第3話:盗賊と馬車
最初に聞こえたのは、金属がぶつかる乾いた音だった。
次に、馬の悲鳴。
そして、人の叫び声。
視線を上げると、街道の先で馬車が止められていた。
黒い布で顔を覆った男たちが、剣や棍棒を振り回している。
――盗賊。
そう理解した瞬間、体が動いた。
考えるよりも早く、足が前に出る。
(……なんだ、これ)
怖くない。
心臓は早鐘を打っているはずなのに、手は驚くほど落ち着いていた。
盗賊の一人が、こちらに気づく。
「なんだお前――」
言葉の途中で、俺の剣が閃いた。
重さも、抵抗も、すべてが“わかる”。
刃がどこを通ればいいのか、体が知っている。
男は倒れた。
周囲が、一瞬だけ静まり返る。
「……なに、してるんだ俺は」
呟きは、誰にも聞かれなかった。
次の瞬間、残りの盗賊が一斉に襲いかかってくる。
だが、剣は止まらなかった。
振るうたび、相手の動きがスローモーションのように見える。
気づけば、地面には倒れた男たちだけが残っていた。
俺は、息を整えながら馬車に近づいた。
「もう、大丈夫です」
声が、やけに低く響いた。
馬車の扉が、ゆっくりと開く。
中から現れたのは、まだ若い女性だった。
高価そうな衣装。怯えた瞳。だが、その奥に、強い光。
「あなたが……助けてくださったの?」
「たまたま通りかかっただけです」
そう答えた瞬間、胸の奥が少しだけ温かくなった。
“たまたま”で済ませるのが、もったいない気がしたからだ。
彼女は名乗った。
王都に向かう途中だったこと。
そして――王族の一人娘であること。
その言葉を聞いても、驚きはなかった。
(ああ、そうか)
なぜか、納得してしまった。
「命の恩人です」
彼女は深く頭を下げる。
「どうか、お名前を」
一瞬、迷った。
本当の名前を名乗っていいのか、わからなかったからだ。
だが、口は自然に動いた。
「……俺は、ただの旅人です」
それで十分だった。
彼女は微笑み、その笑顔が胸に刺さった。
必要とされている。
感謝されている。
――ああ。
これだ。
これが、俺が求めていた感覚だ。
⸻
王都に着くまでの道中、彼女は何度も俺を見た。
話しかけ、笑い、時には黙って隣に座った。
俺が剣を振るう理由を、過去を、未来を、深くは聞かなかった。
それが、心地よかった。
王都に入った日、彼女は言った。
「また、会えますよね?」
「……ああ」
返事をした瞬間、頭の奥に、鈍い痛みが走った。
ほんの一瞬。
公園の風景。
誕生日ケーキ。
誰かが俺の名前を呼ぶ声。
「――っ」
俺は、こめかみを押さえた。
「大丈夫?」
彼女が心配そうに覗き込む。
「ああ……少し、疲れただけだ」
嘘だった。
だが、真実を言う理由もなかった。
その夜、宿の天井を見つめながら、俺は思った。
(未練を残している?)
(それとも……あっちの映像がリンクした?)
女神の言葉が、脳裏に響く。
――何の心配もありません。
赴くままに、今を、冒険を楽しみましょう。
俺は、剣を握り直した。
思い出す必要なんてない。
ここには、俺を必要とする世界がある。
そうだ、それこそ俺が望んでいたものだ。
※強さを手に入れるのは、簡単でした。
けれど、それが“正しい場所”かどうかは、まだわかりません。




