ACT・4
ほぼ同じ日でスタートしてますが、各登場人物の時間はバラバラです。
タイトルには時間表示はしてませんが、作中には時間は出ています。
ACT・4
某時刻・某飲み屋街
「くそったれ!」
空のペットボトルが雨に濡れたアスファルトに叩きつけられて転がる。
雨が降っていようがお構いなしに様々な色で光る電飾。
道にはスーツを着た男性や、肌を露出したドレスを着こんだ女性が道行く人を店に引き込もうと声をかけている。
飲み屋街なら当たり前の光景であろう。
しかしその当たり前が久留間 信夫にとって気に入らない。
「くそやろうが!」
飲み屋街なら彼をただの酔っ払いとして見るだろうが、彼は酒を飲んではいない。
彼が用意し、酔ったお偉方に叩きつけた雨水と海水。
いくら酔っていても塩水かどうかの判断はできるだろうと思っていた彼だが、雨水と記した水は塩っ辛くもなく、ただの水だった。
そんなはずはないと信夫も確認したが、ただの水。
本来ならばどちらも塩水であるはずが、片方が水。
結局、酒を飲んで勘違いしたのか、寝ぼけていたのだろうと判断され、店を追い出されたのだ。
追い出された後、そんなはずはないと思い空から降っている雨をなめるたが、塩っ辛い。
(塩っ辛いよな…俺が可笑しいのか?味覚障害か?)
ふと彼は思いついた。
「おぅ、そこのねーちゃん!頼みがあるんだけどさ!」
彼が声をかけたのは露出度が高めの白いドレスを着こんだ20半ばくらいの女性。
「何おにーさん?うちの店に来る?」
おにーさんと言われたが、自分はすでに30を過ぎている。
ただのお世辞と思いながら苦笑しつつ
「いやいや、聞きたいんだけどさ
今日の雨ってなんかおかしくないかい?」
雨と言われても雨は雨、なんらおかしくはない。
そう思った女性は信夫のことをただの酔っ払いと思ったのだろう。
「雨ー?なんもおかしくないよ?
そんなことよりうちの店来て飲まない?サービスするよ」
「あーいや、ごめんな
雨なんておかしくないよな
塩っ辛かったりするわけないよな」
雨など塩っ辛くもない。
試しに女性は肌に着いた雨水をなめてみたが、塩っ辛くもなんともなかった。
「おにーさん酔ってるでしょーただの雨じゃない
そんなことよりうちで飲み直さない?」
「あぁ、そうだよな、ごめんな変なこと聞いて
んじゃ急ぐからすまんな」
後ろで女性がぶつくさ言っていたが、信夫の耳には届かない。
そんなことよりも自分以外は塩水と感じない。
こちらの方が彼にとっては問題だった。
道行く酔っ払いや客引きの店員に聞いてみたが、誰もがただの雨水と言ったのだ。
信夫は飲み屋街を抜け、自分の車に戻ったが、車の中で唖然としていた。
(俺がおかしいのか…誰一人として塩っ辛いなんていわねぇ)
赤いロゴのデザインがある煙草の箱を開け、煙草を吸って落ち着こうとする。
(観測所に戻るとしても…これからどうする…)
口から出た煙は車内に満ちてゆく。
(何度口にしても塩っ辛い
しかし、誰もが雨水と判断した
こうなると俺がおかしいのか…?)
信夫は車内にある時計を確認した。
時刻は19時を過ぎたところだ。
信夫は吸い柄でいっぱいになった車内の灰皿に煙草をもみ消すと
(こうしても仕方がねぇ
観測所を開けたままにしてあるし一旦帰るか)
車の鍵を回しエンジンをかけようとするが、うんともすんともいわない
(なんだぁ?車検終わったばかりだぞオイ、ふざけんなよ)
何度回してもスターターの音すら鳴らない。
信夫は苛立ち、ハンドルに手を叩きつける…その時
『おじさん雨ってしょっぱいよね』
後部座席で声がした。
少年のような幼さが残る声。
当然、信夫のほかにはだれも乗っていない。
驚いた信夫は後ろを覗くが、だれもいない。
『大丈夫だよおじさん。雨は塩水なんだよ。
おじさんはおかしくないよ。
みんながおかしいんだよ』
どこかの子どもが悪戯のために乗り込んでいるのかと思ったが、後部座席の足元にもだれもいない。
(オイオイ勘弁してくれよ
味覚障害に続いて頭がおかしくなったのか?)
声は同僚か誰かの悪戯かと思い、車が動かないので車検を頼んだ店に文句を言おうと携帯電話を取り出すが
携帯電話のバッテリーが切れている。
電源を入れようとするが、液晶画面に光が点く様子がない。
(なんなんだよ
車は動かねぇし、携帯は電池が切れてるし
おまけに誰かの悪戯かしらねぇけど声が聞こえるし)
『おじさん僕のこと聞こえるでしょ
無視しないでよ…ねぇ、おじさん』
「うるせぇ!」
思わず声が出た。
『聞こえているんじゃないおじさん』
今度は助手席から声が聞こえた。
顔を向けるが、当然だれもいない。
声だけが聞こえるのだ。
『おじさんが感じたとおりだよ
雨は塩水なんだよ
しょっぱいんだよ
おじさんはおかしくないんだよ
ミンナがオカシインダヨ』
「なんなんだ…一体…」
人間姿が見えるものに対しては気丈にふるまえるが、姿が見えない、目に見えないものに対しては不安を強める。
信夫も例外ではなかった。
不安になった信夫は車からいったん出ようとするが
『ミンナがオカシイなら
ミンナはヒツヨウナイヨネ?』
落胆しながら言ったように聞こえた、必要無い…その言葉に嫌な予感がした。
まるで、壊れて必要のなくなったものを捨てるかのように聞こえたからだ。
助手席に振り向いてつぶやく
「必要無いって…なんなんだ…」
コンコン
運転席の窓から窓を叩く音が聞こえた。
窓に目をやると白い合羽に身を包んだ警官が窓を開けるようにジェスチャーしている。
信夫は窓を開け
「なんですかね?」
「いやーすみません
飲酒運転の取り締まりチェックなのでご協力願えませんか?」
よくある取り締まりだ。
飲み屋街の近くの駐車場にはよく警官がいて目を光らせている。
「あぁ、はいはい、いいですよ」
信夫は警官と少し会話を交わし、警官は酒の匂いがしない信夫は大丈夫だと思ったのだろう。
「大丈夫ですね
ご協力感謝します」
(雨が塩水のようだと警官に言うか…
子供の声が聞こえたとでもいうか…
いやまて、そんなことしたら俺の頭が疑われて調べられるかもしれない)
そう思い、口元まで出かかった言葉を飲み込み
「いやいや、お仕事ご苦労さんです」
「どうぞ、お気をつけてお帰りください」
警官は会釈をして立ち去って行く。
その時、信夫はさきほどまでの声が聞こえないことに気がついた。
(なんだったんだ…
やっぱ誰かの悪戯か…?)
無意識の状態で車のキーを回すとスターターの音がし、いつも通りのエンジン音が響く。
(あれ?エンジンかかるじゃねぇか)
携帯をしまおうとしたときに携帯の液晶画面が目に入った。
電源など切れておらず、設定してある好きな競争馬の待ち受け画面が表示されていた。
疲れているのか、頭がおかしいのかはわからない。
とりあえず観測所に戻ろうと信夫は車を運転し始めた。
雨はまだ降り注ぐ。
なんかまだまだ話は最初ですし、ハッキリしないところも多いですが、少しずつ動いてますのでまったりとお待ちくださいませ。