其の十・再び出会うその時に
四月は柔らかい春の日差しと共にやってくる。暖かな光を一心に受けて輝く桜の葉は、丘の上で今日も揺れている。隣で永遠の眠りについた老木は緑の葉すらつけていないが、その命を受け継いで新しい桜は次の春を舞っている。
そして、そこから遠く離れた街では、新しい生活を始める3人の姿があった。
「……だぁかぁらぁ、大丈夫だから!アタシが苛められるような人間に見える?見えないでしょ?」
「そ、そうなんだけど……。ほら、先輩とか……」
「大丈夫だってば!亜由美さんは心配しすぎ」
『鼎和学院寮D棟』と表示された建物の前で、芽衣はスポーツバッグを肩に下げて亜由美の説得を繰り返していた。家を出る前から何かと不安を口にしていたが、大学の学生寮を目の前にして足止めをくらうはめになるとは思っていなかった。
亜由美は卓真そっくりのたれ目で寮の建物を見上げる。
「でも……芽衣ちゃん、ゴールデンウィークには帰ってくる?」
「帰って来ます。……ちゃんと、ね」
じゃないと、たっくん泣いちゃうから、と芽衣は微笑んでみせた。その表情に亜由美はほっとした表情を見せる。亜由美は持っていた荷物を芽衣に渡し、そして芽衣に聞こえるか聞こえないかの小さな声で囁いた。
「……芽衣ちゃん、ありがとう」
「……なにか言った?」
芽衣は聞こえないふりをして、荷物を抱え直す。なんでもない、と亜由美は首を横に振って、そして笑った。
鼎和学院寮の前には、芽衣たちのように父母と別れて寮に入っていく新一年生の姿があちこちにあった。殆どが家族連れで来ているが、中には1人でここまで来た一年生もいる。
「……重い……」
加南子はそう言って荷物を一度地面に下ろした。祖父母には家で別れを告げ、1人でここまで来た。祖父は車を持っていないし、重い荷物を祖母に持たせるのも悪い気がしたからだ。
「はい、一年生はこっちで部屋を確認してください。先輩がお部屋まで案内しまーす」
加南子は入り口に視線を向ける。先輩らしき人々が入り口で部屋番号を教えていた。どれもまだ高校生気分の抜けない顔だが、中には中学生並に身長の小さな者もいる。
「お名前は?」
「……藍原、聖です」
(……悪趣味なバッグ……)
先輩に部屋番号を確認する小さな一年生。しかしその肩に下げられたバッグは原色で染められたスポーツバッグだ。黒ぶちの眼鏡をかけて地味そうな外見をしているが、中身はそうとう派手好きらしい。
自分も部屋を確認しにいこうと荷物を抱え直した時、門の外から誰かが駆け込んで来た。もう集合時間は過ぎている。おそらく遅刻したと思ったのだろう。
「ち、遅刻……っわあっ!?」
重い荷物を持っていたせいか、それとも走ってきたせいか。門を過ぎたところでその少女は花壇に足を引っかけて派手に転んだ。あまりの転びように、集まっていた一年生も先輩も彼女に視線を向ける。
咄嗟に機転の利いた先輩が、彼女に駆寄った。
「あ、あなた大丈夫?」
「あ……はい、なんとか……」
顔をあげた少女は、恥ずかしそうに笑って見せる。平凡な顔で、これといって目立つところのない、何処にでもいそうな少女だった。
先輩の手を借りて立ち上がった彼女は、周りの視線に恥ずかしそうに肩を竦めた。先輩は怪我がないのを確かめて、少女の顔を覗き込む。ポケットから一年生の名簿を取り出すと、少女に問いかけた。
「あなた、名前は?」
「あっ、はい」
少女は先輩の顔を見上げて、まるで暖かな春のような笑顔を浮かべる。
「霞取、千春といいますっ!」
春は、出会いの季節だ。
FIN.




