやすみ、お兄ちゃん、明日もよろしくね」
「ああ、おやすみ、まいちゃん」
そう言って二階へ上がるまいちゃん。俺も芳明の部屋に入り、ベッドに寝転がる。
SIDE:陽香
「はい、良いお湯でした」
「おお……うわぁ! 陽香ちゃんの寝巻き姿、とてもイイ……!!」
「……アリガト」
「さーて、何しますかね。トランプでもする?」
「得にすることもないし、良いよ。とりあえずババ抜きでもしよっか?」
「いいねえ。ウチの妹は強すぎて相手にならないからね」
「そうそう! まいちゃんトランプ強いよね〜」
「妹がお兄ちゃんに勝つなんて言語道断だ!!」
「いいじゃな〜い、私だってお兄ちゃんより料理出来るわけだし」
「そうだね、兄だからって、全てが妹より優れているなんてことはないさ。でも、兄妹で足りないものを補えたら良い……それも甘美な理想だろうな」
「えっ……」
ドキッ……。なんだか心を読まれている気がして、びっくりした。
「そ、そうかな……」
「夜は哲学をしてしまうからね……はい気分を換えて! トランプしようトランプ!」
「うん!」
それから夜11時くらいまで、お兄ちゃんとトランプで盛り上がった。最後に拓也お兄ちゃんとこんな風にして遊んだのは、いつだったかな。もう何年も遊んでない気がする。お互いにそんな歳じゃないっていうのもあるけど。
「楽しかった。久しぶりに燃えたね〜」
「おー、またしようぜ〜」
なんだか修学旅行の夜みたいで、楽しかった。「お兄ちゃん交換計画」っていうのはわかっているんだけど、「お兄ちゃん」じゃなくて「楽しい友達」のような感覚。
「どうだ? そろそろ拓也が恋しくなってきただろう?」
「ぜ〜〜〜〜〜〜〜んぜん!! もう一生このままでもいいです」
「はい……俺で良ければ……陽香、結婚しよう」
「なんでドラマみたいになってんの!?」
「さあそろそろ寝よう! やれ寝よう! 新婚さんは、一緒に寝るんだ!」
「……お兄ちゃん?」
「大丈夫! 一緒の布団で寝るだけ!!」
「お・に・い・ちゃ・ん・?」
「そんなぁ……俺ってそんなに信用ないのね……」
「だって、この計画中のお兄ちゃん、妙にやらしーんだもん」
「うっ……。『計画』、なんて言うなよ。俺たちは兄妹だ。な、陽香ちゃん?」
「はいはい、でも兄妹でやらしーことなんて絶対しないよね、普通」
「ぐっ……。陽香ちゃんが可愛いから!!」
「はいはい、じゃあまた明日ね。おやすみ、お兄ちゃん」
SIDE:拓也
うー……。眠れない。興奮して眠れない。この隣の部屋で、まいちゃんが寝ているんだ。まいちゃんが……あの、可愛いまいちゃんが……! いかん、また興奮してしまう。こんな状態が2時間も……。早く寝たいよ! うー、ま、まいちゃん、助けて! 部屋に入らせて? いやいや。うがー、くそぅ!!
部屋のドアを開けて、トイレに行く俺。ふー。出すものを出したら少し落ち着いた。帰り際に、ふとまいちゃんの部屋を見る。気づいたら俺の手がドアノブをつかもうとしていた。いや違うんだ! これは俺の意思であって俺の意思でない!! くぅう! ……まいちゃんの部屋の前でそわそわすること3分。自分を抑えるのに夢中で気づかなかったが、よく見るとまいちゃんの部屋の隙間からかすかに光が漏れていた。まだ起きているのだろうか。どうして? まさか、俺を待っている……? 今、深夜の2時だぞ……。どうしてこんな時間まで?
自分の部屋に戻り、壁越しに耳を澄ましてみる。まいちゃんの部屋からは、ペラッ、と本のページをめくる音と、カリカリ、とシャーペンの音が聞こえた。
「……まいちゃん、勉強してるんだ……」
こんな時間まで。今日は、結局勉強出来なかったから。昼は俺が教えられないばっかりに、夜はトランプに熱中したし。世間はお盆だ。そして俺たちは「お兄ちゃん交換計画」なるものをしている。それなのに、まいちゃんはこんな遅くまで勉強をしていて……。
男の性とはいえ、勝手にまいちゃんに劣情を抱いて苦しんでいた俺が、惨めに思えた。ごめん、まいちゃん。おやすみ。
☆2日目
SIDE:陽香
「陽香ちゃ〜ん、朝だぞー」
コンコン、とノックの音とともに、誰かの声がする。
「おーい、陽香ちゃん?」
なに〜? 今はお盆、お休みの日だよ。もう少し寝かせてよ……。
「陽香ちゃ〜ん! 朝飯作ってくれよ」
朝ご飯……? もう、お母さんがいるじゃない……。眠たい目をこすりながらドアを開ける。
「おはよ……どうしたの、こんな朝っぱらから……ぐー……」
「おい、寝るな!! 陽香ちゃん……朝弱いの?」
「うん……ぐー……ぐー……」
「俺にもたれかかるなって! 嬉しいけど。……いや、やっぱずっとこのままでいいよ」
「ごめーん……ぐー……」
「いや〜、陽香ちゃんの体、あったかい……」
「うーん…………え!? 芳明せんぱ……!? えっ!? ご、ごめんなさい!」
「おはよう、陽香ちゃん。目が覚めたかい?」
「あ……はい……あ、うん……。そっか、ごめん……」
そうだ、今は「お兄ちゃん交換計画」の最中だったんだ。すっかり忘れてた。
「容姿端麗、勉強も料理も出来る陽香ちゃんにも弱点があったね」
「うっ……低血圧なの……。お恥ずかしいところを……」
「バッチリ見させてもらったよ」
「いやぁぁ……」
「じゃあ早速朝飯作ってよ」
「う、うん」
SIDE:拓也
「お兄ちゃん、朝だよ〜」
「う、ん……ああ、朝か……おはよ、まいちゃん」
「おはよ、お兄ちゃん」
朝から、まいちゃんの顔を見て、そして「お兄ちゃん」と言われて、ドキッとしてしまう。
「ほら、今日からはお兄ちゃんが食事当番だよ? 美味しいご飯作ってね」
「そうだった……」
そうか、今日1日俺が食事当番だった。今は……朝の6時。ご飯はあるな。味噌汁をすぐに作ろう。
「じゃあ少し待っててくれ、顔洗ってくるから」
「うん、楽しみにしてるね」
洗面所で顔を洗い、台所に立つ。
「まいちゃんにはああ言ったが、小さいときから陽香に手伝わされていたから、実は料理には結構自信があるんだよなー」
そんな独り言を呟きながら味噌汁作りに取り掛かる。
「マイセルフ味見! ……う〜ん、我ながら美味い。一人暮らしをしても大丈夫」
今まで作ってきた中でも、上位に部類される味噌汁が出来た。いやー、やっぱり男で料理が出来るっていうのは良いですね!
「まいちゃーん、出来たよー」
「は〜い」
味噌汁とご飯を皿に盛り、テーブルに並べる。
「うわぁ、とっても美味しそう。いただきます、お兄ちゃん」
「ゆっくり召し上がっておくれ」
早速味噌汁に口付けをするまいちゃん。まいちゃんの箸の持ち方、味噌汁の吸い方、一つ一つが上品な仕草だったことに俺は驚いた。陽香の食事しているところなんか目にもつかないのにな。陽香もこんなに上品な食べ方をしていたかな……。
「……美味しい! うん、とっても美味しいよ! やっぱり、はるちゃんのお兄ちゃんだから?」
「ははは、まあそんなとこかな。小さい時から色々手伝わされてたからね」
「良いなぁ……。料理が出来る男の人ってカッコイイよね」
「やっぱりそう思う!? 今の時代の男はやっぱりね、料理なんだよ」
俺の作った朝飯に満足気なまいちゃん。それからしばらく、まいちゃんと「男が料理出来ることは重要」ということについて熱く語り合った。終始笑顔で俺の他愛のない話を聞いてくれるまいちゃんは、とても眩しかった。
SIDE:陽香
「ごちそうさま〜」
「おそまつさま〜」
「いやー、相変わらず陽香ちゃんの作る飯は美味いね! ……さ、腹もいっぱいになったことだし……」
「朝勉強ね?」
「い、いや……勉強は……」
「しないの??」
「いや〜、なんつーか……」
「お兄ちゃん? もしかして宿題やらないつもり?」
「…………もう、終わってるからさ」
「え!?」
え、と……。夏休みはあと2週間くらいある。そっか、もう終わってるんだぁ。
「すご〜い! なんだ、宿題ためてる私がバカみたい」
「ははは、しょうがないよ。……じゃあ手伝ってあげるからさ、早めに終わらそうぜ。せっかく陽香ちゃんのお兄ちゃんになったんだから、もっと他の事をして遊びたかったけど」
「……ご、ごめんなさい……」
すご〜い。ウチのお兄ちゃんは、宿題1ページでもやってたかな……。やってなかったような……。あぁ、勉強出来るお兄ちゃんってすごくカッコイイ。それに部活も頑張ってるし。
「どした? 俺の顔にご飯粒でもついてるか?」
「ううん、お兄ちゃん、カッコイイな〜って思って」
「だろう? 将来の夢はタレントだからな!」
……自信過剰なところは、ちょっとカッコ悪いかも。
SIDE:拓也
「ごちそうさまでした」
「いやいや、喜んでもらえて何より」
朝食を食べ終える。食器をキッチンに運んで、皿洗い。
「あ、ウチは食器洗い乾燥機だから、入れておいてね」
ふえ〜、食器洗い乾燥機。そういえばテレビもプラズマテレビだし。本当に岡田家の財力は桁外れだな。
「さ〜て……何する? どこか行くにしても、10時までは行くところないかもね」
「うん……勉強しよ? 残りの時間、たっぷり遊びたいし」
「うわあ……うわあ! 勉強か……くそぅ、勉強か……」
勉強。嫌だ、逃げ出したい。でも、昨日の夜のまいちゃんの頑張っている姿を思い出すと、怠けてばかりじゃいけないな、と思ってしまう。
「よっしゃ、じゃあとっとと終わらせるぞ!」
「うん! 頑張ろー!」
『お兄ちゃん、テスト返ってきた?』
『なんだよ陽香。良い点だったのか?』
『へへ〜。全教科で平均82点だったよ』
『む……俺は43点……。だがな……世の中は、何も勉強が全てじゃないさ!』
『それ、進学校の生徒が言う言葉ですか?』
――ふと、陽香との会話を思い出す。なぜなら、勉強がちっとも進まないから。
「まだ1時間しか経っていない。本気で勉強をすることがこんなに辛いなんて……」
「大丈夫? お兄ちゃん……。でも、はるちゃんはとても頑張ってるよね。すごい……」
「ああ、我が妹ながら、すごいと思う」
俺の方が一個上なのに。情けなさが込み上げてくる。確かに、生まれ持っての才能なんかも関係するんだろうけど……。それでも陽香は、何事にも一生懸命に努力をする。勉強をする辛さがわかった。本気で妹を尊敬したのなんて、今日が初めてかも……。
「お兄ちゃん、頑張れ〜!!」
「ああ……ありがと」
まいちゃんの応援に励まされて……俺はもう少し頑張ってみることにした。
SIDE:陽香
「もう終わった……」
「ふふん、俺が本気を出せばこんなもんよ」
夏休みの宿題、半分くらい残っていたのが、全部終わった。苦手な英語だって、お兄ちゃんが教えてくれたおかげでいつもの三倍のスピードで出来たし。
「ありがと、本当に助かりましたぁ! ……ウチのお兄ちゃんは、教えてくれないからさ」
「ああ、拓也は毎回追試ギリギリだからね……。まあ、世の中勉強が全てじゃないよ」
「もう〜、お兄ちゃん、ウチのお兄ちゃんと同じこと言ってる〜」
「まあね…………でもそれは本当さ。じゃあエリートを例に考えてみよう。来る日も来る日も勉強勉強で、エリートになった人達。そんな人達は、勉強ばかりで友達との関わりもあまりなかったから、人付き合いが下手な人が多い。ほら、エリートの医者なんかは診察の時とかも冷たい人が多いだろ?」
「…………そう言われれば、確かに」
「確かにエリートは、給料が良い。それは青春を勉強で潰してまで、なる価値があると思うよ。でも、やっぱり一度しかない青春だから、例えば彼女を作ったり、友達と馬鹿騒ぎしたり、今しか出来ないことをするのも良い」
「……………………」
「……なんだかんだ言って、勉強から逃げてるだけなんじゃないのって思う?」
「ううん……あんまり思わない。言われてみれば、楽しむべき高校時代に、勉強ばかりで友達と遊ぶ暇もないのは寂しいなって思ったよ」
「そうだろ? 俺も勉強はかなりやってるけど、勉強だけじゃなく、もっと視野を広げて、自分に合った楽しい生き方を探す。そんな考え方、すごいと思うんだよな〜」
「そう、だね〜…………え? そんな考え方って……?」
「ああ、この意見、実は知人から聞いたものでさぁ。マジな顔でそんな話をされた時は本当にびっくりしたよ。教室ではしゃぐ意外は勉強と部活ばっかりだった俺が、少し小さく思えてさ」
「へぇ〜……すごーい、そんな壮大でカッコイイことを考えてる人がいるんだね〜。……私の知ってる人?」
「もちろん。黒崎拓也っつーんだけど」
「……………………え!?」
「……びっくりした?」
「え……え!? ホントに……!?」
あの、能天気なお兄ちゃんがそんなことを考えていたなんて。うそ、信じられない……。
「ああ、アイツ、本気でやれば勉強もかなり出来ただろうに、そういう考えを持ってるからさ。結局勉強しなくなって、今じゃあ追試ギリギリになっちゃったってわけ」
「そう……なんだぁ…………」
世の中は、何も勉強が全てじゃない。いつか、お兄ちゃんが言った言葉。マンガを読んだりパソコンをしたりぶらぶら友達の家に遊びに行ったりで、勉強しないことの言い訳だと思ってた……。そっか、お兄ちゃんはお兄ちゃんなりに生き方を探してるんだ……。
「陽香ちゃんは、将来何になりたいんだ?」
「私は…………一応、医療系に……」
給料が良いから。将来が安泰だから。そのために勉強を頑張ってきた。
「そっか。陽香ちゃんがなりたいんなら、それで良いんじゃねーの?」
…………違う。よく考えたら、なりたい職業じゃなかったんだ……。少しでも良い点を取って、少しでも良い大学に行って、少しでも良い職業に就く。そんなことを考えていた気がする。なんだ、私は「勉強が全て」って思っていたみたい。
「ううん、訂正。私の将来の夢は、調理師で〜す!」
「そっか。そう、その方が陽香ちゃんに似合ってるよ」
今、私の一番やりたいこと、一番やっていて楽しいことは、料理だから。「将来のため」じゃなくて、「自分のため」に職業を決めたら良いんだ。
「ありがとう、お兄ちゃん」
「感謝する相手が、違うだろ?」
そう、わかってる。
「ありがとう、拓也お兄ちゃん」
「よろしい」
SIDE:拓也
「ミトコンドリア!!」
「……ど、どうしたの? 急に……」
「……ごめん、勉強のしすぎで発狂してしまった……」
ちら、と時計を見ると、勉強開始から3時間経っていた。
「おいおい……3時間も宿題やってたのかよぉー……」
「うん、頑張ったよねー……。あれ? お兄ちゃん、宿題一つもやってなかったのに、3分の1くらいは終わってるね」
「はは。まあ、俺のベストフレンドは解答だからね」
「…………写したんだ?」
「いや、なんていうか……そうなんだけど」
「ふふ、いいじゃない、ゆっくり頑張れば。でも、お兄ちゃんとはるちゃんって、本当に対照的だよね」
……そうなんだよな。俺と陽香は、何から何まで正反対だ。人付き合いの上手い陽香と、下手な俺。モテる陽香と、モテない俺。努力家の陽香と、ちっとも努力をしない俺。
「対照的だからこそ、よくケンカもするんだよな」
「いいじゃない。兄妹なんだから、ケンカなんて絶対するよ〜。お兄ちゃんはお兄ちゃん、はるちゃんははるちゃんでいいの」
「俺の妹はまいちゃんでいいの」
「もう、お兄ちゃんったら。甘えんぼさん」
「というわけでまいちゃん。宿題も順調だしどっか遊びに行こうぜ」
「そうだね。兄妹仲良く遊ぼっか」
SIDE:陽香
「……ホントにいいの? こんなとこで遊ばせてもらって」
「何度も言ってるだろ? 親父の知り合いがここを経営してるから、いつでもフリーパスを作ってもらえるの」
お兄ちゃんに連れられて、バスで20分くらいの場所にある遊園地に来ていた。
「嬉しい〜。一度行ってみたかったんだ、ここ」
「ああ、気が済むまで遊ぶといいよ」
……うーん、お金持ちのお兄ちゃんって、素敵すぎるかも。
「はぁ〜、大満足です」
「良かった良かった。良い思い出になったかな?」
「もちろん! お兄ちゃん、本当にありがとね!」
ジェットコースターにコーヒーカップ、観覧車といった定番アトラクションを、お兄ちゃんを連れ回してたくさん乗った。
「私、こんな風に遊んでくれるお兄ちゃんが欲しかったのかなぁ」
「……いいや、違うと思うよ。お兄ちゃんってのは、ケンカしたり、仲直りしたり、テレビのチャンネル争いしたり、たまに相談にのってくれたり。ムカつくんだけど、やっぱり憎めない……っていうのが理想の形なんじゃないかな」
「そっか……。楽しく遊びたいんだったら、友達、あるいは彼氏と遊べば良いもんね」
「その通り。誰もお兄ちゃんと遊べ、なんて言わないしね。無理して仲良くしろ、なんていうのも言わない。ただ一つ言えるのは、陽香ちゃんにとってお兄ちゃんは拓也だけってこと」
「……なんだか悟りを開いているみたい」
「はっはっは。もうだいぶ悟っただろ?」
SIDE:拓也
まいちゃんと近くの森林公園へ行く。ここには遊ぶための施設が多数あって、休日は人の出入りも多い。まいちゃんと軽いサイクリングをしたり、芝生で寝転がったり、博物館に入ったり、庭園を歩いたりして、楽しい時間を過ごす。
「広くて、お花とかも綺麗で、楽しかったね!」
「ああ、本当に楽しかったよ」
まいちゃんと一緒に遊んだ。軽いデート気分、新鮮で楽しかった。
「お兄ちゃん、なんだかデートみたいだねぇ?」
「俺と付き合うかい?」
「ううん、私は妹だも〜ん」
「それも残り少ない時間……。それじゃ、そろそろ帰ろっか?」
「うん!」
SIDE:陽香
「お兄ちゃん、明日の朝も迷惑かけると思いますが……」
「ははは、良いよ。なんなら朝は寝てても良いよ?」
「ううん、明日が最終日だし……。最終日かぁ、もうお兄ちゃんともお別れだね」
「ああ、寂しいな……。もうこのままお兄ちゃんを取り替えたままにするか?」
「大賛成〜! ……ってうそうそ。この、『お兄ちゃん交換計画』の本当の目的も、何となくわかった気がするし」
「さすが陽香ちゃん、察しが良いな。……だから仕上げに、してほしいことがあるんだけど、良いかな?」
「私に出来ることだったら、何でも」
「明日の夜、料理を作って欲しいんだ」
「この2日間、いつも作ってたよ?」
「……そうだった。ま、そんな感じでよろしく」
「は〜い。それじゃあ、おやすみ」
「ありがとな、陽香ちゃん。おやすみ」
SIDE:拓也
「それじゃあ、そろそろ寝ようか、お兄ちゃん」
宿題をしながら雑談で盛り上がっていたら、気づいた時にはまた深夜0時だった。
「ああ、おやすみ……いや、待って。まいちゃん、これから部屋で勉強するんだろ?」
「え……どうして知ってるの?」
「いや、実は昨日トイレに起きてみたら、まいちゃんの部屋から光が漏れててさ……。ごめん、盗み聞きするつもりじゃなかったんだけど、シャーペンの音を聞いて」
「そっか……でも大丈夫、無理はしてないよ」
「そう? それなら良いけど……。頑張りすぎはダメだよ?」
「ふふ、ありがと」
今日は寝付けないことはなかったが、まいちゃんはいつまで勉強するのだろうと思い、起きて聞き耳を立てていた。……朝の3時に、ようやくシャーペンの音が鳴り止んだ。
「まいちゃん、こんな時間まで本当にすごいよ……。芳明だってテストの点は良いし、陽香だって頑張ってる……。俺も……俺も、頑張らないといけないよな」
「勉強が全てではない」。それも確かな答えだが、俺は勉強を意識的に視野に入れていなかった気がする。そう、自分の生き方を探すことに、勉強だって不可欠なんだよな。
生まれて一度も勉強に情熱が湧いたことなんてなかったが、俺は初めて「勉強も頑張ろう」と思った。
☆3日目
SIDE:陽香
「おはよ〜…………」
「おはよう。早起きだね」
「目覚ましのスヌーズ五回でなんとか……」
「ははは! 無理しなくても良かったのに」
「いいの。今日は張り切っちゃうんだから」
「ああ、豪華なディナーを作ってほしいんだけど」
「良いよ。四人分?」
「その通り。それとケーキも作ってもらえるかな。誕生日じゃないんだけど、一応今日は記念日だからさ」
「何の記念日?」
「それは内緒。とりあえず美味しい料理、頼むよ。やっぱりラストは陽香ちゃんの料理じゃないとね」
「うん、わかった。それじゃあもう作り始めるね」
SIDE:拓也
「おはよう」
「おはよう、お兄ちゃん」
朝7時。もう出来上がってテーブルに並べてあった朝食を食べる。
「お兄ちゃん、今日で最後です。今日は夕方、はるちゃんちに行くことになってるの。だから、それまではしっかり遊ぼ!」
「ああ、わかった」
「お兄ちゃん交換計画」も、今日で最後。長いようで短かった。俺の妹は、またまいちゃんから陽香に戻る。
「さぁお兄ちゃん、早く準備して!」
「え? どこ行くの?」
「お父さんの知り合いが経営している、遊園地。フリーパスを作ってもらえるの」
「そうなんだぁ……。スゲー」
まいちゃん、妹になってくれてありがとう。迷っていた自分を見つけられた気がするよ。
SIDE:陽香
生地を作りながらお兄ちゃんと会話をする。
「ああ〜美味しそう……。ケーキも作れるなんて」
「毎年、誕生日ケーキを作ってるんだー。ふふふ、私の料理人生で培ってきた全てを出し切るからね!」
「いや〜楽しみだなぁ。でも、陽香ちゃんの料理もこれで最後なんだなぁ。料理が美味しかった。たくさん喋って、たくさん遊んだ。陽香ちゃんといて、本当に楽しかった。陽香ちゃんはどうだった?」
「楽しかったよ? 本当に。16年間、拓也お兄ちゃんとずっと一緒に暮らしてきた。でも、生まれて初めて違うお兄ちゃんと一緒に暮らした」
「しかもそのお兄ちゃんは本当のお兄ちゃんよりもカッコイイし、勉強も出来て、将来の結婚相手にしたいほどだった」
「…………。そのお兄ちゃんはとてもナルシストで。でも、いつも憧れてた。ああ、芳明先輩がお兄ちゃんだったら良かったのにって。あるいは、お兄ちゃんなんていなければ良かったのにって、何度も思った。……でも、私はお兄ちゃんのことを全然見ていなかった。お兄ちゃんは何も考えていないようだけど、実はとても考えていて。どこかで抜けてるくせにちゃっかり優しくて。私にとって、なんでもないけど、お兄ちゃんはお兄ちゃんだけなんだって思った。ありがとう、芳明先輩」
「あ〜あ、もう呼び名が戻っちゃってる……。まだ計画は終わっていないんだけどな……。そうだな、じゃあ俺たちの話も少しだけしてあげよう。俺とまいは、実はすごく仲が良いんだ。たまには兄妹を変えよう、なんて言ったけど、俺たちはそんな必要がないくらい仲が良い」
「あ……確かにそうかも。まいちゃんから、芳明先輩に対する愚痴とか聞いたことないもん」
「ああ。こんなこと言うとシスコンだけどさ……俺とまいは、どこの兄妹よりも仲が良い自信があるぞ」
「ふふ、『お兄ちゃん交換計画』の首謀者がそんなこと言っちゃって〜」
「でもまぁ、この『お兄ちゃん交換計画』は成功だよ。陽香ちゃんもちゃんとわかってくれたしね。続きは今晩で」
「はい。楽しみに待ってるよ」
SIDE:拓也
「高いよ、お兄ちゃん! ここから落ちるなんて、ドキドキするね」
「よ、よくそんなに余裕で……いられるね……」
俺とまいちゃんは、あの高いところまで垂直に上り、そのまま下に急降下する乗り物に乗っていた。
「いつ落ちるんだろう。ワクワク」
頂点に達し、一時停止。いつ落ちるのか、その緊迫感が怖すぎる。
「わー落ちたー」
「うわああああああ! うわあああああああああああ!」
「こわ〜い!」
「ぶ、ぶつかるぅぅ! うわあああああああああああ!」
「すっご〜い! ドキドキした!」
「はー……はー……」
その後何度かゆっくり上下に揺れて、停止する。思ったよりも楽しかったようではしゃぎ気味のまいちゃんと、想像通りに怖くて落胆気味の俺。男なのに情けない……でも俺は絶叫マシーンは大の苦手なのだ。
「お兄ちゃん! ジェットコースターに乗ろう! 三回転三回転〜♪」
対するまいちゃんは大の絶叫好きで、普段よりはしゃいでいる。
「うへー……俺ちょっと休憩するわ……」
「こ〜ら! お兄ちゃんなんだから、しっかりついて来てよ〜!」
「うぅ……」
泣く泣くジェットコースターに並ぶ。順番が来て、安全ベルトを着用。乗り物がカタカタと動き出す。
「わー、この坂を登るときのスリルがたまらないよね」
「ま、まいちゃん……見た目からは想像も出来ない精神の強さ」
「えー、絶叫は楽しいよぉ〜。あ、登りきった! ぅわ〜〜〜い!!」
「ぎゃああああああ!!! ああああああああ!!!!」
「すごいすご〜い!!」
「降ろしてえええ!!!! ああああああああ!!!!」
絶叫も絶叫。ジェットコースター製作者からすれば、俺ぐらい絶叫してくれる客が嬉しいに違いない。
「楽しかった〜。あ、あっちの乗り物も楽しそう。右に揺れて左に揺れて、最終的に一回転する乗り物」
「ま、まいちゃん……ちょっと……」
「だ〜め! ほら並ぶよ!」
「なんか妙に気が強くない!?」
……その後もいくつか絶叫アトラクションに乗せられた後、昼飯を食べ、軽いアトラクションを乗り回す。最後はもちろん観覧車。
「さすが、高〜い。見て見て、もうてっぺんだよ!」
「ああ、たけ〜」
ここからだと、遊園地が一望出来る。さすがに広い。ほとんどのアトラクションをまいちゃんと乗り回した。絶叫巡りは地獄だったけど、本当に楽しかった。こんな風にして誰かと遊んだのも、久しぶりな気がする。最近は部活が忙しいらしく、芳明とだってほとんど遊ばない。楽しい一時を、まさか妹と過ごせるなんて。
「お兄ちゃん、楽しかった?」
「もちろんだよ。すごく良い思い出になった」
「それは良かったです。ね、こんな妹って大変でしょ?」
「ははは……」
「はるちゃんとは家に帰ってからからずっと、休みの日なんかはほぼ1日中顔を合わすんだよね。距離が近すぎるから、嫌なところばかり目立つんだよね。私のことはどうだった? 可愛い妹でいられたかな」
「うん、まいちゃんは本当に努力家で、トランプが強くて、ちょっぴりドジで、すごく優しくて。理想の妹だと思う」
「……それは、妹としての私が好きなの? それとも私自信に魅力を感じるの?」
「あ…………」
核心をつかれてしまった。
「妹と二人きりでこんな風に遊ぶことって、ないよね。妹って、楽しくないといけない存在なのかな」
「いや…………」
「うん、わかってくれたよね?」
なるほど……。芳明とまいちゃんは俺たちのために、この計画を実行したのか。
「ああ……兄妹の位置。それを……伝えたかったんだろ?」
「大正解! ごめんね、無茶な計画に付き合わせてしまって」
「何言ってるんだよ。無駄な心配させて悪かった。まいちゃん、ありがとう」
SIDE:陽香
「できた〜!」
「お疲れ〜。うわ〜、今までで一番美味しそうだ」
「うん、ホントに自信作。後は、お兄ちゃんとまいちゃんが来るだけだね」
「ああ、もうすぐ来ると思う……」
すぐに、インターホンの音が鳴る。
「あ、うわさをすれば……。は〜い、今出ま〜す」
カギを開け、ドアを開く。2日ぶりの、懐かしい姿。
「ただいま、陽香」
「おじゃまします、はるちゃん」
「よう拓也、まい。よし、これにて『お兄ちゃん交換計画』、終了!!」
お兄ちゃん交換計画 END
SIDE:拓也
「ケーキ……?」
2日ぶりの家。テーブルには、豪華な食事と大きなケーキが並べてあった。
「何のお祝いだ?」
「作った私も、何のケーキか知らされていないんだよね」
「これ、陽香が作ったのか!」
すごいな。毎年作っているのとは、格段に違う。市販の大きなケーキと、勝るとも劣らない見映え。こんなに上達していたなんてな。
「いやいや、陽香ちゃん。本当にありがとう。本来は俺とまいがケーキを買うなりするべきなんだけど、そこは勘弁してくれ」
「市販のケーキより、絶対はるちゃんの作ってくれたケーキの方が美味しいしね」
「そうだな。……さて、拓也、陽香ちゃん。今日は何の日か、知ってるか?」
「今日……?」
「お盆?」
「違う。覚えていないかもしれないが、俺たちが出会ってから今日でちょうど10年目なんだよ。その、10周年記念」
「へぇー……そんなこと覚えてたのか」
「まぁ……思い入れがあるからな。それじゃあ、今まで隠していたことでも話そうかな」
「隠していたこと?」
「俺とまいは、とても仲が良い。それこそ、どこの家族にも負けないくらい。でも、俺とまいが兄妹になった当初は、全然仲は良くなかった」
「……兄妹になった?」
「ああ、今まで言わなかったが……俺とまいは、血がつながっていないんだよ」
「いないんだよ」
まいちゃんが芳明の真似をして言う。
「え……え!? じゃあ、本当の兄妹じゃないってこと?」
「まぁ……そうなるな」
「そうなるな」
「11年前。俺の父親と、まいの母親が結婚したんだ。お互いにバツイチで。父親は6歳の俺を連れて、母親は5歳のまいを連れて。だから俺たちは、何も知らないままいきなり兄妹になったのさ」
「そうなの。でも、突然『お兄ちゃん』、『妹』が出来て戸惑う私たちは、すごく牽制し合っていた。話すどころか、目も合わせようとしなかった」
「そんなこんなで1年が過ぎて……そんな時、俺んちに遊びに来てくれたのが、拓也と陽香ちゃんだった。それからも毎日遊びに来てくれて。小さい頃はよく四人で仲良く遊んだよな。拓也と陽香ちゃんのおかげで、俺とまいは仲良くなれたんだ」
「10年前の今日、拓也さんとはるちゃんが初めて遊びに来てくれた。確かその年だけは、両家族ともお盆は家にいたんだよね。それからはずっと遊んで。……お父さんとお母さん、私たちがあまりに仲良くしないから、新しい子供を産みたいのに、困っていたんだって。でも、拓也さんとはるちゃんのおかげで私たちも仲良くなれて、それで安心して弟を産めたの」
「だからこの『お兄ちゃん交換計画』は、そんな拓也と陽香ちゃんに恩返しをするために決行したんだ」
「恩返し……」
「そう。別に兄妹だからって、俺たちみたいに仲良くすることなんてないっていうことを伝えるために。そして、少し迷っていた自分を見つけさせるために」
「はるちゃんは、何か変わった?」
「う、うん……将来の夢を、調理師にした……」
「拓也は?」
「もっと、勉強を頑張ろうと思った……」
「そうだろ? 狙い通りなんだよ。陽香ちゃんにはさりげなく拓也の考え方を教え、拓也にはまいの勉強熱心な姿を見せる。そうすることで、自分を見つけてもらえるかなってな」
「そう……だったのか……」
俺と陽香はお互いに顔を見合わせる。
「……ふふ、迷惑な計画だったよね、お兄ちゃん」
「ああ、もちろん……もちろんだ」
「この計画は、大成功だ。この3日間で、拓也と陽香ちゃんは成長した。良かった。こんなふざけた計画に付き合ってくれて本当にありがとな」
「そんな……感謝するのはこっちの方だよ……ありがとう芳明、ありがとうまいちゃん」
「ありがとうございます、芳明先輩。ありがとね、まいちゃん」
「どういたしまして」
芳明とまいちゃんの声が重なる。
「さぁ、食べようぜ。ご飯が冷めないうちに」
「おかわりたくさんあるから遠慮しないでね!」
「いただきます」
目の前には、手を付けずに置いておきたいくらい綺麗な料理。ポテトサラダ、クリームシチュー、ロールキャベツ、ほうれん草のおひたし、煮豆、きんぴらごぼう、焼き魚、ローストチキン、そして特大ケーキ。
「どう? お兄ちゃん。ポテトサラダの味は」
「ああ……美味しいよ」
「ふふっ、ありがと。…………ごめんね。この間ポテトサラダを作ったときは、お塩こぼしちゃってて。気付かなかったの。怒鳴っちゃって、ホントごめんなさい」
「ああ……いいよ。俺もノックなしで部屋を開けたりしてごめんな」
「ううん、いいよ。私たち、お互い様だね」
「ああ、また仲直りだな」
料理を食べる。美味しかった。どの料理も本当に美味しかった。お世辞抜きで美味しかった。今まで陽香の料理なんて数え切れないほど食べてきたけど、今日ほど美味しいと思ったことはない。そして多分、これからは素直な気持ちで陽香の料理を食べられるはず。
「美味しい〜。はるちゃん、毎日ご飯作ってよ〜」
「未来の調理スト、ここに爆誕だな」
「大げさだよ〜! でも、『美味しい』ってその一言だけで、作って良かったって思えるの。また、いつでも食べに来てね。美味しいって言ってもらえる料理を頑張って作るから」
「お兄ちゃん交換計画」の余韻に浸りながら、料理を食べる。あれだけあったおかずもなくなり、最後にケーキを食べる。陽香の気持ちのこもったケーキ。言葉では言い表せない美味しさだった。料理は味じゃない、気持ちなんだなと、初めて実感した。
「ごちそうさま、はるちゃん。今までで一番美味しい夕食だったよ」
「俺もだ。陽香ちゃん、俺のお嫁さん候補の席、空けて待ってるからな」
夕食を食べ終え、芳明とまいちゃんが帰宅の準備をする。
「それじゃあ、仲良くやれよ。またな〜」
「おじゃましました」
「じゃあな」
「バイバイ」
SIDE:陽香
「はぁ〜、終わったね、『お兄ちゃん交換計画』」
「ああ、終わったな」
「少し寂しいな〜。どうだった? まいちゃんと二人暮らし」
「別に何もないよ。そっちはどうなんだよ」
「私も何もな〜い…………でも」
学んだことは、たくさんある。
「結局、人それぞれなんだよね。そして私なりに、『お兄ちゃん』ってどういう存在か、わかった気がする」
「そっか。良かったな」
「うん。じゃああと4日間、『いつもの兄妹計画』頑張ろうね」
「ははっ。何だよそれ」
お盆が終わる。夏休みももう残りわずか。
「ただいま。元気にしてた?」
「あ、おかえり、お父さんお母さん」
「おかえり」
「ケンカとかしなかった?」
「へっへ〜。どうでしょう」
「なんか二人とも、前より仲良くなった?」
「んなことねーよ」
「いつも通りじゃない?」
そして、長かった夏休みが終わる。あの「お兄ちゃん交換計画」が遠い夏の出来事だったかのように。今日から始業式。変わらない毎日が始まる。そう、毎日は変わらない。そしてお兄ちゃんへの気持ちだって、今までと大きく何かが変わったわけじゃない。
「今日からまた学校だ。さて、お着替えしなくちゃね。この制服だって、久しぶり。よーし、今日は、元気の出るこの音楽を流そ!」
「お兄ちゃん」という存在について。お兄ちゃんは、楽しい存在じゃなくてもいい。兄妹だからって、心が通じ合っているわけがない。
「今日は、ちょっと派手にしてみよっかなー。少し男子を意識してみたりして」
趣味だって、考え方だって違う。これからも何度もケンカをするだろうし、今も不満だってたくさんある。
「陽香? 母さんが呼んでるぞ?」
「もう!! またノックなしで開けて! しかもなんでいつも着替えてる時なの!?」
「ああ、ゴメン!」
それでも…………お兄ちゃんは、お兄ちゃんだから。
「……ピンクの下着はどうかと思うぞ」
「ちょっ……このド変態!! バカ!! スケベ!!!」
「うわ、おい! 辞書投げるのは反則だろ!」
「うるさい! 早く出てってよ!!」
世界でたった一人の、私のお兄ちゃんだから。
最後までお読み下さり、本当にありがとうございました。いかがでしたでしょうか? ご意見ご感想等頂ければ幸いです。




