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其の六・迷い子の少年


 今日も高級住宅街を歩き回っていた聖は、ふと何処からか聞こえてきた子供の声に足を止めた。いや、気付いたのは聖よりもチハルの方が先だった。


『あれ、泣き声でしょうか……?』


 何処からか子供の泣き声が響いてくる。三笠家の周りを歩き回っていた聖はチハルの呟きに顔を顰めた。彼女が余計なことに首を突っ込もうとしていたのが分かったからだ。

 しかし聖はすぐその異変に気付く。


「……なんだか響き方がおかしいですね。アッチに片足を突っ込んでいるような」

『あ、アッチ、ですか!?』


 自分もアッチの人間と同じだということをすっかり忘れてチハルは驚く。聖はため息をついて、錦鯉のいる鈴木さんの家から離れた。声のする方向へと足を向ける。

 チハルは聖の瞳に映る風景を見つめながら、ふと奇妙なことに気付いた。これだけ大きな泣き声に、通りを行き交う人は誰も気付いていない。擦れ違う老人も、道端で世間話をする女性たちも。

 そして奇妙なことはもう一つあった。声は、何処まで追いかけていっても近づいてこないのだ。聖は住宅街を抜け、古い家の並ぶ道へと入る。しかし泣き声は何処まで行っても追いつかない。


「……丘、ですか」


 ふと声を追って歩いていた聖が足を止めた。古い家が所狭しと建ち並ぶ小さな道の間。石で積まれた階段が丘の上へと続いている。神社の類ではなさそうだが、上は階段が急なせいで見ることが出来ない。

 振り返ると、いつの間にか先ほどの高級住宅街が道の下のほうに見えた。どうやら歩いてきた道が少しずつ傾斜しているらしい。そうするとここは丘ではなく山と言えるかもしれない。

 上を見上げてチハルが呟く。


『片足がアチラ側にあるってことは、つまり生きている人間……ですよね?』

「そうなりますね」

『ど、どうしましょう』


 焦る口調とは正反対に、聖は冷静だった。階段の目の前に立つと辺りに人気がないのを確認し、目を瞑り、右手を握り締める。まるで何か糸のようなものを掴むように。

 そして次の瞬間、聖の右手が動くのと同時に、石段から人影が現れた。


『わっ、わっ、わぁっ!?』

「叫ばないでください。二人三脚されると困ると言ったでしょう」


 石段が波打つ。空間が弧を描くように歪み、次の瞬間、聖の上に小さな影が覆いかぶさってきた。聖は自分の身の安全を考えて避けようとしたが、その刹那チハルが聖の体を動かした。


『危ないっ!』





「あっ、お姉ちゃん!」


 背後から声をかけられ、芽衣は足を止めた。振り返ると遠くから中学生の妹が走ってくる。今時の中学生らしくギリギリまでスカートをまくっているが、その格好で全力疾走は止めた方がいいと芽衣は思った。

 芽衣は駆け寄ってきた妹に問いかける。


「美穂、たっくん見つかった?」

「ううん。どうしよう、お姉ちゃん、たっくん見つからなかったら!」


 芽衣の妹・美穂は、泣きそうな表情で姉を見上げた。

 卓真は昨日も帰ってこなかった。父も義母の亜由美も警察を呼んで、三笠家は大騒ぎになった。誘拐だなんだと父たちは騒いでいるけれど、そうではない。


「大丈夫。絶対に、帰ってくるから」

「ほんとう?」


 妹の声にしっかりと頷くと、芽衣はふとその足に目を止めた。膝に絆創膏が張られている。なにをしたのかと聞くと、美穂は顔を顰めてみせた。


「……転んだ」

「転んだぁ?何処で」

「……家の前」


 何もない場所でどうして転ぶんだと芽衣は聞きたくなったが、言わないことにした。きっと美穂も卓真がいなくなって慌てたのだろう。

 芽衣は美穂の走ってきた方向に視線を向け、そして自分の探していない方向を指差した。


「美穂はあっちを探して。私はこっちに行くから」

「うん、分かった」


 妹が去っていくのを見送って、芽衣は路地を曲がった。人気がないのを確認して、ゆっくりと深呼吸をする。もう一度卓真の『思念』を辿ってみなくてはいけない。

 芽衣は弟の無事を願いながら、思念を繋げた。

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