第12話 さようなら、ギルバート side:ハイネ
「えー、それって向こう好きじゃないの?」
王宮で久しぶりにあったオリヴィアは前と変わらず僕と話をしてくれた。優しくて誰からも好かれた彼女。そして、僕と同じ境遇なのに幸せになれた人だ。
「わ、分からないんだ。でもキス……されそうになったことがあるんだ。ヒート前に」
「いや、それはもう絶対に貴方のこと好きよ。ヒート来たのになんで噛んで貰えなかったの?」
「違う……笑わないでくれるか?」
「ええ、もちろんよ」
オリヴィアとの茶会はすごく楽しかった。こんな風に笑い合える日が来るなんて思わなかった。
学生の頃、お互いの心の傷を吐露しあって慰めあっていたのが懐かしい。
「噛まないでくれって僕が頼んだんだ。好きな人に噛まれたいって。だって、好きな人に噛まれたいだろ、普通」
「その言い方はギルバート様、お辛くない?きっと傷ついたかも」
「でも、そのあとさ……噛むの必死に耐えて、やきもちも焼いてくれたんだ」
僕は徐々に顔に熱が集まっていくのを感じた。
「きゃーーーーーー!」
「ちょっ!うるさ!」
案の定、二人が戻ってきてしまった。俺は走って戻って来たギルバートの心配そうな顔に胸が大きく高鳴り、顔を直視できなかった。
結局、その後は陛下の公務で解散になってしまったがオリヴィアは絶対に会おうって言ってくれた。
嬉しかった。僕はまた友達と話すことができた。もう無理だと思っていたから。
それに、帰りの馬車で僕たちは心が通じ合えた気がした。あんなキス、もう二度とないんじゃないだろうか。
こんな幸せでいいのだろうか。僕はこの幸せの後に必ず起こる不幸が怖い。
僕たちは夕食を食べずに部屋に入り、体を重ねた。
あんな幸せな時間はない。本当に愛されてると思った。
好きだって言葉で言わなくても、伝わるくらいの熱量で愛し合った。
それなのに、やっぱり不幸はすぐに訪れてしまう。
朝起きるとギルバートが横にいなかった。さっきまで居たであろう場所はもうぬるくなってしまっていた。部屋を出ると聞き覚えのある声がした。
「……やだな」
胸がザワザワと波を立てる。行ってはいけないと警告しているようだった。だけど、僕の足は進んでしまう。
遠くなっていく声は怒っているようだった。ギルバートは彼を拒絶したのだろうか。
僕は過去に、庭を二人で歩いている姿を部屋から見た事があった。お似合いだと思った。あの時間を思い出すとまた苦しくなる。
「ギルバート?」
応接室に入って、ギルバートに近づいてすぐに分かった。僕の匂いをかき消すように彼の匂いが付いていた。
どうして。僕をやっと見てくれたと思ったのに。
初めて言い争いになって、腕を掴まれて僕は思わず叩いてしまった。
ギルバートは酷く傷付いた顔をしていた。
「……あっ」
僕は自分の手を見た。人を叩く手ではないと、あの頬で教えて貰ったのにこの手はあの頬を叩いてしまった。
「ごめんな、ハイネ。ちょっと、頭冷やしてくるよ。でも、俺はちゃんとお前を見てる。それだけは知っていてくれ」
僕は間違えてしまったのだと気づいた。応接室に一人残った僕は声を殺して泣いた。
「ごめん……ギルバート。ごめんなさい」
ギルバートを信じきれなかった。
僕の後悔はこれからもっと大きくなっていくことをこの時、知らなかった。
ギルバートは夕食時にも帰って来なかった。どうやら騎士団で今日は泊まると執事に言い残したらしい。
食堂の外が騒がしくなる。大きな音を立てて入って来たのは母様と父様だった。
「こんな所にいたのね、私の可愛い坊や。一人寂しく夕食だなんて、ああ……なんてかわいそうなのかしら」
「……ひっ」
誰だ、この人は。僕の知らない人だ。こんなこと言わない。
「ハイネ、お前はもう家に帰れるぞ?良かったな」
父様が僕を抱きしめる。気持ち悪かった。思わず突き飛ばすと父様は、苛立ったように小さく舌打ちをする。
「浮気されたんだって?かわいそに……もう番契約されたの?見せて?」
母様が僕の首元を見る。小さく笑ったような声がした。怖い。助けて、ギルバート。
いやだ。僕はどうなるの?
「あら、まだ番の印がないじゃない!良かったわぁ」
「ああ、本当に良かった。じゃあ離縁出来るな」
「離縁!?ど、どうして」
「あの男は別の奴と結婚する予定なんだろ?向こうがお前を捨てるっていうことは立派な不貞じゃないか。尚且つ番になってなければ私たちが離縁させることができるんだよ」
「いやだ!僕はギルバートと一緒にいたい!」
鈍い音とメイドの悲鳴が上がる。頬に強い衝撃が走った。父様は拳で僕を殴った。口端が切れたのか鉄の味が口内に伝わっていく。
「さあ、行くんだ。ハイネ」
腕を強く握られる。痛かった。ギルバートはもっと優しく掴んでくれた。僕が噛まないでって言ってしまったから、こんなことが起きてしまっているのだろうか。
僕がギルバートを信じられなかったから、こんなことが起きているのだろうか。
ただ、分かるのはギルバートの助けは来ない。
僕が拒絶してしまったから。
目元が熱くなり、頬を伝う。
僕はギルバートが大好きだ。だけど、ごめんなさい。その気持ちだけでは、この怖い人達からは僕は逃げることができない。
「……はい、父様」
「お、お待ち下さい!」
僕達の前にいつも側にいてくれたメイドが立ちはだかる。
父様が僕の腕を握る力が強くなる。
僕はそのメイドを引っ張叩いた。
「メイドの分際で道を塞ぐな!」
ごめんなさい。
ごめんなさい。
僕はまた、悪魔に戻らないといけない。
「でも!」
もう一度、引っ叩く。
「うるさい!さっき聞いただろ!僕はもうこの家の者じゃない!ハイネ・イシュタルグだ!」
メイドは下唇を噛み締め、僕たちの前から退く。父様が鼻を鳴らして笑う。何が面白いのだろう。僕は、何も面白くなかった。
横を通り過ぎる瞬間、メイドが僕の手に触れる。
「ごめん」
僕は小さな声でそれだけを伝えて、その手を振り払った。
さようなら、ギルバート。
愛してた。




