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其の九・輪廻を巡り


 加南子が丘の上に付いた時、そこには誰もいなかった。ただ桜の木が風を受けてくすぐったそうに揺れている。夕日はビルの中に隠れ、丘は薄暗くなっている。しかし桜だけは闇の中でぼんやりと浮かび上がって見えた。

 加南子はゆっくりと桜に歩み寄る。2つ並んだ老木と、新しい桜。記憶の中の兄の声が言う。


『あの縄はね、この木がシンセイなものだからなんだよ』


 得意げに語る兄。おそらく父か母から教わったのだろう。しかし幼い頃の加南子は鋭い質問を浴びせる。


『シンセイってなぁに?』

『えっ?……ええと、それは……』


 加南子はクス、と笑った。兄はきっと困った表情でオロオロしていたのだろう。それ以上のことは覚えていないが、慌てた表情の兄が思い浮かぶ。

 ふと桜の前の柵に歩み寄ると、奥に看板が立てられていた。加南子は携帯を取り出すと、ディスプレイの光を明かり代わりにして看板の文字を見つめる。

 そこには達筆でこう書かれていた。



『輪廻桜』、と。



「輪廻、か……」


 加南子は看板を見つめながら呟く。この名前からすると、この新しい桜は古い桜から株分けされたものなのだろうか。

 加南子はじっと満開の桜を見上げる。風が吹くたびに花を散らす儚い姿はいくら見ても飽きない。できるのならば、このままずっとここにいたいくらいだ。

 しかし、そうすると祖母や祖父が心配する。今日は、家族と生き別れたあの日だから。


「……そろそろ、帰ろうかな」


 加南子はそう言って、携帯をポケットに押し込んだ。そして最後にもう一度、桜の木を見上げた。

 その時。


「こんばんは!また来たよ!」


 ふと石段の方向からそんな声が聞こえた。加南子が振り返ると石段の前に人影がある。人影は加南子の姿に気付くと、慌てた様子で口を塞いだ。


「わ、わわわっ……ひ、人がいた……」


 声は女の子の声だった。おそらく桜の木に話しかけていたのだろう。加南子は聞かなかったフリをして、少女の隣を擦れ違った。幸いなことに、暗くなってきたおかげでお互いに顔は見えない。

 石段を下りる加南子の背後で、呟くように


「……聞こえなかったのかな?」


 という声が聞こえてきた。加南子はクス、と笑って階段を下りる。

 丘から見下ろす街の風景は、空に輝く星のように輝いているように見えた。

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