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第15話 ギルバート、助けて side:ハイネ


 ここは全てが暗い。ベッドの上で小さくなって耳を塞ぐ。ギルバートの屋敷にあった花瓶は置いてきた。きっと割られてしまうから。

 ノックもせず、母様が入ってくる。メイド達が複数入ってきた。


「さあ、今日はダミアン・キルヴァンス伯爵が来る日よ。とびっきり綺麗にしてちょうだい」


 僕は人形だ。

 抵抗する気もない。なすがまま服を着せられていく。


「いいこと、ハイネ。ちゃんと愛想を振りまくのよ?」


 僕の中にはギルバートがいる。なのに、新しい婚約者だって、笑える。

 母様は僕のことをお金だと思い始めたらしい。兄様と弟はこの家に飽き飽きして出て行ったらしい。

 正解たと思った。できれば僕も逃げ出したかった。


「聞いてるの?ハイネ!」


 脇腹を強く抓られる。


「……っ、はい、母様」


 僕は笑って見せた。酷い笑顔だ。ギルバートといた時はもっとちゃんと笑えてきがする。

 ギルバート、今頃、怒っているのかな。

 それとも悲しんで暮れているのかな。

 準備が終わり、応接間に行くと既に冷たい目で微笑む男がいた。きっと、彼がダミアン様なのだろう。僕たちイシュタルグ家と同じ伯爵。名前だけは聞いたことがあった。


「これは可愛らしいオメガですね。はじめまして、ダミアン・キルヴァンスと申します」


「は、はじめまして……ハイネ・イシュタルグ、です」


 乾いた音が響く。僕の視界はダミアン様からいつの間にか壁を見ていた。

 こいつ、今僕を叩いた。ちゃんと母様に言われた通り、笑った。ちゃんと挨拶もできた。


「もっとしっかり挨拶、して下さい?舞踏会で私が、恥ずかしい思いをするではありませんか」


「……舞踏会?」


「そうです。私の婚約者として、貴方は舞踏会に出るんです」


「い、いやだ!舞踏会は行きたくない」


 なんで、そんなところにこんな男の為に行かなければならない。

 息が苦しい。ギルバート助けて。

 呼吸が浅くなって、棒は床に膝を付いた。

 苦しい。

 もし、ここにギルバートがいたら肩を抱いて背中を摩ってくれただろうか。


「はぁ、困ったものですね」


「申し訳ありません。この子、人前苦手なもので……舞踏会までには何とかしておきますわ」


「頼みましたよ」


 去っていく二つの足音は、酷く冷たいものだった。応接間に一人になった。誰一人、心配するような声をかけてこない。

 あんな奴が次の僕の婚約者。

 一度、温かい存在を知ってしまった僕にとって苦痛でしかない。

 でも、僕は自分足でここに戻って来てしまった。だって、ギルバートは助けに来てくれないじゃないか。悲しんで暮れてたらいいなぁ、なんて甘い考えだった。

 だって、もう三日経ってる。

 ボタボタと絨毯にシミを作っていく。


「ううう……ひっ、うううう……」


 助けて、ギルバート。

 僕もう、やっぱり悪魔になんて戻れそうにない。






 とうとう、この日がやってきた。僕はダミアン様の黒い瞳の色を纏っている。初めての舞踏会はギルバートの色が良かったな。

 大きな扉の向こうにはきっとキラキラした空間が待っているのだろう。

 そして僕に向けられる白い目がいくつも向けられるだろう。

 

「ちゃんと、名前練習したと聞きましたが」


「はい、練習しました」


 母様には言葉がつまらないように指導された。あんな練習、一生したくない。そもそも僕は、あの家にいなければ普通に名乗れるし、喋れる。

 扉が開かれ、中に入る。やっぱりヒソヒソとした声が聞こえる。

 ふと、見た事がある人がいた。その人は胸元に僕の瞳のオレンジを輝かせていた。

 僕をじっ、と見つめている。こんなところ見られたくなかった。

 泣きそうになってしまう。僕も貴方の色を纏いたい。

 信じきれなくてごめんなさい。

 叩いてごめんなさい。


「……っ」


 ギルバート。


 思わず名前を呼びそうになった。震える唇を必死に結ぶ。

 もう一度振り返るとギルバートはもう、そこにはいなかった。

 グッと腕を引かれる。


「こちらは私の新しい婚約者です」


「はじめまして。ハイネ・イシュタルグです」


 僕は笑顔を貼り付けて、貴族達に挨拶をした。

 するとドンッとぶつかって、僕の服にワインが掛かる。中に着ていたシャツが紫に変わっていく。


「あちゃー!すみません!私としたことがぁ、大丈夫です?」


 ポンポンとワインで濡れた場所を拭いて行ってくれる。


「私、予備のシャツがあるので是非、受け取ってくれませんか?いいですよね?」


 アルファで珍しく優しい瞳を向けてくれるな、って思った。


「そうですね。是非、お願いします」


 ダミアン様はその人の提案にのって頷いた。

 

「ささ、じゃあこちらへ。さー、行きますよー!」


 その人はとても楽しそうに笑う。僕も少しだけ楽しくなった。目の前の人を通して、ギルバートと過ごした日を思い出したからかもしれない。






「さあ、着きましたよ。この中にシャツが置かれているので、入って着替えて下さい。そしたらまた戻って来て下さいね」


「は、はい」


 部屋の扉が開かれ、中に足を踏み入れる。ソファの上にシャツが置かれていた。

 背後の扉がゆっくりと閉まる音がした。

 カチャ、と鍵が閉まる音が聞こえる。

 それと同時にぶわり、と嗅ぎなれた匂いが僕を包む。少し重たくて、森の香り。いつもは優しいのに今日は僕にまとわりついたダミアン様の匂いに嫉妬しているかのようだった。


「……っ」


「ハイネ」

 

 僕は部屋の隅に逃げるように走った。

 会いたかった。だけど、会いたくなかった。怖い。また幸せを知ってしまった後、現実に戻るのが怖い。

 だけど、すごい力で腕を捕まれ、僕は優しい腕に包み込まれた。


「……ハイネ」


 その声は誰よりも優しくて、僕の心を癒してくれるギルバートの声だった。

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