第11話 期待していい、よな
「何があった!」
二人の元へ行くとハイネが顔を真っ赤にして俯き、オリヴィア様は笑っていた。
え、なにこの状況。ハイネなんか照れてるじゃん。
全く悪い雰囲気ではなかった。寧ろ楽しんでいたように見える。
「あら、お二人ともどうしたの?」
「オリヴィアが叫んだから俺たちは急いで来たんだが?」
アグニス陛下はオリヴィアの横に座る。俺はハイネの横に戻った。
「ハイネ、顔真っ赤だぞ」
「う、うるさい!」
えぇ、なんで急にぃ。デレのハイネどっかいっちゃった。
「あ、それはだめよ!ハイネ!本当のあなたはもっとこう……ん~、可愛いじゃない!素直にならなきゃ」
「黙ってくれ、オリヴィア」
湯気が出る勢いで俯くハイネは手で顔を覆い始める。
何かあったんだろうな。でも、悪い方じゃなくて良かった。斬首にならなくて良かった。
その後、アグニス陛下の公務が入りお開きになった。オリヴィアとハイネはまた会う約束をしていた。
良かった。こんなに仲良いなんて思わなかった。二人は本来、こんな関係じゃないのに。
俺たちは馬車に乗り込む。
揺れる馬車の中は、また気まずい空気になっていた。
さっきの話聞きてぇ。何話してたんだよ。なんでまだ真っ赤なんだよ。
「……ハイネ、二人で何話してたんだ?」
「あ、う……えっと、それは言わなきゃだめなのか?」
俺を見上げるハイネは子猫のような顔をしていた。
か、可愛い。どうしよう。毒された。キスしたい。
助けて、妹よ。お兄ちゃん、ハイネが可愛すぎてどうにかなりそう。
「知りたい、かな。ハイネがあんな顔真っ赤にすることないだろ?」
「……こと」
「え、なに?」
「ギルバートのこと!……話してたんだ」
ハイネの顔がまた赤くなって、俺から目を逸らす。
これ、絶対に俺のこと好きだろ。好きな人って、俺だろ。
期待していいよな。良くない?
キスしていいかな。いやだっ!嫌い!とか言われて振られるのこぇぇ。
けど、俺たち、夫夫だもんな。いいよな。
「……ハイネ」
俺はハイネ側の扉に手をつく。ハイネが顔を上げる。その顔は期待しているようだった。
俺は身をかがめる。
馬車がゆっくり止まっていく。
またいい所で。
「ギルバー、ト」
上擦った声が、吐息が俺の唇にかかる。
俺はそのまま止めることなく、ハイネの唇にキスを落とした。
唇を離すとハイネからもされる。
妹よ、どうやら俺は不倫されなさそうだ。
ハイネを逃がさないように頭に手を添え、深く口付けをする。
「……んっ」
ハイネの声が漏れ、胸がじわっ、と熱くなった。
離したくない。俺だけのハイネにしたい。溢れてくる思いを唇を介して伝えていく。
俺たちは御者に声を掛けられるまで、時間を忘れて角度を変えながら熱いキスをした。
俺はハイネの部屋で目を覚ました。どうやらあのまま眠ってしまったようだ。一箇所だけ開けられたカーテンから光が差し込んでいる。
目線を下げると腕の中で眠るハイネがいた。俺は思わず口元が緩んでしまう。
幸せな時間だった。
次の発情期で首を噛ましてくれるだろうか。というより、噛みたい。
俺だけのハイネにしたい。
過去の俺はどうにかして離縁したくてしょうがなかったのに、今はもう離したくないと思ってしまう。
期待していい、よな。
扉がノックされる。ハイネから離れ、開けると執事がいた。どこか気まずそうな顔をしていた。
「……あの、ルル様が来られています」
こんな朝早くから?
非常識な奴がいたもんだな。誰だ、ルルって。
部屋に戻り、着替えながら名前を思い出す。全く思い出せないが、嫌な予感がする。
何も思い出せないまま、ルルという奴がいるという応接間に入る。
「ギルバート!会いたかった!」
俺に抱きついてきたのはハイネより少し幼くしたような小型犬のような可愛さがある男だった。
最悪だ。思い出した。
ルル・ベルトニー。離縁した後に結婚した奴だ。しかも、ギルバートが……いや俺がちょこちょこ会っていた気がする。
ハイネとは違う甘ったるくて酔いそうな匂いが鼻を掠める。こいつもオメガだったな。
「久しぶりだな」
「全然会いに来てくれなかったから会いに来ちゃった」
うげー!まじか。来んなよ!自然消滅にしてくれよ!うわー、どうしよう。思い出せ、俺はどこまでルルと話をしたんだっけ。
「早くあいつと離縁して、ボクと結婚するんでしょ?」
最悪だ。俺は、何やってやがる。ハイネが不倫しちゃうかも、じゃなくて俺がしてんじゃねぇか。
こんな所、ハイネにバレたらやばい。また傷つける。
「ルル、悪いんだけど、その話はなかったことにしてくれないか?」
「なんで!?ひどいよ!ボクずっと待ってたんだよ!?」
ルルが縋るように俺にベッタリくっついてくる。
ですよねぇ。めんどくさい。どうしよう。キレていいかな。
「ボクのこと、嫌いなの?」
上目遣いで俺を見てくる。いや、可愛いけどなんか違う!
「悪いが、帰ってくれ」
外にいる執事に頼み、ルルが連れて行かれる。ぎゃーぎゃー喚いていたが、知らん。これから俺はどうすればいい。
このままいけばハイネと順風満帆の生活が待っていたはずだ。
ガチャリ、と応接室の扉が開く。
「ギルバート?」
嫌なタイミングで現れたハイネに俺は焦る。
「……ハイネ、どうした?」
ハイネが俺に近づくと一歩離れた。口元を腕で被っていた。
「また、あの人と会っていたのか?」
眉間に皺を寄せ、警戒心を顕にする。匂いが残っているのか?浮気疑われた?
肩口を嗅ぐと確かにルルの匂いがベッタリくっついていた。
待ってくれ、違うんだ。
「いや、会ってはいたが……違う、ハイネ」
「近付くな!あんな風に僕を抱いたくせに、全部嘘だったんだろ!ひどいじゃないか!期待した僕が惨めだ!」
「嘘じゃない!俺はちゃんとお前のことを思って。話を聞いてくれ!」
俺がハイネの腕を掴むと乾いた音が響いた。頬がじんじんと熱を帯びていく。
「……あ」
ハイネは自分の手のひら泣きながら見つめる。俺はどうしたらいい。このあと、どう接すればいい。
誰か、教えてくれよ。
でも、今のハイネに何を言ったところで何も信じて貰えない気がする。俺も感情的にになりそうで怖い。
「……ごめんな、ハイネ。ちょっと、頭冷やしてくるよ。でも、俺はちゃんとお前を見てる。それだけは知っていてくれ」
俺はハイネの横を通って、応接室を出て行った。
これが夫夫としてハイネと最後の会話になるなんて思ってもみなかった。




