第2話 色々大変だわ、まじで
騎士という仕事はなんというか、大変だ。
元々体を鍛えていたし、ギルバートとして28年間生きていている。剣の振り方もしっかり体に覚えている。
だが、これはなれない。
「副隊長、おはようございます!」
「おはよう」
「あ、副隊長!今日も素敵な筋肉ですね!」
筋肉は褒められて嬉しい。前世でも腰を痛めないように筋トレは欠かせなかった。職場のおばちゃん達にも筋肉褒められたなぁ。
あのおばちゃん達は元気に働いているだろうか。
あのバイタリティ溢れた人たちなら変わらずぶいぶいやっているだろう。
「おはようございます!」
「ああ……おはよう」
こういう縦社会というのだろうか、苦手だ。どっちっていうとおばちゃん達のようなフレンドリーさが欲しい。
「……はぁ、帰りたい」
帰ったところで家にはハイネがいる。ため息が止まらない。
奥まった場所にある扉を開く。大きな机が二つ。手前と奥に置設置されていた。奥のテーブルにはもう飲み物のカップが置かれている。
執務室だってそうだ。なんで隊長と一緒なんだ。サボれないじゃないか。
俺は手前の席に置かれている書類を手に取る。
虐げられているオメガについての報告。
ハイネの顔が頭に浮かんだ。ここは王命で出来た貴族内で蔓延るオメガ問題を取り扱う部署だ。
隊長と俺と数人の騎士で構成されている。
ハイネと結婚したのもそういうことだったりする。
「おー!新婚さん、おはよう!いい朝だね!」
元気よく入って来たのはここの部隊をまとめるレオニー・シュバルツ隊長だ。チャラ男感が否めないが、この人は奥さんを大事にしている。
この人の奥さんもオメガだ。
「あれ、今日は何だか雰囲気が違うね?ここ最近は不幸せオーラすごかったのに!」
わー、と拍手される。確かに結婚してからは頭の中は離縁したい、とずっと思っていたかもしれない。
「あの猫……いや、せっかく夫婦になったので仲良くなろうかなと」
「へー、いいじゃないか。私はそっちのギルバートの方が好きだゾ!」
団長は用意されていたカップを手に取る。
「あんなに、わがままでどうしようもないイシュタルグ家の悪魔。一年は我慢する。離縁してやる。とか良く言っていたのに、ね」
オメガを守る部署なのに、良くもまあ隊長にそれを話していたもんだ。
しかもオメガを大事にしている人の目の前で。ギルバートは真面目だったからこそ、ああいった歪んでヘソが曲がった奴が分からなかったのだろう。
まあ、俺なんだけど。
「さて、今日も張り切って仕事するよー!」
俺はおばちゃん達にまた、会いたくなった。
騎士団からの帰り道、俺は花屋に寄っていた。
赤や白にピンクにオレンジ。
団長が言っていた。嫁と仲良くなるためには、日々の労りとちょっとしたプレゼントが必要だと。
ハイネはきっと屋敷で騒いでいるかもしれない。そう考えると労りが必要なのはメイドや執事かもしれない。
「まあ、今はハイネが優先か」
あいつをどうにかしなければ、結局同じことだ。シャーシャー言っている猫とどうしたら仲良くなれるんだか。
俺はハイネの瞳の色に良く似たオレンジの花を数本選んで包んでもらった。馬車に乗り込み、花の香りを嗅ぐ。オメガの香りの方がいい匂いがするな、と思った。あの甘くてつい抱きしめてしまいそうになる匂いを嗅ぎたくなった。
「毒されつつあるのか?」
自分の問いに笑ってしまった。今頃、あいつは何をしているのだろう。いい子で待っているのだろうか。
と思ったのに、家に帰るとげっそりした執事が出迎えてくれた。
ああ、何かやらかしたな、と思った。
話を聞くとメイドが何もハイネの了承も得ずカーテンを開けたことで叱責を受けたらしい。
「メイドは怪我をしたのか?」
「……顔を少々」
執事の小さな声に何発かやったな、と思った。腫れてはいるようだが、業務にはそれほど影響はないらしい。
「身の回りの世話をする時は、必ず一言了承を得てからするようにと全員に周知してくれ」
執事にそう告げる。
「あと、メイドには俺から後で謝罪に行く。今はしっかり冷やして休め、と伝えてくれ」
俺はハイネの部屋に向かった。
ノックをし、入るとハイネはまたベッドの上で丸くなっていた。
「なんだ、聞いたんだろう」
「ああ、聞いた聞いた。ったく、いい子にしてると思ったのに」
「……なんか、お前変わったな」
前の俺だったきっと、執事から話を聞いても無視をしていただろう。だが、今の俺はこの屋敷のため、それに自分のためきハイネと良好な関係を築きたい。
「せっかく、お前のために花を買って来たのに」
「え!?」
ベッドから勢い良く出て来たハイネは俺が持っている花を見て目を輝かせていた。
ハイネに渡すと愛おしそうな顔で小さな花束を見つめていた。
本来のハイネが垣間見えた気がした。
「手、触っていいか?」
「……いいけど」
おずおずと出された手に触れる。日光を浴びていないせいか俺の手と比較するとだいぶ白かった。
少し緊張しているのか僅か震えていた。
「ハイネ、今お前が花を大事に持ったようにこの手は人を叩くものではない」
「あのメイドが僕の許しもなく勝手に開けたんだ!僕は悪くない!」
手を振り払われそうになった。俺はその手を逃さなかった。
ハイネは下唇を噛んで、震えていた。
「そのメイドはきっと、お前のためにしてくれたんだ」
「……僕のため?」
目に光が少し宿る。俺はハイネの横に腰を下ろした。
オメガの甘い匂いが鼻を掠める。やっぱりいい匂いだ。
「そうだ。お前のためだ。日の光を浴びて気持ちいい風を浴びて欲しかったんだ」
たぶん。
この部屋は鬱々として、俺でも開けたいくらいだ。埃っぽいし、掃除だってしにくそうだ。
「それに、そんなに大事に花を持てるんだ」
もしかしたら嫌がられるかもしれないが、と思いながら俺の頬にハイネの手を持っていく。
「こうやって、優しく人に接すること、きっとできる」
ハイネは小さく息を吸って、真っ赤な顔で俺を凝視していた。
「き、気持ち悪い!」
ハイネは俺の頬から手を離さずに言う。
やっと野良猫に一歩近づけた気がした。




