其の壱・体を共有する少女たち
「……」
ある春の夜の深夜過ぎ。少女は読んでいた本を机に置いて、眼鏡を押し上げた。気付けばもう12時を過ぎている。また時を忘れて読み耽ってしまったと、少女はため息をついた。
黒髪を二つに結び、黒縁の眼鏡をかけた少女だ。しかし地味な外見とは裏腹に彼女の部屋の中は真っ青な熊や黄色のアヒルが埋め尽くし、壁紙はピンクで染められている。
「……『あのー』」
「……なんですか」
少女の声が響く。対話しているように聞こえるが、声色は一つだ。
『あの……聖さん。本当にお仕事する気、ありますか……?』
「今は気分になれません」
『あ、そうですか……』
少女は息を吐いて、椅子から腰をあげた。
彼女の名前は藍原 聖。地味な外見に派手なもの好き、というちょっと変わった性格を持つ高校生だが、彼女の特徴は他にもある。
聖の声は再び自分に問いかける。
『あの、さっきから聖さん何を読んでいたんですか……?』
「広辞苑です」
『……そうですか』
なんともリアクションのしにくい発言に、聖は苦笑を浮かべた。しかしそれもすぐ真顔に変わる。
「……いつまでたっても慣れませんね、この状態は。自分で自分に話しかけているような奇妙な気分です」
『私もです……と、いうか聖さんさえお仕事していただければ、私も安心して元の姿に戻れるんですけど……』
聖は静かにため息を吐いた。
聖が自分の体の異変に気付いたのは数ヶ月前のことだ。頭の中に突然潜り込んできたこの『思念』は、それからずっと聖の体に宿っている。生まれてから今まで、こういった不思議な現象には何度も出くわしてきたが、自分の体に別な『思念』が宿るという出来事は初めてだった。
「貴女はもう死んでいるんでしょう。元の姿があるんですか?」
『えっと、それはそうなんですけど……私はその……ある人の一瞬の思念が具現化したものなんです。ほら、よくあるじゃないですか、誰かに燃えるような恋を抱いちゃった瞬間とか、殺してやりたいくらい憎いと思う瞬間とか』
聖は真顔のまま、ぽんっと手を叩いた。
「生霊ですね」
『な、なんだかそう言われると生々しいんですけど……そんな感じですかね。私自身はもう亡くなっていて、もう転生しちゃってるんですけど』
「それで、生前の「一瞬の思念」を解消するために、力のありそうな私に近づいてきたと」
聖は首を上下に振った。
マイペースかつわが道をゆく聖にとって体を誰かと共有していようがしていまいが、あまり気にするほどのことでもない。しかし、こういった『思念』を常に己の精神で支えるのは、体にも良くないことだった。聖の体を共有するこの『思念』は無害だが、害のある『思念』と関わってしまった場合、死に至ることもある。
聖はため息をついて立ち上がった。
「……仕方ないですね。そろそろ動き出しますか」




