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第1話 何がどうして、こうなった


「こんな不味いもの食えるかぁ!」


 食器が中を舞う。床に落ちて、大きな音を立てて無惨な姿になった。

 食事をしていた手を止める。

 俺は今、何をしている?

 目の前で起きている現状はなんだ。

 頭痛がする。もやっとした物が徐々に鮮明になって頭の中に映像となって流れでいく。


「……っ」


 俺は確か、あの日、妹が欲しいと言っていた漫画を買いに行かされていた。その帰り道、トラックが突っ込んできて……。

 で、ここはどこだ。いや、知っている。もう住み慣れた自分の屋敷だ。

 俺のことをすごい形相で睨む男は小綺麗な格好をして、綺麗というより可愛い顔をしていた。

 それにどこかで見た事があるし、近づきたくないと思った。

 目が合うと、鼻で笑われた。すごい失礼な奴だ。


 バタン!と扉が閉まる音がする。メイド達が無惨に散らばった食器を片付け始める。


「ギルバート様、ハイネ様……また召し上がられなかったですね」


 執事が困った表情で話をかけてくる。

 ギルバートとハイネ……、どこかで聞いた事がある名前だ。段々と頭の中でパズルがはまっていくような感覚になっていく。


「……そうだ、うわ、最悪だ」


 俺は柏木秋人。そして、ギルバート・ゾルディアス。

 妹が買ってこい、と言っていた漫画にもギルバートとハイネの名前があった。

 確か、オメガバースとかいう世界観で、ギルバートは王命でオメガだからというだけで虐げられてきたハイネ・イシュタルグを娶ることになって。


「あれ、最後なんだっけ」


 確か、わがままっぷりに耐えられなくて離縁した気がする。ギルバートは別の相手と結婚。それで、ハイネは実家に戻されまた虐げられる日々を送る。歪みに歪みきったその性格で、王様の婚約者をイジメて最後は斬首。みたいな話だった気がする。

 可哀想なキャラクターだな、と思った記憶がある。メインキャラというよりちょっとした当て馬ぐらいだったからあまり登場しなかったが、一番印象に残っていた。


「ギルバート様?」

 

「ああ、すまない。悪いな、少しハイネの所に行ってくるよ」


「え!?あ、はい」


 執事が驚いた表情をしていた。無理もない。今までどんなにハイネが暴れても何も言ってこなかったのだから。

 それにギルバートは王命を授かっていた。貴族社会の中で虐げられているオメガの実態を把握せよ、と。本の中のギルバートは任務遂行出来なくて、王に謝罪していた気がする。

 確かにあんな姿を毎回見せられたらキツいわな。

 俺はメイド達が一生懸命に片している姿を見る。食べ物が床の溝に入ってしまったらしい。

 分かる。俺も前世の介護の仕事で投げられた飯を片付けるのに溝に入って掃除大変だった。ああ、懐かしい。でも楽しかったな。また働きたいくらいだ。


「それと、明日からハイネの皿は木の器にしよう」


「しかし、それではハイネ様が怒るのでは」


「割るやつがいけない。俺のも木の皿にしてくれ」


 俺は席を立ち、食堂を出た。ハイネはギルバートの嫁だ。結婚式を上げてから2ヶ月くらい経ったくらいだろうか。確か、初夜もしていない。愛も囁かない。

 それはどんどんこっちを見てくれってなるよな。

 俺は厨房に行き、軽食を作ってもらう。パンとスープだ。ハイネはここ数日、まともな飯を食べていない。だからあんな細いんだ。

 ハイネの部屋をノックする。


「入るぞー」


 中に入るとカーテンが閉められ、ベッドの上で布団に包まった警戒心丸出しな猫がいた。


「おいおい、ひどいな」


 俺は少しだけ近づく。


「来るな!どうせ怒りに来たんだろ!」


 ああ、これは、まためんどくさい。プライドだけは一丁前に高いのか。


「なわけあるか。飯、食べていないだろ。持ってきたから、ほら出てこい」


「いらない!ここのご飯は不味い!」


 確かに、ここの食事は少し薄味だった。不味い、という程ではなかったがハイネの口には合わないのだろう。

 さっき料理人に聞くと、ギルバートがどうやらお願いしたことだったらしい。なんでも身体作りがどうとか。いや、分からなくもないが、ギルバートよ。いや、俺か。

 さすがに嫁の食事まで塩分控えめを強制するのはちょっと。


「あー、それなんだが、俺が悪いんだ。ごめんな。持ってきた飯はちゃんと美味しいから食べろよ」


「……初めて謝られた」


 小さな声が聞こえた。布団から顔だけ出しくる。


 グーー、キュルルル。


 ハイネの腹の音が聞こえた。どんどん顔が真っ赤になっていく。

 耐えろ、俺。笑ったらまた怒鳴られるぞ。耐えるんだ、俺。


「……ほら、味見してみろよ」


 俺はスープをスプーンで掬って口元に持っていく。

 ハイネは俺の顔を横目に口に入れる。


「……おいしい」


「そうだろう?悪かったな、今まで。昼からは大丈夫だから」


 俺はベッドサイドにパンとスープを置く。


「それじゃあ、俺は仕事行ってくるからな」


「……え」


「そうだ、お前が食器割って大変だから、木の食器に変えるぞ。伝えたからな、怒るんじゃないぞ」


「ま、待って!」


 ハイネは泣きそうな顔で俺の服の裾を掴む。行かないで、と言われているようだった。

 意外だった。もっと、あっち行け、とか早く出ていけ、と言われるものだとばかり思っていた。

 しかし、ハイネは何かを諦めたように手を離す。

 前世でもいたな。愛に飢えいるくせに、どう甘えたらいちのか分からないまま大人になった人が。ハイネは幼少期から家では罵られ、蔑まれて生きて来たよな。


「なんでも、ない」


 なんでもなくはないだろう。俺もどう接していいか分からないが、このまま出ていくのは違うのかもしれない。

 俺は椅子を持ってきて、近くに座った。


 これは、すごいな。


 さっきまで気づかなかったが、ハイネから甘い匂いがする。頭から足先まで痺れるようなそんな感覚。

 これが、オメガの匂いなのか。

 発情期が来たら、俺は耐えられるのだろうか。ちょっと無理かもしれん。


「……お前が食べ終わるまで側にいてやるから」


「別に、お前がいなくたって食べれる!」


 そう言いながらもほんの少しだけ嬉しそうだ。


「はいはい、早く食べろよー」


 ハイネはパンとスープをあっという間に完食した。綺麗に食べたもんだ。

 またベッドの中に潜っていく。まじで猫だな。


 ギルバートとハイネ……いや、俺とハイネはこれから上手いことやって行けるのだろうか。

 とりあえず、仲良くなるところから始めようかな。

 妹がいたらこの状況を喜んでいたかもしれない。

 俺はため息をつく。

 もっとちゃんと漫画を読めば良かった。今頃後悔しても遅いのは分かっている。

 記憶が戻ったり、転生する物語はチートだったりするよな。

 俺、そんな要素皆無だし、内容ほぼ知らん。

 今後、ハイネをどう扱っていいかも分からない。



 妹よ。お願いがあるんだ。


 お兄ちゃん、やれるだけやってみるから。

 この嫁をゴロゴロいう猫にしてみせるから。

 


 夢でもいい。何でもいいんだ。



 この傷付いた野良猫の取り扱い説明書下さい。


 

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