ACT・7
電車、休憩時間、家で、さまざまな場所で読むかもしれませんが、まったり難しく考えずに読んでください。
ACT・7
某時刻・某病院
いつもならば人が座っているはずの待合室ソファー。
今は誰も座っていない。
外は暗くなっていて、待合室に飾られた時計は19時半を指している。
当然、受付時間はとっくに過ぎているが、母親と娘らしき姿が見える。
母親はそわそわした感じで落ち着きがない。
少女は足を手で触りながら足を動かしている。
傍から見れば時間外とはいえ、少女が車椅子に座っている事以外は普通の親子にも見える。
「須崎 理恵ちゃーんどうぞー」
看護師が呼びに来たようだ。
母親は娘の車椅子を押し、看護師と一緒に診察室に入る。
診察室には医者が難しい顔をしながらパソコンのモニターを睨んでいる。
モニターにはレントゲン写真や今までのカルテが映し出されている。
母親は不安な様子で
「先生…理恵はどうなのでしょうか…?」
返事の代わりにマウスのクリック音だけが何回も響く。
やがて医者は
「信じられません
神経、骨、筋肉共に異常が見当たりません
今回の診断結果上では歩けると判断できます」
それを聞いた母親は嬉しそうにした。
当たり前だ、奇跡が起きたとしか思えないのだから。
医者は理恵の足を直接手で触ってみたが、やはり異常が見当たらない。
異常が無いのが異常なのだ。
なにせ、神経が切れ、間違いなく歩ける足ではなかったのだから。
医者は理恵の足を触りながら
「理恵ちゃん痛いところはない?」
「全然痛くないです」
理恵と呼ばれた少女は嬉しそうに返事をする。
「やはり信じられませんが、間違いなく異常はありません
これならすぐにリハビリを始められるでしょう」
いくら足が元通りとはいえ、足が動かせない時期が長すぎた。
歩くためにはリハビリを必要とする。
医者はリハビリの資料を引出しから取り出そうとするが
「先生、私歩けると思うよ」
「え?」
母親と医者から同時に言葉が出た。
何を言う。
原因不明とはいえ、不自由な時期が長すぎた。
歩けるはずがない。
無理をすれば最悪車椅子生活戻ってしまう。
「理恵ちゃん
気持ちはわかるけど、しばらく使っていない筋肉を動かすのは大変なんだよ
診断結果じゃ異常はないけど、無理はよくないよ」
なだめるように、苛立たせないように気を使ったつもりだった。
理恵はとてもおとなしい子だ。
それはわかっているが、この年頃の子はなにをするかはわからない、おとなしくさせたほうがいい。
「それじゃ試しに少しだけいいですか?」
足が治っているからこそ、やはり歩きたいのだろう。
いきなり歩くとなると足に力が入らなく、間違いなく倒れる。
言っても無理なら、やらせてみればおとなしくなるだろう。
それならば、試しに立ち上がることだけやらせてみればいい。
そう医者は考えながら
「それじゃ、僕が支えるから立ってみる?」
と、理恵に言ったが
「大丈夫です」
いきなり、医者が支える前に立ちあがった。
するとその場で嬉しそうに一回転をし、診察室の入り口を行ったり来たりしはじめた。
ありえなかった。
リハビリをしないでいきなり歩いた。
仮に歩けたとしても、かなりの苦痛が伴うはずだ。
その様子が全くない。
「…信じられません……
異常は…ないようです…
この様子なら今からでも普通の生活に戻れます」
「ありがとうございます!」
母親は嬉しそうに礼を言うが、医者は何もしていない。
ただ、足の検査をしただけだ。
健康な状態の足を検査しただけ。
「ただ、念のために来週また検査をします
後、なにかあればすぐにいらしてください」
理恵は嬉しそうに歩いていた。
母親は後ろから車椅子を押しながら病院の廊下を歩く。
廊下の窓には雨が勢いよく降り注いでいる。
理恵には病院に入る時に1つ気がついたことがあった。
その疑問をそのまま母親にぶつける
「お母さん、雨ってしょっぱいこともあるんだね」
母親はいきなり変なことを言われ首をかしげたが、すぐに本かTVドラマか何かの内容だったのだろう、と解釈し話を合わせた。
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某時刻・某ビル内
理不尽だ。
そうは思っても他に人がいない。
定時後に何人かはいたが、1人また1人と帰ってしまい、このオフィスには1人しか残っていない。
芸能部と記されたプラカードは入口の天井からぶら下がっていた。
照明は消されてはいるが、1ヵ所だけポツンと明かりが点いていた。
明りが点いている蛍光灯の下には明かりがともされているパソコンのモニター。
同僚は合コンがあるからと先に帰ってしまった。
誘われてはいたが、先日のミスの後始末の為に残されている。
他部署なら人はいるのだろうが、分野が違うし知り合いもいないので手伝いを頼むこともできない。
デスクの椅子に座りパソコンのモニターに向かいキーボードの音を立てる。
1人しかいない空間にはそれが良く響く。
モニターには某芸能人のスキャンダル記事のデータが映し出されている。
芸能人のスキャンダルを記事にしたのはいいが、記事の内容を誤報させてしまったのだ。
記者…に見えなくもない動きやすい服装の女性、20代後半くらいだろうか。
確かに記事を間違ってしまったのは自分の責任だ。
必ず自分以外の人が何度もチェックをするはずの記事。
自分でもチェックをしたはずだが掲載された記事を見るとデータと内容が変わっていた。
最終判断を下す編集部長が犯人、とは思うが証拠がない。
いじめ、とも思った。
部長は常に自分の家系をねたみ、会社を辞めて早く結婚しろとうるさく言う。
本人からすれば家とは関係無いとは思うが、周りはそうは見てくれない。
昔からあこがれていた報道の仕事。
TV局に入るよりも自由に行動ができる出版社を選んだつもりだった。
しかし、出版社でも同じだった。
圧力、賄賂によるもみ消し、表には出ないだけでいくつか取引があるらしい。
マスゴミと呼ばれたくない、そう思い入社してから一生懸命に頑張った。
それがこの仕打ちだ。
1度目ではない。
すでに何回もやられた。
何回もやられたが、掲載の模造までされたのは初めてだ。
同僚は励ましてはくれるが、歳を取った連中は自分を邪魔者扱いにしかしない。
上司はおまえの責任だからと、本来他の人がやるはずの仕事もすべて自分に押し付けてきた。
当の本人は噂の愛人と会っているのだろう。
押しつけられた仕事はすでにほぼ終わっている。
デスクに置いてある某国の白い犬のキャラクターが描かれてるデジタル時計には21時と表示されている。
仕事は終わっているが、データの改ざん証拠を探すためにデータの解析をしている。
だが上司もうまく足跡は消している。
どうやっても証拠は見つからない。
諦めて帰ろうかと彼女は思った時、机に置かれた携帯が鳴りだした。
携帯の画面には上司の名前が映し出されている。
仕事をしているか確認の電話だろう。
彼女は電話に出ないでおこうとも思ったが、後でネチネチ言われるのは癪だ。
「ちゃんとやってるか?」
周りが静かだと相手の音もよく聞こえる。
「お疲れ様です
仕事の方は先ほど終わらせました」
相手の方からは女の声が聞こえる。
若そうな声だ。
上司の奥さんはもうすでに50を過ぎているはずで、子供は長男1人のみのはずだ。
「そうかそうか
今回はこれで済んだけど、次やったらこれじゃ済まないぞ」
なにがこれで済んだ、だ。
周りからも嫌われ者の人の言うことは当てにならない。
「それじゃ明日からも頑張ってくれ」
「はい
今回は申し訳ありませんでした、失礼します」
携帯を切ると、どっと疲れが押し寄せてくる。
煙草を吸う人の気持ちがなんとなくわかる。
こういうストレスや疲れをいやすために吸いたくなるんだろう。
仕事を切り上げ、外に出ると雨が降っていた。
長いこと室内にいると雨が降っていることに気がつかない。
(今日は1日晴れのはずだったんだけど、梅雨時だからしかたがないか…)
傘は持ってきていない。
ちょうど近くにコンビニがあるので傘を買おうと思い駈け出した時、雨の強さを確かめるために空を見上げた。
丁度その時に偶然にも、雨が口に入った。
塩っ辛い。
しょっぱい。
塩水としか思えない。
勘違いだと思いながらも、彼女は再度雨を舐めてみる。
が、間違いなく塩水。
しかし、周りを歩く人は何事もなく普通に歩いている。
傘を持たずに小走りで走るサラリーマンも異変を感じていないようだ。
最近酸性雨が前より強くなったとかで問題になっていることを思い出す。
だが、塩水のように感じたとなると明らかに異常だ。
当然報道もされるはず。
だけど、そんな話は1つも聞いていない。
コンビニがあるビルの上には大きいTVがあり、そこには天気予報のニュースが映し出されていた。
なんらいつもと変わらない普通の天気予報。
明日の降水確率が90%と表示されている。
自分がおかしいと感じても周りが普通にしているのであれば、自分がおかしくなったとしか思えない。
こんなことが知れたら上司に休職させられてそのまま退職させられてしまう。
(このことは誰にも言わないでおこう、体は何ともない、大丈夫)
とりあえず傘を買おうとコンビニに入るときに、彼女は社員証を首からぶら下げていることに気がついた。
退社の時は社員証をしまっておかないといけない。
彼女は社員証をバッグにしまおうとする。
社員証には平井 友美と書かれていた。
雨雲で月明かりが見えない中、街灯だけが激しい雨を照らし出す。
私は医療とかそういうのさっぱりです。
下手に細かい突っ込み入れられたらお手上げです、はい。
一応軽くは調べましたが…