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其の参・桜を求めて



『……あの、聖さん。前々から思っていたんですけど……』

「何ですか」


 聖は『思念』の塊だというチハルの声に耳を傾けた。といっても声は自分のもので、喋っているのも全て自分なのだが。


『聖さんって、どうしてこんなことしてらっしゃるんですか?』

「暇だからです」


 即答にチハルが苦笑する。そう答えるより他に理由がない聖としては、笑われるのはいささか気にくわない。聖の感情に気付いたのか、チハルはすみません、と笑いながら呟いた。誠意がないと聖は思う。

 聖はチハルの言う桜の木を求めて、郊外の高級住宅地を歩いていた。普通の住宅地とは違って、この辺りは日本庭園があるような家や敷地内に家が2つ3つ建っているようなものもある。厳重な門にインターホン、時には庭にプールや池。錦鯉が泳ぐのを眺めていると、ベンツが聖の横を通り過ぎていった。

 聖は眼鏡を押し上げ、錦鯉のいる池の前から歩き出した。桜の老木がある場所には大体目星がついている。目的地はここからそう遠くない。


『聖さんってお優しいんですね』


 ふとチハルがそう呟いた。聖はため息をつく。


「……別に、善意でやっているわけではありません」


 聖は子供の頃から不思議なものを見たり聞いたりする方だった。幼い頃はそれが何なのか分からず、大きくなるにつれてそれを『幽霊』とかいうありきたりな言葉で表すのに疑問を感じるようになった。

 もしかしたら自分は目の前に現れるチハルのような者たちに感心があるのかもしれない、と聖はそう思う。少なくとも彼らのことを調べるのは学校で学ぶことよりもずっと面白い。誰も足跡をつけていない雪のうえに足跡をつけるような、そんな気分に似ている。


『でも、こうやって助けていただいて、私はとても嬉しいですよ?』

「それは貴女に害がないからです。害があればそれなりの対処をしますよ」


 聖は一件の家の前で足を止めた。大きな木の門に、似合わないインターホンが取り付けられている。門の上には楠木の枝がざわついていた。

 表札には『三笠』と書かれている。かなり裕福な家なのだろう、他の家に比べて庭も広く、日本庭園のような庭は美しい。感動して声をあげるチハルに、どうせ業者を雇っているのだろうと聖が呟いた。しかしその顔もすぐ真顔に変わる。


(この家のはずなんですが……桜の木は見当たりませんね)


 聖は門から見える範囲で桜の木を探す。しかし庭は広すぎて、全体を見渡すことは出来ない。

 じっと中を覗いていると、庭から女の子が姿を現した。中学生くらいだろうか、制服を着たなかなかの美少女だ。少女は表情を曇らせながらこちらへと向かってくる。


『ひ、聖さんっ、家の方が出てきましたよっ』

「……静かにしていてください。口が二人三脚をしていると怪しまれます」


 門が開いて、小走りに中学生らしき少女が出てきた。勝気そうな顔をしているがまだ輪郭は幼い。身長はそう変わらないが、家の中を覗いていた聖に気付くと、目を吊り上げた。


「……誰?何か用?」


 横柄な口を利く中学生だな、と聖は思う。しかしこうゆうとき、聖は決して熱くはならない。逆にいえば、こうゆう状況の時の聖はまるで詐欺師のように冷静だった。


「すみません、鈴木さんの家はこちらですか?」


 聖はにっこりと笑って見せた。鈴木さんの家はこの家の一つ前、さっき錦鯉が泳いでいた家だ。

 少女はむっとしたように口を開くが、聖はそれより先に用意していた台詞を口にした。


「私、△△高校で写真を撮っている者なんですけど、鈴木さんの家の錦鯉を撮らせてもらう約束だったんですが……ああ、こちらじゃないんですね」

「はぁ?あんた、表札見てから中を覗きなさいよ。……それじゃあ、私急いでるから」


 少女は何か苛立っているようだった。こちらに背を向けて歩き出そうとする少女を見て、聖はその足元に視線を向ける。中学生の好むローファーと紺色のソックス。踏みつける地面はコンクリートだ。聖はそれを見つめながら、彼女がここで転んでくれたらいいと思った。

 ここで彼女が何かに躓いて転ぶ、などということは普通ありえない。第一、彼女の足元には躓く要因となるようなものはなく、足取りもしっかりしている。

 しかし。


「えっ、……きゃっ!」


 目の前で少女は派手に転んだ。まるで何かに足を掴まれたような、そんな派手な転び方。聖はニヤリと口角を上げて、少女に手を貸す。少女の胸元には『□□中学二年三組 三笠美穂』というプラスチックの名札があった。


「大丈夫ですか?」


 聖は手を貸しながら、名札の名前と学年、組をしっかりと頭に入れた。そして口を開く。こうゆうときの聖は詐欺師のように厚かましい。


「ああ、□□中学の方だったんですか。私の妹もそうなんですよ。二年一組の佐藤って言うんですけど」

「……別に、他のクラスの奴まで知らないし」

「そうなんですか。あ、いえ、妹も写真が好きでして……たしか三組の友人の家に綺麗な桜の老木があるから、そこで写真を撮ってきたとこの間言っていたんですよ。随分古いソメイヨシノなんですが」


 聖は黒縁眼鏡の奥でニッコリと笑って見せた。聖は高校3年間帰宅部で、写真の知識など殆ど無い。そのうえ一人っ子で、□□中学とはなんの関わりも無い。

 チハルは黙ったまま、聖の頭の回転の速さに呆然としていた。

 少女はため息をついて髪をかきあげると、苛立ちを隠さない表情で言った。


「ウチに桜の木なんてないし。別な奴でしょ。……私急いでるから。それじゃあね」


 楠木が頭上で揺れている。聖は地面を踏みつけながら歩く少女を見送ると、チハルに向かって言った。


「……簡単だと言いましたが撤回しましょう。少し面倒なことになってきました」


 サワサワと、葉擦れの音が響く。


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