第5話 何があったの? side:ハイネ
「この家にオメガがいるなんて!」
「ああ、イシュタルグ家の汚点だわ!」
父様と母様は僕を部屋の外にあまり出さなかった。
オメガが嫌いだったから。
アルファしかいない家族の中で僕だけが異質だった。
兄様と弟が楽しそうに外でそんでいる。僕はカーテンを閉めて、ベッドの上でブランケットに身を包んで丸くなった。
こんな家から出てしまいたかった。
体裁のために通わされた学校は同じオメガがいて、少し話をしたりすることができて楽しかった。
だけど、家に帰ればメイド達が僕をバカにする。僕は自分を守るように父様と母様のように罵り、嘲り、叱責した。
「僕の命令が聞けないのか!」
メイド達が泣きながら僕に許しを乞う。たまらないくらい優越感を得た。
そしていつの間にか、みんなに嫌われた。あだ名も付けられた。
学校でもその名が僕の周りを飛び交った。
「イシュタルグの悪魔」
それでも僕は止めなかった。だって、優しくすればつけ上がり、僕を虐めるのだから。
やらなければ、こっちがやられる。
「お前に縁談が来ていたわ。もうサインして置いたからとっとと出ていってちょうだい」
最後ぐらい抱きしめてくれたっていいじゃないか。僕は父様と母様の子供だよ?
結婚式は質素なものだった。出ていけと言われたその日に行った。父様も母様も兄様も弟も、誰一人参列してくれなかった。
初めて会う僕の番となる人は、とても綺麗な顔をしていた。騎士をやっているからなのか、逞しい体つきをしていた。
名前はギルバート・ゾルディアスという男爵三男だという。
きっとあれは一目惚れだった。
だけど、その眼差しは母様達と少し似ていた。僕はすぐに失恋してしまった。
嫌悪と差別が滲み出ていた。
ああ、ここでもそうなのか。だけど、結婚式でキスはしてくれた。
「よろしくお願いします」
「……ああ」
それが初めての会話だった。
彼は、僕が何をしようと見向きもしなかった。食器をひっくり返しても、メイドを叱責しても、部屋をぐちゃぐちゃにしても。
僕のことをなーんも見てくれなかった。
なのに、どうして。
「あー、それなんだが、俺が悪いんだ。ごめんな。持ってきた飯はちゃんと美味しいから食べろよ」
困ったように笑って僕を初めて見てくれた。
こんなギルバート知らない。僕が知っているのは、あの冷たい眼差しの男だ。なのに、初めて触れる優しさが僕の心を解していくようだった。
その翌日もギルバートは変わらなかった。それに花も買ってきた。僕の瞳の色だった。
そして、初めてギルバートの肌に触れた。
「こうやって、優しく人に接すること、きっとできる」
僕をどうにかしたいのだろうか。そんな優しい瞳を初めて向けらたら、もっと好きになっちゃうじゃないか。
「ねえ、ギルバートの瞳と同じ花瓶用意してくれる?」
メイドに金貨を持たせて買ってきて貰った。暗い部屋にばかりいた僕にとってそれは光だった。
なのに、それは早朝にすぐ壊された。絶対にわざとだ。悔しかった。小さな幸せを得たっていいじゃないか。
しかも、メイドに怒鳴りつけている姿をギルバートに見られた。初めてこんな姿を見せたくないと思った。
だけど、彼は僕がメイドを引っぱたかなかったことを褒めてくれた。
「今日、俺の仕事が終わったら一緒に街にに出るか?」
それに、一緒に花瓶を買いに行こうって誘ってくれた。嬉しかった。だけど、僕は外に出るのが怖い。きっとまた白い目で見られる。
何度も考えた。せっかくギルバートが誘ってくれたのだから行くべきだよな、と。僕が悩んでいるとカーテンの件で、頬を叩いてしまったメイドが提案してくれた。
「お迎えに行きませんか?」
「……迎え、無理だ」
「大丈夫ですよ。ギルバート様を驚かせちゃいましょ!」
ギルバートは言っていた。このメイドは俺のことを心配してくれているのだと。
「あの、さ……叩いてごめん」
人に謝るのがこんな怖いことだと思わなかった。メイドを見ると、彼女は微笑んでいた。
このメイドの言葉を信じてみようと思った。
だが、騎士団に着くとそれは間違いだったんじゃないかって思った。
「イシュタルグの悪魔だ」
「へー、あんな顔してたんだ」
「ほら、あそこの副隊長の嫁だって」
「可哀想だなー」
「意外と可愛いな」
色んな言葉を浴びせられた。
吐きそうだった。震える手を一生懸命に抑える。
やっぱ来るんじゃなかった。もう帰りたい。そう思っていたら、ギルバートが笑って乗り込んで来た。
「ただいま、ハイネ」
「あ、う……おかえり、なさい」
手も握ってくれた。何だか、大事にされているような気がした。
馬車の中だとギルバートの匂いが僕の鼻を掠める。
少し重くて、でもどこか森の香りがした。ずっと嗅いでいたい。
雑貨屋に着くと、周りの目を気にしている僕の手を握ってくれた。
こんなのもう、デートじゃないか。
しかも、俺の顔を見てろって見れるわけない。
ふと、上を見るとあまりセンスがいいとは思えない花瓶が置かれていた。
ギルバートの瞳と僕の瞳の色が混じりあっていた。少し不格好なその花瓶は今の僕たちみたいだ、と思った。
幸せな気持ちを得るとやっぱり、すぐに不幸せがやってくる。
貴族が僕を見て、嫌悪の瞳を見せる。どうしてギルバートの目の前で言うんだ。
「俺の嫁は気高く、本音を隠さないだけなので……貴方方みたいにコソコソとみっともなくない」
ギルバートが怒っているようだった。人に守ってもらうことがこんなに嬉しいことだなんて、初めて知った。
それに僕の手にキスをした。
そのせいか、帰りの馬車はずっと胸が高鳴って苦しかった。
キスされた手が、熱い。それを誤魔化すように花瓶の箱をずっと抱きしめていた。それなのに、ギルバートは僕の頬に触れて顔を近づけてきた。その瞳はほんの少しだけ熱を持っていた気がした。
キスされるのかと思った。
馬車から降りて、ギルバートの後を歩きながら僕は唇に触れた。
「……キス、して欲しかったな」
いつか、してくれるだろうか。
僕はギルバートの広い背中をじっ、と見つめた。




